ヴァンパイア オブ デッド Vampire of dead

Azrael

第1章この地より……

【境界線の世界で】

 街は静まり返っていた。

空は青く高く澄み渡っていた。街路樹は赤々と紅葉こうようして美しく街を彩る。時より路地に吹く風に死臭をただよわせながら……。


 本来なら無数の車が街の道路を往来していた。

交差点の角に有るドラッグストアやファーストフード店には家族連れが出入りする。

銀行のATMには大勢の人が行き来していた。


 今は人気が無く路上には放置された事故車が多数放置されていた。

店内からはうめくような声が聞こえる。

さらに周囲の家々のドアは開けっ放しで腐臭ふしゅうと死臭を辺りに撒き散らしていた……。


 ここはアメリカ合衆国、メイン州ポートランド。メイン州最大の都市である。

アメリカの北部域、代表的な片田舎だった。

アメリカの有名な大都市とちがい、歴史のある住みやすい街である。

海に面した港や小規模だが機能的な都市であった。

しかし、その住みやすい街は機能を停止して丁度1週間ほど経過している。


 今では死者の闊歩する街に成り果てたのだった。

20XX年、10月某日、ニューヨークを含む3つの州でZ《ズィー》が発生。

その3日後、モスクワ・香港・上海でほぼ同時にZ発生を確認する。

そして瞬く間に近隣地域のみならず、地方に被害区域を拡大した。

アメリカ東海岸において北はカナダ・セントローレンス川流域、アメリカ側はノースカロライナ州境に広がる。

西はオハイオ川流域東側まで侵食されていた。

東は大西洋であったのが救いでもあった。



 死者が生者を喰らい。喰われた死者がまた他の生者を襲う。

その数を爆発的に増やすも辛うじておさえられているのは、すぐに発見された生態行動の1つ。


奴等は流水に入らない、入ってこない。


それと巷のゾンビものの映画・ゲームで見知った対応策。


頭部破壊で行動停止。


その2点が民間に周知しゅうちされていたのが最大の理由だった。


 現在、オハイオ州とバージニア州では軍が決死の排除作戦を遂行すいこうしている。

ただ、相手の物量に押されている状況で苦戦を強いられていた。

そこに背後であるカリフォルニア・ネバダでも発生が確認される。


 発生から1週間後の正午過ぎ、ポートランドの西側を走る州間高速道路、Iー95国道95号線にそれはいた。

放置車両の間をジグザグに蛇行スラロームする1台の白いバイクが疾走しっそうする。


 バイクの右側全面には派手に転倒したらしい。

白いカウルは壊してライトは割れ、サイドミラー至ってはどこかに消失していた。

転倒のダメージで何時エンジンが止まるか?

車体のトラブルで走行不能になるか?

はたまた車輪がロックし、身体を投げ出されるか分からない代物だった。


乗り手の若者は年の頃は20代後半に見えた。

180センチ程の長身で広い肩幅、背中に荷物で一杯になったナップサックとライフルを背負い。

腰のベルトと脇のホルスターに拳銃1丁ずつ装備していた。

 黒のライダーズジャケットにジーンズを着込み。

手にはライダーズグローブに手甲みたいな物をはめていた。

ヘルメットは被っておらず赤く短く刈った髪が風になびく。

ゴーグルとバンダナをマスク代わりにして顔を覆っていた。


 進行方向にポートランド市内に向かう支線Iー259国道259への分岐が見えてくる。

そこでエンジンからは異音、メーターの表示に給油のランプが点灯し始めた。

若者は内心舌打ちしながら市内に向かう分岐に入る。


 願わくは夕暮れ前に、もしくはバイクが壊れる前にポートランド港に辿り着きたかった。

そこからボートか船を調達して安全圏に脱出するつもりだった。


(最悪そこらにある手頃な車をいただくか……)


そう思い始めた頃、前方にガススタンドが見えてきた。

……なるべく音を立てずにバイクを止める。

ゴーグルを外し、グレーの切れ長の瞳を瞬きさせて周囲を見回す。

おもむろにバンダナを外す。

角張かくばった精悍せいかんな顔立ちが外気に触れる。

整った高い鼻と薄い唇を出して周囲の臭いを嗅ぐ。


 死臭や周辺に動くモノが無いのを確認する。

ゆっくりとベルトから拳銃グロック17を取り出した。

Zになっていた警官を車で跳ね飛ばして奪ったものだ。

もちろん動作確認がてらヘッドショットして弔ったが……。


「さてとぉ」


 その若者ジョシュ・グランダンは静かに呟いた。

お目当てのガススタンドを観察する。

そこにはスクールバスが1台止まっている。

余程の大群に襲われたのか所々に返り血みたいな染みがついていた。

特にフロントグリルは返り血で真っ黒だった。


  バスが給油作業中だったのに気がつく。

ジョシュはまた内心舌打ちをする。

そのまま放置していれば気化したガスが周囲を漂う。

ちょっとした火花で引火し大爆発してしまうからだ。

しかし、周囲にガソリン臭は全く無かった。

再度、周囲を見渡す。


 するとガススタンドの店内に動く影が見えた。

ジョシュはグロックを構えてガラス越しに中を覗こうとした……。

ザグッと鈍い斬撃音と共に、作業服の男がジョシュの目の前にあるドアから飛び出てきた。

その青白い顔の頭部中央に斧をめり込ませたZだった。

銃口を飛び出して来たZの頭部に向ける。

だが、既に動きは止まっていた。


「撃つな! 俺は人間だ! まだ生きてる!」


 戦闘的なジョシュの姿を見て、店内から若い男の声が慌てたように飛んで来た。

同時に振り向きざまに銃口を向ける。


 長身……自分と同じ180センチ台、手足の長い痩せた優男やさおとこが立っていた。


 年の頃は20代そこそこ、面長の顔に整った印象だった。

後ろに束ねた軽いウェーブがかかった黒髪に眼鏡の奥にある切れ長の濃い青い瞳は理知的な印象を与える。

赤い薄い唇は印象深く、典型的理系美男子と言った趣だった。

だが、折角の好素材もそのセンスで台無しであった。

無名大学ロゴが入ったグレーのトレーナー、ジーンズとスニーカー姿。

……どこから見ても変に垢抜けないアメリカのイモ学生だった。


 イモ学生でも生きている人間は簡単には信用しない。

この1週間程度で何度も銃口を向けられる。

女子供にさえ銃と食料に車を強奪されかけた。

どれほどに馬鹿でも学習はする。

速射出来るように、また脅しの意味も込めて撃鉄を親指で起こす。


「イヤイヤイヤイヤ!  待て!  俺は丸腰だ!」


店から眼鏡の優男が手を上げてゆっくりと出て来た。

動作脅しに気が付いたようだった。


「なんだ! てめぇ! 何してやがった!」


 顔に殺意を出しながら威嚇したジョシュは男に銃口を向けた。

周囲に仲間はいないと確認し、話を聞くことにする。


「車にガスを入れようとして、給油機にロックかかってたから事務所に解除しに行ったらそいつZが居たんだよ!」

「あん?  車?」

「そこのバスだよ!」


 必死の優男は顎でスクールバスを差す。

バスを見てお釈迦機能停止になりかけのバイクを捨てる決断した。

状況を確認する為、ジョシュが詰問する。


「動くのか?」

「もちろん、それに乗って来た」

「何処へ行く?」

「港まで行く、キャスコ湾の島々が避難所になっているらしい。ラジオで言ってた」


 ラジオは道中、全く聞いていなかった。

ジョシュは自分の迂闊さに内心苦笑する。


「ほう? それなら俺も連れてけ!」

「よし、給油と食料を運ぶから手伝ってくれ!」

「ああ、とりあえず中へ入ろう」


 店はアメリカにありがちなコンビニだけでなく酒屋も兼ねていた。

一瞬、警戒したジョシュは気配を探りながらレジに身体を滑り込また。

案の定存在していたレジ下の機械を操作する。

店内にはシュテフィンと自分だけと確認し、スイッチを入れた。

これで給油は出来るはずだ。


 身を起こしながらジョシュはぶっきらぼうに名前を聞いた。


「アンタ、名前は?」

「ボンド、ジェームス・ボンド」

「お前は007ダブルオーセブンかッ!」

「悪い、冗談だ。シュテフィン・マーセアだ」


 ジョシュはここでスパイ映画シリーズの名台詞でボケられてムッとした。

シュテフィンと名乗った男は屈託無く笑い握手する。

渋々ジョシュは握手して自分の名前をシュテフィンに告げた。

レジにある瓶に入ったサラミを掴んで頬張る。

そして冷蔵庫からビールを取り出してそれを一気に流し込む。


 実に旨い。

丸1日何も食べずに走っていたからだ。

一息ついたジョシュが外を見る。

先程Zの頭部に振るった斧を片手に居た。

呑気に鼻歌交じりでガソリンを入れる。

その姿は優男に似つかわしく無い武器であまりに呑気に思える。

しかしジョシュはその姿を見て奇妙な違和感に襲われた。


 だが今は気にしない事にした。

とりあえず避難所まで逃げ切ったら其れまでの関係だと割り切ったのだ。

給油が終わり、2人で店からありったけの商品を急いでバスへと運び出す。

以前なら即座に通報され警官が飛んで来る場面だ。

今はかわりにZが周囲にうろつく。


 倉庫にあった水と食料、薬、使えそうな物は何でも運び出す。

レジに隠してあった護身用の木製バットにショットガンやベレッタ92Fも頂く。

ジョシュはそれでも武器が足りないと感じた。

そこで店の商品で火炎瓶も作成しようとしていた。


 その手際と知識にシュテフィンは感心して尋ねる。


「凄いねぇ……どこでそんな事覚えたの?」

「ボーイスカウトじゃねぇことは確かだな」


シュテフィンの疑問にジョシュは素っ気なく返事する。

レジの机の上で次々に高濃度アルコールの瓶を開ける。

そこに如何わしいタブロイド紙とティッシュペーパーを巻いて詰める。


「どこでだい?」

「まぁ、ネットだな」


シュテフィンは俄然興味を持って問い詰めようとする。

ジョシュは笑いながら適当に答えた。

そして5~6本の瓶に仕掛けを作り終える。

瓶を紙製のビールケースに入れて手袋を外して店内の時計を見た。


 時刻は既に夕暮れに差し掛かって来た。


「とっとと此処を出ようぜ」


急かすとシュテフィンがバスに乗り込みエンジンをかける。

バスの中は全座席、物資で山積みになっていた。

キョロキョロとジョシュ居場所を探す。

全く座席がないので仕方なしに運転席横のステンレスの柱につかまる。


「チッ、ヤベェな夕暮れまでになんとか港に着きたかったが……」

「とりあえず港まで行って考えよう。ここに居座ってもヤバイだけだよ」

「そうだな、じゃ行くか」


 バスのドアを閉めるとゆっくりガススタンドを出て行く。

すると、前方の道路にガススタンドのライトに引き寄せられたように無数の人影が現れた。

Zの大群だった……。

あのまま居たら……冷や汗がジョシュの首筋に流れる。

しかし、その後のシュテフィンの行動で全身に冷や汗が噴き出る事になった。


「突っ込むよー! しっかりとしがみついててね」

「はぁ?!」


バスはギアを一気に上げて加速して行く!


「大丈夫、前にもやったから」

「やったんかいっ!」


その途端、数十体はいる大群に突っ込む。


 ボゴゴゴッ!


 鈍い音を立てフロントグリルで派手にZを弾き飛ばす。

そして薙ぎ倒して最後にタイヤで踏み潰しながら市内へ入って行く。

既に黄色の前面外装フロントグリルは再びドス黒く染まっている。


 シュテフィンは無表情でアクセルを踏み加速して行く……。

 ……この優男、どこかおかしい……。

しばらく走ってシュテフィンが間延びした声で聞いて来た。


「ところでーぇ、港ってどっち?」

「なっ?!……知らんのかいっ!?」

「うん、僕、ここら辺の人間でないからねー」

「ち、ちょっと待て!  地図見る!」


 慌ててジョシュがスマホで周辺地図と周囲を見合わせる。

今、右隣には立派な建物……市役所を見て現在位置を視認した。

スマホを見ながらジョシュがナビゲートを始めた。


「ここを真っ直ぐに5ブロック進んで左に曲がると下り坂になる。その坂を下ると港だ!」

「アイアイサー♩」

「真面目にやれやッ!」


 ふざけた言動にジョシュはイラッとする。

再びバスが始動し、車の間をすり抜けて歩道に乗り上げては寄ってくるZを跳ね飛ばす。指示通り5ブロックほど過ぎて坂を下る。

しかし前を見るとトラックが横転して道を塞いでいた。

呑気にシュテフィンが呟く。


「あー、突っ込むねー!」

「アホー! 事故るわ! 手前の角曲がれ!」

「えー、やれるのに~」

「後でお前だけでやれッ!」


 不満げにシュテフィンはぶつぶつ言いながら角を曲がる。

バスはメインストリートらしき坂道の大通りへ出た。


「お!?  メインストリートか!」


正解ルートと思ったジョシュが叫ぶ。


「見たいだけど……」


 困り顔でシュテフィンが指差す。

指の先には先程の大群よりも大規模なZの群れ、横転し放置された無数の車があった。


「迂回しろ!」

即座にジョシュは提案するが強硬派なシュテフィンは言い返してきた。


「やれるよ~? 予備のガソリンタンク使えば」

「いや無理だ! 数が多すぎる」

スピリタス高アルコール度数酒火炎瓶あったよね?」

「炎上す……」

「燃やしてきつく突っ込む……これぞ炎上祭りってね」


 説得しようとするジョシュの言葉を遮りそう嘯く。

……やはりこの優男、おかしい。

仕方なくジョシュが同意した。

シュテフィンは交差点に居たZを1周廻って跳ね飛ばして坂の上でバスを止める。


 2人がバスのドアから飛び出す。

ジョシュが周囲に居たZを素早く抜いたグロックでヘッドショットする。

頭の腐った内容物を後方に爆ぜたスイカのように飛び散らかす。


 その鮮やかな手際と腕にシュテフィンはふと考えがよぎる。


(この人、何者なんだろう?)


 そう思った瞬間!


「ぼさっとするな! てめぇから撃つぞ!」


一連の言動にストレスを感じていたジョシュの怒声が銃声より大きく聞こえる。


「へいへーい」


 急かされたシュテフィンが運び出しに使ったカートを取り出す。

そこにガソリンのポリタンクを2つ載せて栓をあける。

銃声と罵声に気が付いてZの一団が坂をゆっくり上ってくる。

下り坂に向かい、運搬カートを押し出した。


「出したよ!」


 シュテフィンが叫びながらベレッタと斧を抜き、バスに向かう。

ジョシュはグロックに最後の弾倉を入れ、持って来た火炎瓶を懐から取り出す。

……瓶の中身はスピリタス、アルコール度数96%のウォッカだ。


「こちらは弾倉マガジンがラス1だ! 廻りの見張り頼むぞ!」


「はいはい」


(天然なのか作為的な態度なのか……よくわからない)


 困惑していたジョシュはシュテフィンの言動に対し、内心グチった。

するとガソリンを載せたカートが20メートル程先のZにぶつかり横転する。

載っていたガソリンはぶちゃかって地面に流れて坂道を下へ濡らす。


 ……ガソリンは気化しやすく、空気より比重が重い。

流れた液体とともに坂を下っていく……。


 (もうちょい待つか……)


  周囲とシュテフィンの様子を窺う。


(Zは居ないが目の前の男……なんかすげぇワクワクしてやがるんですけど……)


ワクワクしている奇妙なシュテフィンをジョシュは落ち着かせようと声を掛ける。


おいヘイ、シュテフィン」


「なんだい? パンチ」


「オレは白バイ野郎CHiPsかッ! じゃなくて……なんでこんな派手な事をする? Z呼ぶ危険があるのに……」


目立つ派手な事をすればZだけではない。

近隣をうろつく強盗団やギャング共を呼びかねない。



「呼ぶ必要があるのさ、Zじゃなくて騎兵隊をね」


「騎兵隊? 米軍なんざこねぇぞ?」


「とりあえずは狼煙を上げないと始まんないよ? ほんじゃ、まー、いきますかー」


  シュテフィンの呑気さにジョシュは半分自棄になる。

Zが手前15m超えて近づいてきた。

そこでライターでキッチンペーパーに火を付けた。

その火をガススタンドでくすねて来た葉巻に火をつける。


「吸うか?」

「タバコは吸わんよ」

「そりゃ失礼」


 ジョシュはそう言いながらめったに口に出来ない葉巻をふかした。

そして手に持った瓶を20m以上遠くに放り投げる。

ついでに葉巻も放り捨て、同時にバスの後ろに隠れた。

瓶が割れると同時に爆炎が巻き起こる。

気化したガソリンに引火したのだった。

紅蓮の炎は浜風に煽られ坂を上に焦がしていく……。


 爆風が収まると炎に包まれなぎ倒されたZとその身体を焼く炎の越しに下の道路が見えた。

即座に2人はバスに乗り込むと発進させる……。

炎の中をなかなか上手いアクセルワークとステアリングを切りながら上機嫌のシュテフィンが笑う。


「やっぱコレだよ! スリリングぅぅぅ」

「お前やっぱおかしい!」


  ジョシュの叫びを無視して坂を一気に下りつつ、タイヤで起き上がろうとするZを次々に踏み潰す。

それで車体を上下に揺らしながら坂道を下って行く。

黒炎を突っ切り、坂を下りきり港が見える所まで来た。

だが船もボート1艘もない!


「どうする?!」


  車に酔ったのかそれともガソリン臭がきつかったのか、気持ち悪そうにジョシュが聞いた。

よほど辛いのか弾倉に弾を込める動作も幾分ぎこちない。


「狼煙を見てくれた避難所から救援ボートが来てくれるまで粘る」


涼しい顔のシュテフィンが海の方を見ながら答える。


「それが騎兵隊か……来なかったら?!」

「島まで泳ごうか……」


 アメリカ北東端のメイン州でもっとも過ごしやすい時季の10月だ。

だが、海水浴シーズンはとうに終わっている。

しかも最寄の島まで最低5キロはある。


「マジか!」


呆れたジョシュが天を仰ぐ。


「喰われてお仲間になりたいのならどうぞ……」

「アホぬかせ」

「なら決まりだ」


シュテフィンはバスを港の方へ発進させる。


「ちくしょう! こんな事ならカナダ国境越えて逃げればよかった」


腹のベルトにグロックを射し込み、選択を誤ったとジョシュがぼやく。


「あー、カナダの国境ニューブランズウィック州までZが居るらしいよ。カリフォルニアやネバダでも湧いたらしい。ラジオで言ってた」

「はい? なんですと?」


信じられない情報を教えられたジョシュは思わず聞き返す。


「Zは陸続きなら砂漠だろうがオオカミや熊がうろつく森林地帯でも何処へでも侵入してくるよ。海や川以外はね」


 確かにZは流水、池、湖の手前で立ち往生する姿が目撃、体験談として上げられていた。

手が届く範囲は襲って来るがよく入っても膝下までだ……。


「では……Zを強制的に水に落としたら?」


 話を聞いたジョシュはふと頭に浮かんだ疑問を口にした。

……次の瞬間しくじったと確信した。

興味津々の顔でシュテフィンがステアリングを切る。

バスを近くの桟橋に向けた。

Zを跳ね飛ばして海に叩き込む。

……ただソレだけのために!


「おい、シュテフィン、止めろよ! さっさと港に行こうぜ?」

「ジュシュ君、学術的探究心と検証は必須ですぞ?」

「いやいや、後でやろうぜ? 俺も付き合うからサ」

「うそくせー、つーか今やる!」


 言うが早いか、桟橋前に居た手近な3体を跳ね飛ばし海に叩き込む。


「あ!!」

「よっしゃー! 綺麗に飛ばしたった! 流石オレ!」

ガッツポーズをとりながらシュテフィンはバスを止める。

「たく……」


呆れたジョシュは頭を振るぐらいしか出来なかった。

弾き飛ばした3体のZ、元若い女性、元高齢男性、元若い男は海にぷかぷかと浮かぶ。

手足は動かすものの泳ぐといった動作ではなかった。


「浮かんでるだけか……つまらん」

「……それだけの為に……」


呆れたジョシュはようやく言葉を絞り出した。


「避難所で情報提供してもてなして貰えるだろ?」

「そう巧く事が運ぶかネェ……」


その理由に呆れ果てたジョシュが懸念する。


「だーいじょーぶだって、いきなりぬっころされるこたーねーって」

「その言動が心配だってーの……実際ほら……」


先程通ってきた道に大量のZが此方に迫ってきていた。

それを呆れ果てたジョシュが指差した。


「もたもたしないで、さっさとバックレよう!」

「お前が下らん寄り道しなけりゃな」


 もう疲れたようにジョシュが突っ込む。

シュテフィンもバスに乗り込み、発車させる。

……すると、エンジンからジジジと異音がする。


「なんかやばくねぇか?」


不吉な音にジョシュの顔色が変わった。

シュテフィンも異音に気がつき、ステアリングから今までにない振動が伝わる。


「なーんか吸い込んだか、挟まったか?」

「兎も角、逃げよう」

「ああ、逃げ込めそうな場所探してくれ。僕も探す」


運転席に座るシュテフィンの顔が、幾分真剣味を帯びた貌になってきた。


(最悪、バスをアラモに生きぬかにゃならんか……)


 ジョシュはそう思い始めた。

段々辺りは薄暗くなってきた。

……バスの異音は徐々に大きくなってスピードもあまり上がらなくなっていく。


「しゃーねぇ! そこの桟橋の入り口で止めるぞ!」


「あいよ~」


  ジョシュはガススタンドのレジにあった木製のバットと愛銃が手元にあるのを確認する。

ついでにバットでシュテフィンこいつの頭ふっとばしたい衝動を抑え込む。

とにかく二人で逃げる事を最優先にする。

ショットガンとライフル、どちらかシュテフィンに持たせてバスを捨てる事にした。


 シュテフィンがうまく桟橋の入り口をふさぐ形でバスを止める。

バスの後方に子供でも厳しいぐらいの隙間が出来た。

ジョシュがドアから飛び出し、前にいたZを蹴り飛ばす。

そして着地ざまにバットを頭部に遠慮なしに振り抜く。

続いてシュテフィンがザックとベレッタ片手に出てくる。


「おい! ライフルは!」

「あ、忘れた!」

「あほぉ!」


 ジョシュが叫びながらバスの陰から飛び掛かるZをギリギリで避ける。

そして蹴り飛ばして頭部を至近距離でショットガンを連射して吹っ飛ばす。

弾が切れたショットガンを投げ捨てシュテフィンに叫ぶ!


「とりあえず、バスの下をくぐって桟橋に出ろ!」

「わかった!」


  シュテフィンが車体を潜りぬけて向こう側に出る。

桟橋の上にいたZが3体此方に向かってきた。

シュテフィンは歩み寄りながらなるべく近距離で頭部を狙って撃つ。

ジョシュが抜け出た頃には全て始末されてシュテフィンが頭部のないものを引き摺って来た。


「お前、それどうすんだ?!」

「バスの下に仕込んでおく! 邪魔にはなるだろ?」

「お、おう……」


こういうトンデモ発想は恐れ入るとジョシュは思った。

2人で3体の身体をバスの下に横にしてぶちこむ。

その瞬間に隙間から無数の手が一斉に伸びてきた。


「ドワッ!」


 驚いた2人は飛びのいてすぐにジョシュが叫ぶ!


「おい、シュテフィン! 離れた位置で後のこちら側のタイヤ撃ってバーストさせろ!」

「あ?! 何すんだ? バスが動かなくなるぞ?」

「いいから早く! オレは前を撃つ!」


 バスン! バスン!


 破裂音が2つ鳴り響きこちら側にバスの車体が傾く。

下から伸びていた無数の腕が挟まれて、地面を掻くのを止める。

それによりバスが即席のバリケードに変わっていた。


「桟橋の端まで行こう。巧くいけばやり過ごせるかもしれない」


シュテフィンが橋の方へ振り向くと視界に1隻の船が見えた。


「おい! あれ!」


洋上を指差してジョシュが歓喜の声を上げた。


「船だ! 救助だ!」


 1隻の中型船が此方に向かってくる。

船に向かいシュテフィンが腕を上げながら叫んだ。

その途端、後ろのバスがズゴッと音を出して大きく揺れ、その音に2人が振り向く!


「マジか?!」


 そう簡単にバスが動かないと踏んでいた。

だが、相手Zは数の暴力で来るようだった。


「端まで走るぞ!」

「あいよ!」


桟橋の端まで150メートル足らずゆえにすぐに着いた。

……同時に振り返りバスを見る。


 ズゴッズゴッゴゴ……。


 音を立て揺れながらバスの後方が押し出されている。


「おいおいマジかよ。……あいつ等多分そんなに知能無いだろ?」

「1体1体が馬鹿力だし、無数のそいつ等が一方向に力を出せばそうもなるか……」


 シュテフィンがそう分析する。すぐにバスの後方の隙間が1人分のスペースを空けるまでずらされた。

そこにZが大挙して押し寄せて隙間を空間に変えていく……。


「おいステ、先頭のZが20メートルまで寄ってくるまで撃つなよ。狙いは頭部、なるだけ当てろ。10メートル切るか弾切れしたら後ろに飛び込め」

「あいよ。つーか、ここでニックネームか?」


 ジョシュと顔を見合わせてシュテフィンは笑う。


『本来ならステ公呼ばわりしたい。てめぇのお蔭でドンパチして水泳大会だ! つーか生き残ったら絶対に呼ぶ!』


ジョシュが怒りを押し殺……せなくて怒り全開で怒鳴る!


「いいねぇ……それではワトソン君、射撃の時間だ」


シュテフィンは今にもこちらまで20メートル切ろうとする先頭のZに対峙する。

そして銃を構え、よく狙って引金を引く。


 銃声と同時に頭を弾かれ、後方へ倒れた。

しかし新手が後ろから次から次へと湧いて来る。

ジョシュも速やかに狙いを定めて撃つ。

2人で30体ほど処理した所に銃のスライドが戻らなくなった。

……弾切れだ。

おまけに距離は10メートルを切った。


「ジョシュ、お先に」


シュテフィンは銃をZに向かって投げつける。

そのまますっと振り向いて柵に足をかけ海に飛び込む。


「ステ公?! てめ! はえーよ!」


それを見たジョシュも慌てて後を追うようにザブンと飛び込む。すぐに海上に浮かび上がって桟橋を見る。


 そこは既にZの大群で埋め尽くされていた。

……もう少し遅ければ食われていた所だろう……。


  先程の船はまだ遠く2キロほど距離がある。

それほどジョシュは泳ぎは得意でない。

船に向かって必死に水を掻いた。






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