隠蔽

 その頃、4階の白い大理石の壁にレリーフが彫り込まれたオーク材質の扉がアクセント代わりに居並び、床は最高級のカーペットで靴を包むような荘厳な通路は血と硝煙の臭いで満たされ、銃声と断末魔の声を響びかせつつ銃撃戦は続いていた。


 無数に現れる護衛の兵士を銃撃でなぎ倒し、殴り倒して銃を奪い進む。スタイリッシュな戦闘をするイメージがあるJP達だが、実は泥臭く禁じ手も使っての任務遂行が真骨頂であった。


 しかし無駄に部屋が多く、次第に困惑してきた。


「今度はなんだぁ?! ゲストルームか? 応接室か?」


 ホセがぼやきながら部屋を蹴り開け、素早く壁に身を隠して部屋を確認し、これで5か所目のゲストルームだとわかると露骨に舌打ちをして通路を進む。


 途端に背後の部屋から出て来た兵士から銃撃を浴びそうになるが、横っ飛びで掻い潜りマシンガンで射殺する。


 その向いの部屋からJPが現れ、首を振って成果を示す。当初は2人で掛かれば何とかなると踏んでいたJP達は部屋数と警備兵の想定外の多さに閉口した。


「スタンとジョシュの所に行かずにこちらに全部来たんじゃねぇの?」


 通路に面したエレベーターが開き、通路に出て来た部隊を手榴弾で薙ぎ払って倒した後、弾切れ寸前のマシンガンを捨てて倒れた兵士が持っていたライフルと弾倉を分捕ったホセは愚痴をこぼす。


「仕方あるまい、相手の親玉の居るエリアだ。手薄になる方がおかしい」


 後ろに出来てた兵士を振り向きざまに撃ち殺したJPも倒れた兵士の銃で補充する。そこでやっと護衛の増援が切れた事に気が付く……


「さて、一気に執務室か私室に突っ込むか……ん?」


 後方の降りて来た階段のドアが開き、一人の男が出て来たのをホセが見つけた。


「あれが噂の?」


 その佇まいの湧き出す敵意にJPは正体がホセやジョシュが見た男と察するが、横のホセが刮目する。


「あれ? ……ありゃ、ヤバいぞ。前よりめちゃくちゃ強くなってる」


 前の茂みから出ていた殺気は遠くのジョシュでもわかるほど濃いものだったが、今度は周囲の空気が歪んで見える程のはっきりとした異質なレベルが出ていた。


「じゃ、つっかけてみるか」


 JPがそう言うとライフルを男に向けてフルオートで放つ! それが合図となり男、キリチェックは猛スピードで走り出し横の壁を蹴り、物理法則を無視したような動きで飛び跳ねて弾丸を回避して急接近する。


「JP、先行っててくれ。俺はこいつと遊ばせてもらうぜ」


 ホセはにやりと歯を向いて笑いながら突っ込んで来るキリチェックに向かって踏み込み、お互いに上段蹴りを合わせ対峙すると両者譲らずに激突を開始した。


 横蹴りのジャブ連打でキリチェックが牽制を入れるとそれを避けて高速低空タックルを仕掛けるホセ


 それを切りエルボーをその背中に叩き込む。対するホセもキリチェックのボディに連打を浴びせつつ壁に押し付けるがそれを嫌って蹴り飛ばして間合いを取る。


 リーチとスピードのキリチェックがパワーと頑強さのホセと微妙な噛みあいを見せながら格闘戦を繰り広げる。


 JPはその戦いを一瞥さえせずに先に進みアンソニーの執務室に向かうが、それらしき部屋はなく秘書室と書かれた部屋があるだけだった。


 とりあえず調べる為、扉越しに気配を探る……居ない……


 瞬間にドアを蹴破り、壁に隠れる。……やはり誰も居ない。


 銃を構え中に入ると通路状の部屋になっており、秘書の机とその後ろに給湯室らしきキッチン、中央には両開きのドアがある。どうやらここが当たりらしい。


 すると前方の部屋から機械音と共に気配が2つ発生したのが分かった。ボソボソと会話をしながら家探しをするような騒々しい音を立てて……


 JPは何となく誰が居るか察しが付くと両開きのドアを開ける。そこには家探しの最中でも瞬時に銃を抜いてドアに向けていたジョシュとシュテフィンが居た。


「やはりお前らか」


「おお、首尾は? って……聞くだけ野暮っぽいね」


 渋い顔で勘が当たって残念そうなJPにその顔をみて苦笑するジョシュ達


「そちらは?」


「証拠になりそうな実験データ入りPCにマーティとソフィア、捕らわれてた女子供を解放して、現在アンナやアニー、スタン達が脱出誘導させてます」


「ふっ、まぁまぁだな」


 シュテフィンの報告を聞き、少しだけ口角が緩むようにしてJPが評価する。シュテフィンはこの指導教官JPの要求のエグさを痛い程知って居るので評価をすることが驚きだった。


「だろ? 俺らはここで証拠の品を探してから2階に移動する。このエレベーターは2階に止まってたからね」


そんなことは全然知らないジョシュは相変わらずの対応でやり取りをする。


「それでは俺が先に2階へ移動するからお前らは後からホセを連れて来い。例の猟犬と遊んでいるはずだ」


「ああ、かなり強化されてるらしいからオッサンでも手を焼いてるだろね。そうそう、アンソニーはかなりやらしい洗脳術を使うからまともに会話してはダメだぜ?」


 また下手なジョーク洗脳使い相手にボケだと思いつつJPは情報源をジョシュに尋ねる。


「どこ情報だ?」


「先程、洗脳から開放されて亡くなったゼラルゼスの談話」


あいよアエイト


 (そういう事か……スタン達も苦渋の選択だったろう)


 そう思いやった。それは介錯の事ではなく弔い合戦をしたいのだが2人では明らかに戦力不足であり、足手纏いアニー達が居れば、猶更撤退しか選べない。


(まぁいい、俺達が始末すればいい事だ)


 家探しの中のジョシュ達を置いてエレベーターに乗り、2階を押すと天井の板を外してよじ登り、そのまま張り付く。


 扉が開いた瞬間、沈黙が起こり気配を読んでから天井から降りる。


 そこにはがらんどうな部屋になっており、ドアをそろりと開けると他の職員の部屋と同じ外見になっていた。


「ここまで徹底してるとは恐れ入る」


 その自分の居場所を徹底的に隠そうとする意志がありありと伝わり、JPは思わずつぶやいた。


 だが、ここが本拠地であるならば休むための部屋は必ずあるはずだ。それも移動を極力せずに誰にも見られることが無いように……


 JPは周囲を警戒して誰も居ないことを確認するとドアを開けたまま通路に出る。このフロアは私室は全部カードキーになっており、先程1階のモニター室で手に入れたマスターキーカードを取り出し、手始めに最も怪しい向いの部屋のドアを開ける。


 ―― ピッ ――


 センサーがカードを読み取っているはずだが一向に明かない。……


(ここか……)


 下手に工作すれば警報が鳴り、此処に兵士が集合してくるだろう……覚悟をして鍵の機構部分を調べようとするといきなり後方のエレベーターが開き、シュテフィンがレイジングブルと何かカードを手に持ち降りて来る。


「どうした?」


「証拠になりそうなHDDハードディスク見つけたんで俺達は2手に分かれて来たんですよ。ほーんで机に有ったカードキーとHD持ってJPの手伝いに……」


「ん? それを貸せ!」


 シュテフィンが手にしたカードキーを見てJPは有無を言わさずにもぎ取るとカードリーダーに通し、電子音と共にガシャリと音がする。


「でかした」


 一瞬、シュテフィンに呟くとJPは銃を構えて中に入る。そこにはベッドに冷蔵庫とノートパソコンが置いてある殺風景な部屋だった。


 部屋に入るなりシュテフィンはPCを作動させると盾に紅白の二等辺三角形が交差するバートリー家の紋章が浮かび上がる。


「当たりだね……言語がロシア語……?」


「ハンガリー、マジャール語だろう、バートリーの母国語だ」


 冷静に分析しつつJPはシュテフィンに話しながら冷蔵庫を開ける。


 未開封の血液のボトルが1本、今日の日付と採血時間が掛かれたラベルのものが置いてあった。多分下の採血エリアから取られた物だろう。私室である確証を得た時点でJPが動き出した。


「此処が私室か……ザっと家探しして奴を追うぞ! 急げ!」


 JPはシュテフィンの尻を叩きながら家探しを始めだした。

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