降下

 バックミラー越しにヴァイパーの位置を確認したグレゴリーはスロットルを最大にしてレバーを手前に引く……


 動きを察したエディが上昇しようとするAW101にサイドワインダーを放った!


「まぁぁぁわぁぁぁぁれぇぇぇぇぇっ‼」


 気合いの叫びと共にグレゴリーは操縦桿とスロットルを精一杯引くとスロットル横のボタンを押す


 機体に内蔵された3機の特注のターボシャフトエンジンがブーストボタンを押された瞬間、流入した特殊燃料に点火し力強く吠え、ヒンジレス蝶番なしに改造された強化ローターハブからブレードに力が加わり、大型ヘリが見事に大きく宙返りを決める。


「「「なぁにぃ!?」」」


 それを目前でやられたモーリー達、屋上で攻防を見ていたアニーやマローン達狙撃チーム、バリケードで銃撃戦やってるジョシュや北欧隊、カペロ隊やトーレスが唖然として動きを止める。


 外へ出ていきなりそれを見たJP達も何が起きたのかわからなかった……


 通常はこの手の曲芸飛行は高い運動性の方向性の設計と改良を施されたそれなり高機動型の機体、例えば日本の陸自の偵察ヘリOH-1ニンジャなどがあげられ、特殊なローターハブにエンジンに軽量化とそれなりの強化をされた機体が使われる。


 ところがAW101は対潜用や救護、輸送に用いられる事が多く、こういった高い運動性より高いトルクに安定した飛行や静止が出来る持久的な力強さが特徴的な大型ヘリだった


 それを強引にパーツを新造設計し、部品精度を吟味して改造した為にかなりピーキーで手のかかる機体に仕上がるが、戦闘機か攻撃ヘリ、パイロットなら教導団級を相手にしない限りはまず勝てる機体になっていた。


 それゆえグレゴリーは神経質なほどの回数と細かさで機体のチェックとメンテナンスを自分も参加して厳密に行うのだった


「スタン、今だ!」


 合図とともにスタンがボタンを押すと機首の横に装備してある筒の先が爆ぜ、そこから発射された銃弾がヴァイパーに着弾し、モーリーを慌てさせる……


 その先には機関砲GAU-19/Aの12.7㎜の3連口径が覗いていた。


「おお、いつの間にこんな改装を?」


 スタンが驚きながらグレゴリーに尋ねる。


「以前からジル・トレーシーにこの予算内で改装できるか相談と見積もって貰ってたんだよ、その見積もりを元に経理部から許可貰い、部品や機材を世界各国から調達してあとは本拠地ロンドンのハンガーで改造に入って今回ロールアウト……本部の作業員総動員で……そうそう、まで手伝ってくれたんだ」


オーウェンジーサマ! オーナーなんも聞いてねぇよ!?)


 グレゴリーの答えに苦笑しながら内心、スタンは後見人に心から湧き上がる文句を言う。


「しかし、直撃食らっても落ちんか……」


 渋い顔でグレゴリーが警戒して森に隠れたヴァイパーを探しながら呟く……


「それは仕方ない、ヴァイパーはヘリや戦車を狩るために一般的軍事車両、ヘリに装備される機関砲の口径である12.7㎜弾への耐性を強化してある、エンジンルームかコックピット直撃しないとこれでは落ちない」


 スタンの解説が終わった途端に別の方向からロケット弾が飛んできて回避する。


「戦闘ヘリで輸送ヘリにゲリラ戦だと?……戦術間違ってる!」


 運動性と火力が上にもかかわらずゲリラ戦をしてくるモーリー達にグレゴリーは苛立ちを隠せない。


 だが、スタンは戦術が正しい事に気が付いた。


 この巨体でアクロバティックな回避に通常は無い武装付きとなれば他に何があるかわからない。


 有利な武器ミサイルで仕掛けて化けの皮と戦闘力を剥いでから仕留めればいい……


 それならば俺達は仕事をするだけだ……


「グレッグ、沢で皆を降ろすぞ、火事を背にするんだ」


 グレゴリーは言わんとしたことを即座に理解し、低空に移行し沢に向かうとスタンがインカムのスイッチを入れ後部座席に向けて指示する。


「全員、川ポチャで着陸してくれ」


「了解」


 全員シートベルトを外し、扉に近いケーニッヒとリカルドが両舷の扉を開ける。


「ポイント到着!」


 そのグレゴリーの合図で次々と沢に飛び込む……紅蓮の炎を背に沢に降下する様は名うての傭兵達にふさわしい風景だった


 その行動を見たエディがセレクター火器管制をミサイルに入れ、トリガーに指を掛けるがミサイルが反応しない……


「な、なんで!?」


 赤外線誘導であるサイドワインダーは猛烈に燃え盛る火災が発するかなりの高温で照準が固定できなかったのだ。


 即座にセレクターをロケッドポッドにするが、気が付いたスタンに威嚇射撃を受ける。


「スタン! 殿しんがりよろしく!」


 荷物が多いアリ・ダハルがザックを背負うとスタンに声を掛けて沢に飛び込む!


「それじゃ、グレック、で待っててくれ」


 最後の牽制と共に弾切れを起こすとグレゴリーの肩を叩く!


「ああ、健闘を祈るよ」


 グレゴリーに見送られるとスタンは自分のザックとライフルを取るとそのまま外へ飛び出すと同時にAW101改が研究所の空域から離脱しかかる。


「逃がすか!」


 モーリーがそれを見て追いかけるがその下で狙いを定める視線が有った……


 機首を下げ発進する瞬間にロケットポッドも下を向く、そのコンマ秒と1センチ以下の隙間に向けて引き金を引くとミサイルポッドの発射口の弾頭に弾丸が直撃し、それと同時にロケット弾が誘爆し機体を損傷させる!


「「グがぁ!」」


 その爆風と熱にモーリーとエディが絶叫を上げ、コクピットを覆うキャノピーは割れて吹っ飛びヴァイパーがもんどり打つ様に白煙を上げて森へ墜落していく


「マジか……」


 その射撃の正確さにマローンが目を剥く……


 昔、興味本位で出場した射撃大会で傲慢だった鼻っ柱をへし折った相手を見た時の衝撃に近いものを見せて貰った……


 その時の優勝者相手は自分より年下の若造……トールヴァルト……その少年、ケーニッヒ・トールヴァルトに末恐ろしさと自分の能力の限界を突きつけられた


 その後、トールヴァルト少年はドイツ・ベルリン警察所属し、テロ犯罪界隈や狙撃競技者達に雷神と称され恐れられる男になって行く……


 よもやその本人の仕業だと知らずマローンはあの時と同じ様に背中に流れる汗が冷たい事に気が付いた……


「ねぇマロン、あいつ等って一体何もんなの?」


 アニーにいきなり名前を弄られて現実に引き戻される……


「ちゃんと名前を呼べ、豆軍曹! 先ほど入った情報では相手は世界屈指の傭兵部隊で所長が出撃の後、この研究所ごとぶっ潰す予定だ」


「私を豆と呼ぶな栗中尉ルテネント・マロン、そいでアタシたちはどうすんの?」


「チッ、所長出撃まで前線援護、その後、外へ脱出し連中足止め……の予定だ」


 ボケ突っ込みに引き込まれるのを嫌がり、舌打ち混じりで予定を話すが、それが言い終わる前にバリケード組を援護していた目の前の狙撃手の頭部が爆ぜる!


「伏せて移動しろ! 例の狙撃手トーレスか?」


 顔色を変えてチームを一喝し、周囲を警戒するが相手が見当たらない。


 バリケードで警戒するジョシュも奥に引っ込んだままのトーレスを見失ったままだった。


(まさか……)


 よもやと思いペリスコープを先程、連中ゼラルゼスが降りたエリアを見る……


 何処にも連中の姿が無いのを確認した直後、真正面で直撃されペリスコープが破壊された……


「なっ……に……」


 頭部に破片を受けながらマローンが絶句する、その姿はまるでコントの様だが本人にとっては恐怖しかなかった。


 確かに正面には狙撃手の姿は確認できなかったのに……相手はそこに居た……


 五感が危険を訴え、次の行動を急かす……


マローンは徐にインカムのスイッチを入れ発令室に連絡を入れる


「発令室、各方面に連絡を……新手の狙撃手は東側の森のどこかにいる、出来れば誰ぞそこまで行って排除してほしい……俺らの手にはもう負えない」


「はぁ? マローンあんた……」


 あのマローンが発令室に連絡し、即座に白旗を上げる排除依頼をする、それを聞いてジュリアが驚く。


 技量と頭の回転では部署随一の男がこうも簡単にあきらめるとは……


「わりぃ、頭ぁ、相手が悪すぎる……コンマ秒の精密射撃に視覚と気配を完全に消す……とくれば、俺ら並みの狙撃手では相手にならん」


「ええっ!じゃぁどうすんの?」


 あっけらかんと言ってのけるマローンにジュリアが慌てて対応策を尋ねる。


「犠牲者を覚悟の上で回り込んで囲むしかないけど…………サーモスタット撮影も厳しいよね?」


「有効なカメラは全部潰されてます! 仮に使えても火災で使えません!」


 提案された唯一の手も使えない……途方に暮れるジュリアに緊急報告が入る……


「女史?! 研究所玄関前です! 今、例の連中が襲ってきましたよ! ハワード3兄弟が持ってきたブローニングで弾幕を張り足止め中です!」


 玄関にブローニング二門が固定されトーチカ状に形成された陣で銃声の騒音の中、多羅尾亮輔が通信機に銃声に負けずに怒鳴りながら報告をする


「被害が出る前に適当なところで撤退して! 東側から打撃音が聞こえたら無条件に煙幕炊いて逃げて! スナイパーが居るの!」


「ウチの狙撃隊でも阻止できない強者なんですか?」


 弱気なジュリアの撤退命令に困惑しながら亮輔が尋ねる。


「ええ、全然見えずに連射も精密性も高いそうよ! 兎も角そこを放棄したら研究棟に!」


「了解」


 通信機を切ると調子に乗って撃ちまくる3バカ強盗団のカイルの肩を叩き伝える


「はぁ? なんだよ!ここで抑えりゃいいじゃねぇか!」


「僕らでは仕留めきれないほど強いの! けが人が出る前にトンズラするんです」


「アニキ! 俺らだけでやっちゃいましょう!」


 調子に乗るカイルを亮輔は制止するが、隣で引き金を引くマークがカイルを煽る。


「でも、あにきぃ~、怪我したらシリルちゃんに会えないよ?」


「ばっか! それならいつものようにケガする前に……トンズラするか……」


 給弾するホイの心配を受けて、いつもの通りケガする前に逃げる方針を忘れていたのに気が付き、あっさり翻意して逃亡を決意する。


「良いんですかぃ? 勝ち戦ですよ?」


「バーロぃ、勝つと思えば負けよ! ホイ! このベルトで最後だな?」


 マークの煽りをスルーしてホイに残弾を確認する


「あい、これで看板です!」


「そんじゃぁ! マスターリョー、合図の煙幕たのまぁ」


「あいよ、おーい! 甲斐!」


「なんだい?」


 向こうからデコイのコードとセンサーを取り付け終わり、両手に何かの缶をぶら下げた百地がやって来た。


「カイルさんのが弾切れしたら煙幕撒いてみんなで撤退だ」


「あいよ、殿は任せて、これ撒いておくよ」


「ナニコレ?」


「ウチの開発部謹製・高純度の床ワックス、床がトゥルッツルになり過ぎて特殊な靴じゃないと歩けんって前に開発した装備課の連中が言ってたのを思い出したから備品室行って持ってきた」


「面白そうだな……みんなで撒いておこう……そうだ! 食堂にガーリックチリソース置いてあったよね?」


 カイルの銃撃はがじまったと同時に悪戯を思いついたように二人の日本人青年がニヤリと笑い合った……


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る