複雑

 モダンで高級感のある雰囲気に上品な会話とピアノソロが織り成すBGMの中、退屈気味なソフィアは対座する久し振りに見る笑顔の父エリクソンと高級フレンチを囲んでいた


 店のドレスコードに引っ掛からないようにシックなスーツに身を包んだものの、どこぞの私学の生徒金持ちのお嬢様みたいでダサ過ぎて消えてしまいたい気分だったし、何より隣にマーティが居ないのは辛かった


 だが定期的に父親との食事をセッティングしてくれたアンナとそれに答える父への気持ちを無にするのも気が引けた


「どうした、ソフィ?」


 年頃の娘の機嫌の悪さに気が付いたエリクソンが尋ねる


「んーん、別に……でもパパ、良く例の彼女が許してくれたね?」


 その台詞をきいたエリクソンがワインを噴出しそうになりながら慌てる


 ソフィアはエリクソンに20歳の女性ソムリエの恋人がいる事を知っていた……


 その彼女のアパートと仕事場での泊りが多く、自分の家には帰る事が少なくなって来ている事、その他の詳細な情報は母の恋人であるアンソニーからの提供だった……


「いや、まぁ……ゴメン、マメに帰るようにするよ」


「ううん、なるだけその人と一緒に居てあげて、私にはママやアンナさんがいるもの……」


(特にマーティが居るから帰って来なくて大丈夫ですからッ!)


 エリクソンに優しく微笑みながらソフィアは全力で回避するつもりだった


「そうか……ところでソフィー、彼氏は出来たのかい?」


 出されたベーコンとレンズ豆のタルティーヌ・ジャガイモのムースリーヌ添えを齧りながらエリクソンはのほほんと尋ねて来た


「うん!……って?……え?!……なんで聞いてくるの?」


 いきなりの直球の質問に二つ返事で返してしまい戸惑うソフィアにタルティーヌを皿に落として呆然とするエリクソン……


「え!? 居たの?! パパは半分ジョークのつもりだったんだけど……」


「え、ジョーク?!……もう! 知らない!」


 顔を赤らめ恥ずかしがるソフィアに愕然としながらもエリクソンは苦笑する


「あ……ははは、ゴメンな、なんか雰囲気が変わったからね……どんな子だい?」


「活動的で頭の回転が速くて……気合の入った優しい男の子だよ」


 嬉しそうに笑顔で話すソフィアにエリクソンはその優しい父親の笑顔の裏で……複雑な父親の心境が嫉妬に近い怒りの情念で体の内面をのた打ち回る……



 それは以前、アンソニーに別れた元嫁であり、ソフィアの母親であるアシュリーを恋人だと紹介されたショックより、はるかに激しいものだった


(ウチの大事な娘にちょっかい掛けてるクソガキはどこのどいつだ?! ……アンナに言って調べさせてがぁっちりとヤキを入れてくれるわ!)


 アンナも呆れて突っ込めないほど、その大事な娘を放置しておいてどの口が言ってる事がめちゃくちゃであった


「でもね、これまだママに言ってないんだ……パパが最初……」


「う……そうか……」


 俯きながらそう告げるソフィアにエリクソンの内側の葛藤が治まり、いきなり歓喜が沸き起こる!


 あのクソビッチアシュリーより最初に! しかも放置気味でも!)


 自分に最初に話してくれた事が何より嬉しかった


「なぁ、ソフィー、その男の子に今度会わせてくれないか? お父さんが嫌ならアンナさんに先に会わせてやってくれないか?」


 エリクソンは娘の人を見る目を信じる事にした そして、多少の抵抗を予想して妥協案まで提示したがあっけらかんと了承された


「え? 良いよ? いつにする?」


「は? え? 良いの? じゃ、来週……」


 娘を信じると決心をしたはずなのに即答され、間合いが取れずにドキマギとしながら答えるエリクソンにソフィアがOKする


「うん、彼に話しておくわ……絶対パパも気に入るから……それじゃ私もパパの恋人に会おうかしら……」


 自分の恋人にも会うと言い出した愛娘ソフィアの姿を見て、良いのか悪いのか複雑な心境の父エリクソンはソフィアと一緒に帰った後に、一人、抜け出して最寄のバーに立ち寄って痛飲したかった



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 その頃、ボストン市内の道路を知り尽くした保安部の車両が先頭に立ち避難住民を乗せたバスの車両が発進する


「さて、無事に終わってくれると良いが……」


 ピットブルVXの上部ハッチに腰掛けたホセがゲオルグの居間でくすねて来たハバナ巻きの葉巻、モンテクリストNo.3を咥えながら腕を組み出番を待つ、車内ではマーカスが鼻歌交じりで装備の点検とビビリながらもモーリーが運転席で待っていた


 ジョシュ達のピットブルは黒色の警察仕様のものだが、JP隊の仕様はFBI仕様でグレーの車体色にボンネット中央には≪FBI≫の文字が入っていた


 そこに保安部の伝令が来ると部長が配置についての相談があると呼び出しが掛かる


「おい、マーカス! 付いてきてくれ」


 ホセは指で葉巻の火を消すと下に向かいマーカスに同道を頼むと駐車場に設営された臨時発令所に向かった


 発令所に入るとジュリアと数人の歴戦の保安部員が地図を前にして協議をしていた


 その直後に配置問合せついでに提案を持ち込みに来たジョシュとシュテフィンが入ってくる


 二人はホセとマーカスと協議を始め出そうとしたジュリアを待とうとするが、ホセ達に参加するように勧められる



 ……二人の顔を見たジュリアは露骨に嫌な顔をするが周囲ホセ達の目とゲオルグの指令も有り、とりあえず参加させる事にしてその提案を聞く事にした


 ジョシュ達の提案……研究所に西と南から来るルート、国道90号・290号線・480号線と州道9号線・70号線に音でZを呼び寄せ、監視員を置き早期レーダー代わりにする提案をジョシュがジュリアに提案するが即却下された


「なんで考えもせずに却下できる? 連中がZを駆逐すれば音と一騒ぎになる! それを監視員が連絡すれば此方は防御体制や先制迎撃や伏兵も先手を打って整うだろう?!」


 ジョシュが感情を隠さずジュリアに詰め寄るがジュリアも理詰めで返してくる


「Zが音に反応するだなんて聞いた事が無い! ポートランドや避難所で実験されてもその検証がここではまだなので実戦で使えない! それに貴重な部員をわざわざそんな来るか判らないところに無駄に配置して置けるか!」


「検証は俺らが散々やって来てる! うちらも一箇所ぐらいは担当もする! 任せろ!」



「話は終わりだグランダン君、却下、嫌、駄目、無駄……お気に入りの言葉で言ってあげましょうか?」



 ドヤ顔で上から目線の発言をしてジョシュをやり込めようとするが……相手が悪かった



「じゃ、”ばんざーい無しよ♪”を日本の大御所コメディアンみたいなリアクション付きで頼む! みんなーっ集合ぅ! 鬼のアンダーソン部長が俺らの為に一発ギャグやってくれるってー!」


『な?!』


 見ていたホセも当のジュリアも愕然とするスピードとテンションで事が進みだす


「ちょ! 何であたしが!」


「”お気に入りの言葉で言ってあげましょうか? ”って言われたからそうお願いしたんだけど? それともなにかい? それをホットパンツにビーチクをサスペンダー隠しでやってくれたらマジで俺、崇め奉るわ! なぁ、おっちゃん?」


 怒り狂い出す直前のジュリアに立て続けにジャブおちょくりストレートセクハラをお見舞いして、ついでにホセも引き込む


「おお! 素晴らしいアイディアだ!」


 吸精鬼のサガでテンションが上がるホセにマーカスだったが絶妙のタイミングでシュテフィンに止められる


「ジョシュもおっちゃん達も止めてあげなよ~、セクハラするんじゃなくて今は皆で助け合わないと……」


「そだな……ごめんな」


「我々も失礼した……だが、アンダーソン女史、を見た事があるし、持ってきた音響兵器には対人とZを呼び寄せ護衛代わりに展開させる手法はそれからきている、相手戦力差の穴埋めと戦略のオプションとして一考の余地はある」


 素直に謝るジョシュとホセ達の助太刀もありジュリアは考えを改める


「くっ……判った人員を割いてそちらに回す!」


「それならその複数のハイウェイのジャンクションに集めれば? 必要人員も少なくて済むし」


 シュテフィンの案を聞き、またジュリアが渋い顔になるがマーカスも賛同する


「確かに手間を省いてついでに罠掛けとくには好都合だな……」


「判りました! ではサブバリー・ウェストバーグ・ロビンヒル・サウスボルトン・ボルトンの5つの交差点ジャンクションに監視員とZを呼び寄せます」


「うちも無線コントロール地雷を出させて貰うよ、仮に別の地点を通っても音で幻惑と他のZを呼べれる」


 ホセがそう提案するとジョシュも肯き


「とりあえず航空機支援が無い状態では万全です」


「ところで教会でドローン部隊は開設されてないのか?」


 陸軍上がりのマーカスがジョシュに尋ねてくる、事実、中東での金のある軍隊ではドローン兵器による攻撃が主体になりつつあるのでそれを懸念していた


「開設はされてますが小規模の偵察部隊です、施設の内情やコロニーの判別用ですね……下手に自爆ドローンなんか入手するとテロ組織認定されますし、現強皇が昔ながらの武闘派なので、戦闘は銀加工の弾丸とナイフでないと許可しないそうですよ」


 呆れた様にジョシュは言うがホセは苦笑して


「昔ながらか……そういうの嫌いじゃないぜ」


「まぁ、自爆ドローンで遠くからドカンとやられるよりマシだねぇ……」


 マーカスが米軍のグローバルホークの護衛の下で作戦従事したのもあり、これが敵だったらと想定した時ぞっとした記憶を思い出す


「なんにせよ! 皆さん動いてください! グランダン! あんたら二人は殿から中央7号車まで担当!襲撃受けたら迎撃に出て! クルマは格納庫のトゥーレさんところにおいてあるからさっさと出て行けッ!」


『はいはい』


 そういってジョシュとシュテフィンが出ようとすると擦れ違い様にジュリアがボソッとシュテフィンに呟く


「庇ってくれてありがと……けど、みたいになるとは思わないでよね」


「ん?! あぁ」


 その呟きを聞いたシュテフィンはまったく意味が判らず曖昧な返事をするだけだった


 それを聞きつけたジョシュが外に出たと同時にシュテフィンを弄る


「王子~、あの頃って?」


「従者よ、俺にもさっぱりわがんね……つーか、そんなに幼少期の頃って覚えていられる物なのかねぇ?」


 シュテフィンは弄りに乗っかりつつ返すと溜息ついてこればっかりは当時、子供だったフレディの記憶だけが頼りと判断した


「わかんねぇな……何れにせよ、武器と愛車を取り戻して置こう……拳銃だけだと正直かなり不安だ」


 そう答えてジョシュ達は教えられた格納庫に向かうと忙しく物品や銃器をカートで運んでいく作業員と整備士達が活動していた


 一人の整備士を捕まえて案内させると、そこには綺麗に洗車されリファインされた軍用装甲板とガードが付いたピットブルを見上げるアニーが立っていた


「おう、先に来てたんか?」


「フレディさんが此処にあるって教えてくれたの! それでね~ 銃器もしっかり分解メンテと改造されてるよ!」


 アニーが興奮気味で捲くし立てると、奥から整備士達を引き連れたエメ・トゥーレが手に付いたグリスをペーパーで拭い取りながらにこやかに微笑んで出てきた


「あー、いらっしゃい、ゲオから暇なら装備の改装と面倒見てやれって言われたから腕ふるっちゃったぁ……余計なお世話だったかな?」


 悪戯っぽく舌を出して笑うエメとその素晴らしい仕事ッぷりにジョシュは一言


「いや、パーフェクトなお手前で感服しました……」


「じゃ、説明しようか……ってまるで007のQみたいだけどね」


 エメは軽くジョークを交えてそう言うと改装ポイントをざっと説明し出した……傍らでは整備士達が最終点検に入っていた


 エンジンの出力の改善……過積載と過酷な操縦で痛みかけていた元々のV8エンジンを強化、改良を施され、従来のピストンやパーツの見直し、研磨加工を施しただけでなく、吸気系には高品質であるスーパーハイブリッドフィルターとスーパーパワーフローに交換し、排気もマフラー系統はメタルキャタライザーにする


 そして点火系と燃料調整を上記のセッティングに合わせたものに代え、新品同様かつ安定出力平均15%上昇を可能にした


 その以前より余剰になった出力のお陰でかなり本格的な防弾・対衝撃素材を装着できるようになった


 まず装甲板を鉄製の物ではなくボディを覆う特殊合金製の物を加工しタイヤを保護し、ガードもフロントガラスでさえも軍用仕様のものに代え、大口径の銃弾やZの攻撃にも耐えうる物に変えた


「実質、アンチマテリアルライフルの二連射程度では打ち抜けない装甲とフロントガードになってる。上部にはライトを1つ無くした代わりにスモークディスチャージャーとチャフを可動式2連装にして対人相手にも充実している……ただし戦闘ヘリが来たら即バックレてね」


「へぇ! まるでボンドカーみたいだな」


 シュテフィンが目を輝かせて表現するがエメは少し不服そうにして呟く


「武骨なのは嫌いじゃないけど敏腕スパイ特有のオサレさが無いのよねぇ……大統領専用車「ビースト」並みのスタイルとスペックならねぇ……」


 アメリカ大統領の専用車である通称「キャデラック・ワン」別名≪ビースト≫と呼ばれる車を引き合いに出した


 GMゼネラルモータースが提供するキャデラックの最高級セダンDTS、それのリムジン版であるDTS・プレジデンシャル・リムジンの後継車両であるそれはエンジンスペックやボディサイズに至るまで国家機密級の代物だったが近年徐々にそのスペックが明らかになっていった


 ボディは装甲板のような分厚さでドアの厚さはおよそ20cm、防弾窓に関しても12.7cmという厚さを誇り並みの銃火器では歯が立たない


 生物兵器・バイオテロ対策として、キャビンは完全に外部より密閉される


 使用しているタイヤはパンク耐性があるが、万が一タイヤが吹き飛ばされた場合はリムのみで走行が可能で車体下は爆弾、手榴弾から守るため耐爆処理が施されている


 万が一の事態に備えて消防設備、酸素供給、大統領と同じ血液型の血液が格納されている


 催涙ガス砲と夜間視界カメラが車の前部に隠されている等、まだまだ秘密が隠されている小型移動要塞の様なリムジンである


「いやいや、あれリムジンだから居住性は良いかもしれんけど走破性はしょぼいですって……」


 ジョシュが苦笑交じりに駄目だしするが、エメは真面目な顔で切り出した


「ボストンのロシアンマフィアのボスが高級SUVのキャデラックエスカレイドのベースで同規模の車を作らせたって話があるわ……マフィアの武器庫でエグい武器おそロシア製武器やShAK-12の予備パーツやカスタマイズパーツを探すついでにボスのお屋敷のガレージに行く気はある?」


「ゴメン、今は避難のお手伝いで一杯一杯だけど、NY本拠地に殴りこみに行くのにおそロシア製の兵器はShAK-12等、色々欲しいな……」


「決まった! 一騒動収まったらゲオ連れてみんなで漁りに行こう♪……それから銃はねぇ……」


 まるで観光地に遊びに行くかのような口ぶりでエメはジョシュ達を誘いつつ武器の説明を始めだした


 それは1時間ほどノリノリで続き、案の定、出発に出遅れる事になった……























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