奮起

 ジョシュ達が撤退した後、周囲の火事の影響で黒煙が漂う屋根の上ではトーレスが顔をゆがめて目を覚ます


 右胸部のボディアーマーに一発貰い、その衝撃で気を失った…………相手がなら速やかに射殺されていた筈だった


「詰めがあめぇな……ジョシュアの野郎……次は見つけ次第撃つ!」


 屋根に大の字になりながらそう決意する。そして起き上がると激痛が胸部を襲う


 身体の節々を確認する……戦闘は厳しいが移動には支障がない。多分、肋骨や大胸筋あたりも損傷しているだろう。痛みが身体を襲うが、生き残る為には此処から脱出せねばなるまい


 トーレスは周囲の道路と装備が一式置いてあるトラックの位置とZの有無、残弾や装備状況を確認する


 ――Zが多少居るが、突破できない数ではない――


 そう判断して、ボディアーマーの防弾材を抜くとガッチリ食い込んだライフル弾を見て苦笑しながら裏通りの家の窓ガラスに円盤投げの様に放り投げて割る


 その途端にわらわらと死角に居たZが動き出す


 そして固定具の様にボディアーマーを締め、肋骨の損傷を抑えると一気に屋根をすべり落ち、芝生に着地すると同時に激痛が襲う……


(クソがッ)


 内心毒づくと一気にトラックに向かい走る


 その足音に気が付いたZが近寄る


 自身を苛む痛みの中、ライフルを連射し始末してトラックのところにたどり着く


 運転席にパブロは居ない……


 そのトラックの周囲には誰の物かもわからない大量の血痕と捨て置かれたマチェットが置かれていた


 トラックのドアを開けてライフルを突きつけるが、後部座席も誰も居ない……


 無言で乗り込みエンジンを始動させると銃声とエンジン音を聞きつけたZ達が道路沿いの家屋からわらわらと出てきた


 急いで装備の入ったザックを引き寄せた後、ステアリングを握りアクセルを踏み、一気にギアを上げトラックを加速させる


 道路へ飛び出したり、横から纏わり付くZをひき潰して行く


(とりあえず、此処から逃げ出して救援隊とランデブーしよう)


 そしてステアリングを切ると一路、本部や部隊が展開中の中西部に向かいスピードをあげる


 一瞬、通りに居たZの群れの中にパブロの盾らしきものが視界に入るが、トーレスは気にせずにアクセルを踏み、片手でザックの中の鎮痛剤と残り一口のジャックダニエルをあおった




 ――――――――――――――――――――――――――――


 ジョシュ達が避難所に戻ると住人達が歓声を上げて集まって来た


「おい、兄ちゃん達ひでぇつらだな……ん? マイケルとレイアはどうした?」


 コチャックが後部ハッチを開けた煤だらけで涙の痕跡をつけたジョシュに問いかける


 そのブランケットに包まれた二人を見て一斉に息を止める……


「おい、嘘だろ?……なぁ! 嘘って言ってくれよ!」


 住人達が一斉に叫び声を上げる。呆然と涙を流す者、現実を否定し蹲り首を横に振る者、怒りと共にジョシュ達に食って掛かる者様々だった


 そこにゼニカルとペニーモネが連れ添って現れて住人達を治める


「みな、落ち着いてくれ! 悲しいのはワシらだけでない。 彼等を見てくれ! ワシ等のマイケル夫妻の為に命懸けで傷だらけになって戦ってくれたんだ……そして泣いてくれたんだ……」


 疲れ果て涙も枯れ果てた三人がハッチから崩れるように降りてくる……そして、担架を用意してもらい皆、無言で遺体をマイケルの家に運び込む


 そして、レイアとマイケルの身体を綺麗にして服を着替えさせベットに横たわらせる


 ペンダントにした指輪を左手の薬指に嵌めさせお互いの手を組ませる


 そこに涙を堪えたゼニカルが虚ろな状態のジョシュ達を呼ぶ


 呼ばれて行ったダイニングの冷蔵庫に走り書きの手紙が残っていた……マイケルからのものだった



 ”これを読んでいるって事は僕はもうこの世には居ないだろう”


 ”ゼニカルさんやペニーモネをポートランドに送って君らの手助けをしたかったがそうも行かないらしい”


 ”銃撃の傷が思ったより酷くて、おまけに血液が足りなくて再生しきっていないんだ。血液を補給しなければ次の傷が致命傷になるだろう”


 ”だけど、君らには生きていて欲しい! 勿論、此処の住人の皆にも!”


 ”だから僕は戦う、明日を君らとレイアと一緒に作りたいんだ!”


 ”もし、僕が死んでいたらボストンのバートリーインダストリーの遺伝子研究所の我が親友フレディ・ボガートに動画とこの手紙と僕の死に様を伝えて欲しい。ゲートのキーコードはくたばれFuck youバートリー!だ”


 ”そして先生、ゲオルグ・ランバート教授に取り次いで欲しい、フレッド! 僕の最後のわがままを聞いてくれ!”


 ”さよなら、私の愛した人々よ。私達は貴方達と一緒に暮らせて幸せでした”


 P・Sゼニカル、ペニー、出来るだけ長生きしてくださいね


 マイケル・リンツ


 読み終える頃にはゼニカルが堪えきれず目頭を押さえる……


 虚ろな虚脱状態の三人もまた涙を流しだす


 そしてシュテフィンがマイケルの今際の言葉を教える……


「「遅い、遅いぞ! マイキー! もっとはよ言ってくれよ!」」


 顔をくちゃくちゃにしてゼニカルが怒っているのか泣いているのか判らない顔で怒鳴る


 そして呼ばれてきた憔悴しきったペニーモネもその手紙を見て涙を流す


「あの子ったら、こんな最後に皆を泣かせて……」


 そう呟くのが精一杯だった……


 そして三人は手当てを受けて熱いシャワーを浴びる……そして部屋に集まった


 そして深い溜息を吐く……嘆き悲しんでもマイケル達は戻ってこない、前を向く前に確認すべき事があった


「なぁ、ステ、お前マジで吸血鬼だったのか?」


 壁に持たれながらジョシュは呆れたようにベットに座り、ナイフを弄るシュテフィンを見つめて尋ねる 


 その反対側の椅子には右手の甲を3針縫い、手を覆うぐらいの絆創膏を貼り付けたアニーが座って同じくシュテフィンを見つめる


「僕にも本当にわからない、今でもこうして銀のナイフを持ってもアレルギー反応しないし、日焼けだって出来る。今日の夕食のニンニクがガチ盛りのペペロンチーノ完食したし……」


 今までの生活を共にしていてZに襲われるし、およそ吸血鬼の欠点・利点がない……ジョシュは頭を抱える


「最後にマイケルさん言ってたよね? 僕も紫の顕現は初めてだって……先生に診て貰えって」


 今際の際でマイケルが言った言葉を反芻するアニーに思考が止まったジュシュは決断する


「おし、とりあえず皆でボストンに行こう、そこで何か掴めるかもしれん」


「考えるのを諦めたな?」


 シュテフィンが苦笑しながら突っ込む


「知恵熱出すよかマシだい! 兎も角、明日、ポートランドに連絡し、此処の住人移動させるバスを用意して、重低音のスピーカーでZを遠くに呼び寄せる」


 そう言うとジョシュは再度、溜息を吐くとドアをふっと見る


 そうこうしている内にドアをノックしてマイケルとレイアが笑顔で尋ねてきそうな気がしてならなかった……



 翌日、三人は悲しみを忘れるかのように作業と行動に専念する


 ポールに頭部を殴られ負傷したハロルドを駆り出し、バスを3台、ガソリンを満タンにした状態で持ち帰ると楽器屋からアンプをスピーカーを、車のパーツ屋からバッテリーを、家電量販店からステレオを奪取してくる


 避難所に帰って来ると憔悴したゼニカル達が待っていた


「ジョシュ、もう良い、ワシ等は此処で終わりにするよ」


 帰るなりそう言われたジョシュ達は戸惑う他はなかった


「ゼニカルさん、それはマジで言ってます?」


「真剣な話だ」


 一言で返すゼニカル達にジョシュは溜息を吐くと言葉を返した


「そうですか……マイケル達は悲しむと思いますよ?」


「言わんでくれ、もう、心が折れたんだよ……」


 以前とは別人の覇気のある町の有力者然とした姿が今は一介の何処にでもいる年寄りがそこに居た


「でも、代表として貴方は住人を避難させる義務がある。……最後まで付き合って貰いますよ? 俺達の恩人で友人ツレだったマイケルが遺した彼の愛した人々を救う為にね」


「う……」


 絶句したゼニカルにトドメを刺す様にシュテフィンが告げる


「御父さんもう来ちゃったんですか?! 長生きしてくださいって言ったじゃないですか! って絶対怒られますよ? 生前の如くね」


「あー、もういい! 判った! アイツの友達ツレも理屈こきの頑固モン揃いで困るわッ!」


「ゼニカルさん?!」


 周りに居た住人達が明るくなる


「アニー君、至急ポートランドに連絡をして欲しい、いつ此処を出ればいいか? 何処で待ち合わせするか? それと此方で用意する物、要る物があれば用意すると伝えて欲しい」


「畏まりました。すぐに連絡します」


 そう言うとアニーはスマホを取り出し連絡を取り始めた


「ふん! マイキー! 見てろよっ! お前の義父のド根性をなっ!」


 マイケルが眠る家に向かいそう気勢を上げるゼニカルに同調するが如く住人達も同調する


「連絡来ました! 明日の昼……ヨットハーバーに来て欲しいと……」


「ふむ、用意するものは?」


 エンジンに点火したゼニカルは一瞬眉間に皺が寄るが理性と気合で感情をうっちゃる


「園芸用のでも良いのでつち、野菜の種か苗、あれば人数分のテント、薬剤・燃料……ビール……あ、これは無視してください!」


 アニーは最後の単語を呟いてしまった! と思い


(あのアル中ヒゲオヤジトラビス!)


 内心愚痴をこぼした


「土? ここらにあるので良いのかな?」


 後ろから聞きつけたコチャックが顔を出すとシュテフィンが説明をする


「ポートランドの島は岩盤が多いので、作物が育てにくいんですが土があれば何とかなるんですよ」


「へぇ、そんなもんなのか?」


「食料・資源・資材は海岸や川沿いの街から調達で居ますが、この状況でそういつまでもある訳では無いのですよ。だから平行して食料を増産して自給自足の割合を増やす計画です」


「ふむ、もう一台トラックが居るな……」


 コチャックとの会話にゼニカルが割って入る


「もしやドライバーが居ませんか?」


 ジョシュは心配そうに尋ねる。ポートランドでもそうだったが大型車を運転できる人間は早々居ない


「おーい、みなでトラック運転できるの居るか?」


 周囲の住人達に呼びかけると二人ほど手を上げた


「俺も運転は出来るぜ?」


 ハロルドが手を上げて出てくる


「う……一人足りない」


 シュテフィンはいざとなれば自分が動くつもりで手を上げようとすると


「おし、揃ったな、もう一台はワシが運転する」


「え?! ゼニカルさんが?」


「あたぼうよ! 政治家の書生時代は貧乏で飯が食えなかったから深夜トラックの運転手やってたんだよ」


 周囲が大丈夫か? と心配する声を余所にさきほどまで老け込んでたご老体ゼニカルは快活に笑うと周囲に檄を飛ばす


「皆の衆! 今夜中に荷造り終らせてくれ! 明日の10時に此処を出る! テントの有るご家庭はそれを持ってくれ!野菜の種や苗のある家、薪や石炭のある家は持ってきてくれ! 問題や問合せはワシの家に来てくれ! 持病のある奴は薬の名前を教えてくれ! 以上だ!」


 住人達が急いで家に帰り始めるとゼニカルが振り向き


「ジョシュ!済まんがでかいトラック一台用意してくれ!」


「あいよ! 種と苗と使えそうな燃料付きで用意して来ますよ」


「おう、頼むぞ、それと帰り道に調剤薬局行って薬全部持ってきてくれ!」


 流石に苦笑しながらジョシュが突っ込む


「ぜんぶかぃ! 無茶言うぜ……了解だ」


 そう言うとスピーカー機材を積んだバスにハロルドを乗って貰い資材集めに出掛けて行った


 運転席でステアリングを握るジョシュに神妙な顔でシュテフィンが近づいてくると不謹慎なんだが……と告げると……


「吸血鬼ってZに成らんの?……俺、微妙に疑問なんだが……?」


 ジョシュはシュテフィンと神妙な顔を無言で見合わせ、肯くと速やかにピットブルを降りる


 外に居たアニーとハロルドに出発を少し待てと指示を出すとシュテフィンと秘密裏にマイケルの家に向かうのだった……
























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