調整

 突堤のカーブを曲がるたびに強化フレームが軋む音を出すが、音もたてずに圧し折れた最初期型のモノに比べてかなりマシだった。


 ジョシュ達の体重に装備の重さに遠心力を何とか押さえつけてコーナーを立ちあがる……


「ジョシュ! シュテ! 足裏のボールローラーやフレームの軋音あつおんや異音は?」


 エメが懸念する装置箇所を聞いてくるとジョシュは早口で状況を知らせる


「多少あるが全然マシ!」


「こちらはあまりない!」


 シュテフィンの装備に異常が見られないのは重量がシュテフィンの方が20kg軽い……これはアニーの愛銃であるバレットとその弾薬の増加分であるのだった


「それでは3周目でカーブに置いたカボチャを狙って撃って!」


 インカム越しにエメの指示が飛ぶとShAkのセレクターを単発に変えて狙撃態勢に入ると視界にハロウィーン用のカボチャが見えた


「いくぜ」


 インカムに宣言するとジョシュは高速移動しながら狙撃を敢行すると見事に当たるがそれと同時に各部モーターの異音も激しくなる


 ジョシュが撃ったカボチャの残骸のすれ違いざまにシュテフィンのレイジング・ブルが火を噴く、別に置いたカボチャが勢いよく爆ぜる……あれから数万発は撃ったおかげで片手で制御して命中率も中々のモノになっていた。


「次は立ち膝で!」


 エメの指示と共に軽く飛んで膝から着地する……衝撃は膝の衝撃吸収ゲルが消し去ると同時に膝と足の甲に配置された駆動モーターとボールローラーが作動し、一気に安定した状態で駆動する


 それを銃を変えながら4回繰り返すとエメから指示が出る


「2人とも戻ってきて! ここで近接戦闘も取るわ」


「「はーい」」


 足底のボールローラーの駆動モーターを切り惰性で進みながら両足足底部に設置された3点のローラーのうち、前2つが引っ込み踵のローラーとヒール部分で減速を掛けターンして止まる。


「ひぃー、衝撃や異常駆動はないけれど、やっぱボールローラーの不安定性と異音が半端ないですよ」


 銃とナップサックを置き、振り向きざまにエメにそう告げるとニコッと笑顔で返事が来る


「うちのスタッフ過労死させる気? 直ちに10キロ痩せなさい」


「そんなん無理ですがな……」


「そういや、バーニィ達がアタシのご飯は健康的過ぎて即座に痩せれるって……」


 噂に名高いエメのナイトメアディナー悪夢の晩餐の噂は聞き及んでいたので慌てて即座に断った


「いえ、今、倒れるわけには参りませんので……」


「むぅ……」


 エメが残念そうに唸ると後ろの技師が提案をしてくる


「足首や膝、下半身のアクチュエーターも許容範囲の境界線上なので改良は容易いかと? そしてそれら以外は安定してますから交換の必要はありませんから半日もあればアップデート出来ます」


「そう? 無理しなくていいよ?」


 最後の詰めだが無理はさせれないとの判断でエメは技師たちを気遣うが真逆の返答が返ってきた


「お任せください、早々こんな面白い御題はありませんよ? これは近年の最高傑作になるシロモノです」


 額に手を当ててあちゃーとやりながらエメも呆れるが確かに同意する。


 ありとあらゆる弾丸を弾き、360度方向への高速移動を自在にしつつライフルぶっ放しながら突っ込んでくる兵士、格闘や戦闘時に筋力差を埋める補助動力……米軍のトライアルに参加しても超高額契約も夢でない


「分かった。早速アクチュエーター作成に取り掛かって、ジョシュ! シュテ! ヘルメットとグローブを取り換えて組手お願い!」


 ナックルガード付きから、ガードに衝撃ゲル付きのモノに変わったタイプとヘルメットも空手用のガード付きのモノを渡され装着する


「何ラウンド行きます?」


「CQC(Close Quarters Combat)5ラウンド程度、ナイフは不使用でお願いする」


 モニターしてる技師が条件を告げるとシュテフィンが注文をする


「誰が時間見てて、それとどちらが何本獲ったか? 確認してくれ……」


「いまん所、30本差俺の勝ちか……」


 ジョシュがドヤ顔で指摘するとシュテフィンがギラついた眼で対峙する。


「この5ラウンドでそれをひっくり返す!」


 そう言いながら足を前後に開き両手を開いて構える。


 そのシュテフィンを左手は腰だめに構え右は顔前に構え腰を落としたジョシュが迎える


「スタート!」


 エメの掛け声で始まる


 初手からジョシュが左ストレートを顔に向けて放つとその餌に釣られたシュテフィンが右手で払いながら身体を入れ替え、ジョシュの右腕を脇固めに捉えようと左手で掴みつつ脇で挟み自重を掛けて抑え込みに入る


 するとジョシュの左足がシュテフィンの大腿部に絡みつき、左手を首の方へ伸ばしてコブラツイストに切り返そうとするが察したシュテフィンは右腕でとっさに払いつつ左肘で顔を突いて脱出する


「野郎、腕上げたな」


 追撃をかわすべく間合いを取って構えるジョシュの言葉尻にイラつきがみえると構えなおしたシュテフィンがボヤく


「いい流れだったのにコブラツイストなんて……舐めてるだろ」


 言い終わると同時に長い脚の右前蹴りで牽制を入れて中段、上段蹴りへと繋げる


(ふっ、ちょろい)


 左でガードしながら間合いを詰めるとシュテフィンはその場で飛んでネリチャギ、踵落としに移行する


 それを見切り、頭上から迫る踵を右手側部で受けると左正拳突きをドンピシャのタイミングで繰り出すが軽く胸をかすっただけで高い身体能力と補助動力によるバク転で躱して構えに入る


「これは凄い……」


 一歩も譲らない激しい組手を見入るエメの耳に技師の呟きが入って来る。モニターに集中するように注意しようと振り向くが当の技師たちは組手を全く見ずにモニターだけを見ていた


「瞬間やピークトルクがレッドゾーン入りっぱなしだけどモーターの耐久性や温度はさほど上がってない……」


「レッドゾーン入りっぱなしって……」


 呆れてモニターを共に見ると確かにグラフや数値はリズミカルなビートを刻むかの如くトルクや最大出力値をマークし、明らかに動きを妨げずかつ負荷を軽減して筋出力を増幅させていた。


 手元のブザーがなり、1ラウンド分である3分過ぎたことを教えてくれた


「はい終了! インターバル1分ね」


 容赦なくエメからの指示が飛ぶがジョシュ達は事も無げな涼しげな顔で待つ


 以前なら肩で息するどころか座り込むレベルだったのが鬼達のシゴキにより総合的な戦闘能力が著しく上がっていた


「それじゃ、2ラウンド!スタート!」


 今度はシュテフィンは軽快なステップで右手で顎を守り、左肘をまげて揺らしながらリズムを取るヒットマンスタイルでアウトボクシングでジャブを繰り出すと右手一本で払いのけながら接近すると今日初めての強烈な左ボディをがら空きになったシュテフィンの左脇に見舞う


「ぐっ」


 苦鳴とも言える歯ぎしりを言わせつつ打ち下ろしの左ストレートをジョシュの顔面に叩き込む


「ぶっ!?」


 その驚きともとれる吹き出しを合図にノーガードで殴り合いが始まった


「おー、やっとるやっとる……って早速泥仕合かよ」


 そこに打ち合わせを終えたホセとJPが覗きに来た


「シュテフィン! アウトボクシングの基本は!? 離れずに何をしてるんだ?」


 シュテフィンのボクシングコーチだったJPが怒気を孕んだ物言いでコーチングを始める


「そらしゃーないわ、ジョシュは【スラッガー】タイプの変則ボクシングをオーウェンに仕込まれてるからな……スラッガーは強打が持ち味の出入りが多いボクシングだから接近されるとああなる……」


 スラッガー、基本的に中距離の間合いを持つボクシングスタイルで、強烈なパンチを振り回し防御無視の出入りの多いボクシングスタイルを指す


 人間であるジョシュには防御無視は選択として間違っているが、被弾覚悟で長距離から来るジャブを掻い潜り一発かます。接近してくる相手に打ち下ろしでぶちかますスタイルが性格にあっているとオーウェンから分析され実際フィットしていた


 通常の訓練では総合的なCQCであり、出す事がないので引き出しの一つとして与えてあったのがシュテフィンの誘いに乗った際に披露されたのだった


「ちっ! 足を使いもっとフリッカー右ジャブを出せ! 突き放して間合いを取れ!」


 その檄でシュテフィンは乱打戦を抜け出し、間合いを取りつつジャブで牽制を始めた


 その後ろで技師達がニヤニヤとモニターを見て舌なめずりしてほくそ笑む


「衝撃吸収も良い感じ……もっと激しくお願いしたい」


「ヤレヤレ納期3日で装備部全員過労死待った無しね」


 既に恍惚状態の技師をしり目にエメは溜息をつく制作過程の作業員達に大量のエナジードリンクの差し入れを手配するのだった




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