脅威

 その頃、中西部、オハイオ州マウントバーノン市の郊外に人影があった。しかし住人達は米軍と共に撤退していたはずだった。郊外のゲーテッドコミュニティ、そのゲート前に警備兵が立っていた。警備兵は死臭漂う秋風を気にせず、退屈そうに欠伸していた。


 兵士と言っても米軍所属ではない。本隊はここから遥か西側の国道75号線に移動した。そこで警察や民間の協力を経て強固な防衛線を構築したはずだ。

彼等は置いて行かれた訳ではなくドサクサに紛れて残ったのだ。なぜなら、ここは避難所ではなく吸血鬼コロニーの一つだった。


 元々、ゲーテットコミュニティはセキュリティ会社に警備されている。その閉鎖性から住民の不利益になる情報は外へ拡散しにくい。ましてやそのエリアごと≪ある種の組織、団体≫が犯罪行為を起こしていても発覚が遅れる。もしくは隠蔽される。

 しかし以前は高級住宅街として持て囃されていた。今は悪化する治安への対策として中間層向けのコミュニティも増え続けている。

そういった意味では吸血鬼のコロニーとしてはうってつけだった。


 周囲にはZがうろついていたが放置していた。人が来れば番犬代わりに向かっていくし、臭いが気になれば駆除するだけだ。

そのZが何かに反応し動き出す。その向かう先、遥か向こうの方から力強いエンジン音が複数聞こえてきた。


 複数台の軍用車両が一列縦隊で走って来た。先頭の軍用車両が列から離れる。そこから急にスピードを上げて此方に向かってきた。

見る人がみれば米陸軍のM1133 ストライカーMEV・野戦救急車だとわかる。それが真っ直ぐ塀に向かいZを跳ね飛ばし突進してきた。搭乗員らしき兵士が周囲を見渡した後、飛び降りる。

目的はゲーテットコミュニティの塀の破壊と侵入……。

派手に音を立てて車両が塀に突撃する。其のまま塀を突き破ると手近な家屋に突き刺さって爆発した!


 その襲撃に警備兵や消防隊が慌てて出動し、活動を開始する。

勿論ゲートにいた兵士も慌てて外に出て警戒に入った。その頭部へ2発の弾丸が貫く。

ゲート前に3台の兵員輸送車が止まる。降りて来た完全武装した兵士達が一斉に攻撃を始めた。

異変に気づき、反撃に出てくる警備兵、消防隊を軒並み射殺しながらエリア内に侵入する。


 教会の攻撃部隊がコロニーへ襲撃に来たのだった。もう警察や軍も出動してこない。JPは正確にこの事態を予見していたのだ。


「がぁぁ」


撃たれた警備兵が撃たれた箇所を掻き毟り、断末魔の叫び声を上げる。

そして紫色に顔色が変わり、事切れる。それが銀の弾丸とわかると住人達は死に物狂いで反撃して来た。


 騒動に気づき、隠れていた住人達も見つけ次第殺されていく。抵抗がなくなったところで家々に火を放ち、炎や煙にまかれて出てきた者を射殺する。

その行為に慈悲も憐憫の欠片も全くなかった。老若男女、子供も平等に極めて機械的にこなして行く。


 全ての家々が焼かれ、無残に殺された遺体がそこら中に転がる。夜間迷彩服の男が燃え盛る炎に子供の遺体を蹴り入れる。そして歩いて来たリーダーと思われる年長の男に向かい報告に入った。


「生存者0、全部の死体に抗銀アレルギー反応が有りました」

報告を受けたリーダーの男は当然の様に頷く。ふいに耳を澄ませたあと、溜息交じりで全員に号令を掛ける。


「ハァ、楽に任務完了とはいかんな……全員残弾確認! 再装填しろ。すぐに増援がくるぞ」

リーダーには近づいてくるエンジン音が聞こえていたらしい。兵士達は急いで武器の弾丸を再装填する。


 そこに一台のバスが急停車し、10名の武装した屈強の兵士達が降りてくる。


「ちっ、遅かったか、全員生かして返すな!」

大柄なゴツイボディアーマーを着込んだ男が叫んだ後に先陣を切って走り出す。彼らは通報を受けて急行して来た吸血鬼陣営の精鋭兵士達だった。地域を巡回しながら防衛行動に入っていたのだ。


 武器はH&K・MP5Kのダブルドラムマガジンを連射して動き回る。頭には防護ヘルメットにゴーグル付きマスクを装着していた。

軍用ボディアーマーで前腕や足先をガードし、3層の防弾素材でかなりの防護性と重量になっていた。しかし、吸血鬼の中でも特に身体能力の高い兵士を厳選して訓練していた。その成果で作戦行動になんら支障はなかった。


 戦力が3倍以上の襲撃犯達が攻撃を加える前に速やかに散開する。一団に対し、H&K MP5Kをフルオートで弾丸をばら撒く。

ドラムマガジンには100発、取り回しのいいMP5Kで連射を維持する。そして音もなく後方から回り込む機動力を持っていた。教会陣営の頭数は少ないが総合戦力は上の相手になすべなかった。教会側の兵士は一人、また一人、その身に報復いう名の弾丸を受け倒れていく。


 教会陣営の大半が倒された後に1台のSUVタイプの電動自動車が静かにゲート前に停まった。その後部座席から若い大男が降りてきた。


 短く刈り込んだ金髪に2メートル近い身長は嫌でも目立つ。防弾素材のケプラー戦闘服が包む異常に発達した全身の筋肉を誰も見ていないのに誇示した。トランクから金属製の板を2枚鈍角に接合した様な物を持ち出す。そして肩から異様なモノをぶら下げていた。2本の柄を長めの頑丈な鎖に繋がれた土木作業用の破砕ハンマー……さしずめヌンチャク・ハンマーと言うべきだろうか? それを肩にかけ剣呑と佇む。


 四角く角張り上を少し向いた顎は傲慢を形にした様な印象を受けた。酷薄そうな唇と高い鼻梁、鋭い蒼い目で相手を見下している。……その姿を見たもの全てが敵意を催す。そんな男だった。


 その威容を見て即座に直下兵は攻撃に移る。敵と認識したのだ。

男はすかさず金属製の板を掲げ、その弾丸を事もなく弾く!直下兵達はそれが巨大なタワーシールドで有る事を知った。そしてその後ろから異様な旋回音が徐々に大きくなって来た……。


 弾丸の豪雨を盾で弾きながらスーッと不気味に3メートル程まで近づく。そして最も外側から男を狙っていた直下兵がゴーグルを射殺された! そこで始めて気がついた。此方を狙う狙撃手の存在を……。


 その一瞬の動揺を盾の男は見逃さなかった。

盾が横にずれた直後、ヒュンと風切り音と共にハンマーヘッドが正面の直下兵の頭頂部にめり込み、ピンク色の脳漿を周囲に撒き散らす。そのヘッドはそのまま1回転して捩りを加えられる。恐怖で固まった右側に居た兵士の顔面を髪の毛と血糊が付いたハンマーが襲う。


 ハンマーを旋回させて回転力を加え、攻撃時にもう片方のハンマーヘッドをタイミングよく握る。これによりスピードと距離を稼ぎ、遠い間合いの標的へそのまま振り下ろして破壊する。その後、振り抜いて回転を生み、勢いと縦軸の回転を加えて、横に振り攻撃を加える。狂気と殺意が生んだ熟練の技だった。


 盾の男を狙う兵士は防護の弱いゴーグルを狙い撃たれる。その狙撃手を探そうとした兵士達は盾の男にハンドアックスを投げつけられ頭部を割られた。

そして隙あらば吸血鬼さえ凌駕する恐ろしい速さで盾の男が接近してくる。気が付いた時にはハンマー・ヌンチャクで殴りつけられ頭部を破壊される。


 仲間の無残な死に様を見せつけられて戦意を失い逃げる兵士を見つける。盾の男がゲラゲラと嗤いながらその背中を住宅街の奥へ追い詰める。それは吸血鬼が殺人鬼に追われる悪夢であった。


 破砕音と共に頭部が塀の向こう側に飛んで地に落ちた。……10名の精鋭部隊がものの数分で全員、頭を潰され全滅した。


 ゲートの電動自動車の横から不健康そうな風体の男が現れた。白髪で長髪の頭にはカメラ付きの片目ゴーグルの特殊ヘッドセットを付けていた。夜間迷彩服を着た細長い体は幽霊か死神を連想させた。そんなやせっぽちの男がヘラヘラ笑いつつドラグノフ狙撃銃を片手に出てきた。


 そこに住宅街を見回り、生存者獲物を探してきた大男がハンマーをぶら下げ帰ってきた。


「パーブロォ、他の獲物はぁ? それと女は殺すなよ?」

やせっぽちが粘着質な声でパブロと呼ばれた大男に声を掛けた。


「もういない、トーレス、他を回ろうぜ? まだ暴れ足りない」

不満げなパブロはやせっぽちトーレスに次の狩場をせがむ。近場にあった池に歩み寄り、血と脳漿にまみれたハンマーやアックスを洗い、兵士の衣服で拭う。


「じゃ、北部方面に回るか?」

外から銃声と騒音に引き寄せられたZの呻き声と臭いがする。トーレスは提案をしながら引き上げの合図をした。


「作戦地域範囲外だが……これ以上の獲物が居るのか?」

パブロは武器を収納してトーレスの提案に食いつく。


「それは判らん。だが、ボストンはコロニーが幾つもあって規模もデカイ。その中には眷属級が多く、原種も居るかもしれん」

毒性と悪名高いコンビに親しい同僚たちは居ない。トーレスは上司や補給部から情報をむりやり引き出していた。


「ふむ、ボストンか……」

パブロはトーレスの推薦と志願して養成所から飛び級で出た。トーレスのバックアップで初陣にて戦果を挙げた。そしてたった1年でトーレスと同じ序祭見習いじょさいみならいに認可された。更なる出世のため、大物を喰うべく先輩であり盟友であるトーレスと共に各地を転戦していた。


「とにかく、ここをずらかろうぜ、元お仲間のZと遊びたいなら止めはせんがな」

崩れ落ちた塀や焼け崩れた家屋の影から教会の戦闘員達が現れた。呻き声とともに足を引きずり手を2人に伸ばす。


「アレでは訓練にもならん。移動しよう」

Zを相手にせず2人は一目散に車に駆け寄り乗り込む。


「それでは北部に移動するぞ」

運転席に乗り込んだトーレスがエンジンをかけてそう告げる。


「パイセンの仰るとおりに♪」

パブロはニヤリと笑い後部座席で踏ん反り返る。助手席のシートは背もたれ部が壊されていた。そこにパブロがオットマンシートの様に足をドカッと載せる。

苦笑しながらトーレスは車を発進させる。電動自動車の静音性はZの反応を遅らせ、何事もなく通り過ぎて行く。


 街の外れのフリーウェイに乗り、北へ進路を取る。トーレスが暇つぶしがてら出撃前に上司から仕入れた話を振る。


「そういえば、パブロ、俺らの出身養成所、俺とお前さんしか生き残って無いらしいぞ?」

パブロとトーレスは同じ養成所出身であった。その年齢や性格は真逆だったが、その当時から仲が良かった。


「ほーん? 全員とはダッセェな、あのクソ生意気なジョシュアとかイケすかねぇフェルナンドとか初陣でお陀仏たぁ情け無い」

顔を歪めて罵倒するパブロにトーレスはフッと笑う。


「ジョシュアの隊は移動中に襲撃されたらしく後発の隊が発見した時は全員Zになってうろついてたらしい。フェルナンドの小隊は吸血鬼の中隊とやり合ったそうだ。相手を壊滅させたが、生き残りは古株2名ほどだったそうだ」


「ケッ、チンケな死に様だぜ」

鼻でパブロは馬鹿にする。かつての仲間にも容赦がない。


「まぁな、のうちは盾か囮しか役に立たないのはお約束だ。……お陰で俺たちは生き残っているんだがな」

彼らの悪評は味方、特に新兵や気に入らない奴を囮にして攻撃を受けさせる。その間に敵の頭や主力を探して潰す。生きていれば次も同じ手を使う。何度でも……。


「パイセンは上司でもベテランでもそれ囮にやっちゃうからね〜」


「政治でも経済、商売でもそうさ、表向きは綺麗事言いながら裏ではエゲツ無い汚さなのが真実だ。どんな手使ってでも高い地位につかなきゃ、食い物にされるのがこの世界の真理さ」

ヘラヘラ笑うパブロにトーレスはそう嘯き、一瞬だけ遠い目になった。


  気を取り直したトーレスは次のネタを話し出す。

例のZになった隊を処理した後発部隊はその身元を確認した。その中にジョシュことクソ生意気な新兵、ジョシュア・グランダンの遺体は無かったらしい。そして先日、眷属の部隊を叩くため伝説のサーキットライダーが現れたらしい。


「あ? 糞ったれジョシュが居ない? ほっとけよ。どうせ吸血鬼に捕まって今頃は吊るされているだろ。それにサーキットライダーの件はロートルだろ? 俺達新鋭の相手にならん。これも無視、かち合うなら潰すだけさ」

トーレスの噂話を一蹴し、パブロは不敵に言い放つ。


「志祭級を潰すか……不穏当な言葉だが……興奮して来たぁ」

トーレスはニヤニヤしながらアクセルを踏み込み、ハイウエイを飛ばす。そこには焦りも緊張も無く、楽しいイベントに参加するかの様だった。

するとタブレットにメッセージが入る。


”パブロ、トーレス、戦況を報告せよ”

「ちっ、報告の督促だ。多分、専任序祭アホ上司の指示だろ……」

 報告の督促を無視しようとするパブロにトーレスは車を止める。手元のタブレットを渡せと指示する。


 ”コロニーは壊滅、味方は増援部隊と交戦し全滅、我々は増援を殲滅し、生き残りを追跡し北へ向かう!”

トーレスはその文面をパブロに見せる。嫌な顔をして放置しろと手を振った。


 ”了解、相手コロニー、もしくは拠点を発見されたら連絡を、増援と補給を送る!”

そう返信が来た。それを見たパブロが感心するように頷く。

「物は言いようだぜ。流石パイセン賢いぜ!」


「これで増援依頼は簡単に来ないし、北で暴れても言い訳はつく、敵を追ってたらそこに着いたっつーてなぁ」

トーレスはそう返すとアクセルを踏み発進させる。


「連絡や戦略は賢いパイセンに任すよ。俺ぁ面倒なのは嫌いだ」

そう吐き捨て、パブロはビールの缶を開けて一気に飲み干した。


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