序盤

 殿しんがりのバスが出る直前に改装した装備の説明が終わり、ピットブルに乗ったジョシュ達が追いついた


「ゴルァ! なに出遅れてんの!」


 発令所から飛び出してきた鬼の形相のジュリアの怒号が真新しくなったピットブルに飛ぶ


「わりぃね! エメ装備部さん達の腕に見蕩れちまったぃ!」


 ジョシュは発令所に向かい苦笑がてらそう叫ぶとバスの後ろに付く


「先にカイとリョーのチーム行かせたからね!」


「あいよぅ!」


 ゲートを通る前にそう伝達されると上部ハッチからアニーが手を振り了解する


「さて、二人とも周囲を警戒してくれ……動くものが見えたら声掛けしてくれ」


『了解』


ハッチから見る?」


 アニーがこれも真新しくなったようなバレットを構えてジョシュに聞く……


 バレットは部品と各種パーツを高品質なものに換えただけでなく精密に調整されたスコープになりほぼ新品でありながら射手アニーに合わせた軽量化を施されていた……他にもHK417はバレル部にフォアグリップ兼バイポットになるパーツを取り付けて安定性と取り回しを両立させる工夫がとられスコープも高精度のものが付けられていた


「いや、相手方に狙撃手がいるかもしれん、車内から後方を頼む、ステは右半分」


「うぉい! あんちゃんず、付いてきてるか?」


 そう指示を出すと無線のコールが鳴り、スピーカーからホセのがなり声が聞こえる


「あぁ! おっちゃん! 今、殿に付いて来てるぜ」


「うちのドライバーモーリーの感じではまだ近くには来てないらしい、今は気楽にしていいが近づいてきたらコールするからな」


「了解……こちらも異常が有ったら連絡する」


 先行隊3台にバス15台に護衛車両4台の移動を今日だけで2往復しなければならないのでかなりのスピードで市内を疾走する 


 道中の広場や公園でZが音楽で集められ、放置車は横に寄せられていたのでかなり早く到着したがそれでも片道1時間半も掛かった


 海岸線に隣接されたバートリー傘下の石油加工工場に誘導されるとZが纏わり付く金網の塀と第二ゲートの向こう側に大きな7階建ての工場の様な建物内に巨大な客船が鎮座していた


 建物自体が密閉型のドックになっており、本来は廃船として廃棄されている筈だったが、教会に襲撃された時の為に移動避難所としてここに配備、改装してあったのだ


 そして、ゲオルグの手配によりエメ達の手で最新鋭技術による改装を受けており、外見は客船、中身は一つの防衛研究都市として機能できるように設計、改造されていた


 ドック入り口には先行隊が安全確保の為に入り込んでいたZを駆逐しながら展開していた


「出航の作業に入るその間に避難民は船の中に! 先行隊はZの排除、バス隊はとっとと降ろしておかわり、頼まぁ!」


 保安部のリーダーらしきベレー帽に両腕に入れ墨がビッシリはいった人物が大声で指示する中、銃器を携えた歴戦の保安部員と作業員が中段の階層の操作室に入ると銃声が響き”Z排除、注水を開始する”と館内放送が掛かる


 船にデッキが掛かり、バスがその横に止まり避難民が次々に渡っていく……


「結構時間食うな……外で運動してくる」


 Zがまとまってこられる前にとマーカスがマチェットと手斧を持ち金網の外へ出る


「俺も行こう、モーリーはなんか感じたらサイレン鳴らしてくれ」


 指示を出して工事用破砕ハンマーを軽くクルンっと振り、ホセが続く


 保安部員が対応する中、ゲートとその脇を通り抜け


「今のうちに弾ぁ装填して体制整えてくれ……それと適当にバリケード作ってな」


 そう指示してマーカスが走り出し手近なZの首をマチェットで落とすと手斧を投付け顔面を割る


 その後に続いたホセがハンマーを強振し背の高いZの頭部を吹き飛ばす


 相手にされない分、相手人数Zの数が多いので手早く始末する


 そうこうしている内にバスが次々と到着し避難民が降りて船に向かい歩き出す


 保安部員達が放置車で金網の外周にバリケードを形成しだすとトレーラーハウスが……強盗団と研究員チームが到着した


「うぉい! まだまだじゃねぇかっ!」


 アニキことカイルが状況を見て驚き焦る


「アニキー、そう焦らさないと≪ご安全に≫がモットーですよ」


 トレーラーハウスの屋根に腰掛ける戦闘服の亮輔が笑顔で声を掛ける


「だがなぁ、マスター・リョー、はやく次を連れてこないと……」


 マークの抗弁はホセの大声に掻き消された


「ドッルァァ! 駄弁ってねぇでこっちに回れッ! ここは俺達が保持するから帰還する先頭のバスに付き添えッ!」


「了解だ! ところでシリル嬢は船に行ったか?」


「アニキ達! 送迎デッキを見て」


 百地の指差す送迎デッキでジャニスに抱えられたシリルが笑顔で手を振っていた


「うぉし! もうひとふん張りだ! 行くぞ野郎共!」


『おう!』


 運転席のマークや後方で監視のホイが声を上げる


「とにかくあと1往復だ! とっとと行けや!」


 マーカスが急かして、トレーラーが急発進する


 そうして入れ替わるようにジョシュ達が到着する。 運転席から顔を出し、門番のようにハンマー片手に待機するホセ達に尋ねる


「最後尾着いたぜ! 次は?」


「あんちゃんずは真ん中頼む! 今から出るこの2台後に付いてってくれ!」


「OK! 進展具合は?」


「やっと5割程度だ、最後尾は俺らが出る」


「了解だ!」


 その途端ピットブルのサイレンが鳴り出す


「モーリー?!」


「規模は小さいがのがかなり遠いが湧いたぞ……おらぁ、こんなの初めて感じたよ……気色悪い」


「とにかく! 発令所に連絡してくれ! 俺は操作室に行ってくる」


 ホセは操作室に入ると艦内放送で作業を急げと叱咤する


「じゃ、うちらも出るよ!」


「おう! 次来る時は


 マーカスとそうやり取りするとバスに付き添いジョシュ達も発進する


 その後にホセがレバーとステップに捕まりグレーピットブルと共にバリケード近くまでやってくる


「もう帰り準備か?」


「ああ、お尻が煙たくなってきたからな……」


 マーカスの問にホセは笑って答える


「最悪の場合はボストン市街地で一戦か……」


「ああ、挟撃か2面で戦闘だろう……ウチの手駒はあんちゃんずだけか?」


「計算できるのはな、強盗団は正直戦力外にしたいところだ」


 そう呟くと最後のバスが発進してきた


「俺らが出たらここを閉じておいてくれ、第2陣のバスが来たらして迎え入れろ」


 待機した保安員に指示してホセ達も発進してバスを追いかけていった


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 オルバニーのジャンクションに到達した頃、残存していた偵察隊より無線がトーレスの部隊に入ってきた


 まだまだ距離がある物の辛うじて聞き取れるレベルだった


「現在、敵は避難民の移送を始めた模様、行き先は不明だが10数台の車両で移動を開始した! 繰り返す……」


「では、ウォーミングアップと行くか……おい、現場まであと何時間だ?」


 運転席からくぐもった声で2時間! と聞こえてきた


「よし、移送中の避難民とその警護をやるぞ! 全員装備の点検に入れ!」


 車内に号令を掛けると全員速やかに装備のチェックを始めた


 そして運転席から連絡が入り、壁の受話器から話をする


「なんだ?!」


「志教様からお電話です、お繋ぎします」


 運転手はそう告げるとトーレスが抗弁をする間も無くさっさと切り替えてしまったが、タブレットのセンサーを取り付け、あるアプリを作動させるのは忘れなかった


「ニールセン志祭! 我々を置き去りにして先行するとは何事かね?!」


 受話器からエドワード・ヘイデン志教の叱責が飛んでくるが正論でいなす


「戦略的判断です。事実、連中は現在避難民の移送を始めております」


「むむぅ だがしかし!」


「万全の状態で迎撃されるより多少のダメージを与えた方が有利といえますし、此方は初陣ですから難易度を下げ、錬度やクセを把握する場を設けないと行けませんのでね」


「そんなものは最初から踏み潰してしまえば……」


 志教との会話に戦略的知性が何も感じられないと判断してトーレスは切り札を使う


「強皇閣下からお預かりした虎の子を大事に育て、御意向に沿う様に尽力するのが我々の任務と考えます……脚を引っ張られるのであれば仕方がありませんな……」


「なに? 貴様、志祭の分際で……」


「この会話を閣下にお聞きして頂いた……おって沙汰が有るまで謹慎していただこう……」


 このために受話器にセンサーを付けて録音しておいたのだった……この手法で幾度かの危機を乗り越えてきた


「な、待ちたまえ志祭! いや私が悪かった! 君の指示に従おう!」


「判ればいいのです……それでは我々は避難民を襲撃に行きますから、残存の偵察隊を回収して然るべき場所に本部を設置してください」


「了解した、健闘を……」


 最後まで言わさずに受話器を切りるとタブレットで補佐官に録音データを送り、ヴォイスラヴに志教とその部下の降格と現地での攻撃に参加を提案するように依頼した


「さて、点検点検と……」


 密告をし終わると職業軍人宜しく手馴れた手つきで鼻歌交じりに装備を点検しだす……先にやらなければやられる……生き残る為、利益を得る為なら騙し討ちや嘘や出し抜きも平気で行う……すでに同郷の仲間達は居ない……信頼できる上司も居ない……ならば全部利用して伸し上がるだけだ



 関係者や一部の人間はすでに教会自体は上も下も腐敗して居る事を知っていた……それは育成の段階から見られる事だった



 教会の兵士や構成員は教会傘下の孤児院で最長18年、その間に被る様に養成校に15歳から入り10年掛けて教会の戦闘兵士になる。最初は徹底した基礎体力強化、孤児院や養成所の中での薬品、環境的強化も手伝い大幅に身体能力は上がっていく、そして第1次適正判断により戦闘訓練、操縦技術、潜入工作技術、戦略戦術理論を……もしくは科学技術や特殊技能の基礎概論を5年で身に付けさせられる


 その後の5年は適性と個性に応じた教育が施される例えばジョシュ、トーレス達のように前線の兵士として戦闘訓練、操縦訓練等兵士に必要な技術を取得し磨き上げられるし、開発部門は高度な専門科学を学びそのまま研究開発・企画に進んで行く、そして潜入工作員として前述の訓練や学習と共にありとあらゆる言語や交渉技術を学び政財界へのパイプやシンパの勧誘、コロニーに潜入し情報を採取したりする工作員へと分別されて育成される


 しかし、元々組織内の社会性が時代や目的に対して正常なものでなく、生活信条の中に狂信的なものもある事でそこで育ち生きてきた組織の人間の大半になんらかの人間性、パーソナリティに問題が生じていた……しかも肉体的には不自然なほど健全である……


【健やかな身体に健やかな魂が


 かつて古代ローマの詩人ユウェナリスは本来はそう説いたがこの組織ではユウェナリスが憂いた事態を具現化していた


 つまり肉体に見合っていない歪んだ精神が普通に露呈されおり、一部の自称正常人が大半の未熟な人間達を率いて凶行を行っていた……それをキャッスルが見限り、ゲオルグがかつての教会ではないと断罪した組織の本質であった……


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