変更

 データ奪取成功の報を受けたスタンはにやりと笑うのもつかの間、徐々に増える追跡車両に嫌な雰囲気を感じ始める


「ドミニク、マンハッタンから最速で本土に抜けてくれ、どうやら俺達を標的にしたらしい」


「マジ!? 今はトンネルは全部封鎖されてるからハドソン川沿い12番アヴェニューを使ってジョージワシントンブリッジまで行かんとヤバい!」


 1st通りを北にある国連ビル向かって疾走するGT-Rの横を銃弾が通り抜ける


 直線距離で約14キロ、追跡車両の銃撃を躱し、封鎖や障害物を避けながらそこを抜けて郊外エリアに抜ければそこで軽くぶっちぎって鬼ごっこを終わりにできる


 そこまでもつかどうか……


 敵も攻撃パターンを予測するようになり、左折時には銃の射角には入らないようになり援護もしにくくなった


「とにかくなるべく早く移動してくれ、どうやら面倒な事になりそうだ」


 相棒がグレゴリーなら余裕で構えて居られたが、車のオーナーとは言えド素人のマルティネスに敵の猛攻掻い潜れっていうのは酷だった


「了解した、それで隊長さん、アンナとボスは逃げきれたのかい?」


 いつもはひょうきんなマルティネスのいきなり真顔での問いかけにスタンは戸惑いながら


「あ、いや、まだ逃走中かな……」


 答えると即座に懇願に似た指示をしてきた


「隊長、頼むからこちらに敵を集めてくれないか? 俺の惚れた女に出来るだけ毒牙が向かないように……俺もこいつGT-R・R33も頑張るからさ……なぁ?」


 真剣に頼むマルティネスに


(お前と一緒の俺はどうなる!)


 と内心突っ込みながら


「ああ、集めてやっからしっかり回避と挑発してくれよ」


 ベルトを外し、窓から身を乗り出すと先頭の車のボンネットに集中打を浴びせ炎上させる


「おーし! 吼えろ! 俺のR33! 」


 マルティネスがそういうやいなやアクセルを吹かすと心なしか調子良さげな排気音がし、ステアリング操作もレスポンスがぴったり合っていた


 しかし、左に曲がり西42番ストリートに入ろうとするがそこに銃弾が加えられ曲がることができずに直進する羽目になる


「やろう、袋小路に誘導する気だな……ドミニク! 次で曲がれ! トラックが壁代わりになる」


「いや、このまま進む、ここいらは俺らの庭だぜ? どこが袋小路でどこで仕掛けるか大概わかる」


 西43番ストリートの角に差し掛かると早速銃撃は始まる。トラックのガソリンに引火し、爆発して横転して道を塞ぐが、曲がる気などないマルティネスは気にせずに加速することで一気に差ができる


 だが、国連ビルの前にはバリケードが敷設され、道路が封鎖されていた


「ちぃ! ドミニク右だ! 右へ……」


「左だ、たぶん ハーレムリバードライブから追手が来る……うぉうぉ!」


 国連本部ビルの角を曲がり、東42番ストリートに入ると同時に反対車線から車が飛びだして来るのを必死のハンドリングで躱したが、そのテールにピタリと別の追跡車両が食らいつく


 マルティネスの予測通り、川沿いの大通りハーレムリバードライブを使い頭を押さえるつもりが加速したおかげで辛うじて逃げ切れた


「うほぅ、ギリギリでねぇか!」


 スタンもこの綱渡りをひやひやしながら見守る。これがグレゴリーなら絶妙な速度と距離感で相手を翻弄しつつ目的地経由してぶっちぎるなんて鼻歌交じりでやってのけるだろう


 必死のドライビングでZや放置車を避けながら加速していくが徐々にそれが増えていく……


 目の前にはクライスラービルにグランドセントラル駅があり、そこがミッドタウンマッハッタンエリア


 土地勘があまりないスタンでさえもマンハッタン島の中央に入ってきたのが分かった


「ようこそ、タイムズスクエアへ……こっからが正念場だぜ」


 繁華街タイムズスクエアに到達した瞬間にいきなり6番アヴェニューに左折する


「いきなりどうした!?」


 思わずタイムズスクエアを見ていたスタンが現実に引き戻される


「あそこは放置車両が多くてほぼ足止め状態なんだよ……食料回収の査察で行ったら2ブロックも歩かされたよ」


 そうぼやきながら小刻みに右折左折をして巧みに道路封鎖を避ける


「それは任せた、しばらくはイングリッシュマン イン ニューヨークやってるよ」

鼻歌でサビの部分を歌いだす前にツッコミをもらう


「ここでスティングかよ!」


 そうやり取りすると細いが賑々しそうな通りに出る。通りの看板にはこう書かれていた


Broadwayブロードウェイ


 と……


 小劇場が立ち並ぶ通りを目にしながらスタンが問いかける


「なぁ? ここ、道狭くね? それに放置車が無いんだが?」


「ここらは小劇場やこじんまりとした店の通りで週末は歩行者天国になるんだよ。途中から大通りになる。Zが発生した日は確か週末だったような……」


「ほほう、歩行者天国か……それいいな」


 その路地を一気に加速をして距離を稼ぎ、前方にセントラルパークの角のロータリーが迫る


「ドミニク! 反時計回りで行け!」


 UZIを構えつつスタンが注文を付け、その意図を把握する


「ほいきたぁ」


 車両を避けながらロータリーを回る


 反対に入った一団が加速して前に出ようとするがそこにスタンのUZIが火を噴き、先行する前の2台が火に包まれ横転して道を塞ぐ


「よっしゃぁ」


 完全な足止めとなり大半が脱落することになり、その成果にスタンはガッツポーズをとるが、気が付いたことがあった


(ドラガンが居ないか……どこで出てくる……)


 巻き込まれた車両や後方の一団にもその姿はなかった


 アンナを追跡しに行ったのか、それとも絶妙な機会でこちらを襲撃するのか、スタンでさえもわからなかった


 ロータリーを抜けると大劇場や瀟洒な店が立ち並ぶ大通りになり、追跡車両との差を広げ独走状態になる


「気を付けろ! この状態なら大火力兵器ロケットランチャーが使える! ランダムで回避運動するんだ」


 スタンの指示に慌てて回避運動を取り始めると案の定、ロケットが飛んでくるが着弾より速く駆け抜けていく


「ぎゃぁぁぁぁ! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!」


 発砲されても別段驚かなかったマルティネスが慌てるさまを見てスタンがさすがにこれはビビるんだと苦笑する


 おかげで最初の予定だった数キロ先の西79番ストリートに入りそびれ、回避運動で先に進む


 本来ならそこ79番ストリートからハドソン川のほとりを走るヘンリー・ハドソンパークウェイに入り、一気に加速しジョージ・ワシントンブリッジに抜けるはずが大幅に狂った


 マルティネスやスタンも内心落胆していた


 高速道路に入ればGT-Rのスペックを生かしてぶっちぎれば余裕で脱げきれるが、このまま市街でもたつけば他のルートから援軍が到着し道路封鎖されたら終わりだ


「次は何処だ? 」


「お次は西96番、その次は158番、165番……ラストは177から179番の周辺だが入り組んでて正直お勧めはしない」


 スタンの問い掛けにマルティネスは順序良く答えるが最後の179番は露骨に嫌な顔をした


 そこは市内を走る通りだけでなく


 経由地のジョージ・ワシントンブリッジのたもとにあり、その真下を通るヘンリーハドソンパークウェイやにグリーンウェイ、グレイハウンドバス大陸横断バスのターミナル、反対側のアレキサンダー・ハミルトン橋、ハーレムリバードライブに連結し、複雑なジャンクションエリアになっていた


 進入口や行く先を誤ればどこに行くか、どこで止まるか見当もつかなかった


「なら、そこで勝負をかけよう」


「マジで?!」


 スタンの提案にマルティネスが驚く


「なぜなら、そこなら行先が読めないし、複数の出入り口なら相手が封鎖しにくい、それに出たとこ勝負で行ったほうがおもしろい」


「そこちがーう!」


 スタンの説明に突っ込むと半分あきらめ、スロットルを開けて加速に入る


 後ろの追跡車両に攻撃を受けずに走り去り、ジャンクションに先回りして封鎖に入られても、判断を焦らせミスを誘い、その上で対応して行くつもりだった


 追跡車両を難なく置き去りにし、たちまちのうちにブロードウェィを駆け抜けたGT-Rはお目当ての橋に向かう


 その上の高架にSUVが数台走って行った


「やはり、先回りしたか……」


 マルティネスが先ほど指摘した通り、ハーレムリバードライブからとハミルトン橋を渡ってきた集団が封鎖にかかる


「なら、このまま走り去れば、良いんじゃね?」


「はい?」


 スタンが指摘した事にキョトンとマルティネスがすると解説し始めた


「反対側、逆走すればいいじゃん」


「あーぁ! 成るほど!」


 待ち構えるSUVの男たちを横目に、出口から高速道路に飛び出し、通行のない反対車線を突っ走るマルティネス達が間の抜けた顔の男達に手を振りながら走り去って行った



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