偵察

 ジョナに教えて貰った人物たちを訪ねて歩き、聞き取りを行ったが見事に空振りに終わったジョシュ達は渋るケビンに説得しシェルターアイランドに潜入する事にした。


 道中、検問も大した障害もなくごく普通にフェリーに乗り込み、シェルターアイランドに余裕で侵入するが、道に並ぶ屋敷のモダンな作りと格式高い雰囲気に気後れする。


「いやー、場違い感ぱねぇな」


 訳もなく冷や汗を流すジョシュが逃げ場のない場違い感に苦笑せざる終えない程の御立派なお屋敷が晩秋の道路の両脇に立ち並んで高級住宅街のロングアイランドを瀟洒に飾る。


「ハンプトンも容赦ない豪勢さだったがここではより一層……普通の服装でも俺らが空き巣にみられるレベルだな」


 ホセも苦笑しながら頭を掻いて率直な意見を口にするほど、全米屈指の富裕層が住まうエリアは伊達ではなかった。


 そして内陸部に進むと車が交差点の手前で止まり、警邏隊の制服に無駄に長いブルネットの髪をかき上げたケビンが車を降りてこちらへ来てホセに尋ねる。


「左に進むと集積所の学校、真っすぐ進むと例の部隊の宿営地です。さて、どちらから行きますか?」


「なら宿営地で頼む……そんで、そのホテルに来たら合図してお前さん上がっていいぜ」


 ホセの許可に一瞬驚くとケビンは目の前に垂れた髪をかき上げると短く聞き返した


「え?もう良いんですか?」


「ああ、下手すりゃドンパチ始まるかもだが、とりあえず今日は偵察だからそこにジョナの部下を巻き込むわけにはいかねぇしな」


「もしひと騒動が起こったらご一報頼むぜ」


 ジョシュの笑顔での物騒なお願いに口角を引きつかせながらケビンは手を上げると


「分かりました。そうなったら逃げてくださいね」


 そう言い残して、さっさと車に乗り込んで走り出した。その後を少し距離を空けてホセは走り出した。


 曲がり角に入り、森を抜けると海岸に面した通りになっており、先程の森が防風林代わりになっていたことにジョシュが気が付く。


 すると前のケビンがハザードと窓から手を出して合図したあとスピードを上げた。


「ほう……ここか?」


 その真横に白い砂浜に小洒落たオープンテラスのカフェに併設されたホテルがあった。夏ともなればバカンスや観光で訪れた宿泊客で満室になっていただろう


「茶でも飲んでいくか?」


 ホセはにやりと笑うとホテルの駐車場に止めると間を置かずジョシュが止める


「まさか、俺、連中のボスのマッキンタイアに会ったんですよ?」


「あはは、冗談……じゃねぇよ。行くぞ付いて来い。この雰囲気なら連中は居ねぇよ」


 何を馬鹿なと言いたげなジョシュを連れて自信満々なホセがフロントに向かって歩いていくと30代半ばだろうか、白いブラウスにジーパン姿で後ろに栗色の髪を束ねたキリッとした眼つきの女性がフロントの受付で事務作業をしていた


「こんにちは、部屋はあるかい?」


「ごめんなさいね、昨日から満室なの」


 ホセが幾分声を作り、張りのある生真面目な活舌の良い声色で尋ねると綺麗なクィーンズイングリッシュで申し訳なさげな顔で女性が返事をかえした


「そうか、そりゃ残念だな……そうだ! カフェはやってるのかぃ?」


「ええ、大したものはないけどね」


 再びバツが悪そうに女性が答える、このご時世ではろくな物資が無いのはジョシュも今までの旅で痛感していた。


「ああ、風景見ながら休憩できればいい トイレも借りたいしな」


 ホセは屈託なく笑い、ジョシュを伴い海岸が見える通り沿いのテーブルに着くと隙をみてホセが顔を寄せ小声で囁く。


「おい、ジョシュ、お前の好きなもんとソーダ水と喰いモンを適当に時間をかけて頼んどけ」


 そうジョシュに指示してホセはそそくさとトイレに向かった


「なんにされますか?」


 白いメニューをジョシュに手渡しして女性が尋ねて来た


「えーと……何ができます?」


 チラッとメニューを見た後、少し考えたジョシュは苦笑がてら尋ねる


「BLTとピーナッツバターサンドぐらい……本当に申し訳ない」


 気まずそうに話す女性にジョシュは気遣いがてら笑顔で注文する


「おお、好物だ! その2つでお願いします。飲み物は?」


「ソーダ水とコーヒー……本当にごめんなさい」


 もう、合わせる顔が無いほどみじめな顔をさせてしまい困ったジョシュは笑顔でつづける。


「ソーダ水は大型ボトルでお願いするよ。俺はコーヒー……あのオヤジ、暇さえあれば炭酸飲んでるからドンピシャだよ。ねぇさん名前は?」


「ジョディです」


「ジョディさんか……ここをお一人で?」


 ゆっくりメニューを返すとジョシュは足止めついでの世間話に入る。ネタが何か入れば御の字だとも思っていたがいきなり引き当た。


「いえ、主人と子供と一緒ですわ、主人は配給の交渉にアンソニー様の所に……」


「え? メモリアルホール中央執政庁に?」


「いえ、この近くのに……そちらから秘書の方がいらっしゃってお客何人泊まれるか? 問い合わせがあって……素泊まりとエキストラベッドで20室だけならOKって言ったら、いきなりバスに分乗した兵隊さんたち80人が来てお泊りくださったんです……けれどその晩、兵隊さんから食事が無いってクレーム付けられて仕方なく用立てして……」


「で、すっからかんと……大変だったねぇ」


 あの断罪隊のような幽鬼のような兵士に腹減ったと凄まれたジョディ一家の恐怖を慮り、ジョシュがしみじみ呟いた。


「ええ、それで主人が依頼した秘書の方に配給を人数分、それも多めに回してもらうようにお願いしに行ってるんですよ」


「しかし、アンソニー様の家ってブロンクスの方では?」


 本腰をいれてジョシュが切り込む


「ええ、表向きはね。この島の住人なら皆知ってるわ。倉庫や衣装室代わりの旧宅に来客やお身内が来ると南の邸宅に行かれるそうだけど本来はウィスロップ通りのお屋敷に住んで見えるそうよ」


「ほほぅ? アンソニー様の本宅ねぇ……さぞご立派なお屋敷だろうね」


 その後ろに話を聞いていたホセが歩いて来ては席に着く。


「ええ、見ればすぐわかるわ、オレンジ色の素敵な煉瓦作りの壁と東欧風のお城のような作りなの、ミスマッチだけどなぜかフィットしてるの」


 少し興奮気味にジョディが話し出すとホセがにこやかに相槌うちながら更なる情報を引き出そうと企む、すると海岸から釣竿と大きなバケツを持った少年が駆けてくる。


「おかーさーん、バスが釣れたよぉ」


 短髪の白みが掛かった金髪の利発そうな細身の少年がカフェに向けて嬉しそうに声を出す。


「お客さん、新鮮なストライプバス縞鱸でポアレが出来ますよ?」


「ありがとう。そりゃおいしそうだが止めておこう、サンド食べたらまた見回りに行かなきゃならん」


 なけなしの食料を提案するジョディの気遣いにホセは丁重に断りをいれる。


「あ、ごめんなさい、至急作って持っていきますわ」


 ジョディが急いで踵を返した時、駐車場にバンが入ってきてここの主人と思われる男が車を降りて建物に入って来た。


「おや? いらっしゃい。 大したものは作れんがゆっくりしていってくれよ」


 ジョシュ達を一瞥し、挨拶をするとジョディに向き合う


「マーク、配給は?」


「人数分は手配してくれるとの事だけど。使った食料は完全に補填しないと来た……あの眼つきの悪い男……話にならん」


 マークと呼ばれた顎鬚の男は不満げに呟く


「お父さんお帰りなさい」


 釣道具を片付けた少年が入って来る


「ハンク、ただいま、釣果はどうだ?」


「イワシ5匹にバス2匹」


「グッジョブだ」


 頭をワシワシしながらハンクの頭をなでる


「チッ、呼び出しかよ……おい、、休憩終わりだ。ソーダ水貰って警邏に戻るぞ」


 チラっとスマホを見てホセは偽名でジョシュを急かす


「はいよ、さん。おねぇさん悪いね、ソーダ2……3本くんない?」


 察して偽名で返し、ソーダ水のオーダーすると二人は席を立つ


「あ、申し訳ないわ、せっかくオーダー頂いたのに……」


「いやいや、今度ゆっくりストライプバスのポアレで一杯やらせて貰うよ」


 ホセは屈託なく笑うとソーダ水の瓶を貰い、チップ込みで10ドル札を渡すと車に乗り込んだ


「どったの?」


 ジョシュがいきなりの行動を尋ねるとホセは笑って


「あのまま取り立てて喰いたくもないあの家族の残り少ない食料を聞き取りついでに取り上げるのは気が引けて来てな……」


「なるほどね。俺も同意するよ……ほいで盗聴器は仕掛けてきたの?」


 ホセがトイレと称してフロントと手前の部屋に盗聴器を仕掛けに行ったのを察知していたのだった。


 そのホセは車を出して走り出すと直ぐに森に入り、スマホのアプリを作動させる。


「へっへっへ、勿論、送信機は旧式でも感度良好ってね……さて、次はどうする?」


「例の集積所と本宅覗いてこの島を脱出するべさ」


 ジョシュはそう言うとホセも頷き、ギアを入れてアクセルを踏んだ。









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