怪鳥

  道路を挟んで発電施設を囲む塀や向いの工場や倉庫には無数の弾痕が至る所に刻み込まれて、発砲音と共にまだ増加の一途を辿っていた。


「だぁぁぁぁっ、キリねぇな! ちくしょう! JP達がドンドン任務こなしてるのによぅ!」


 建物に隠れつつ、ゲートに爆薬を仕掛けようと突っ込んできた近衛兵達を射殺しながら怒り心頭のマーカスがボヤく。


 先程、もうすぐ船で到着する旨をホセからメッセージで受け取るも、チームは足踏みという事態に正直イラついていた。


 元々発電所には30人程度の防衛隊が配備されていたが、近衛兵団の敵ではなく程なく全滅になる予想だった。


 そこにマッハッタンから撤退してきたケネス率いるマンハッタン防衛隊100名とマーカス達が乱入し形勢を一旦は逆転させるが、その直後に援軍の中隊が到着、止む無く火力発電所に立て籠もることになってしまい状況はそこで閉塞、硬化してしまった。


 遠くを見ればラガーディア空港方面や市内各地区では黒煙と共に爆発音や轟音が辺りに響き渡り、状況を打開を期待できる援軍は無く、悪化する敵の増援はチラホラと現れていた。


「しゃーないよね、俺らで敵中突破する?」


 隣のエリックが壁にもたれながらマーカスに尋ねた。ここでレーダーと盗聴器代わりになりながら敵の戦術と出方を先取りし、カウンターを浴びせる……これが基本戦術であり、被害と無駄な損耗が無いという地味な成果はあった。


「ああ、本来ならな。……相手の指揮官が5ブロック後方に陣取んどって本当に堅実な基本戦法を取るからなぁ……打って出るとその途中で包囲され潰される。こらジリ貧だな」


 マーカスは物陰から周囲に隠れている兵士をチェックし、ボヤキながら頭を働かせるが中々いい知恵が浮かばない。


 そこに充電切れ寸前のスマホにジョシュから呼び出しがかかる。


「はいよ。充電切れそうだから手短に頼む」


 早口で手短にマーカスが告げると単刀直入に聞いて来た。


「敵のあたま何処?」


「多分38番通りの公立図書館前のバスケコートに陣取ってる」


「了解、呼応してちょ」


「え? ま、待て!」


 その声は届かなかった。だが、エリックは反応した。


「このエンジン……ピットブルにこの声は……え?! 教授!」


 そのバスケコートのある通り、13番通りを肩にクレイモア担いでルーフに立ったままカッコつけて見得を切るゲオルグに両脇にジョシュとシュテフィンが片手でアームを掴みライフルを乱射した状態でピットブルがフルスロットルで加速していく。


 それに気が付いた護衛の兵士がジョシュ達にライフルでなぎ倒され、コート手前でピットブルが急停車してジョシュ達は手を離して両側に着地し出て来た兵士達を倒していく、そして上に居たゲオルグはカタパルトの様に敵陣に向けて勢いよく前に飛ばす。まるで怪鳥の如く手と剣を持ち宙を舞う……


「ぬんッ‼」


 気合いともにゲオルグは縦に身体を伸身で1回転させクレイモアを使いコートを囲む金網を枠ごと大きく切り裂きながら突き抜け、スタッと前後に足を着いて着地と同時に白刃が煌めき、周囲にいた将官の首が高く刎ね飛ぶ!


 それに遅れる事数秒後にその首から鮮血が噴火の如く吹き上がる。


「敵襲! 志教様が倒れたぞ!」


「駆逐せよ!」


 後方の司令塔が落ちた事に気が付き、前線や中盤に居た兵士達が敵意と報復の意志を漲らせてジョシュ達に向かって来た。


「「全員打って出るゾ! ケネス! 両側バックアップ頼むぞ!」」


 38番通りのゲートにエリックやトーマス達と駆け付けたマーカスはケネス達に声を掛けるとゲートを飛び越え、ジョシュ達に迫る敵の後方に溜まっていた鬱憤を晴らすように牙を立てた。


「後方ゲートより敵だ! 各自対応せよ!」


 挟まれた部隊の上官らしき男が必死に指示を出して迎撃するが、前方からは全身朱に染め、全身に穿たれた銃痕を浴びた返り血で治癒しながらクレイモアを振り回すゲオルグとアンチマテリアルライフルを連射するジョシュ達が迫り、後方からは効率的に味方を殺害して行くマーカス達が追って来る。部隊の決断の時は迫っていた。


「全員撤退しろ! 体勢を立て直すぞ!」


 2ブロック先に迫られた攻撃部隊はこれ以上の損耗は任務遂行に支障が出ると判断して横道から撤退を始めた。


「おーし、クソ馬鹿どもここらに居んなよ! 居たらまた襲いに行くぞ!」


 マーカスがその背中に警告を発するとゲオルグに振り向き、敬礼をする。


「教授、援軍ありがとうございました。感謝致します!」


「いやいやマーカス、流石の対応だね。実は任務途中だが追加の仕事を頼みに来たんだ。とりあえず移動しよう」


暴れ足りないが、剣技の冴えが良かったらしく幾分すっきりしたゲオルグが血まみれの笑顔で労をねぎらう


「了解です、しばらくお待ちください。護衛隊に挨拶して参ります」


 そう言って一礼すると心配そうに見ているケネス達の元へと駆けて行った。


「悪いな、別枠の仕事が入っちまった」


「だぁぁぁっマジかよぅ! おめーらがいてくれれば百人力だったのによぅ! 居てくれよぅ此処にぃ」


 ケネスが途方に暮れた顔で居てくれと懇願するが、マーカスも弱った顔で答える。そこに血まみれの顔のゲオルグが顔を出す。


「いや、済まんな、人手がこちらも足りんのだよ。避難民を此処戦場から避難させるのにマーカス達は必須戦力なんだよ」


「むむぅ、避難民ーん!」


 もはや意味の分からない悶え方でケネスが苦悩を表す。


「けどさ、うちらが動いたら敵もこっち来るだろうから対応楽だぜ? 今のうちにこの周辺の工場の機材で防衛対策しないと」


 その後ろのジョシュがその苦悩を楽にする。


「はっ!? 対策?! そうか! ありがとう! 今から準備するよ。マーカスぅ終わったら帰って来いよ」


 閃いたようにケネスがその一言でやるべき方針を見い出しつつ、マーカスにせがむとトーマスが背後にいつの間にか近づきボソリとその耳元でつぶやいた。


「発電所の後ろの川沿いに石炭や機材運搬用の陸揚げ口がある。そこに今のうちに脱出用ボートを用意して置け」


「えっ? ああ、分かった……ありがとう」


 普段無口なトーマスの金言に驚きながらもその予想にゾッとするケネスであった。そしてマーカス達をレイが運転するピットブルに乗せるとジョシュ達は避難民キャンプに急ぐ。


「うへっ、断罪隊を蹴散らすわ、スレイヤー共まで居るわ……迂闊に手は出せんな」


 ターゲットである強皇の陣容をジョシュから聞いたマーカスは全身に冷や汗をかく、知らずに手を出したら全員討ち死に確定だったと……


「けどさ、結局はやんなきゃイケない相手だろ? どうすんのよ?」


 酷使していた聴覚を休ませる為、耳栓代わりのイヤーカフしていたエリックが尋ねる。聞こえなくても読唇術で会話は可能だ。


「俺が出向くのは良いが取り巻きを潰すのに骨が折れるし、時間を掛ければ逃げられる。アンソニーとの衝突で漁夫の利を狙った方が確実だ」


 水で血で汚れた身体を洗い流したゲオルグがタオルを被り、血液パックを飲みながら対策を披露する。


「どこか好都合な場所で戦ってくれれば良いのにねぇ」


 助手席で周囲を警戒するシュテフィンが呆れたように呟く、あれから強皇と断罪隊の足取りはつかめずにいた。どちらかの空港で激突しているかもしれないが、とにかくゲオルグ達は避難民の避難が最重要課題だった。そこにレイがスマホを見て声を上げる。


「船がスロッグネック岬を通ったそうです!」


 状況がシビアになっていく中でジョシュはただ無言で装備の再点検をするだけだった。




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