覚悟

 ひたひたと背後に迫るキリチェックの追跡から逃れつつアンナは最初に電話を掛けたホセではなく、JPにコールする


「なんだ?」


「敵の正体がわかりました」


「アンソニーとゼラルゼスか?」


 即答されて思わずニンジャからコケそうになるが、体勢を保ちつつ加速に入る


「ご、御存じでしたの?」


「主犯はな、ただ、腕っこきの運転手キリチェックを雇ったと聞いた時に俺とホセ、マーカスはその名ゼラルゼスを思い出したよ……大概のチームのモデルケース目指す形だったからな……」


 各種のエキスパートが揃い、高難度の任務を効率的に、時には個別に遂行し高報酬を得る……しかも裏や闇の世界と違い、表の世界・社会で真っ当に高報酬を得るゼラルゼスは大概の特務チームにとって理想像の一つだった


「それではアンナ、今すぐにそこから逃げろ 相手が追跡のプロならお前は消される!」


JPが即座に逃亡指令を出す……相手との力量と戦力差を鑑みての判断だったが、アンナの返事は違っていた


「ところが……申し訳ございません、私、見捨てられなくなりました……」


「マルティネスか?」


 再度こけそうになるが必死に何とか体勢を保つ……


「御冗談を……刺しますよ? それもありますが、本音はブース親子です……感傷を捨てられぬのはプロ失格ですね」


 かつて自分が選択出来なかった未来、自分が夢見た未来図がある


 それを自分が手に出来なくても、手にする娘がいる……ならば、自分が命を張ろうと決めた


「わかった、とりあえず死ぬなよ、此処が終わったら駆け付ける」


 JPなりの激励なのか素っ気ない口調で相変らずの返事をする


「それとブースはアンソニーにダメージを与えれる証拠を集めたそうです」


「了解した、アンナ無理強いして済まんがブース一家を守護しながら逃げろ……やれるか?」


「出来なくてもやるんでしょ?」


「ふっ、頼む」


 そう結ぶと連絡を切る、実にJPらしい……


 そして、バイクを止め、ソフィアとマーティにメッセージを送る


 ” 至急、二人でマルティネスの家に行きなさい お父様もそこにいるわ”


 書き終えて送信のボタンを押すと5ブロック後ろの交差点をタイヤを鳴らしながら曲がってくる車を見る


「猟犬登場……さて、逃げるか!」


 車の運転席のキリチェックと助け出されたらしい助手席のキャロルを確認するとアンナはバイクを発進させ、一路、ニュージャージー方面のヴェラザノ=ナローズ・ブリッジに向かい加速させる……


(下手すれば即死……パパ守ってね、ホセ……ドミニク、下手こいたら後はよろしく)


 国道278号に入るとさらに加速し最高速度を出そうとエンジンが吠えるが、後方にはピタリとキリチェックの車が付いてくる


 少し前にプロライダーがトルコの橋で同型で出した最高速度が時速400キロ……日本の東北新幹線の最高速度320キロより速い……


 当然、アンナにそこまで叩き出せるわけもない……だが、200オーバーは覚醒時なら余裕で可能だ


 トッドが残していったパックを残りを飲み干すとアクセルを全開にする


 前門の簡易検問所にクラクションとパッシングしながらゲートを開けさせると


 自己最高速でゲートを駆け抜けて行く……


 しかし橋に到達すると所々に放置した車とZがうろついており、接触≒大事故の状態だった


 路面の状況もゴミや破片が散乱しかなり悪い、アクセルが緩みスピードが落ちる


「チッ! 此処までか……」


 その先に車両運搬車、カーローダーが橋を壊して外に飛び出していた


 事故車両を引き上げるつもりがZでパニックになった市民の暴走に巻き込まれて、道板が降ろされて放置されていた


(ゴメン、ニンジャH2あんた最高だったわ!)


 最後に愛車に別れを告げると再びアクセルを全開し、一気にスピードが上がっていく


 バーストや転倒も覚悟の上での文字通りの最後の全力疾走だった


 道板からタイミング良くジャンプして猛烈な勢いのそのままでニューヨークとニュージャージー州の境目のローワー湾河口にバイクごと着水し、沈んでいった……


 その数分後に車に乗ったキリチェック達が到着する


 キリチェックとキャロルは車から降り、泡が弾ける沈んだ後の水面を観察する


「事故ったの? あのビッチ」


「わからん、最高速でこの障害物だらけの橋に来る時点で策なのか無策なのか理解できん」


 キャロルの問い掛けにキリチェックは早口で分析する


「事故ったなら良いけど逃げられると厄介ね」


「心音、呼吸音とも感なし……とりあえず帰ろう、若に報告せねばならん」


 そう車に乗り込もうとした途端、コポコポッと水面から泡が立つ


「む……違うか」


 再度、六面を確認すると車に乗り込み来た道を戻っていった


 その後、暫くしてからそこから離れたナローズブリッジの橋の橋脚付近の水面に顔を少し出して、ゆっくり小さく呼吸をすると音を立てずに橋脚にしがみ付きながらも息を必死に自然にゆっくり整えるアンナが居た


 相手はソナーマンゆえに音と視覚で確認してくる……ならば、沈んでいくバイクのタイヤの空気で息を吸い、数十分かけて誤魔化して流れの乗って橋脚に移動し、視界から消える


(まだ、まだいるはず……)


 やはり推測通り、ニューヨークサイドの道路に一台のクルマが止まり、周囲を細かく確認するキリチェックがいた


 そして川には捜索用のボートが複数出てくる


(しっこいわねぇ……この男)


 流石にあきらめたのか、車に乗るとアンソニーの処に帰って行った


 やっと大きく息を吸うとアンナは次の行動の為に呼吸を整える、そして再度周囲を確認すると、ニューヨークに向かい潜水して移動を開始した


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 その十分ほど前、アンナの連絡を聴き、JP、ホセ、マーカス、ジュリア、それにバスローブ姿のゲオルグが発令室に集まり緊急協議を始めた


「それで隊長、ゼラルゼスに対する策は有るのかい?」


 バスローブに血液パックを飲み指令の席で寛ぐゲオルグの姿にマーカスは苦笑する


(完全に発令室から浮いてんな……この教授……)


 不気味に黙るホセを尻目にJPは首を振る


「まずありません、連中は業界最高峰の技術と小規模でも極めて高い戦力を有します、こちらの策としては被害を最小限に食い止めて目的を妨害する位ですね」


「やけに消極的じゃないか……彼らと交戦経験があるのかい?」


 ゲオルグがいつもより消極的なJPを煽るとホセが口を開く


「俺はアフリカと南米である……チームが手玉に取られてな……まるでまな板の食材の様に手慣れた感じで捌かれる……一人ひとり丹念に丁寧に消え去るんだぜ? この地上からな……」


 そのホセの口調から相手の危険性を認識したゲオルグは考えを改める


「ふむ、ならば向こうの目的を知り、先手打つか……」


「推測するに、多分目的は貴方ですよ? 教授」


 ゲオルグに対し、JPは考えうる目標を考察して伝えた


「やっぱり? モテる男は辛いぜ……さて、どうぶっつぶしてやろうか……」


「それはやめて置け、相手はお前を足止めした上で俺らを全滅させれる……その後ゆっくり始末されるのがオチだぜ」


 モニター要員に戦闘服用意させようと声を掛けようとするゲオルグにホセが窘める


「ならどうするね……白旗あげるか?」


 少しイラつきながらゲオルグがホセに絡むが、JPがそこに割って入る


「ウチはキング教授さえ取られなければ勝ちなのだから全力でバックレて戴きます」


「はぁ? 俺にケツまくって逃げろってかぁ?」


 徐々にヤンキー気質に着火しかかり、イラつきが巻き舌口調に代わっていく


「ええ、教授、貴方は餌、それをついばみに来た連中を俺達が一人一人狩って行く……」


「そう巧くはいかんだろ……JP、何よりも此奴こやつ、余計な世話したがるしな」


 JPとホセの説明とやり取りに意味が分からんと首を振りながらゲオルグが突っ込む


「誰が世話焼きだ……それで俺はどうすんだ?」


「アンダーソン部長、この研究所の間取りを」


「了解、では中央スクリーンに」


 JPの頼みにジュリアがコンソールを操作し、各戦況や重要拠点の様子を伝える映像が線で描写された長方形の建物の見取り図に代わる……まだ不案内なJPが尋ねながら説明をする


「ここはどこになる?」


「中央ブロックの円筒状のエリアよ、ちなみにここを中心に南北に分かれてるの北は研究棟、南は保安部や装備開発部があるの」


「格納庫が指令室発令室の隣かよ!……他にもめちゃくちゃイカレた構造してんな」


 その構造を見てホセが色々と突っ込むとゲオルグがぼやく


「途中までは研究棟と装備課や保安部は別の建物だったんだ、ところが各部署から予算や設備投資の突き上げが強くてな……しゃーねぇからバートリーから色々と資金をむしり取って増築したらこうなったんだよ」


 苦笑しながら話すとリアクションをスルーしたJPが大まかに作戦を説明する


「兎に角だ、教授には此処か格納庫に居て貰い、連中が突入して来たら格納庫か地下通路で脱出、逃げたところで研究所ごと連中を始末する……」


「施設の責任者として研究所が燃やされるのは勘弁してほしいんだがね……人的被害が出るよりマシか……」


 そう言いつつも乗り気だった……アンソニーの息がかかった部隊の失策として丸ごと責任をなすりつければ本部も文句どころか新築の費用を言い値で捻出してくれるだろう……


 するとコンソールに呼び出しの表示が着きエメからの通話回線がつながる


「ジュリア、隠し玉の用意出来たよ! 何時でも出れるよ! それとゲオは?」


「此処にいるよ」


「直ぐに下に降りてきて! もう一機セットするから!」


 ゲオルグの返事が言い終わる前にエメからの指令が下る


「それじゃあ、ジュリア、後任せた……トホホ」


 ため息混じりにゲオルグが部屋から出て行った


「それでは、教授を囮にして相手を駆逐する空城の計……発動するわよ」


 後を取ったジュリアがJPの策に乗る


「いやいやいや、空城の計は相手が警戒して撤退する作戦なんだが……まぁ、いいや、とりあえず敵が教授を追って侵入したら教授は避難船防衛に移動、後は俺ら外の居る部隊が連中を研究所ごと始末すると内外の主要メンバーに伝えて置いてくれ……さしあたっては研究員の皆さんは至急避難開始してほしい」


 ホセが苦笑して突っ込みながらそう各部署に連絡を頼んだ

















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る