策動

 メモリアルホールに到着したジョシュ達は建物に入るとジョナ達の部屋に向かう。


「おおぅ! ジョシュー! 良く戻って来たなぁって…………こ、こちらのお方は?」


 ジョシュの横で俺様を崇めよ! と言わんばかりに踏ん反り返る痛いノータイのスーツの男と戦闘服の若い黒人青年を見て渋々ジョナが尋ねる。


「ご紹介します。こちらボストン・ランバート研究所所長、ゲオルグ・ランバート教授と助手のレイ君です」


「おお、貴方があの!」


 握手を求めるジョナのその笑顔はいささか引き攣っていた。ボストンの理不尽の権化、混沌の悪魔との悪名は全米の吸血鬼達の間で鳴り響いていた。


「俺が来たからにゃ、クソガキアンソニーヘタレ強皇ヴォイスラヴなんぞに遅れは取らんぜ」


 ホセから送ったと連絡をジョナは受けていたが、この人物が来るとは予想外だったらしく、脂汗かきながら次の会話をどう繋ごうかとフル回転していた。


「ジョナさん、取り敢えず状況を教えてくれません?」


 シュテフィンが困っているのを悟り助け舟を出すと表情がパァっと明るくなり助かったと言わんばかりに話始める。


「状況ね。うん、教会は今は沿岸警備隊基地や州軍施設を破壊や抑えられていて、市街の発電施設と拠点である空港に攻勢をかけているが、戦力に決め手を欠いていて攻めあぐねて居るらしい」


「え? 近衛兵団が来てるのに?」


 ジョシュが途中で見て来たヴォイスラヴ率いる近衛兵団の事を話す。それを聞いたジョナが合点がいったように頷く。


「ははーん、兵力分散させて発電所潰しに行ったり、断罪隊追っかけたりしてるから潰せてないんだ。……それだけ余裕があるのか計算違いしてるのか……取り敢えず今が好機だな、避難民を誘導しよう!」


 ジョナが考えをまとめるとジョシュも頷き、


「確かに拠点や断罪隊追っかけている内に避難させた方が良いね……JP達はまだ?」


「ああ、まだニューヘイブンの沖合を航行してるってさ、ラガーディアの上と連絡つかないみたい」


 シュテフィンがスマホを見て答える。まだ暇なエディとやり取りして情報を交換していた。そこにゲオルグが手を打って来る。


「おう、そうだ、電話まだ生きてるかぃ? ちーとばかし借りるぜ。レイ、メモ帳見せてくれ」


 ゲオルグは受話器を取るとメモをみながら番号を押していく。


「お? スタルヒン区長かい? ジェルマンCEOから連絡あったと思うが……はぁ? オ・レ・がラ・ン・バー・トだよ! 馬鹿野郎! 良いか? 今からラガーディアの上に連絡して避難用の船が接岸するから邪魔すんじゃねーって言ってくれ! 邪魔したら教会と見なして攻撃するぞとも付け加えとけ! それと北端に避難船用意したから至急避難を開始しろ!」


 そう一方的に捲くし立て、” とっとと動け汚職野郎! ”と捨て台詞と共に電話を切ってかけなおしてほぼ同じ内容の暴言交じりの依頼をディック・フリードマン区長にもぶちかましてスッとした顔で受話器を置いた。


「あのー、所長? そげにご無体な発言をなさっては……」


 ジョナが真っ青な顔で下手したてに窘めるがゲオルグは気にせずに鼻で笑うと


「あの2人だけじゃねぇ、ニューヨークの殆どの吸血鬼協議会の区長が前執政官レオニード公暗殺に噛んでるんだよ。この前のデータに有ったのさ。足止め、誘導にアリバイ工作の報酬は裏金と次期選挙の当確でな……バラすと脅されりゃ必死でやるさ」


 ゲオルグは吐き捨てるように言うとそこにマルティネス達が走って来た。


「おぃぃぃぃジョナァァァァ! 聞いてくれよぉ! せっかく区長とまとめた話をあのゲオルグ所長が……なんで此処にいんの?」


 扉を開けて愚痴をぶちゃかる寸前でその当事者ゲオルグが視界に入り、愕然とその場で立ち竦む。


「先程到着したぞ。なんだバカヤロウ? 早速あの糞野郎ども嫌がらせをしたんか? 目にモノを見せてくれるわ!」


 瞬間沸騰即ギレしたゲオルグが受話器に手を伸ばすもジョナとシュテフィンがそれを止める。


「まぁ、所長、こいつを逆手に取りましょうよ。ドミニク、何て言われた?」


 ジョナがマルティネスに話を振ると困惑しながらもマルティネスは数分前に聞いた文言を繰り返す。


「我々はもう君らには協力しない! 中央政庁で勝手にやり給え! と言って来たんだ」


「なら勝手にやりましょ、そちら中央政庁の主導でマンハッタンやロングアイランドの避難民を北へ、うちらは此処で救助の船に乗らせる。同時に行動されればバートリーも教会も身動きとれんはずだ」


「うへっ、此処クィーンズでか……敵部隊こっちに全部来そう」


 ジョナの決断にシュテフィンが嫌な予想を口にする。ジョシュも頷き、


「少なくとも発電所のマーカス達を解放しておかんと教授だけでは手が回らない」


「ふむ、確かに……」


 配置はどこでもいいが駆け回るのは面倒だなとゲオルグが思い始める。


「けど、まだ病院の拉致被害者救出もあるよ?」


 アニーが困った顔で指摘するとマルティネスは何かを閃いて目を丸くして手を叩く。


「あ、それについてはいい事思いついちゃった……教授、レイ君借りて良い?」


「は? 良いけど……」


 訝し気な顔で許可をするゲオルグの前でマルティネスはジョシュとシュテフィン、それとレイに作戦を提案した。……


 数時間後、バスを病院に横づけで止めるとサングラスを掛けニコニコとした顔でレイとジョシュが降りて来る。


「こんちゃーす、中央政庁のから来ましたぁ。新兵コンビのジョーとレイモンドですぅ。牧場の人間の移送を仰せつかって来ましたぁ」


 どこぞの芸人の様に威勢よくジョシュが受付に話をすると奥から事務局長らしき細身の男が出て来た。


「はぁ? 何だお前らは? こちらは何も聞いてないが?」


「ええっ! 参ったぁなぁ~? 上、今忙しいのに……そだ、今から問い合わせするんでしょ? 人間、何人居るの? それに応じてバスも増やさないといかんしー! 手配するから教えてくんない?」


 間髪入れずにレイが畳み込むように尋ねると事務局長は渋々答える。


「500人だが? とっとと身分照会させてくれないか? 君の名前は?」


「僕? レイモンド・ドーンチョウってんだけどこの前、東欧から来たばっかりだからデータ無いよ? じゃ、政庁のドミニクさんに聞いてみて」


 レイがテンポよくジョシュが考えた偽名で答えて事務局長はその場で連絡を取る。


「あーもしもし、レイモンドって新兵が……あ? お? そうだが……あー、分かりました。では」


 そう言って電話を切るとジョシュ達に向き直り


「今確認が取れた。今から準備に入るからしばらく待て」


「ああ、ちゃっちゃと宜しく、俺らも準備するさー」


 そう言ってジョシュはスマホでバスを用立てると直ぐに5台のバスが到着する。


「さて、ちゃっちゃと乗ってくれぃ」


「はいはいーこちらへどうぞー」


 ジョシュとレイのノリノリの案内と病院の職員の協力で速やかに作業ははかどる。


 薬物で虚ろな表情の緩慢な動きでバスに被害者達が乗り込む、あまりいい健康状態ではないが、それもじきに解消される。


「ご協力ありがとさーん! いってきまぁーす!」


(しめしめ、難問が一つ解消されたぜ)


 見送る事務局長に挨拶して速攻でバスを出す。この10分後にマルティネス達のアリバイ工作でこれが偽物教会の仕業だと病院に通報される手筈だ。


 シュテフィンが座る運転席の近くで遠くに病院を見ながらにんまりしながらジョシュは救出した被害者に向けて話をしだす。


「申し遅れた! 俺達、ポートランドの避難所から皆さんを救出に来ました。遅くなってごめんね! 皆さん俺の指示に従ってください! まだ敵の勢力圏内です! くれぐれもお静かに願います!」


 それを聞いた人々の顔に生気が徐々にみなぎり始めた。


「今から護衛が俺の仲間に代わりますが、救出船が来る北へ向かっていただきます。あと少しで帰れます! もうちょい我慢しててね!」


 そういうと避難キャンプがあるフラッシング・メドウズ・コロナパークを通る国道678号に入るとマルティネスの同僚やジョナの部下達が代わりに乗って来た。救出船の搭乗誘導を仕切るためだ。


「ほんじゃ、よろしく頼むぜ」


 乗って来たボルトンやケヴィン達に挨拶すると前に居た母親らしき女性に抱かれた3歳ぐらいの男の子が顔を見上げて口を開いた。


「お兄ちゃん、どっか行っちゃうの?」


「ああ、横見てみ、まだこんだけの人助けないといけないからね。坊やも頑張るんだよ」


 男の子の横の車窓には避難民キャンプが広がっていた。


「うん、お兄ちゃんもね」


 それを見て諦めたように男の子は頷くとジョシュは頭をクシャッと撫でて


「良い子だ。じゃな」


 そう別れを告げてバスを降りて行った。

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