代表



 アニーは今まで見たことが無い住宅街を感心して見ていた。最新の洗練されたデザイナーズ住宅や高そうな建材を余すことなく使われた高級住宅街をキョロキョロと見渡す。そして何かに気が付き、前を行くマイケルに尋ねた。

「マイケルさん、ここはZに襲われなかったの?」


Zが発生したエリアにはいくつかの共通項があった。銃痕のある壁や血だまりに遺体、燃え落ちた家屋等だ。ここにはそんなものは欠片もなかった。


「ん? ああ、襲われたよ。ここはゲーテッドコミュニティなので塀の破損箇所やゲートさえみんなで防衛すれば何とかなった」

前をスタスタと歩くマイケルは事も無げにそういった。


 ゲーテッドコミュニティとは検問所や塀を設けて一定地域の周囲を囲む。そして住民以外の敷地内への出入りを制限する。通過交通や外部からの人間の流入を制限する。これにより防犯性を向上させた街造りの方法である。世界各国の高級住宅街等でも見られる手法だ。


 ここウェルズ・コンフォート・ラインもその一つでる。来客用ゲストハウス、警備家屋や雑貨屋やコンビニまで完備する1つの街だ。


 もうしばらく歩くとハロルドが事の顛末勝手に話し出した。


「あの日、俺はマニア仲間と連絡を取って、ポーツマスで開発中の特殊任務艇をかっぱらって、アップルドア島に逃げ込もうって手筈で行ったんだよ。そしたら市内で海軍と空軍が総動員の激戦やっててなぁ……船も確保できないので逃げ出したら、今度は車がオシャカになりここに逃げ込んだんだ」


 聞いた単語が出てきたジョシュは苦笑いで相槌を打つ。

「あー、ここの代表に話すけどアップルドアは行かない方が良かったかも……」


「なんでだよ? 沖合いの島まで強盗団もZも来ないだろう?」

疑問とアイディアをけなされたと思ったハロルドが怪訝な顔で聞き返す。


「代わりに来たんだよ。めんどくさいのがね」


「ほう? 病原菌持ちか連続殺人鬼か?」

 興味深そうにハロルドが聞いてくるのをめんどくさくなったジョシュがスルーする。マイケルが立派な屋敷の前で立ち止まる。


「ここが代表のお住まいだ」


「へぇ……すっげぇでかくて豪華な邸宅マンションだ」

 目を丸くしたシュテフィンが呟きながら煉瓦造りの御洒落な家を眺める。周りにある瀟洒な邸宅より1クラス上なのは確実だった。


「じゃ、行こうか」

 マイケルの案内で玄関まで歩くと柱にある呼び鈴を鳴らす。


 するとドアが開かれて快活そうな美人の女性が応対にあわられた。金髪に目鼻立ちが整った顔立ちが爽やかな笑顔を自然に作る。その均整の取れた肢体を黒のトップスにデニムを合わせる。それにスニーカーで動きやすそうな姿だった。


「あら、マイケル、もう終わったの?」

少し驚いた様にマイケルにその美女は語り掛ける。その凛とした声にジョシュやシュテフィン、おまけにハロルドまでデレた。

「ああ、ハロルドさんの知り合いだった」


「そちらの方々? 紹介してくださる?」

にっこりとこちらを向いて親し気に笑う。その笑みにジョシュとシュテフィンは鼻の下が伸び落ちそうだった。


「ああ、こちらの3名がポートランドの避難所から来た、こちらがジョシュ君、シュテフィン君、アニーさんだよ」


「よろしく」

そういって3人に握手するとマイケルは続けて告げた。


「こちらは、レイア・リンツ、僕の妻だ」

 ほんの数秒、ジョシュ達の心にほのかに芽生えたがあった。その紹介で一瞬にして衝撃クリティカルヒットを受けて爆散した。


「では、ゼニカルさんに会って貰おう」

 ハロルドを含めた4人は玄関をぬけた。其のまま奥にある書斎に通されると本棚をバックに東洋風の黒い木製の書斎机に腰掛けた。偏屈そうな白い総髪の痩せた高齢男性が椅子に座っていた。


「お? 早かったなマイキー」


「ゼニカルさん、その呼び名は勘弁してください」

苦笑しながらマイケルは嗜める。だが、ゼニカルと呼ばれた老人はすくっと立ち上がる。


「何を言う、お前さんはワシの息子みたいなものだ。どうだ? いっそガチで養子にならんか?」

ゼニカルはへこたれずに口説き始める。それを手慣れた様にスルーしてマイケルは話を進めた。


「それも勘弁してください。その前にご紹介したい人達がおりまして」


「おん? 誰かね? その3人組は?」

その案内でゼニカルは3人を認識する。その態度にジョシュは内心苦笑した。


「メイン州ポートランドの避難所からそこの代表からの伝言を伝えに来てくれたそうです」

 ジョシュ達を見るゼニカルの視線は鋭い。かなり年配の筈だが、似合わない白いT-シャツにだぶ付いたデニムパンツにカーキ色の作業服を羽織っていた。その風格はいつでも陣頭指揮を取るといわんばかりの気迫があった。


「そっか、良く来たね。とりあえず話を聞こう。ま、座って」


 最初の無礼な態度とは打って変わり、フランクに3人に応接ソファを勧める。自分は書斎の椅子に座り、マイケルにも座るように勧める。だが、マイケルは断り、彼の横に立っていた。


「あの、俺はジョシュ・グランダンと申します。此方はアニー・ネルソン、もう一人はシュテフィン・マーセアと申します」

自己紹介をしたジョシュに微笑みながらゼニカルも自己紹介を始めた。


「私はゼニカル・マコーミック、このエリア、ウェルズビーチの元町長でここの臨時代表を勤めさせてもらっとる。隣のマイケルはワシの相談役兼防衛隊のリーダーだ。宜しく頼む」

マイケルの前で2人は目線を合わせながら笑顔で握手する。


「こちらこそ、それではマコーミックさん、いきなりですが、うちの代表のメッセージをご覧下さい」


 ジョシュはポケットからスマホを取り出すと動画アプリを起動させる。来る前に録画したポートランド・ピークス島避難所代表ウォルコットのメッセージ動画を流す。それをマイケル、ゼニカル、ハロルドが凝視した。


「始めまして、私、ポートランド・ピークス島避難所代表、ウォルコット・ハノーバーと申します」


 そこにはヨレヨレだが髪をそれなりに整え、無精ひげを剃ったウォルコットが居た。両脇に警察バッチをつけたオルトンとトラビスを控え、椅子に腰掛けている。


 そして、一連の状況に対する報告と合流への誘いが述べられる。その際、アップルドアでの拉致被害とポートランド・キャスコ湾での戦いの顛末が告げられる。そこでハロルドがジョシュの方を向き、ゼニカルとマイケルは画面を食い入るように見た。

そこでジョシュ達が何故、危険な本土に出たのかが述べられていた。最後に避難所に合流と彼らジョシュ達に助力のお願いが添えられてあった。


 動画を見終わるとスマホを返したゼニカルはふーっと溜息をつく。

「ピークス島の役場にホワイトハウス向きの優秀な傑物が居るって話があったが……彼の事かな?」


「優秀で傑物なのは間違いありませんよ。……ちょっとヨレヨレですけども」

アニーが苦笑しながらそう答えて、隣のハロルドが情報の付け足しをする。


「隣に居る黒人警官はフランク・オルトン警部、ポートランド市警SWAT隊隊員です。もう一人の男はトラビス・バリー、ピークス島の漁師達のリーダーで元海兵隊隊員です。2人ともウチの顧客でした」

それを聞いてゼニカルはふむ、と肯く。少し考えてからハロルドに向かい礼を言う。


「ハロルドさん、身分照会ありがとう、この子達が本当にポートランドメイン州から来たのは判ったよ。申し訳ないがキッチンにいるレイアと共にゲストハウスを使えるように所長のコチャックに頼んでくれないかね?」


「お安い御用です」

 そう伝えるとハロルドは”じゃ、後でな”とアニーに伝え書斎を出て行った。

そしてゼニカルは隣のマイケルに尋ねる。その声には先程のおちゃらけた雰囲気は消えていた。


「マイケル、どう思うかね?」

少し間を置いて考えた後、マイケルは短く意見を述べた。


「移動は良いと思います」


「それは何故かね?」

そのやり取りは気難しい教授と期待されている学生の会話を彷彿とさせた。

尽きる

「このまま此処に居ては近いうちに食料や資源が底を突きます。それとZの大群や近隣を襲う襲撃犯が此処に来ても防衛団で守り抜けるか不安があります」


「君の力を持ってしてもか?」

その言葉にぴくっとマイケルが反応した。それをジョシュは見逃さなかった。


「ええ、私一人では無理ですね。これまでも皆さんの協力と御厚意があればこそ維持が出来てましたから」

マイケルは冷静にかつ落ち着いて答えた。


「兎も角、即決は無理だ。明日、うちの住人の集会で決めさせてもらおう」

白髪の頭を掻きながらゼニカルはジョシュに向き直りそう告げた。


「それでも構いません。即時に動こうとしても輸送手段も無い訳ですし、もしピークスに行くとするならお手伝いさせて貰います」


「それは助かる。それまでゲストハウスを宿舎にしてくれたまえ」


「ありがとうございます」

ジョシュ達が礼を言う。そこにマイケルがちょっと待ってと制止した。ゼニカルから声が掛かる。


「マイケル、言うのか?」

その問いにマイケルは苦笑して覚悟を決めた様に頷いた。


「ええ、集会でそこに言及されると思います。先にこの方達にも誠意を見せて置きたいのです」

そうか……一言だけゼニカルは呟く。そして神妙な顔で椅子に座りマイケルを見守った。


「先に君達に伝えて置かなければなりません。僕の正体をね」


「え、何を?……」

雰囲気を察したアニーが困惑して尋ねる。


「……僕は吸血鬼だ」


 その告白と同時に3人は立ち上がる。その中でも顔色が変わったジョシュが脇のホルスターに手が伸びる。それよりも早く旧式の拳銃ピースメーカーを構えたゼニカルが居た。

「ま、落ち着いて座って聞いてくれ。マイケルは襲撃には加担していない。勿論、此処の住人は皆も人間で襲撃とは無関係だ」

告白する時、引き出しの銃を誰にも分からないように持っていたのだ。


「は?! 何言ってんだ?」

ゼニカルの言い分にジョシュは食って掛かる。だが、マイケルは動けず。ゼニカルは一喝する。


「兎も角! 座れや、若けぇの」

 警戒するジョシュ達に銃をチラつかせてゼニカルはそう強制する。その視線に殺気が無いが、覚悟はある。それを見て取ったジョシュはシュテフィンに頷き、座る。


「ま、マイキー達が此処に来た頃から話をするか……」


 ゼニカルは苦笑しながら過去の話をしだした。

遡る事5年前、オープンしたばかりのこのコミュニティにマイケル夫妻が越してきた。


 その社交性のある律儀で誠実な人柄は近所の人達から信頼を集めた。ゼニカルが急病を起こして危篤状態になった時、率先して的確な救助活動施した。隣のペニー・モネが転倒した時、不審者が侵入した時も身体を張ってくれた。


 そしてZの発生の時、Zの群れがゲートに殺到して破られる寸前に駆けつけてきた。片っ端からZを駆除し、大型トラックでゲートを塞いでくれた。そのおかげで此処の住人は被害者も無く、此処に立て籠もる事が出来た。


 その際、何故Zに襲われないのが議論になり、マイケルの告白でその正体を皆が知る事になった。マイケルは此処を去ろうとした……。

「誰一人、出てけとは言わなかったよ。此処の住人は皆、マイキー夫妻が大好きだったからな。そんな奴が居たらワシがそいつに出て行け! と癇癪起こしてたがな」


「そうかい、わかったよ」

 目を瞑りジョシュは手を離して両手を上げた。


「ジョシュ?」


 アニーとシュテフィンがその態度に驚く。そしておもむろに話し出した。

「俺は元教会員だ。まだ養成所に俺が居た頃、吸血鬼の中にも人類に同化を望む一派が存在すると聞いた。指導教官は見つけ次第始末しろと言っていた。俺がそれをやったらになる。それは御免被る! それが理由さ」


「そうか、君は教会員だったのか……」

マイケルが驚いた顔でジョシュを見た。


「元をつけてくれ、ついでに言えば新兵で脱走したけどな。まぁ、見逃すと言ってはなんだが、コロニーの位置や過激派のアジトを知っていたら教えて欲しい。俺らアニーの弟を探してとっととピークスに戻りたいんでね」

教会員と言われてジョシュは露骨に嫌な顔をする。


「分かった協力しよう」


「なら取引成立だ」

 ジョシュとマイケルはお互い握手して笑い合った。そこにシュテフィンが異論を挟む。


「成立は良いけど、良いのかい? 同族を裏切る事になるのに?」


「構わないさ、出来れば僕は血など飲みたくないし、とか宣い、人を家畜扱いする輩と一緒くたにされたくは無いよ」

疑問を呈したシュテフィンを見つめキッパリと言い切る。


「了解した、失礼な言動をお詫びします」

その言動にシュテフィンは素直に謝罪した。マイケルはそれを受け入れた。


「許しますよ。私は人間だし、この先もずっとこの街の人々と一緒に平穏に暮らして行きたい。それが私の願いだ。その為ならば、Zや吸血鬼達とも闘う覚悟だ」


 そこにゼニカルが茶々を入れる。

「こんな凄え良い奴だ。そこでワシの養子に是非と毎回、しつこく言っとるのに即座に拒否しよる」


「ゼニカルさん、毎回勘弁して下さいよ。ホントに」

呆れる様にマイケルは突っ込んで皆が笑う。


「ま、兎に角、マイキーや、皆に明日の正午に集会を開いて、今後の方針を決めようと伝えてくれ。それとこの若い衆たちの力になってやってくれ」


「分かりました。では早速」

マイケルはゼニカルに挨拶し、3人をゲストハウスに案内すると伝えた。


「ありがとうございます。では失礼します」

アニー達は感謝の言葉を伝えてその場を去る。


「なんかあったらマイケルかレイアに相談してくれ」


「ありがとうゼニカルさん」

椅子から立ち上がってゼニカルは皆を見送った。


 ゼニカルの屋敷を出て元の道を歩く。道すがらジョシュはマイケルと話をする。

「此処の住人は総勢何名なんです?」


「管理事務所の所長のコチャックさんは50人と言ってた。それが?」

記憶をたどりながらマイケルが答える。


「移住確定なら輸送手段の確保と島から船を動員して貰わんとね」


「うーむ、それか……」


 ジョシュの答えに歩きながらマイケルは渋い顔をする。

「まとめて移動ならそこら辺に有る通学バスでは最低2台は居る。だけど道中に強盗団もいる。射手と運転手、腕の良いのを2人ずつ組ませた護衛車両を3台は要るよ」


「運転手か……」

総勢50人、各世帯にばらけて移動すれば護衛の手が回らない。まとめて移動すればバスの運転手がいない。明日の集会では必ずこれが議題になる。ある程度の答えを持っておくのが必須である。マイケルリーダーは頭が痛い。


 其のまま来た道を歩いてピットブルのところまで戻る。その前にある管理事務所と書かれた看板のある建物に入った。


「コチャックさん、居るかい?」

ドアを開けてすぐ横のカウンターからマイケルは奥に呼びかける。

するとたゆんたゆんと立派な胸にお腹とお尻を揺らして若い女性が出てきた。


「やぁ、エイミー、コチャックさんは居るかい?」

マイケルにエイミーと呼ばれた女性はそばかすだらけの顔に笑みを浮かべた。


「あらマイケル、コチャックなら点検に行ったわよ」

管理事務所長コチャックは外出中らしい。困った顔でマイケルはエイミーに尋ねる。


「そうか……ゲストハウス使いたいのだけど……」


「んーと、それなら泊まる人は此処の書類に目を通してサインしてくれる?」

ボードに使用願と書かれた書類を挟んで差し出してきた。


「ジョシュ、この書類にサインお願いします」

書類に目を通してジョシュは顔を上げた。


「あいよって……保証人って俺たち此処に知り合いは居ないよ?」

ジョシュは条項を一瞥し、保証人の項目に疑問を抱いた。住人が保証しないとダメなのだ。


「私ではダメかい?」


「良いのかい?」

その申し出にジョシュは聞き返す。


「足りなきゃゼニカルさんからサイン貰うさ、ついでに僕の代わりにゼニカルさんちの養子になってくれたら私は嬉しいがね」

ウィンクしながらマイケルはサインを書く。


「あー、それは向こうが拒否するさ。アンタみたいなスー○ーマン超絶優等生と俺ちゃんみたいなデッドプ○ルアホで残念な子ではお話にならないよ」

笑いながらジョシュはやんわりと断った。


「これでオッケー、隣の建物がゲストハウスだよ」

 

鍵を2つ渡してエイミーは書類を仕舞う。

「ありがとう、マイケルさん、アンタ、ホントに良い男だ」

シュテフィンが頷きながら感謝する。


「ホント、私達に出来ることがあったら何でも言って下さい。養子以外でね」

アニーの申し出に苦笑しながらマイケルは答えた。


「養子は残念だけど、何かあればよろしくお願いしますね」

するとカウンター横のドアからエイミーが出てきて案内を申し出て来た。マイケルとはそこで別れてエイミーの案内で隣の建物に入る。


  建物にはドアが6つあり、その内の1つに入る。大きな窓とベッドが2つにユニットバス、机と椅子が置いてあった。


「一応、コンビニはあるけど……ほとんど品物は無いね。明日、マイケル達が物資の回収に行くみたいだけど……」


「ありがとうエイミーさん、よし、お手伝いして来るか~」

アニーは腕を鳴らすがアニーの経歴を知らないエイミーは慌てて止める。


「ちょっと! あなたは危ないから此処に居て!」

エイミーの制止をジョシュは笑って説明する。


「あー、この豆軍曹、銃扱わせたら中々の腕前だぜ」


「また、豆軍曹って言ったわね?」

ジョシュの発言にアニーは怒りのオーラを吹き出す。


「あ、マイケルさん?」

その後ろを見ながらトボけた顔でシュテフィンが呟く。その途端、アニーは怒りのオーラを瞬時に引っ込めた。可愛い子ぶった笑顔でくるっと振り向くと誰もいない。


「今の変り身、トラビスの旦那や班長が観たら爆笑するぜ」


「あの変わり様はダン兄やウォルコットさんもツボにバッチリハマるよ」

ジョシュとシュテフィンは顔を見合わせてゲラゲラと笑い出す。


「てめぇらォ! おもてぇ出ろぉ!」

エイミーは悪ふざけを呆然と見守る。その恥ずかしさとおちょくられた怒りでアニーは大噴火した。ブチ切れた怒号を背してジョシュ達は素早く外に飛び出し、向かいのコンビニに逃げ込んだ。


「どこに逃げたーぁ! どたまぁ月まで吹っ飛ばしてやるから出てこいやぁ!」

激怒して叫びながら周囲を探す。


「やれやれ、閑静な高級住宅街もアニーに掛かれば場末だな」


「それはお互い様だと思う」

空の商品ケースの裏に隠れたジョシュのぼやきにシュテフィンが突っ込む


「お? 君達、なにしてんの?」

そこにはメモとペンを持ったハロルドが立っていた。


 ジョシュは口に人差し指を立ててシーッとゼスチャーをした。シュテフィンはハロルドの腕をひっぱり影に引き込む。


「え? アニーを大噴火させたって?」

シュテフィンの説明を聞いてハロルドが半笑いの表情を作る。そして前の道で何かを探しながら歩くアニーを見た。


「ああ、前も良くやってたな、弟、マーティだったっけ? 悪戯しては見つかってはバットで小突シバかれてたな……細腕に見えても練習で重たいライフルを扱える腕力だ。それでボコボコにされてたな……」


 遠い目をしながらハロルドが思い出を語る。……ただ、当事者ジョシュ達はバットと腕力のキーワードに反応した。


「……確か車にバットが積んであったような……」


「……バレット、確か13キロぐらいあるんだよな、男でも持つのしんどいよな……」


「みぃ~つぅけぇ~たぁ……其処に居たかぁ!」

バット片手のアニーが血管の浮く筋肉が隆起した二の腕を捲くりあげる。彼女はハロルドの後ろに鬼の形相で立っていた。……


悲鳴と豪快な打撃音が周囲に満ちていく……。

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