交渉

 その頃、応接室にてJPとマーカス、そしてフレディは反対側のソファに仏頂面で拘束されて座るヒューズにアリ、車椅子で拘束されるダーホアと交渉していた。


「それで我々を釈放するとは?」


「正確には現時点で捕虜を確保し続ける余裕と理由は我々にはなく、貴殿らを解放して差し上げたほうがお互いにベストなのでは……?」


 不信感たっぷりの表情のヒューズ達を向こうに回し、フレディが汗を拭きながら応対する


「そう言われても我々の拠点はイングランドであり、はいそうですかと交通網が粉砕された米国で解放されても困る。 特にウチのダーホア女史はまだ完治していない、その彼女に対しあまりな仕打ち」


 ヒューズが冷静だが怒りを充填させつつ言葉を紡ぎ出しているとフレディは意を決して話し出す


「あー、それについては彼女にはもうしばらくは我々と共に行動して、養生してもらうのも選択してもらえます。……それと大変言いにくい事なのですが、もし良ければお三方とも我々と契約して貰い行動を共にして貰えると助かるのです。……ですが、とても我々ではゼラルゼスの報酬ほど用意出来ないのです。それでも来ていただけますか?」


 そこまでフレディが説明するとアリが身を乗り出し即座に反応する


「おいくら?」


「週100ドル」


「我々は学生なんかと勘違いしておられる?!」


 その価格に落胆し、激高し始めるアリに速やかにマーカスが止めに入る


「えーと、チョイといい? 前線は勿論俺ら、お宅らの業務内容は専ら後方支援になります。戦闘能力が凄腕なのは判っておりますが、あえて信用がないので後方支援で働いていただく、但し後方が狙われたら銃取ってOKね」


「それでも安すぎる」


 今度はヒューズが抗議の声を出すが今度はJPが抑えに入る


「当然、飯や配給も皆と同じ、追加報酬は全作戦終了後に責任をもってイングランド行きの船か航空便に乗せてもらうように手配する……それでも足りない?」


「足りんな……せめて3倍は欲しい」


 ヒューズのセリフにすかさず乗っかる様にフレディが渋々手を上げる


「分かりました。それで取引ディールです。場合によっては前線に出て貰いますがよろしくお願いしますよ」


「願わくば出ないことを祈るよ」


 ヒューズが握手してタブレットのデジタル書類に目を通してサインする。


「これは其方にもお渡しします。仮にアンソニー卿に詰問されても人道的見地と経済的困窮からの救済を目的とした契約だと判っていただくように……」


 オーウェンの入れ知恵にまんまとハマった感のヒューズ達はサインの後、フレディ達と共に秘密ドックと避難船に移動し、活動を開始する事になる


「しかし、よく我々を受け入れましたね……結構被害が甚大だろうに……」


「ウチの所長は受け入れる器自体が有るのか無いのか良く分からない人ですから……」


 困ったような顔でフレディが愚痴を零す


「それにあんたらの元の所属を知っているのは俺らだけだ。アンタらが言わない限りな」


 マーカスがアリと握手しながら説明をすると先程から沈黙していたダーホアが口を開く


「あのネイティブアメリカンの男は? 鍼を使う男だ」


「あー、トーマスか、アンタに切り刻まれた傷の養生で一足先に船に居るよ。ところが向こうで傷の手当どころか施術に忙しいらしい」


「そうか……」


 一瞬殺気混じりにだが、まともに答えるダーホアにヒューズは目を丸くする


(任務が始まる前は物凄い不安定だったが……いまは緩んでる)


 入隊前から難易度の高い任務をこなしていくうちに精神が病んでいたのだろう。それを”何時のもの事と軽んじてた自分を医療に携わる者として情けなかった。


「いずれにせよ、向こうで色々働いて貰います。ただ、生産的な事が多いので楽しいと思いますよ」


 肩の荷が下りたフレディが笑顔でヒューズ達にそう告げる


「そう願うよ……ただでさえ養育費に頭を……あ、送金手段どうしよう……」


 一夫多妻制のイスラム系の国が本拠地のアリは奥さんが3人居て、その3人との間に10人の子供を養うために高報酬のゼラルゼスに入ったが、最近、第3夫人が出産し、何かと物入りなアリは解雇のショックもあり、今後の収入に青ざめながらも送金手段について頭を痛めることになった……


――――――――――――――――――――――――――――――


 その同時刻、NYにある私立病院の最上階の特別室に入れられたスタン一行はやりたくもない形だけの健康診断に辟易していた


「おいー、スタン、此処にいつまで居るんだ?」


 検査の待合にてバリウムの髭をつけたリカルドが口と顔を洗いながら後方で神妙な顔をするスタンに尋ねる


「お嬢さんが回復するか安全に居れるまでさ……つか、リカルド、胃カメラやったことある? エイリアンのチェストバスターが腹の中で蠢いてる感じでスゲーキモい」


 バリウムにアレルギーがあると嘘の申告をして一度やってみたかった胃カメラをやったのは良いが、あまりの異物感で苦笑しながら身振り手振りをつけながらその様子を面白おかしく話し出すスタンにリカルドは笑いながら呆れる


「しかし、NYなんざ来たことねぇけどスゲェな、大都会って感じで……ビルがめちゃ立ってるぜ……」


 特別室の窓から外の景色を見ながら黄色いパーカーにスウェットパンツ姿のリカルドが話を変える


「ああ、伊達に世界の大都市じゃないよね……よくもまぁ此処をコロニーに出来たもんだ」


 元々は大都市ゆえに無数の人種や外国人がやって来ては住み着く為、移民として入り込み、出身国のコミュニティで生活基盤を作り、徐々にその規模を大きくしていく


 そしてZが発生し人間が駆逐されて世界最大級のコロニーが形成された。あとはそこにいる人間と吸血鬼を増やせばいい……


 同じように上下スウェット姿のスタンも呆然としながら考えていた


(検問や独自のルートを使って守られてた秘匿されてたコロニーがこうして分かりやすい形になる……これは危険な事なのか?)


 そんな事を考えつつもスタンは先程から背中に断続的に感じる悪寒が何なのかが気になってた。


 そこにジュリアが入ってくる。


 拉致された時の戦闘服姿ではなくダークグレーのスリーピースのビジネススーツを着ていたが、やはり爆乳は隠しきれていなかった


「どうされた?」


「特に何も無さ過ぎるから、状況を聞きに来たの」


 柳眉を逆立てるジュリアの腕を組み詰問する姿は仲間のジルの追い込みを思い出してスタンは苦笑する


「どうもこうも無い、今は此処で静かに情報収集中さ、ちなみに研究所は2つに分かれたそうだよ」


「なに? なんで?」


「ウチの臨時営業担当オーウェン曰く、本隊はドックと船で損耗した所員の体力回復に励むのと元研究所跡地でNY潜入の為にだそうな……ってどしたぁ?!」


 跡地でと聞き、が生きてて、奪還に動き出したと判り、ジュリアは鬼ではなくデレまくった女の顔になっていた。


「あ、御免なさい、それであたし達は現状維持?」


 その変わりようにア然とするスタン達に気が付き、瞬時にデレた顔をシャキーンと戻すと前向きにとり組むように尋ねる


「基本線はね、うちには怪我人は1人居るし、相手の庭を歩き回れば発見のリスクが跳ね上がる。ここなら監禁されてるようなものだが、有事の際は動ける」


「それは分かってるけど……なんでアタシがコンシェルジュみたいな服で居なきゃなんないの?」


 スーツは良いが、このスリーピースが着慣れていないので違和感がするらしく不満の声を上げる


「ウチの元メンバーが押しかけて来たら、コンシェルジュとして応対し、騒ぎに紛れて患者アニーと一緒に避難し逃げてくれ」


「あんた達は?」


「何とかして逃げる……というか殺されはしないと思う……手駒にする為の洗脳があるがね」


 諦めたようにスタンがお手上げのポーズをとる


「ところでグレックはどうした?」


「今脱出用の車両を取りに行って貰ってる、ついでのセーフハウスも見て来るそうだ」


 リカルドがさっきまで居た怒れるロシア人の事を尋ねるとスタンが返答するがどうしても悪寒が取れない……


 そこにタブレットにジル・トレーシーからメールが届く


 ” 今すぐそこから逃げて! ドラガンに情報が漏れたの! ”


 一読した瞬間に顔を上げる。悪寒の正体がこれだと思い一気に始動する


「リカルド! 装備持って‼ お嬢さん方は付いて来て‼ 撤収する」


 全員慌てて行動に入り、スタンはグレゴリーに連絡する


「よう、スタン!」


「数分で戻って来てくれ、敵が来る」


 それだけ言って電話を切ると自分のザックの装備を持つと部屋から出るとジュリアと共にアニーが歩いて来た


「何、敵が来たの?」


 外傷が銃弾による胸骨骨折とわかり、アニーはその胴体に固定のバストバンドを巻かれ以前よりもかなり楽になったと見え少しは喋れるようになってはいた


「ああ、俺ら相手で単独では来ない、大概は手勢を使って隙を作り捕獲するつもりだ。てなわけでまだ来てないうちにトンズラだ」


 グレゴリーのバックも持ったリカルドが、自分のバックの中で銃を握りながらエレベーターを呼び出し、一気に地下1階の駐車場に行くとリネンの配達用トラックのグレゴリーが待機していた


「もうバレたのか?」


 呆れかえった声でグレゴリーが運転席で尋ねる


「ああ、ジルから急報があった。てなわけでここから離れて様子を見よう。とりあえず静かにな」


「了解」


 ヤレヤレと言った顔でグレゴリーが変装用の作業帽を目深に被り車を発進させる。相手がキリチェックなら一瞥しただけで分かるが、ないよりマシな変装であった


 スタンはその後ろでタブレットでジルに新しいセーフハウスの確保に入って貰った


 トラックが角を右折するとその後ろを無数のSWATスワット用兵員輸送車が通ると先程の病院前で武装した集団が降りてそのまま建物内に侵入していく


そこで一時停車し、リカルドとスタンは後ろのドアから様子を窺う


 その集団の後ろからゆっくりと歩いて行くキリチェックとキャロルを見つけると速やかに移動を再開した


「え? なに? なんで……」


 そこまでアニーが言うとスタンは口に手を押さえ、自分の口にも指を立てて黙らせるとタブレットで指示を出す


 ” 元仲間は異様に耳や目が良くてね。 こうして喋ってるだけでも私達の位置を把握して襲ってくる それゆえ黙らせてもらったよ ”


 了解とサムズアップでアニーが答えるとスタンはジルの連絡が来ているの見つけ、指示されたセーフハウスの位置をグレゴリーに教えて向かって貰うのだった

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