洗脳

「その時点でドラガン……いえ、キリチェックはアンソニーにどっぷりと溺れていた。アンソニーの意のままに行動する。私達チームよりあの男アンソニーが今の忠誠対象……私もそうだった」


 そう言ってスタンは応急キットの処女の血液をキャロルに飲ませると幾分落ち着いて話せるようになると事のいきさつを語り始めた


 待ち構えられたチームの宿舎で食事をしながらアンソニーはキャロルの心をゆっくりと解放していく。


 世界最高峰ともいえる傭兵チームの花形である戦闘担当であるレギュラー主力組と違い、潜入諜報工作スパイ担当ゆえの地味さ、常に単独で敵地に乗り込むプレッシャー、ミスした時のリスクの大きさで心は既に大きくひび割れていたのをアンソニーの巧みな話術で引き出される。


「その時は話を聞いてもらい嬉しかったし、すっきりしていた。その後メモリアルホール中央政庁で任務失敗して、キリチェックに救出され邸宅で待っていたアンソニーに会った時に私の心は一度、蹂躙された」


 そう言ってキャロルは発作が起きたように咳きこみだした。


「キャロル!」


 リカルドが周囲を警戒しながら呼びかけ、ジョシュは背中を優しく叩くと発作が多少楽になったようで手を上げて感謝を伝えるも必死に話を続ける。


 それは敵の能力に関する情報を戦友に伝えねばならない最後の意志だった。


  「ありがとぅ、楽になったわ。それでアイツは優しい笑みを浮かべて失敗して落ち込むアタシにこう言うの【失敗は誰にでもある。君だけが責められるのはおかしい】と【指揮官や仲間が無能で無関心だから君やドラガンが非道い目に遭うんだ! それが僕には我慢できない!】……そう言って同情しながらチームから離反するように、自分が守ってやると言わんばかりに……人の弱気な場面で最も弱い部分を巧みに突き、その人の最も大事なモノや人の位置に自分が取って代わるように囁いて来る」


「それで洗脳されたと……」


 ジョシュは抱きかかえながら考えていた。ジェイクの日記にもそういう記述があったからだ。


「ええ、けど掛かり具合が弱かったらしく、大概キリチェックと行動を共にした。キリチェックの監視も兼ねてと称してね。今にして思えば相互監視させて洗脳効果を補正させてたのかな……」


 そうキャロルは自嘲気味に笑うと徐々に顔色が悪くなるも話を続ける。


「スタンやアンタらジョシュ達に行動や任務を阻害され続けたお陰ですっかり立場をなくした私達は疲労困憊で此処に異動してきた。そこでキリチェックは過労で倒れ、私も催眠ガスで眠らされあのジェイクの研究チームに引き渡された。特殊な能力を持つ吸血鬼に他の特殊能力の持たせる遺伝子強化実験の実験体にされた……」


 その場にいた全員が言葉を失う……味方にこんな惨い仕打ちを……


「隔離用カプセルベッドに閉じ込められて、止まることが無い痙攣、痺れ、全身を貫き続ける痛みの中、私はジェイクとアンソニーの話を聞く。【両方余命幾許も無いですがキリチェックは辛うじて成功、キャロルは失敗でした】とジェイクが笑って答えれば、アンソニーも笑いながら【そうか、では後は君らにあげるから好きにすればいい】とね」


「くそが……」


 うっすらと涙目になって怒りに震えるリカルドが呟きながら銃を握りしめる横でスタンは無言のまま頷きながらキャロルの手を握る。


「それでこの様よ。私達は研究スタッフが侵入者を始末する為に開放されたんだけど、何も知らないキリチェックはアンソニーの危機下の階の戦闘を感じ取り、命令を無視して真っ先に下に降りて行った。私は仕返しに研究スタッフを始末してジェイクに治療するように詰め寄ったけどもう手遅れだってさ……笑えるよね。あんだけスタンリーダーに気を付けろって言われたのに……」


 自嘲するキャロルを見つめてスタンは必死の面持ちで訴える


「キャロル、生きろ! ゲオルグ・ランバート教授に診て貰おう。あの天才教授がこの近くに来ている。血液呑んで延命して治療を受けよう。なーんにも心配要らない。 グレッグもダーホアも来ているし鍼灸治療もすれば……」


 その言葉の途中でキャロルは咳きこみだして痙攣も始まった。今度は麻酔薬を打ち、血液を飲ませるが息が前より苦しそうで顔も黄疸が出ていた。辛うじて発作が収まり会話を続ける。


「スタン、リカルド、ありがとう。お願い……私を殺して……楽になりたい」


「キャロル……」


 絞り出すように懇願するキャロルにスタンは苦虫を潰したような泣き顔をする。


 過酷な任務、作戦に置いて死傷者が出るのは傭兵稼業では当たり前で足手纏いの戦友を介錯するのは当然の行動義務である。また、自身も指揮官として部下に死んで来いと命令せざるを得ない立場である。だが、その手の行動は出来ればしたくないのはスタンの甘さ我がまま・欠点であり、オーウェンが常に憂慮し、事有るたびに苦言を呈すのであった。


 今その試練がスタンに圧し掛かる……


 しばらく目を閉じて……大きく目を開けたスタンは分かったとだけ言うと腰のガバメントを抜く。


「ありがとうスタン。リカルド、他のメンバーにも伝えて、アンタら最高の仲間だったよ」


「ジョシュ、そこの部屋に連れて行ってやってくれ……」


 備品倉庫と書かれた部屋を指で差してリカルドは無表情になる。覚悟を決め殺意を心に充填する。


 備品倉庫を開け、キャロルを横たわらせるとジョシュに微笑み。


「兄さんバンダナありがとう。もう要らないから」


「いいよ。アニーに言わすとあんまりいい趣味じゃないそうだけどあげるよ」


 ジョシュも微笑み返し立ち上がる。そこでキャロルが絞り出すように話し出した。


「兄さん、そこの採血エリアの女子供を助けてあげ……て、……壁のコンソールで操作すれば全員解放される。特に子供達はアンソニー専用の血液供給原で……アイツらは子供の血を飲まないと……バートリーの眷族アイツらは老化が始まるからね」


「ありがとうキャロル、助けた子供達に代わって礼を言うよ」


 苦しそうなキャロルの願いを聞いたジョシュはその履行の確約を告げ、手を上げてその場を立ち去る。


 残されたスタンとリカルドは立ち膝でキャロルの傍らに寄り添うと微笑み


じゃなアディオスキャロル、ケーニッヒとミンホと共に先に行って待っててくれ」


おやすみグッナイキャロル、天界にさち有らんことを……」


おやすみグッバィ戦友フレンズ、お先に失礼♪」


 そう言葉を交わすとリカルドがキャロルの頸動脈を圧迫して落とす、せめて痛みが最小限に楽になるようにの配慮だった。


 そして一発の銃声が倉庫に響き渡った…………

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