提案

 アニーは事務所を勢いよく道路に飛び出す。

そしてトラビスと先程の2人組、ジョシュとシュテフィンの後を追う。

追いかけようとするアニーの目の前に例の3人ともう1人が立っていた。

先程、アニーの隣に居た避難民系自衛アニー達の班長、フランク・オルトンである。

彼とトラビスが2人組を連れて配給所の前で立ち話していた。


「アニー、先程はお疲れ様でした」


 オルトンは駆け寄るアニーに気が付いた。

誠実な知性を感じさせる爽やかな笑顔でいたわる。


「嫌だオルトンさん、私、大した事はやっていないですよ」


気恥ずかしそうな笑顔でアニーは返した。


「いやいや、会議でダラダラ長時間過ごすより、ああして所々シメて貰った方がいい。飽きないから」


 オルトンはそう言って微笑んだ。

彼は南メイン州立大を首席で卒業したインテリである。

その上、ポートランド市警SWAT隊員警部で空手三段。

……夜間迷彩が包む細身の肉体はしなやかな鋼であった。

その好青年は避難して来たアニー避難民たちにとって頼れるリーダーなのであった。


「おい、オルトン、会議が短いのは賛成だが、ローデスのご機嫌取るのオレだぜ?」


 その後ろで渋い顔のトラビスが苦言を呈す。

揉めた後のフォローが面倒くさいのだ。


「大丈夫、お酒飲んで一晩経てば忘れてるって」


トラビスの苦言をアニーは茶化した。

以前は仕事が終わるとトラビスやローデス達はバーに繰りだす。

その日の憂さを晴らすのが日課だと地元民から聞いていたからだ。


「おぉ、ローデス、会って1週間の小娘ティーンに見切られてるとは……」


芝居がかった口調でトラビスは苦笑する。

実際、ビールかバーボンを奢れば機嫌も直ると踏んでいた。


「ああ、トラビスさん。ウォルさんから秘密の伝言だよ」


 アニーは他には聞こえないようにトラビスの耳元で囁く。

先程のウォルコットの警告を伝えると少し困った顔をした。


「んー了解、ちなみに2人はオルトンとこに預ける事にしたんだよ」

「え、どうして?」


いきなりの変更にアニーは戸惑う。

ただでさえ寄り合い所帯の自分達に異分子が増えるのだ。


「先程のは別として、うちン所は島々の島民顔なじみで構成されてるから余所者がくると人見知りして統率が無くなるんだ。しばらくは我慢させるつもりだったが……正直助かった」


 複雑な表情のトラビスが申し訳なさげに理由を述べた。

事実、トラビス班地元民メンバーは他の班や避難民達と微妙な溝がある。

避難民達はZを駆逐してさっさと地元に戻りたい。

一方、地元民はZから地元を守り、本土の避難民厄介者達はとっととお帰り願いたい。

その意識の差はじわりと浸透しつつあった。


「で、うちで預かると……」


納得しながらアニーはオルトンに向き合う。

そのオルトンにも理由があった。


「そういう事です。うちの班は郊外や近隣市町村からも見知らぬ人々が集まっているし、何より銃火器が扱える。労働力のある若い男手は是非欲しい」


 トラビスの理由にオルトンが話をつなげて来た。

もし市街地奪回作戦があった時、地元メンバーが全力で協力してくれる筈だが確証はない。

ならば、何処の馬の骨ともわからない風来坊の若者2人でも欲しいのが本音だ。


「ン~、確かに」


 話を聞いた考えながらアニーは同意した。

避難民で構成するオルトン班は40人前後である。

その半分の20名は年寄りと銃器取り扱い講習を受けたことのある女性であった。

しかも頻繁に発砲練習している人間はアニー、オルトンと他1名で、残りは講習受けて家に保管しているだけだ。


 ただ、地元の班も同じ様な実情で、訓練しようにも補給や援助物資が無い。

残り少ない弾薬の節約上出来ない。


「それじゃ、オルトン、後は任せたぜ。オレはいつものバーでローデス宥めてくるわ」


そう切り出すとトラビスは歩き出す。

湾岸事務所から向かいの坂の濡れた路面に店のバドワイザーの赤いネオン光が映っている。


「OK、任された。ではトラビスさん、用が済んだら私も伺うよ」

「おぉ? オルトン。あんたぁイケる口かい?」


オルトンの答えにトラビスはぴたっと立ち止まり、嬉々として振り向く。


「いや、ビール1~2本だよ。仕事柄非番にたまに呑む程度だ」

「それでもかまわんよ。待っているぜ」


 久しぶりにトラビスはローデス以外の酒のお供を得た。

楽しみにしながら、いそいそとバーに向かって歩き出す。

そこに待ったをかけて来た男がいた。


「ちょいまてぇぇぇい! 俺らはどーすんだ?! そうだ! 俺もバーに連れてYo!」

漫然と遣り取りを聞いてたはずのジョシュが話に割って入る!

「僕も行きたいなー」


隣のシュテフィンが続くと困った顔でオルトンがアニーに振り向く。


「あ、そうだ。アニー、頼まれてくれないかな?」

「なんですか?」


再び嫌な予感が頭をよぎりつつアニーは聞き返した。


「2人を中学校体育館避難民仮設宿舎に案内して私達の部屋に寝床を見繕ってくれませんか?」

「え? 私がですか?」


予感が当たったアニーは自分の行動がうかつ早く逃げるべきだったことに気が付いた。


「ええ、今からウォルさんに身柄を引継ぐ報告しないといけませんからね」


そう言いながらオルトンはやれやれと肩をすくめた。


「判りました。明日は班で何かしますか?」

「今はコレといっていないけどウォルコットさん次第かな……」


 返したオルトンの言葉には困惑が滲んでいた。

このままで良い訳が無い。

だが、上策も無い。

今はただ漫然と残り少ない物資を消費するだけだ。

頼みはウォルコットの作戦立案能力悪巧み次第だ。


「了解です。それとウォルさんにしっかり下さいね」

「ん、了解した」


オルトンは手を上げて踵を返した。

彼もまたウォルコットから同じ話を聞くのだろう。

……オルトンを見送るとアニーは渋い顔で2人に振り向く。


「さて……ついて来て」


 2人に声を掛けるとアニーは速足で歩き出す。

その後をシュテフィンとジョシュは周りをキョロキョロ見渡しながら交互に質問をしだした。


「バーは?」

「後でね」

「ねぇ君、名前は?」

「アニー、アニー・ネルソン」

「アニー、何処行くんだ?」

「聞いてなかった? 避難民の仮設宿舎代わりの体育館」


流石に鬱陶しくなり足を止めるが気にせずに二人は話し掛ける。


「どこにあるの?」

「この高台の建物」


高台へ向かう坂道を指すと諦めたアニーは再び速足で歩き出した。


「無愛想なネェちゃんだな……」


ジョシュの呟きに足を止めるとアニーは威嚇を混ぜ込んだ笑みで聞き返す。


「あんたらに愛想振りまいてなんかあるの?」

「……なんもねぇな……」


ジョシュはあまりの正論の無愛想さに苦笑するしかなかった。


 暫く坂道を3人が上って行く。

するとゴンクリート造りの地味な茶色の建物が見えて来る。

周りにはテントが建ち並び、ドラム缶で火をおこして暖をとる姿も見られた。


「うぁ、しょっぼっ!」

「文句言わない! どこも一杯なんだから」


あまりの貧相さに吐き捨てるジョシュをアニーは一喝する。


 実際、島の教会、役所等の施設は避難民で一杯だった。

3人はまっすぐに学校の正面玄関、右横の警備室に入る。

部屋にはソファと向かい合わせの事務机が4つあり、その上に寝袋が5つと毛布が積んであった。


「ここが貴方達2人の住まいよ」

「え? 個室?」


 てっきり他の避難民と雑魚寝だと思っていたシュテフィンが驚く。


「ここはうちの班の夜警詰め所で夜の当番の人は交代で詰めるの」

「はぁ? 俺ら24時間常勤状態かよ」


実態を知ったジョシュがアニーに不満を言う。


「まぁ、仕方ないよね。今のところ全部満杯だし、当番でなければ寝ていてもいいよ」

「えー、このガラの悪いのと一緒? いやだなぁ……」


今度はシュテフィンが文句を口にする。


「オルトンさんもここで休んでいんの! お互い様なんだから我慢なさい」

「アニー、この玄関挟んだ向かいの部屋は?」


やれやれと言った感のジョシュが置いてあった事務椅子に腰かけて聞いた。


「アニーさんと呼んで……つーか呼べ! 向かいはあたし達女性メンバーの部屋、性被害やDV等の駆け込み部屋になっているの」


 こいつ、態度悪いな……と思いつつ、アニーは強要しながら説明する。


「ほー、なるほど了解だ。それではとりあえず俺たちは明日から何をやりゃいいの? 教えてくれるか? アニーちゃん♪」


ふざけたジョシュのセリフにカチンする。

しかし、なんとか我慢したアニーは話を始めた。


「マジでムカつく……まぁいいわ、とりあえずは避難所と海岸線の見回り。あとは殆どが喧嘩の仲裁かな……」

「いざとなれば弾丸で吹っ飛ばす~と……」


 実際に銃口を向けられたシュテフィンが茶化す。

アニーはこいつもムカつくと思いつつ説明を続ける。


「海岸や磯にZが打ち上げられるようなら速やかにを処置する事、間違っても隣を狙わないようにね」


シュテフィンとジョシュ交互に見比べながらそういった。


「なるべく斧かハンマーで処置してね。弾が勿体無いので銃は最終手段」

「「了解」」


 2人の声がハモる同時に……ケッとそっぽを向く。

……その姿に呆れ返りながらアニーは早く終わらせようと指示を出す。


「ご飯はここの食堂へ行って済ませて、仕事に必要なものは湾岸事務所に置いてある。留守番の事務員に指示を仰いでね」


すると机に腰かけたシュテフィンが手を上げた。


「仕事内容は粗方わかった。生活用品や洗濯等は? あと禁止、NG行動も」


 質問を聞いたアニーは困った顔で考えて答え始めた……。


「生活用品は役場で旅行セットみたいなのが貰える。洗濯はシャワーを使って個人でやって……物品と場所があればいいけど……」


現状を聞いたシュテフィンもジョシュもやれやれといった顔で天を仰いだ。


「後、禁止NG行動だけど……」


 そこでアニーは考えを一旦まとめる。

そして分かりやすいようにわざと区切って話し出した。


「1・単独での本土への渡航、渡りたい時には班長オルトンさんとウォルコットさんに報告の上、2名以上で渡る」


「2・Zを発見し鹵獲もしくは身内がZ化して匿う事は禁止、Zは速やかに駆除しなければいけない」


それを聞いたジョシュの顔に疑問が生まれた事にアニーは気づいた。


「ああ、ガモフ先生のZ? それはウォルコットさん承認付で島の向こうに見えるゴーグス砦でZの生態調査の試験体だね。仮にZが増えてもあの島だけなのとが出たのでとりあえず承認されたみたい」

「納得」


説明にジョシュは溜息交じりで返した。


「3・他の班といざこざ起こさない。……何よ?! 文句ある?」


恫喝したアニーは2人のお前が言うか!? という視線が痛かった。


「4・[アメリカ国内法に従って行動せよ]って言うのは基本ね」


ハイハイ、お約束と言った風の2人を見てとりあえずは以上と締める。


「あとは何か有る?」


 一応アニーは聴いてみた。

すると今までのジョシュの雰囲気が変わり、真剣な表情で聴いてきた。


「アニー、少し良いか?」

「え? 何?」


雰囲気に気圧されたアニーがドギマギした。

それをスルーしてジョシュは質問を始める。


「先程の女子供が集団で消えた問題だが、アレは何処有った? 規模は? 詳細を知りたい」

「細かい内容は私達も分からない。米海軍の無線で本土の一部や離島の避難所でそういった事件、米軍を騙った集団がいるので注意して欲しい。と放送が有ったとしか情報は無いわ」


 ウォルコットの受け売りをそのまま伝える。

ジョシュはそれを聞いて一言呟いた。


「ほう、偽米軍か…」

「何か知っているの?」


アニーはウォルコットに頼まれた事を思い出して聴いてみた。

しかし、ジョシュははぐらかすように答えた。


「さてね。色々な意味で情報が少なすぎて判断が下せない」

「どういう意味?」

「意図的に逃げ出したかもしれないし、ギャングに生贄代わりか労働力として拉致されたかもしれん。その状況と相手の情報が少なすぎる。そんな状態での推論は妄想に過ぎないさ」


がさつで直情型のイメージのジョシュが意外と的確な考えを口にした。

それを聞いたアニーとシュテフィンは目を丸くする。


「ではジョシュ先生、今後はどうすればいいと思う?」


 負けじとシュテフィンが茶化し気味に聴く。

だが、ジュシュは全く相手にせずに続ける。


「例えばここなら、地元民と避難民の混成編成で各島々の海岸線を重点に見回るしかないだろね」

「え?! 混成するの?」


その提案を聞いてアニーは困惑した。

間違いなくモメて機能不全になるからだ。

それでもジョシュは淡々と考えを述べる。


「理由としては地元民だけでは関係者等の判別は可能だが、襲撃者が複数上陸した場合、巡回する人数が1~2人だと最悪、犠牲が出る」

「まぁ、そうなるわね」

「ところが避難民だけでは地元や他の島の住人達を完全に見極める事ができない。誤報発生や同じ様に後手に廻る。ならば30分ごとに各班から2:2で混成させる。有事の際は1人は連絡で詰め所まで走らせて、3人で時間稼ぎの対処させりゃいい。先発か後発組が援軍として来るまでな……」

「へぇ……意外に賢いね」


さらに目を丸くしてアニーは感心する。


「意外は要らないぜ」


ジョシュは頭を掻き、苦笑いをして答えた。


「でも……偽米軍なら堂々と直接、港に来るのでは?」


 再度シュテフィンが突っ込んだ。

ジョシュはすでに織り込み済みで冷静に考えを口にした。


「その可能性は低い。何故ならラジオの警告で《偽米軍》が徘徊しているとわかった以上、此方も警戒するだろうと相手も把握している筈、ならば、海岸線に居る避難所の前に横付けしたら自然に避難民は駆け寄ってくる」

「なる……」


不満が溜まっている避難民達はそのような船が来たら真っ先に飛び出していくだろう。

シュテフィンは先程の風景を見て容易に推測できた。


「じゃ、明日一番にオルトンさんとトラビスとウォルさんと協議しないと……」


 そう言ったもののアニーは頭を抱え始める。

トラビス自体は人懐っこい、いいおっさんなのだ。

だが、如何せん取り巻きが閉鎖的なのだ……。


「ハァ……俺も付き合おう。俺が言い出しっぺだしな」


思い悩むアニーを見て、ジョシュは溜息をついた。

そして苦笑交じりに言った。


「じゃ俺も……」


おずおずとシュテフィンが手を上げる。


「ちょっと待て、なんでお前が来るんだよ!」

「援軍は多いほうがいいだろ」

「援軍? 足引っ張るなよ」

「自分で勝手にコケるのに?」

「お前……オモテに出るか?」


 外を親指で指しながら殺意の籠った表情のジョシュが恫喝する。


「ジョシュ……後ろ」


顔を引きつらせたシュテフィンが後ろへ指を指す。


「あ? なめてん……あ、どうも~」


 振り向くとジョシュの殺意ソレを上回る銃口特濃の殺意がそこにあった。

夜叉の顔になったアニーがブチ切れてグロックを突きつけていた!



「あんたたちトラブルはご法度でしょ!? さっさとシャワー浴びて速攻で寝ろ!」

Yes! Mam!はい! 姐さん!


2人は手近にあったバスタオルを引っ掴み、どたばたとドアに殺到する。

それを見つめ、アニーは銃を仕舞うと事務椅子にもたれて溜息をついた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 その頃、オルトンはバーに向かって歩く。

頭の中で先程聞いたウォルコットの話を反芻する。

確かにあの2人は何か隠している。

それに1週間も単独無傷の状態のまま生き抜いた能力は多分自分達それなりの訓練終えたクラスだ。

だが、あの若者たちが何処でそれを身に付けて来たのか?

運、それとも何かの策略なのか?

頭に浮かぶ疑問は尽きなかった。


 突き付けられた疑問を推理しながらバーのドアをくぐる。

いつもなら大勢の人間が屯しているはずの店内は数人の客しか居ない。

店内のカウンターの中央にショットグラスを大事そうにチビチビやりながらトラビスが座っている。

入口のオルトンに気が付き手を挙げて呼ぶ。


「おう、ご苦労さん」

「お疲れ様、トラビスさん、ローデスさんは?」

「野郎、俺、秘蔵のウイスキー1本呑んで帰っていきやがった。……それとトラビスで良いぜ。お嬢アニーにもそう呼ばせているがご丁寧にさん付けしやがる」


 ローデスを酔わせて送り出したトラビスは屈託のない笑顔でそうボヤく。


「有難う、トラビス、そう呼ばせて貰います。私もフランクで良いですよ」


そう言ってバーテンのマットにビールを頼む。


「いいのか? 品切れ続出でバドしかねぇときてやがる。しかも小瓶で10ドル」


 トラビスがツッコミ気味にぼやく。

Z発生前ならでかいピッチャーで出してくれる値段だ。


オルトンは笑顔で20ドル紙幣を出してお釣りとバドワイザーの小瓶を受け取る。

そして一気に呷る。

……炭酸で喉が焼ける感覚と同時に少しホッとした気がした。


「さて……ウォルに話を聞いたか?」


落ち着いた姿を見てトラビスがゆっくりと尋ねる。

オルトンはストールに座り、溜息交じりで答えた。


「ええ、しっかり話を聞かないといけないでしょうね」

「両方とも悪党には見えないな……」

「善人でもないでしょう。あの若さで能力が一般兵士並みかそれ以上だ」


 トラビスがショットグラスをチビリとやって頷く。

浮き出た眉間の皺は喉を刺激するウイスキーか問題のせいか……。


「何か隠しているのは確実だが……」

「そこですよね。藪蛇になりそうな気がします」

「お前さんもそう思うか?」

「はい、あの訓練された動きは早々出来るものではない。もう片方もあの華奢な体格に不釣合いな耐久力タフネスと頑強さ……コミックのヒーローじゃあるまいし」


先程の一連の騒動を思いだした2人はほぼ同時に頷く……。


「一度、事務所に呼んで話を聞くか?」

「アニーに探りを入れてもらっているそうですよ」

「お嬢か……股間か眉間に穴開けられてなけりゃいいけどな」

「アニーがですか?!」


 話を聞きながらボトルを飲み終えたオルトンが慌てる。

アニーが危ない! そう判断し立ち上がる。

だがトラビスは苦笑いをしながら制止した。


「まぁ、まてよ。アニーが連中を始末しかねんって事さ。人を撃った事は無いが銃火器飛び道具もたせたらここではダントツだぜ?」

「でも、万が一……」

「仮にアニーが射殺バラされたら対抗できるヤツは早々居ないぜ。……連中が善人である事を祈るさ」

「ははっ……」


理由を告げられオルトンが力なく笑った。

今晩、事件が起こらなければ、少なくとも今後やっていける可能性はある。

むりやりオルトンは納得した。


「今頃、椅子に縛り付けて眉間か股間にグロック突きつけながら尋問してるかもしれん……」


 オルトンはその光景を妄想して噴出すると背後から声が掛かる。


「過激ですねぇ……」


いつの間にかニヤニヤしたウォルコットが後ろに居た。


「うぉ?! ウォル! あいさつぐれぇしろや」


驚いたトラビスが目を剥いて文句を言う。


「それは失礼、楽しい談笑の腰を折るのも無粋を思いましたから」


静かな笑顔のウォルコットは事も無げに返す。


「あ? ウォルおめぇ、酒ぇ飲めなかったんじゃねぇかぁ?」


 ウォルコットはバーテンのマットを呼ぶ。

段々呂律が酔っ払いのになりつつあるトラビスに水、オルトンにビールのおかわりを頼む。

その隣の席に腰掛けて自分にはコーラを頼んだ。


「飲めないのでなく飲まないだけですよ。それにここに来たのは店の在庫確認です」

「え? そんな事もしているんですか?」


 意外な告白にオルトンが驚く。

ウォルコットは涼し気に説明しだした。


「ここをはじめ5~6軒の商店が食料と物資の闇物資の供給元ですからね。実は闇物資でさえも配給制なので多少の余裕がないとね」

「な……ばれて……ええ?!」


 実は闇物資の事情を知って居たトラビスが真実を知って絶句する。

黒幕のウォルコットとバーテンのマットを交互に見た。

実はこの状態になって2日後、ウォルコットが店にやって来た。

そして品物を裏で回すから、闇で物資を市場に供給しろと提案する。

完全配給だと民衆内に不満が溜まる。

そのはけ口として闇物資が必要だ。

だが、それも大量に消費されるとすぐに枯渇する。

小出しでしかもそれなりに高く、それも実は配給分なら支配しやすい。

……そう説得されたのだった。


「しかしウォル、おまえさんそこまでやるか?」


 その手法に呆れ返ったトラビスがそうボヤく。

しかし、いつもより真剣な顔でウォルコットは語り出す。


「仕方ありません。援助物資が来るまで全ての市民に最低限の物資を渡すため、遣り繰りと運営をしなくてはなりません。その為なら檻に入ろうが袋叩きにされようがやり遂げますよ」

「そこまで覚悟をされてましたか…」


オルトンはその覚悟にそう呟くだけで何も言えなかった。


「とりあえず貴方がた、幹部級の方には告げておいた方が良いと判断しました。ただ、じきにそれも徒労と成るかも知れませんがね。マット、申し訳ないけど、もう少し黙っててくださいね」


 ウォルコットの苦労人の顔がより苦渋に満ちる。

それを察したトラビスが尋ねた。


「そんなに状況はヤバいのか?」

「よく持って1週間」

「え、それだけ?!」


ウォルコットの報告にオルトン達が目を剥いて驚く。

まだ2週間程度は持つと思っていたからだ。


「食料が絶対数足りない。命懸けで本土にある市内の商店から補充するか、救助が来るか? ですね」


 ウォルコットがこめかみを抑えながら呟き、2人が愕然とする。

無表情でグラスを磨くマットでさえも目を見開くほどヤバい状況だった。

元々人口500人程度の島が一夜にして、避難民も含め2000人以上になる。

物資もあっと言う間に無くなるのも当たり前だ。

勿論、他の島々も同じ状態であった。

そこをウォルコットが集中管理して持たせてきたのだ。


「もう一度地元の仲間を説得してみるか……」

「本当にお願いしますよ」


 仲介を買って出たトラビスにウォルコットは切実に頼む。

そこにオルトンが思い出したように聞いて来た。


「そういえば今日来た2人組、少量の物資をバスで運んで来た。と言ってましたね?」

「おー、言ってたな、アテになるのか?」


トラビスも同意して聞いて来た。

……何かを嗅ぎつけたらしい。


「分かりませんが、少しでも補充になれば良いと思いまして」


オルトンの思い付きを聞いたウォルコットが顎に手を当てながら呟いた。


「色々な検証を試すいい機会かもしれませんね」

「なんだ? おい、その検証って……さっきの?」


嫌な予感がしてトラビスが聞き返す。

にやりと笑いながらウォルコットが検証悪巧みの説明を始めた。


 本土に近い島々から、Zが対岸に集結している報告を多数、寄せられていた。

だが、島から離れている場所、内陸部にはほとんど居ない。

そこで匂いか音か何かに反応するのを検証し、応用する。

チェビーク島近くに本土に橋で繋がった島がある。

そこへ大量に誘導、集結した上で封鎖して閉じ込めてしまえばいい。

そうすれば暫くの間、市内にはZが少なくなる。

それなら多少は本土から食料・資材を調達しやすくなるのでは? 

と、そういう策を考えていた。


 そこに例の2人組がバスを乗り捨てた波止場に目を付けた。

港の北端にあたる通称、オーシャンゲートウェイ。

Zが大量に居るメインストリートのフランクリンストリートから少しだけ外れている。


 仮にZが音に反応して集まる習性があれば誘導が可能である。

港があるフォア川から南端のキャスコベイブリッジまで誘導できるはずだ。

海上にて数種類の音を大音響で出し、その反応を観察するのだ。

誘導が成功すれば、ベイブリッジ付近にZを大量に集める。

そしてバスの物資を新入り2人と一緒に回収する。

もし本当にあるのであれば……。

もしなければギャングの手引き疑いで置き去りにして生き延びてもらう。


「なるほど、2人の検証も兼ねるわけだ」


 トラビスは頷きながら作戦とその内容に納得する。

ウォルコットも頬を掻きながら意見を述べた。


「ええ、彼等には悪いですけどね。疑いは自分の手で手土産持参して払拭して頂いて貰おうかと」

「危険な任務ですね。……私は反対です」


 眉間に皺を寄せながらオルトンは反対した。


「何故だい? 理由は?」


トラビスが彼らしくない優しい反応で返す。

いつもならうるせぇと怒鳴り返すのがお約束の男が……。

その真意を察してか冷静にオルトンは理由を説明し始める。


「理由は3つ、音に反応しなかった場合は多数のZに対して少人数で対応しなければならない事。彼等が手引きだった場合は回収の班に被害が出る。最後は運び出しの最中にZに襲われる可能性があるという3点です」


「ふむ……」


 理由を聞いたトラビスは考え込んでしまった。

疑惑があるとはいえ人間をおいそれと危険な所に行かせたくはない。

だが、晴らせる疑惑は晴らしてやりたい。

その人情味ゆえに地元民からリーダー的存在になっている。

それだけにオルトンの理由も理解出来る。

地元民なじみがジョシュ達と同じ立場なら同じ事を考える。

……それを聞いたウォルコットは提案してきた。


「音の実験ですが、音で集まらなかった場合はバスの中を確認して撤収です。それで彼等の疑惑も少しは晴れると判断します。手引きだった場合……これは回収に射手3人を彼等に付けて対応していただきます。それは貴方達2人とアニーです」

「それは良いが……」

「失礼ですが貴方達2人は人を撃った事がありますよね?」


 事実、過去にトラビスは中東で、オルトンは警察の任務で経験射殺はあった。


「やな事思い出させやがる」


 トラビスは苦虫を噛み潰しながら不機嫌そうに言った。

オルトンにいたっては感情の乏しくなった顔を向ける。

……かなり不機嫌になっていた。


その2人に向き合いウォルコットは真摯に訴え始めた。


「失言を謝罪いたします。申し訳ありません。ただ、アニー17歳の少女を緊急時でもない限り、我々大人がやらせる訳には行かないのです。彼女は前途ある若者であります。相手は罪人とは言え、殺人を極力させたくありません。勿論貴方達にもですが……万が一の事があります。その時はどうかお願い致します」

「わかりました。謝罪を受け入れます。任務も了承します」


ウォルコットの真意を聞き入れたオルトンが呟く。


「しゃーない、お嬢にやらす訳にはいかねぇからな」


それにトラビスが続いて了承する。


「有難う御座います。3番目は3人の射手に頑張って貰うとして……私も参加します」

「え?! ウォル、お前さんが?」


 ウォルコット知る地元民にはザ・裏方、事務畑人間と思われてた。

それが参戦の意志を宣言してトラビスは目を丸くした。


「皆さんを危険な目に合わせて自分は後方で……なんて私はエライ身分ではないのでね。自分の立てた策は自分で確認し、時には緊急指示や格闘に運び出しをお手伝いしないと……」


頭を掻きながらウォルコットは真摯に呟いた。


「了解した。で、どうするね? 明日やるか?」


その意思を汲んだトラビスは機嫌を取り直してノリノリで聞いてきた。


「お昼に決行しましょう。それまでに人員を決めて必要な機材を集めましょう」


 ウォルコットは事がうまく進むことを願った。

成功すれば、この後の市街地奪回作戦に目処がつく。

喉を鳴らしてコーラを飲み干すと心の中で呟いた。


 翌朝、アニーは2の初めての仕事、朝の見回りついでの島内案内付き添いを終えた。

詰め所に帰る途中、ウォルコットに呼び出される。

ついでに昨晩の件について具申をしようと2人を連れて湾岸事務所に向かっていた。


 港に人出はまばらで殆どが地元の漁師達だった。

彼等の働き水揚げのおかげで食料事情がギリギリ維持出来ているのだ。


「おはようございまーす!」

「おう! アニー、おはようさん」


 笑顔のアニーが道行く人達に挨拶を交わす。

Zによる黙示録な世界である事を忘れる漁港の光景である。

港の湾岸事務所前には活気とそれに応じた人だかりがあった。

事務所前の人込みを避けながらアニーはドアを開けて入った。


「おはようアニー」

「おう、お嬢、おはよう」


 ごく普通の朝のようにトラビスとオルトンがのんびりと挨拶して来た。

椅子に腰掛け、向かい合わせでコーヒーを啜る。


「おはようございます。トラビスさん、そのお嬢って呼び方辞めて貰える?」

「何、気にすんなって、皆、アニーお嬢には一目置いてるんだから…」

「いや、そう言う事じゃなくて……」

「新入りさんもおはよう」


  トラビスは取り付く島もなくアニーの苦情をかわす。

それをよそにオルトンがジョシュ達に挨拶する。


「「おはよーす」」


 爽やかにオルトンに挨拶されて声を揃えてぶっきらぼうに返す。


「この2人、仲悪くて困るんですよね。寄ると触ると喧嘩腰になる」


昨日から世話役のアニーがボヤく。途端に2人が騒ぎ始めた。


「あ? コイツの物言いが……」

「何言っている! オマエの態度が……」


言っている端からジョシュとシュテフィンが又、喧嘩を始め出した。


「あー、わかった、わかった。とりあえず2人とも話を聞いてくれるか?」

「あ? 何すか?」


トラビスの取り成しついでのお願いにジョシュが振り上げた拳を止めて振り向く。


「昨日言ってたバスに食料の件だが、どれだけ持って来た?」


2人の仕草を観察しながらオルトンが聞いた。


「缶詰とかザッと80ケースかな、酒類ウイスキーは3ケースほど」


「何だ、ビールは無いのか……」


トラビスの取り成しついでのお願いにジョシュが拳を止めて振り向く。


「ビールは5ケースほど持って来たはず」


胸倉を掴んだ状態でシュテフィンが付け足す。


「おー、一晩分だ……自衛団の親睦会やるか」


一転トラビスが嬉々とした表情に変わる。


「え、それ聞いてどうするんですか?」


 不安に駆られてアニーは訝しげに聞いた。

オルトンは昨日ウォルコットが立てた検証実験を説明した。

勿論、2人の処遇については省いて…。


「へぇ……実験か……」


実験に興味を抱いたシュテフィンが手を離して呟く。


「とりあえず、俺、なにすりゃいいの?」


戦闘態勢を解くとぶっきらぼうにジョシュがオルトンに聞いてきた。


「2人は他の3名と手漕ぎボートでバスに接近して、なるべく音を立てずにZを排除して物資を運び出してもらう」

「え! こいつとコンビ?! 班長オルトンさん、それマジで止めてくれない? ……命が2ダース以上要るぜ」


 ニコニコしてオルトンは説明する。

しかし、ジョシュは指を2本出して拒否する。

それにシュテフィンも追随する。

 

「僕も同意見です」

「お? 意見が合うとは気があっている証拠だな」


ニヤニヤしながらトラビスが弄りだす。


「おっさん弄っているけど、こいつバスでわざわざZ跳ね飛ばしまくるわ。炎の中突っ切るわ無茶苦茶だぜ?」


 眉間に皺寄せたジョシュ被害者が口を尖らせる。

後ろでシュテフィン加害者が言い訳を始めた。


「実験は大事だし、炎の中は緊急の行動だ!」

「実験は別にやれや、避難中にやるもんじゃねぇ、それに炎の中突っ切るのは緊急でないわ! ボケェ!」


 再度いがみだす2人に対し、オルトンはスッと割ってはいる。

全身に覇気を漲らせ真顔で話し始めた。


「とりあえず、私とトラビス、アニーが一緒に行く。君らのバックアップとお目付け役だ。もし、現場でいがみ合ったり、チームを危機に晒すようなら私は。2人ともいいね?」


「お、おう」

「わ、わかりました」


オルトンの真剣さに威圧された2人は返事するのが精一杯だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る