接岸

 ” 接近中の艦船に告げる! 直ちに引き返せ! 繰り返す……”


 スピーカーからラガーディア空港の管制塔からの通信での警告が繰り返されるが それを上回る罵声が艦橋で応対したホセの口からマイクを通じて拡散される。


「うるせぇぞ、プレイヤーのリピートモードみてぇにうだうだ同じ事をのたうぐれぇなら気の利いた歌でも歌ってみろってんだ。こちとら避難民の救助に身体張ってんだよぅ! てめーらみたいなロボット三等兵どもはマスでも掻いて寝てやがれ! このたわけがぁ!」


 マイクを持ったまま、まるで激しいリリックを紡ぎあげる反骨のラッパーの如くホセの罵詈雑言は全ての回線を通じてこのエリアの通信機能を開いていた部隊の神経を嫌が応にも刺激する。もちろん隣のこの男の神経も刺激していた。


「ホセ、五月蠅い、黙れ」


 隣で双眼鏡で前方を哨戒していたJPの短く怒りを込めた一喝がぴしゃりと怒涛の罵声を沈黙させる。


 通信のスイッチを切ると不満げなホセが向き直り、


「だってよー、アイツら同じことしか言わんしー」


「当たり前だ、気の利いた事返す能があれば兵士などやってはいないさ」


「うっ……まぁな……」


 JPにしては饒舌な返しをして来たことに少し驚くが、その場で操船をするグレゴリーにはそれさえも喧しくて仕方がなかった。


「あー兎に角、今からでいいから静かにしてくれ。交戦状態でタグボートもないのに規格外のヨットハーバーに無理やり接岸するわけだからな? 頼むぞ?」


 グレゴリーは何度も繰り返すようにホセ達に頼む。


 何時もなら皆が気を使うか、敵を黙らせるために外に向けて発砲している中で仕事をしていたグレゴリーにとって、今みたいに横で無駄話や御託を並べられる仕事は今後は未来永劫、遠慮したいと思った。


「ああ、分かってるよ。港が近くになったらドンパチするから外に出てるよ。例のアレもあるしな」


「例の……まぁ、お手並み拝見だわな」


 防衛人員が少く、敵に一気に詰め寄られたら即終了な作戦内容だけに、出発直後にエディが発案した奇天烈な策がどこまでのものか? グレゴリーのみならず、ホセやスタンでさえも興味があった。


 しかし、戦闘状況でちゃんと成立するのか? 不安になったグレゴリーは艦内通信でエディを呼び出す。


「おい、エディ! 首尾は?」


「今、アタッチメントの再確認と予備の爆薬のチェックをやった。残り5分前にクレーンの再々点検を終わらせるよ」


 甲板のエディは点検作業を終えてまた確認に入ると伝える。確かにグレゴリーの神経質さは閉口ものだが、その根底にある機械に対する細やかな愛情とその行動にはシンパシー共感を感じていた。それゆえ相手を理解をする為の行動でもあり、格上の乗り手を超える為の修行の側面でもあった。


「ああ、よろしく頼む、期待してるぜ」


 初めてこの奇策を聞いた時にグレゴリーは事故発生待ったなしと思ったが、実際洋上でやってみて案外上手くいったことにびっくりした。そして案外効果的だとスタンがほくそ笑んでたのがグレゴリーは印象深かった。


 そして輸送船ヴァシュタールはライカーズ島を手前に折れ、右手に空港を見ながら目的地のフラッシング湾に入って来る。ここから避難所にあるフラッシングメドウズコロナ公園はニューヨークメッツの本拠地シティフィールドを抜ければ約1キロの距離だ。


 しかし湾の入口はラガーディア空港の西滑走路が張り出して狭くなって居おり、その滑走路の突堤にはロケットランチャーを構えた一団が待機していた。対艦ミサイルの代わりにロケット砲を連射して沈めるつもりだろう。


「エディー!」


了解アエイト


 船の2つあるクレーンの1つ、最後尾のクレーンに操縦席に座ったエディがグレゴリーの指示でエンジンを起動させ、クレーンのアームをゆっくりと引き上げる。その先には断罪隊の檻であったコンテナがワイヤーで十字に括られて釣り下がっていた。


「よーし、旋回して反動付けろ! いいか! 船におとしたり、ぶつけたらグレゴリーがバール持って襲って来るぞ!」


 半分冗談、半分本気の警告をスタンが通信で叫ぶ。エディは苦笑しながら返答をする。


「方向はグレック! スタン! タイミングは任せたよ! 勢いのコントロールは任せなさいッ!」


 アームをゆっくりと振るとコンテナが異様な軋む音を立てて死神の鎌のように勢いよく振られる。


 軋む音の発生源であるワイヤーはコンテナに切れ目を入れて厚手の布に巻き付けた状態で固定してあり、多少のこすれでは切れないようにしてある。これはスタンやリカルド、JPやアンナが駆けずり回ってメンテナンス作業や爆薬設置してくれたおかげだ。


「方向良し、距離2キロ、眼にもの見せてやれ」


「そんじゃポチッとな」


 コンテナのスイングが最大になる直前にスタンが手元の無線スイッチを押す。


 ――バチュン!


 ワイヤーの根元にある爆薬が作動し、コンテナが巨人の腕から放たれた岩のように船を狙う為にランチャーを構える兵士達の頭上に落ちて来る!


「「引け―ッ! 全員撤退!」」


 そのとんでもなさに驚いた攻撃部隊の隊長は慌てて隊員達を安全圏に退避させる。その居た場所にコンテナが落ちて来て轟音と共に転がる。効果は十分にあるようだった。


「よっしゃー! 行けるじゃーん!」


 スタンは興奮のあまりその場で小躍りするがエディは気を引き締めてすぐさま簡易的な点検に入る


「スターン! 次弾装填頼む!」


 点検を終えたエディが次のコンテナにアームを下ろし、下の担当のスタンに頼むと作業に入る。


「よし、任せとけ! アームの方はどうだ?」


「あと1,2回が限界かな……元々こんな事する目的のものじゃないしね」


 そう聞かれたエディは操縦席から顔を出しアームを伝う細い鋼線を幾つも束ね合わせた極太のワイヤーを見る。よく見れば太い鋼線は所々でほつれ、切れて跳ね上がっていた。……そしてモーターからは異音とオイルが焦げた匂いが漂い出した。


「まだ帰りがあるからこれで一旦交代して前のに乗り換えよう……よぉし出来た。一丁ぶちかましてくれ」


「了解」


 クレーンを作動させ2投目を狙う。既に船は狭い湾に完全に入っていたが、再度の攻撃機会をうかがっていた兵士達はその動きを見て攻撃を断念する。


「おい、撤退しだしたぞ?」


「んー、じゃ止め」


 あっさりと中止をすると細かくアームを動かしながらエディはコンテナの動きを止める。少しでもアームやワイヤーの負担を減らすためだ。しかし、JPから待ったを掛けられた。


「少し止まってくれ。即席トーチカを作りたいから接岸手前で投げてくれ」


「俺からも頼む、それで針路の微調整する」


 グレゴリーは2回目の投擲での挙動の傾向を掴んでいた。意外と使える事に気が付いたらしい。


「オーケー、JP、ポイント指示してくんない? 調整する」


「マリーナロードのロータリーの向こう側に頼む」


「了解、スタン切り離しのタイミングは任せたよ」


「おう、任されて!」


 スタンは景気よく答えるとその数分後に見事に期待に応えたが、それをずっーと見ていた集団がいた。


 川沿いのグランドセントラルパークウェイのガススタンドで様々な自動車に乗り、武装をした近衛兵団が隠れていた。空港まで500m程度だったが装甲車とロケットランチャー部隊を配備した分厚い防護壁に阻まれて指示か援軍待ちの状態だった。


「こちらラガーディア第3攻撃隊のキャンベルです。シティフィールド付近にに輸送船が到着、トーチカを形成し……どうやら避難民を移送するらしいです。はっ、直ちに強襲、殲滅致します!」


 先程からのコンテナの転がる轟音を聞きつけ、双眼鏡で事態を確認した教会の拠点攻撃隊は司令部に報告すると温存していた部隊と共に高速道路の南下を開始し出した。

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