決行

 ジョシュ達のピットブルはまだ駐車場にあった。


 急いでマルティネス達を車内に入れるとシュテフィンは周囲を確認して後部ハッチを閉め、全てのドアをロックする。


ジョシュは運転席下の応急ボックスをアンナに渡し、トッドから手当てを始める。


「あの……僕、無傷なんですが……」


「それなら良し! はい、ドミニクは自分でやって!」


 バツが悪そうにアンナは応急ボックスの箱をマルティネスに突き出す。


「へい」


 先程の悪夢を思い出したのか恐る恐るマルティネスが手を出す。するといつの間にか天井ハッチを開けて周囲の警戒していたホセがアンナに教える。


「お? 首の後ろにかなりの出血痕があるぞ!」


「ちょ! ちょっと見せなさい!」


 慌てたアンナがいきなりマルティネスの服をひんめくろうとするがホセがプッと笑い。


「ケケケッ、嘘ぴょーん、ほんとは心配なんだから……照れてないで手当てしてやれ」


 ホセは気を使っておちょくると途端にアンナは食って掛かろうとするが、全てお見通しと悟ると手当てをし出した。


「さて、諸君、この後どうするつもりかな?」


 後部ハッチに背中を預けて胡坐をかいて座り込んだマッキンタイアが尋ねる。


「俺ら的には素直に北の脱出路フェリー乗り場に行きたいところだけれど……これでアンソニーの勝ちは確定だしなぁ」


 ヴォイスラブ中枢を討たれた教会はいずれ情報を掴んだアンソニーの防衛隊に駆逐されるだろう。そうなれば次の矛先は間違いなくボストンのゲオルグ達と組んでいる自分らポートランド避難所に向けられる。


「えと……そのアンソニー様ですけど、拠点には居ないそうですよ」


 トッドがしゃべっても良いのかな? と思案しながら教えると手当てを受けているマルティネスがその情報を正確に伝える。


「実はな、俺とトッドは評議会の良識派区長に根回し避難勧告しに行った時に口々に言われたんだよ。アンソニーと連絡が取れない、各拠点もここには居ない、幹部を捕まえても俺が聞きたいとか言われるそうだ。これのお陰で遅れて捕まったんだけどな」


「ふうむ……居留守か?」


 運転席で前方を警戒しながら予備弾倉に弾を込めるジョシュが呟くとマッキンタイアが笑いながら答えた。


「フフッ、諸君、アンソニーは既に此の島には居ないぞ?」


「「「はぁホワット?」」」


 その場にいた全員が一斉にマッキンタイアを見る。


輸送船避難民襲撃の前に指示があってな、護衛貴殿らを始末したら秘密通路を通ってマンハッタンのバートリー本社ビルに帰還してくれと言われていた。……マンハッタンはあの建物高層ビルだらけの島だろう?」


「マッキン……流石、サンバを踊るだけでねぇな?」


「どこの将軍様だよ! つーか読者若者ついてこねぇよッ!」


 ホセの分かりにくいボケをジョシュが補正のツッコミを入れるが、ホセは厳しいボケだったと認識していたらしく誤魔化す為の咳払いをする。


「ゴホン、まぁ、年輩向けのボケは兎も角、そのアンソニーの行動は戦略的に間違ってない。ここロングアイランドの拠点や市民虐殺で損耗し疲労しきった敵・近衛兵団にマンハッタンに充満するZを排除してビルに進攻してアンソニーを倒せる余力は無い」


「ヴォイスラヴが居たら分かんなかったが……流石にねぇ」


 ジョシュも同意する。超武闘派のヴォイスラヴにトーレスのスレイヤー部隊が本社ビルまで到達して潜入すれば倒せる可能性があるからだ。


「しかしだ……俺らはどうやって渡る? どうやってビルまで移動する? 直接行ける橋は爆破され、渡れても市街の全エリアはZで満員……はぁ……ちときっつい」


 助手席のシュテフィンがフロントガラスや横に張り付くZを見ながら溜息がてらにボヤく。


「ふぅむ……今、生きてる橋ってどこがある?」


「いってっ……いや何でもありません……ヴェラザノ橋経由のスタッテン島、そこと本土マンハッタン間の橋は生きてたはず……」


 ジョシュの問いかけに手当ての最中にアンナの視線にビビりつつマルティネスが口を挟んだ。


「本社ビルに強襲するならこっから撤退中の教会本陣を通り抜けーの、Zの大群踏み越えて島にはいるんか……賭けとしては悪すぎだが確実に予想される線としては消えているか……実に面白い」


 想定を終えたホセがケラケラと笑うとジョシュが納得したように呟く。


「分が悪すぎて賭けにならんけれどそのおかげで完全に相手の想定外の駒になったわけだ。さてドミニク、自慢の愛車GT-Rは?」


「え? メモリアルホール職場の駐車場だけど?」


「そこまで送っていく、トッドを連れて逃げろ、アンナはその護衛、オブザーバー兼メッセンジャーだ」


「えっ!? 何言ってんのよ!」


 ホセのいきなりの撤退指示にアンナが目を剥いて抗議するが、ホセは冷静に反論し出す。


「悪いがこっから先は惚れた男が消えた程度で任務放棄する部下恋する女は要らんのよ。ならばその部下が最強の力を振るえる場所惚れた男の隣を提示してやるのがデキる上司の務めだと思うんだがね?」


「ぐ……しょうもないセクハラオヤジの分際で……」


 半分悔しそうに……けれど半分納得するようにアンナは絞り出すように呟く。


「とりあえず車出すぜ? いい加減に外がヤバイ」


 ジョシュがエンジンを掛けると周囲に張り付いていたZがバンバン窓を叩き出した。


「全員何かに捕まって……荒っぽくいくぜ」


 ジョシュはそう宣言して一呼吸間を置き、アクセルをベタ踏みする。


 シュテフィン地獄の狂犬運転程ではないがピットブルが飛び跳ねるように発進し、周囲のZを見事に跳ね飛ばすと速やかに道路に出てメモリアルホールに向かう。


「しかし、いいの? この4人でビル攻略って……」


 アンナの懸念は最もだったが、ホセはヘラヘラ笑い。


「そこでおめーら脱出したらJPとマーカス達腕っこきどもを寄越してくれ。出来るだけ地下通ってな」


あいよアエイト


「着いたぜ。とりあえず後はよろしく」


 ジョシュは駐車場のGT-Rの前にピットブルを付けるとマルティネスにそう告げる。


「ホセ! ジョシュ! シュテ! マッキン! 死ぬなよ!」


「おうって……えっ? 知らんの?」


 シュテフィンはマルティネスの激励でのマッキンタイアの名前が微妙に違う事に気が付いたが、トッドを連れて降りて行くマルティネスに説明するのも面倒だと思った。


「それとホセ……」


 アンナはガシッとホセの顔を掴むと強引にその唇を奪う。


「ありがと」


「ホレるなと言っただろ?」


「ふっ、そうだったね」


 わざと困った顔をしたホセにアンナは苦笑して答えるとアンナは後部ハッチから出て行った。


 そしてGT-Rが始動したのを確認するとホセはジョシュに告げる。


「俺もマッキンもまともな武器がねぇから最後に準備を整えてから出るとしようぜ」


「あいよ、こいつのガスもいるし、俺らの燃料も欲しいしね」


 ジョシュはそう答えるとなるべく敵が居なさそうなエリアに向けて車を走らせた。

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