突入

 一方、カペロは壁とそれを守る守備隊に損傷を与えたものの、次の手立てに移行するのを躊躇していた


 兵士達の退避が済んでからの攻撃だったので被害は無いのだが……


 思ったより過激な爆発でZの群れが炎を纏ったままうろついており、それが前に横転した車両の燃料に引火、その身を巻き込んで誘爆させて周囲の木々や落ち葉に延焼しはじめた


「仕方ない、手前の東側に変えて攻めるぞ、斥候は至急調査に入れ、本隊は速やかに移動せよ」


 カペロは攻撃位置を東門から侵入する方策に変えた、すでに南側は塀を中心にして森が炎上しており、向こうもこちらもお互いの行動は分からなかった


 そして焼却場の上の斥候から研究所の手前でトーレスの部隊が立ち往生しているのを聴き、大いに笑った


「人を出汁にして美味しい所を頂こうとするのがそもそもの間違いだ、そのまま抵抗している間に侵入させてもらおう」


 東側に回った瞬間に兵士達が不調を訴え出す、それにZの数も異様に多い


「なんだこれは?!」


 モニターを見るカペロが輸送トラックの中の兵士達が行動不能になっていくのを見て叫ぶ


「隊長殿! 音響兵器の攻撃かと思われます!」


 モニターを操作する兵士がカペロに具申する


「輸送隊に後退させろ、大回りさせて再度仕掛ける」


 カペロは具申案を取り上げ、指示を出すと途端に具合が回復する……音が途切れたのだった


「たく、至急、上の護衛を始末して潜入を開始しろ」


 敵味方に振り回されて流石に呆れ果てつつも即座に隙を見て潜入を開始した


 先程の抵抗と違い、護衛の3人を射殺してあっさりと潜入できた


「罠かもしれんが周囲への警戒を密にせよ、後続も続け、私も向かう」


 そう言いながら屋根の上にある仮設司令部の真下に止めてあるストライカーに乗り、後詰めをせんと動き出す


 その10分後に潜入口に到着し、難なく潜入する


「中々の場所ではないか……分捕って我々の訓練基地にしたいところだ」


 降り立った紅葉の美しさと自分のアイディアにご満悦になるとカペロは研究所に向かって進軍を指示した






 バーニィ負傷、敵侵入の報は研究所内にある本来の中央発令室で指揮を執るジュリアに衝撃を与えたが、ひるむことなく鬼の形相を保ったまま医療班のモニター担当に状況報告をさせる


「他に損害と現在までの被害は?」


「侵入の際に東側の保安員3名死亡、トータル戦死者30名、負傷者50名です なお、早期復帰は20名限定になるそうです」


 ベケットの様な人間の隊員なら負傷=撤退だが、吸血鬼の場合は創傷の程度と血液の備蓄次第で早期復帰が可能になる……だが、暫くの連戦で備蓄が減っており、緊急時以外はなるだけ使いたくない


 モニター要員はそんな意思を汲み取りつつも冷静に報告を上げると戦闘担当のモニター要員が報告を上げる


「現在、敵本隊は東の森を徒歩で進軍中、あと十数分で居住地エリアの土塁に到達」


「ベケットは?」


「残りの班を連れて居住エリアで迎撃準備に入りました、かなりブチ切れてるそうです」


「冷静に、援軍が要るときは必ず言ってと伝えて……私が出る」


 その言葉を聞き、モニター要員全員が驚いてジュリアを見る……豊かな胸の前で両腕を組んで前面の各部署のモニターを見る姿は戦闘服を着込み、戦う腹を決めて凛とした戦士の姿をしていた


「もう誰も……部下も仲間も殺させない……シュテは怒るだろうけど私は戦う」


 そう宣言するとドアが開き、白衣姿のゲオルグが両手剣を肩に担ぎ、真顔で入ってくる


「ジュリア、それは僕の科白だ……僕らの仲間を殺し、家に土足で入ってくる奴に容赦は要らない」


「はい、ですが教授、調査の方が……」


 その殺伐とした雰囲気にさしものジュリアも怯みだす


「粗方の調査と検証は終わった、後は結果を待つだけだった……ストレスが十二分に溜まったし、確証も得たい」


 モニターで現在の状況を把握すると踵を返し部屋を出ていく


「教授、どちらへ?」


「居住エリア……八つ裂きにしてくれる……」


 その声にはジュリアがゲオルグの激怒時に聞くドスの効いた声ではなく、今まで聞いたことのないどす黒い殺意の結晶であった



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 その頃、ボストンの沖合、マサチューセッツ湾の入り口にある複数の岩山の島、カフ諸島とブルースター諸島の間に構成される海峡に避難船は隠れていた


 沖合といってもボストン灯台もあり陸地からそんなに離れてはおらず、かと言って正確な海図と点在する岩礁の位置を把握できなければ大型船は勿論小型船舶でも操船技術を要求される海域だった


 ほとぼりが冷めるまでこの海域で停泊し、残存食糧と住民のストレス次第でより市内に近く、かつての独立戦争の遺跡である要塞の島々に移動するつもりであった


 そんな中、シリル達幼年クラスの園児達はデッキにて風景でお絵かきしていた


 デッキには監視要員の保安部員も居たが研究所の激闘と違い、ゆっくりと時間は過ぎていた


 一生懸命に絵を描いていたシリルは沖合から向かってくる一層の小型のヨットを見つけた


 海と同色の帆に船体は保安部員でさえも正直よく見ないと分からない程だったが、研究者である父譲りの観察眼と好奇心でシリルはすぐに見つけた


 器用に風を読み、真っすぐにこちらに向かって来た……


 スケッチボードとクレヨンを置いてシリルは船の側面を見る


 するとヨットは浮桟橋収容デッキに取り付こうとしていた


 しばらくしてお友達が気が付いた時にはシリルは忽然と姿を消していた……


 そのシリルは取り付いたデッキに向かい走っていった


 下の階層に辿り着りつき、扉を開く


 そこには一人のライフジャケットを着こんだ矍鑠とした高齢の男が居た


 ライフジャケットを着こんでいるものの黒で統一したハイネックのセーターとスラックスにデッキシューズ……それではマリンスポーツ愛好者には見えない……そもそもこんな状況下でマリンスポーツをやる時点で常軌を逸している


「よっこらせっと……ふぅ……」


 年寄はロープをフックに引っ掛けるとその場で背伸びをして硬くなった身体を解し出した


「こんにちは! 私、シリル! おじいちゃんは?」


「こんにちは、可愛いお嬢さん、ワシはオーウェンだよ、よろしくね」


 オーウェンは好々爺の笑みでシリルに挨拶をする、すると見知らぬ人と話すのが楽しいのか目を輝かせながら尋ねて来た


「ねぇ、オーウェンおじいちゃんは何してるの?」


「ヨットでここまで乗って来たけど腰が痛くなってきたから休憩しに来たんだよ、シリルちゃんは?」


「上でお絵かきしてたらお船が来たのが見えたのでここに来ちゃった」


「そうか……ここにはパパやママも一緒かい?」


 腰を押さえて背伸びしながらオーウェンが尋ねる


「んーん、ママだけだよっ、パパはお仕事で後から来るって! 校長センセも一緒だよっ!」


「ほうほう、校長先生……ゲオルグ教授かな?」


「うん! げおるぐセンセーだよ」


「そうか……これが例の船か……ここにはシリルのお友達も乗っているのかぃ?」


「うん、ジェフにぃ、ミリアにぃ、アニタにぃ……」


 指折り数えながらお友達の名前を言っていくシリルに微笑みながらオーウェンは頼み事をする


「シリルちゃん、すまんがワシに水をくれないか? レモンが絞ってあればなおいい」


「うん、わかったぁ!」


 オーバーオールのシリルが走り去って行く


 その間にデッキ周辺の装備やコンソールを調べ出す


(なるほど、パッと見、船体は古いが中身は最新鋭か……例のノックス級と同じ方向性の改造だが……こちらは同胞の為、向こうは自分の為か……)


 そう言うとドアが開きマグカップに水を入れたシリルが入って来た


「はい、お水! レモンも入れて貰ったよ!」


 指し出されたマグカップを受け取ると笑みを浮かべながら感謝の言葉を述べる


「早かったねぇ! ありがとう、シリルちゃん」


「えへへ、どういたしまして!」


 シリルも嬉しそうに笑顔で返す


 マグカップになみなみと注がれた水を飲み干すとレモンの風味と酸味に冷たい水がオーウェンの身体を癒す……ただ、その耳にはシリルを探しに来た声と足跡が聞こえて来た


「シリルちゃん、ありがとう、楽しかったよ、もうママが探しに来たみたいだし、おじいちゃんはもう行くからね、いい子で居るんだよ? それとママ達にそれを見せてあげて……水のお礼だと……」


 マグカップをシリルに渡すとコンソールにメモを残し、オーウェンはロープをもった


「じゃあね、オーウェンおじいちゃん! またお話しようね!」


 その呼びかけに手を振るとオーウェンは颯爽とヨットに乗り、すぃーっと離れていった


 シリルがその姿を見ようとデッキに近寄るとジャニスが入って来た


「こらっ! シリル! 授業をサボってなにしてたの?!」


「オーウェンおじいちゃんとお話してたの……」


 外に指さすシリルを抱えて外を見るとボストンに向かう潜入用ヨットが見えた


「それとママ達に見せてあげてってお水のお礼って……」


 顔色を変えるジャニスはコンソールに残された走り書きのメモを見て驚きと困惑に包まれる


 ”礼儀正しい心優しき少女の一杯のレモン水の礼に報いたいので情報を提供する……アンソニー卿所有の巡洋艦フリゲートが数時間後にこの船を襲いに来る 至急、対策を!”   通りすがりの庭師



 ヨットに向けて手を振るシリルを掴んだままジャニスは保安部と船舶スタッフを呼んで、このメッセージとこの区画の精査を依頼するのだった








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