面談

 スタン達がキリチェックの案内で邸内に入ると広い玄関と思われたその先には長方形の噴水があった


「アル・パチーノのスカーフェイスのあれよりでかいな?」


 スタンが噴水を見てとある映画を思い出し呟くと後ろに随行するヒューズが答える


「つーか、あれは階段の下にあったでしょ? これ向こう側に扉がありますよ?」


「今通って来たのがメインゲートです あそこに見えるのが玄関ですよ」


 キリチェックのガイドに二人は絶句しながら玄関に案内される


「やぁ、いらっしゃーい」


 玄関を開けるないなや、依頼主で家主であるアンソニーと秘書が笑顔で出迎え握手をする


 その応対にスタン達が目を剥いて驚くもすかさず呼応して手を握り返し


「や、どうも、アンソニー卿、ご無沙汰しております」


「いやいや、ドラガンの様な稀有で優秀な友人を護衛に就けてくれて本当にありがとう、感謝するよ」


 アンソニーの満面の笑顔には感謝の念がしっかり入っていた


「それではドラガンの年俸査定をもっと上げないといけませんなぁ」


「それは勘弁してほしいな……そちらから引き抜く時にコストが掛かると困るからね」


 嘘とも真ともつかぬ社交辞令を展開しながらアンソニーの案内で書斎に通される


「では、話の前にティータイムと参りましょうかね?」


 アンソニーは3人に席を勧めると自分の机の上のボタンを押す


 奥のドアからメイドがキャスターに3段重ねのティースタンドに下からサンドイッチ、パイやフィッシュアンドチップスなどの温料理、そしてケーキやデザートが盛られ、スタンドの下には、スコーンが入った籠とジャムやクロテッド・クリームが入った瓶の皿とポットに入れられた紅茶が運ばれてきた……茶器やスタンドに至るまで全てが最高級品が使われていた


(うはー、バリバリ格調たけーじゃねぇか)


 いつもならオフィスか自宅でホットドックかドーナッツ、銃弾飛び交う戦場ではクラッカーでコーヒーなのに……と、スタンは内心苦笑するが、そういう場合を見越して相棒をヒューズにした


 ヒューズ・メイはチームのアタッカーにして軍医であり、アルバイトでER救急医療室で勤務するタフなインテリで荒事は勿論、こういった場に対応出来る人材であるが、相手が悪すぎた……


 最高級紅茶ブランドロンネフェルトの最高級にしてセレブ御用達の茶葉、祁門キーマンの最高級グレード特貢を温められたカップに目の前で沸騰した湯を適温に温めたポットに入れ適度な時間蒸らす……


 完全無欠なおもてなしで迎えられては恐縮せざるを得ない


 この時点でスタンとヒューズは完全に飲まれていた


 そして王室主催の茶会でもお目に掛かれない中国茶のブルゴーニュ酒といわれるキーマン独特の芳醇な花のような甘い香りで鼻をくすぐられる……これでとどめは刺されていた


「さて、道中はどうだったかい? そこら中大変な状況だろう?」


 そこでホストであるアンソニーが豪勢なソファーに身を沈め、ティーカップを持ちながら何気ない世間話を始める


 完全に面食らい混乱していたスタンは飲もうとしたお茶ティーカップを置くと咳払いをした後、一瞬だけ間をおいてから話し出した


「失礼しました、少し情報の整理をしてお話せなばと思いましてね……」


 自分を落ち着かせるため、間合いを取るつもりでそう前置きした後にスタンは会社のエージェント達が世界を見て来たことを話し始めた


 Zが発生しておよそ1カ月、イングランド以外の西ヨーロッパとロシアを始めとした東欧諸国それに極東の香港、上海、ソウルそしてアメリカ大陸で発生を確認し、爆発的感染を超える危機、爆発的世界流行として各国政府が発表しこれ以上の拡散を防ごうと防衛線を張り巡らしたが、その防衛線の後ろで次々と発生し、処理が続く状態だった


 そこまで話すとヒューズが話に介入してきた


「失礼致します、アンソニー卿、初めまして、私はゼラルゼス所属の軍医、Drドクターヒューズ・メイと申します」


「やぁ、初めまして、ドラガンから話は聞いているよ、優秀な外科医なんだってね」


 気さくに声を掛けるアンソニーに少し感動を覚えながらもヒューズが話し出す


「そう言っていただけるとは光栄です、はい、私は非番の時にはERで外科医として勤務しておりますが、その現場や上の病理研究のプロでさえ、何故、Zが発生するのか? その病理やシステムさえわかってないのです 封じ込めの為の隔離こそ唯一にして最善の方法だと認識しておりました……」


「東西ヨーロッパとアメリカが状況が酷く、次いで中国と韓国、日本は混乱してますが、何とか拡散は防いでるらしいです、後、無事なのはアフリカとオセアニア地域だけの有様です」


「そうか……下手をすればそちらの方に移住せねばならんか……あ、これは失礼、こういう場で話すことではしかしないな」


「いえいえ、こちらも不適当な話をしてしまい申し訳ありません」


 アンソニー達とスタン達が笑い合うと道中の話に戻る


「ここまで来るのに飛行機では無理なのかい?」


「ええ、Zが空港等に湧き過ぎて作業にならんそうです ゆえに専用クルーザーでこちらに参りました」


「ほほう、クルーザー所有かい? 羨ましい……」


 羨ましそうにするアンソニーにスタンはにやりと笑いながら


「いえいえ、こういう場合でもない限りはウチの経理部はヘリさえ飛ばせないんですよ……改装中の卿ご自慢のアレと違ってね」


「え? なんだ、知ってるのかい?」


 少し驚いたようにアンソニーがスタンを見ると胸を張りながら説明をする


「ええ、装備手配と入手担当してるエージェントが私共のメンバーなので……我が組織を挙げて協力させて貰ってますよ」


 現在、アイルランドのドックにてアンソニー専用のクルーザーとしてノックス級フリゲート艦の前代未聞の大改装が施され完成する予定である


 対潜装備が主流のノックス級に内密にバートリーの関連会社にて設計、建造された低出力の小型の原子炉エンジンを搭載し、一見武器が無いように見えて、防空ミサイル・シ―スパロー、対艦ミサイル・シークバット・アスロック対潜魚雷用のサイロが隠されており、送迎用、もしくは戦闘ヘリが着艦し、収納出来るようにされ、レーダーやリンクスステム等、近代化どころか最新鋭に改装されている


「え、トレーシー女史もお仲間だったのか……引き抜き額が半端なくなりそうだな……」


 会社の武器、兵器、物資の仕入れ・交渉担当エージェントのジル・トレーシーが艦や全ての機材の入手に携わっており、バートリーの本部も好待遇で引抜を画策する才媛だった 敏腕で鳴らすジルまで取られては敵わないとスタンも応酬に掛かる


「ならばセット価格でお高くしときますよ……ちなみに卿も得意技があれば逆スカウトしますよ?」


「セットなのに高いのかぃ! スカウトについては私程度の能力で……スタン、そんなに期待しないでくれたまえ、恥ずかしいじゃないか」


 思わず期待の眼差しで見てしまうスタンを咎めるも満更でないアンソニーだった


「卿のほどの高い地位の方が我らのスカウトに乗って頂けたら凄いニュースになりますよ」


「世界の達人級が集うゼラルゼスに参加出来るなら私の能力は凄い能力なのだろうけど……私の能力は

 身体強化系なのでね……地味過ぎて即お役御免になりそうだ」


 そう言って自身アンソニーの能力について話を聞き出せたスタンは残念そうな顔をして


「そうですか……それは残念ですな……さて、もうそろそろ仕事の話をさせていただきましょう」


 これ以上の歓談に付き合う気はアンソニーもスタン達も無かった、速やかに終わらせて次の依頼をこなさねばならない……Zのおかげで依頼が殺到しているのだから


「そうだね、君達に依頼したいのは三件、一つは現在ボストン近郊の我が社の研究所が教会の特務部隊と交戦中なのだが、この交戦に第三勢力として介入、両方に損害を与えつつ研究所の所長ゲオルグ・ランバート教授の殺害、もしくはその奥方であるエメ・トゥーレ・ランバート副所長の拉致を遂行して貰いたい」


「畏まりました、現時点で判明している相手施設や戦力の情報、ランバート夫妻ターゲットの写真を提供して戴きたい」


 スタンはアンソニーの依頼を即答で了承し、現時点で分かっている情報の提供を求めた


「情報はこのUBSメモリーに入れてある 但し、エメ・トゥーレの写真や情報が殆どない……向こうの保安部はかなり優秀なんでね……済まないが現場で捜索してくれ 彼女が研究所の要のような存在らしい」


「何でも良いので特徴等の情報は?」


 更なる情報を求めてスタンがアンソニーに尋ねる


「情報が錯綜していてね……装備開発局長で自身も工房作業や設計に携わるそうだ 飛行機から船舶までありとあらゆる乗り物を操り、身体的特徴はアフリカン系ともフランス系のモデルか女優クラスのプロポーションを誇るらしいとか、穏健派の中でも数少ない伝説級武勇伝レジェンドモンスターをもつランバート教授の首根っこを腕尽くで押さえつけれる女傑だそうだ……何でもあり過ぎてまるでワンマン・アベンジャーズだろ?」


 そのアンソニーの話を聞くとすぐにスタンが閃いた


「卿、お聞きしても宜しいか? 目標をランバート教授はひょっとして……」


質問を聞くとアンソニーは顎に手を当て眉間にしわを寄せつつ、答えを返す


「確証はない、ただ御真祖おばあ様曰く、”私やヴラド様と同じ真祖かもしれない” そして ”ヴラド様よりいにしえからお見えになられるかも? ” と言われる人物だ」


 そこまで聞いた後、スタンはため息をついて答える


「そこまでの大真祖なら大概の殺され方はやられておられるので……これは困ったな……」


 真祖・原種は的確な殺され方をしないと強化して復活するのを心得ていたからだった


 そこでアンソニーが隣でお茶を飲んでいた秘書を呼ぶ


「トレーシー女史に頼んでいたの届いてるかい?」


「はい、お持ちしますね」


 秘書は席を立つと隣の部屋に姿を消し、暫くののち、中ぐらいの箱を厚手の手袋を複数組を持って現れた


「これは?」


「原種や真祖を処刑できなくても匹敵する苦しみを与える銀化合物の銃弾のセットだよ……例えば殺菌作用の強い硝酸銀内蔵の銃弾やスルファジアジン銀含有のものとかね」


 手袋をスタン達に渡した後、アンソニーは手袋をつけて狙撃専用の銃頭を取り出す


 スタン達も取り出して光にかざす、見てくれは普通のライフル弾頭だが全体的に鈍く光っていた


「眷族認定された死刑囚での実験ではショック死率が非常に高く、その速度は銀単体より圧倒的に速かった……ほぼ即死級だったそうだ」


「こんなものを……何故?」


 スタンの困惑をよそにアンソニーは話を続ける


「この世界には未認定や未確認の原種、真祖が数多くいるいる……うちの当主のジェルマンことサン・ジェルマンの様に遠縁の親族の分際で、御真祖おばあ様お陰で眷族なのに真祖並みの能力不老を得た輩もいる……そんな彼等が素直に我が名門バートリーの名で動くとは思えない……」


 にわかにお金の匂いがしてスタンは内心興奮するが、そこはヒューズが反応する


「卿、それはバートリーによる武力統一……という事ですか?」


「よく言われることだけどそこまでの野心はウチ、特に僕にはないよ、あくまで専守防衛のためだ、核ミサイル持ってれば米軍でも手を出してこないだろう?」


「それはそうですが……」


「そこでランバート教授を始末して実験してみるのさ……彼のデータは研究員が持ち出してくれたお陰で効果があると推論されたからね」


 聞く耳を持たないアンソニーにヒューズは呆れつつ、スタン達は残りの二件を尋ねることにした


「それでは後の二件は?」


「うちの筆頭秘書エリクソン・ブースが何か企んでるようだ クーデターとかなら可愛いが、もしこれらのデータを証拠として武力統一疑惑をでっち上げられれば、この状況下でバートリー系列と反バートリーで戦争が始まる……これは防がねばならん」


「了解です、潜入担当を連れておりますので彼女に担当させましょう」


「よろしく頼む、残りは例のフリゲートだ ランバート一派が船でボストン沖の島に逃げ込んだらしい……試運転がてらにそれを破壊してくれ」


 それを聞いたスタンはすかさず指摘して提案する


「ジルは交渉担当なので戦闘指揮には不向きです、誰ぞ代わりに……」


「ならば、ウチの者にやらせよう」


「お願いします」


 しょうもない案件を提示してあっさり折れるアンソニーに一瞬、ヒューズは違和感を覚えながらもスタンが了承する


「それでは至急ブリーフィングを行い30分ほどで出撃します」


「ええ? もう行くのかい?」


「はい、今日中に決着付きそうなのでそこを狙います」


 アンソニーに戦況予測を教えて席を立ち握手をする


「そうか、吉報を待ってるよ」


 笑顔で返すアンソニーに見送られながらスタン達は退席する


 メインゲートを出ると余裕が出たせいか外門まで生い茂る荒れ気味の庭木を見てキリチェックに声を掛ける


「ドラガン、卿の折角の邸宅の庭木の手入れが台無しだぜ、卿に要るかどうか聴いて、宜しければウチの庭師を呼んで仕事してもらえ」


「了解、だけど若は要らないと思う」


 アンソニーの日頃の言動から推測したキリチェックが否定的な意見を言う


「要らなきゃ引き下がればいい、少し気になっただけだ……」


 そう言いながら、スタンは背後に視線を感じつつ車に乗り込み、交戦準備に取り掛かるのだった


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