過去
ジョシュ達は撤退指示を受けて、今日の出来に釈然としない面持ちでピットブルに乗り、騒ぐゲオルグ達の後に付いて帰還の途に付く
「なあジョシュ……俺らはマーティ取り戻して無事帰れるのかねぇ?」
紅葉が映える沈黙の街並を見据えたシュテフィンは神妙な顔で呟く
「このざまでは難しいな……俺が養成所時代の時点での評価では現場で暴れ回るトーレスの技量は中級って話だった……実際は中の上級だった……現実問題でそいつを仕留められない俺や一般兵に完封されるステやアニーはもっと高い技量を身につけるかどこぞの魔法学校のマジックウェポン装備しないと無理だな」
運転するジョシュも神妙な顔で辛い解析結果を出す
「ええっ!? 此処まで来て弱音吐かないでよぅ!……」
後部座席でアニーが慌てて二人を諌めるが、その後の沈黙が無理強いだと内心判っている証だった……
「俺らがこの戦闘を生き抜いて、成長すれば奪回についてワンチャン作れる技量が生まれるかもしれん……ともかく頑張るしかないけど……そだ、技量はあのおっさん達に、装備面はエメに相談してみよう……」
ジョシュはステアリングを切りながら次回はShAK-12の使用を解禁するつもりだった、アレなら周囲の高い防御のスレイヤー達を仕留めてトーレスに肉薄しタイマン張れるはずだと想定した
「技量か……俺が神祖覚醒したら技量埋めてお釣り来ないかな?」
前をぼーっと見ながらシュテフィンはぼそりとそう呟くと胸ポケットに入った採血検査のスピッツの存在をを確かめる
戦闘が始まる直前に百地からゲオルグに持たされた2本の採血スピッツとメモを渡され
”処女の血2本だ、万が一、君か後の二人に生命の危機が迫った時の最後の切り札として使え!”
メモには走り書きで書かれてあった
「さてね……吸血鬼には特殊能力があると言っても結構沢山あるから、正直、覚醒時のお前の能力がどんなのか判らない……」
そう前置きしてジョシュは教会で推定された能力を上げていく……実際に教会の兵士達が戦って討ち取った、もしくは遭遇した眷族との交戦記録、証拠を元に推定されたものだった
常人の数十倍の身体能力、言語、色彩や臭気による強力な催眠・幻覚能力、皮膚や体液に分泌される興奮、沈静、麻痺が自在になる神経毒、、常人なら即死する外傷でも瞬時に治癒する再生能力
「コイツが基礎4大能力だと言われている……どんな下級でも一つはもつ、原種なら全部持つと言われてるが……もし、本当に全部有るなら抵抗するトーレスの部隊を強制的に生け捕りにして手駒に出来るな」
「最悪の場合の
胸ポケットを握るとシュテフィンはぽつりと呟く
「なによジョーカーって? ここはゴッザムシティじゃないよ?」
心配して眉間に皺を寄せたアニーの軽いツッコミに
「 Why so serious? (何でしかめ面してるんだ?)」
そうボケて笑いあった……
一方、ボートに括り付けられたロープを慎重に引っ張り、なんとかリック達を引き上げるとトーレス達はは使えるバスを探して乗り込み撤収に入った
「コイツまだガソリンがあるな……よし、全員乗れ!」
指示を出し、搭乗させると隠してあったキーを探し出しエンジンを掛けて出発する
そこに騒動を聞きつけて押し寄せてきたZの群れを勢い良く跳ね飛ばし、強引に来た道を引き返してアルフォードストリートまで戻ってくる
路上にはZに取り囲まれた先程エンコして止まった輸送車とその上で此方を見て警戒する運転手がいた
「S2! 注意して聞け! 今からこのバスは前方の輸送車上にいる
号令のもと、窓を開けた瞬間に伸びてきた手を払いのけ、一斉にその頭部を機械のような精確さで弾き飛ばしていく
そうしてバスを輸送車に隣接させると運転手に叫ぶ
「
それを聞いたドライバーは飛び移ると
「志祭! 助かりましたが……人使いが日本のブラック企業並ですな?」
運転手の皮肉っぽい返しは危機的状況でも変わらない
「良いからここに座れって! S2! 乗り込むまで周囲に近づかせるな!」
トーレスは運転席の窓を開けるとドライバーが窓から滑り込むように脚から入ってくる
「ふう! 流石にもうヤバイと思いましたが……おやおや、あまり良い戦果ではなさそうですね」
振り向いた運転手は無表情で傷だらけでしかも全裸のリック達を一瞥すると苦笑しがてら軽々とステアリングを切りUターンする
「おい……まぁいい、任せるぜ、仮設本部まで頼むわ」
トーレスが行き先に異議を唱えかけて止めて置いた、
「了解です、市街地へはしばらくは行けません、Zが大量に来てますからね……とにかく大回りしてでも回避します」
「ああ、そうしてくれ……なんか有ったら起こしてくれ……なんか疲れたわ」
運転手に指示を出すとその斜め後ろの席で銃を枕に寝息を立て出した
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
研究所の駐車場に歓声が上がるとジュリアは発令所から飛び出してきた
ゲオルグとJPを載せたランドローバー・ウルフ改を先頭に次々に戦闘車両が入ってくる
降りてきた
重篤な負傷者が居るものの戦死者は居らず、避難船の保安スタッフも無事に停泊地に着き、擬装を展開終了と報告があった……
「教授、戦闘参加者の帰還と避難船の予定通りの停泊と擬装を確認しました」
「了解だ、ジュリアお疲れ様……君が手配したシュテフィン君提案の切り札が役に立ったそうだよ……」
一瞬、エッ! と惚けた顔をするものの直ぐにいつもの凜とした顔になり
「左様ですか……使えない策だったので正直呆れていましたが……」
「
ゲオルグは最初は優しく、後になるにつれて無感情に指示を出す……
「畏まりました……尋問担当に厳命致します」
「じゃ、僕は厨房に行って夕食の準備に取り掛かるから、後は宜しく」
ゲオルグはそういって発令所を後にして自室に戻って行った
ジュリアは早速、保安部員と研究スタッフに連絡し捕虜の扱いを厳命して仕事に向かわせる
そして一息ついて机にもたれてコーヒーを飲むとそこにシュテフィンが入ってきた
「あれ? 教授は?」
「今は自室に戻られ、その後は厨房で腕を振るわれる予定だ……決して邪魔するなよッ!」
「あー、判ったよ、ちょっと聞きたい事があったから……夕食後アポイントとれるかな?」
やばいタイミングで来ちゃったかと思いつつ、シュテフィンは机の前に立ち、敵対心あらわのジュリアに対し不自然なほど対応を普通にして話す
「わからん、教授はいつもお忙しいからなぁ! 私でも予想がつかん」
「ジュリーでも無理なら仕方ないねぇ……フレディさんに聞いてみよう、邪魔したね、じゃ」
普通に接していてもやはり威圧感に耐え切れず、そそくさと出ようとした時、ボソっと声が聞こえた
「……ぶな……」
「ん? なんか言った?!」
「「私をあの頃みたいにジュリーと呼ぶなぁぁぁ!」」
いきなりジュリアから雷が落とされたが……
「あの頃って? 俺、幼児期の記憶飛んじゃってるからこれが失言なら謝るけれど……僕は一度、疑問に思うと追求したくなるんだよね……?」
悪戯っぽく笑うシュテフィンに諦めたようにジュリアは机に持たれて話し出した……
「確かにここで私は貴方と有った……かれこれもう23年も前、私は公園で一人で遊んでた……」
この施設に同じ年齢の子供などそう居ない、3歳児で一人遊びは正直飽きる……ジュリアは寂しそうにいつもポツンと遊具に腰掛けて居た……
ある日、施設から出てきて猛ダッシュで公園に向かって走ってくる男の子が居た、その子は公園に着くと元気一杯、一人で全力で遊具を遊び倒していた
それを家の影で見ていたジュリアは声を掛けたくても恥ずかしくて掛けられなかったが、相手はジュリアを見つけ、即座に駆け寄ってきた
「きみはだぁれ?」
「じゅりあ、あなたはぁ?」
「ぼく、しゅてふん! じゅりあちゃん! いっしょにあそぼう!」
舌ッ足らずでも全力の笑顔で自己紹介する少年はジュリアにとって初めての同年代の遊び相手になり、二人は全力で夢中になって夕方まで遊んだ……
「シュテー!」
「ジュリー!」
二人の母親達が名前を呼ぶ……だが、二人は手を握り合い離れようとはしなかった
「あら、この子達ったら……明日またここで遊びましょうね」
母親達は泣き出しそうな二人を引き離すとそう言ってあやして引き上げて行った
「翌日もその次の日も貴方は走ってきて私と遊んでくれた……凄く楽しかったし嬉しかった……」
しかし、その夕方、シュテフィンを迎えに来たのは
「私はその人を見たとき凄く怖かった……それだけしかその人の姿の記憶が無いの、ただ、貴方は前より強く手を握ってくれた」
離れようとしないシュテフィンを男の人が優しく窘めると不意にふっと力が抜け、貴方は力尽きるように眠ってしまった……
「そして男の人は私を見てこう言ってくれた≪この子と遊んでくれて有難う、1年後に会おう≫といって私を迎えに来た母に会釈をして立ち去っていった……」
翌日からまた一人の日々が始まったが、1年後また会えると信じて我慢した
「その次の年、貴方はまた走ってきた……私の元に……」
3日間また二人は前より行動半径を広げながら遊び回り、愉しんだ……
「その頃から貴方は私をジュリーって呼んで、そしてまた去って行ってしまったわ……そして翌年、やはり貴方はやって来た……フレッドやマイケルに苛められてた時、助け出してくれた」
「え! 俺、その頃からマイケルさんと知り合いだったの!?」
だが、今ここにジョシュとアニーが居たら
≪過去に耐え切れずに照れ隠しでそこで問い掛けてボケたか……≫
と弄られる事、間違いなしのリアクションを行うが過去の記憶と感情が深い所に入ったジュリアには一切無効だった……
二人を相手に大立ち回りをして意気投合して四人で遊んだ……おかげで他の年上女子、ジャニスとかにも顔見知りになり孤独ではなくなった
「……そして5歳だったけど私は貴方に恋をした……けれど、その年を最後に貴方は来なくなった……私はずぅーっと待ってた……ずぅぅぅぅぅぅっとねぇ!」
今までの想いと怒りに感情が点火したらしくいつもより闇が深くなった憤怒のアンダーソン女史に変わっていった……
「ほーんで、久し振りににあったら記憶すっ飛ばしてた……か……そりゃ、怒るわいな……」
理由が判り、納得したシュテフィンは憤怒の形相で睨むジュリアに微笑みながら話しかけるが、反応は前より怒りが倍増している
「怒るわいなぁ?……お前、舐めてるだろ? なぁ? あたし舐めてるよね?」
血管が切れるような状態でジュリアが迫るが逆にシュテフィンは笑顔で近寄り、顔を寄せ合う距離まで近付く
「舐めてはいないよ……また今から……最初から君と始めるつもりだから……君は合計9日間の思い出があるけど俺にはさっぱり無い……その思い出深い9日の差は中々埋まらないとは思うけど君との未来はその日数以上に今から作り出せる……いけないかい?」
「はぁ? なに? いけないだと? ……やはり貴様は……」
爆発しかけたジュリアが最後まで言葉を繋げる事は無かった……シュテフィンが絶妙のタイミングでその唇をキスで怒りごと塞いでしまったから……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます