準備
翌朝、自衛団のメンバーは物資強奪作戦の為に湾岸事務所横の倉庫に集合した。
団員達が集まるとウォルコットは手順と回収地点について話し始める。
1,対象の島に近い場所で避難民達が一斉に声を出し、Zを島へ誘導する。
2,島にZが集まり、本土のZがいなくなればトラックで島を封鎖。
3,その後自衛団は速やかに主要回収地点を周り、物資回収して島へ輸送。
「とりあえずはコンビニと
ウォルコットはホワイトボードを使い、簡潔に分かりやすく説明を始めた。全員が理解したのを確認し、一旦締めた。
「おい、
その途端、トラビスが透かさず質問する。
個人的な
「本来なら最重要地点ですが、中にZが溜まっているかも知れません。扉を壊すだけにします。開いていれば出てくるでしょうから。……酒屋はもちろん後日にして下さい」
「市内のハロルド銃砲店や他の銃砲店は?」
拒否されしょぼーんと凹むトラビスの代わりに今度はアニーが尋ねる。
「何故ですか?」
「ハロルド銃砲店は私のバイト先です。店長はゾンビ映画マニアだったから有効な武器や弾薬、銃が倉庫にあるかもしれないのです」
「承認します。しかし、出来れば最後に回収してください。ルートとメンバーは追って指示します」
その後はウォルコットが的確に目標に対し戦力を仕分けしていく。
すると何かを思いついたシュテフィンが質問した。
「あのー、ホームセンターとか行かないんですか?」
「ん? 資材関係は後回しですけど?」
最重要なのは食料と医薬品を可能なだけ回収する。
資材や銃器は余力があればとウォルコットは考えていた。
「そうですか……なるだけ早く種や種芋を入手して、ビニールハウス的なものを作っておいた方がいいと思うのですが」
「おいおい、ビニールハウスのテント作るのか? 流石に寒いだろ~?」
話を聞いていたローデスが茶化して笑い出す。
だが、ウォルコットの反応は違った。
「ふむ…………」
問い掛けに長考でウォルコットが止まった。
シュテフィンの
将来的にこのエリアの島々で自給自足を確立させる。
長期的生産拠点化のアイディアを見抜いた。
実際、メイン州の農産物はジャガイモにブルーベリーと牛等の畜産に海産物だ。
岩礁の多い島の少ない土壌で畜産は無理だとしても多少は作物の生産は可能だ。
しかし、気候の違う地域の作物は温室を作らなければならない。
そこに来てビニールハウスなら比較的簡単にこの島々で作れる。
事実上、政府、米軍の支援が無い。
また他の避難所で生産活動も期待できない。
ならば将来的な自給自足を計画しておくのは必然だろうという判断だ。
「判りました。ですが、今回は様子と余裕があればと言う条件です。此れについては数時間後、元職が農家、大工、DIYが得意な人を至急集めて協議します。各班のリーダーはメンバーの選定をお願いします」
ウォルコットの指示で皆、協議に入るとオルトンが隣のアニーに問いかけた。
「うちの班に該当者は居る?」
「シュチュワートさんは農家、ダグラスさんは大工だったような……」
考え込むアニーに後ろから声が掛かる。
「うち、ラズベリー農家だで?」
中年男性の声に気が付いた2人が振り向く。
オーバーオールを着た伝統的農夫姿の小太りおじさん、シュチュワートが手を挙げた。
「おお、ぴったりです。参加して下さい。ダグラスさんは?」
「私でよければいつでも」
近くに居たダグラスが問いかけに答えた。
「よし、後でウォルコットさんに引き合わせます。宜しくお願いしますね」
オルトンが笑顔で声を掛けて粗方の仕分けが終わる。
次は班ごとの役割を決める事になった。
当初の予定通りトラビス班が封鎖担当、オルトン班や他の班が回収チームになった。
そこで1つ問題が発生する。
自衛団のメンバーにバスや大型車を運転できる人間が少ない事だ。
封鎖には迅速なチームワークと大型車の数が重要ポイントだ。
少なくとも4台以上で行わなくては多分突破される。
往復輸送は時間と手間が掛かる。
しかし、運転できる人間はトラビスを含め3人のみ……。
「こいつぁ困ったぜ、流石に往復はヤバイしな……」
これにはトラビスも笑ってすます事が出来なかった。
そこに手を上げてきたのがシュテフィンだった。
「俺、車の免許無いけど
「マジかッ‼」
これには隣のジョシュが真顔で突っ込んだ。
大型車は兎も角、自動車免許自体が無いのは初耳だった。
「むぅ……しゃーない、ウォルコットどうする?」
「オルトン、宜しいですか? ……OK承認です……」
警官であるオルトンの
その後、無言でスルーの手振りの混じるOKを出した。
これにはウォルコットも困惑していた。
無免許運転ゆえの運転の荒さは失敗の元になりかねない。
しかし、他に適任者や経験者は居ない。
背に腹は換えられないのだ。
相談の結果、シュテフィンがトラビスに呼ばれチームの輪に入った。
次にウォルコットが自身担当の音響チームに振り向き、手順説明を始める。
「作戦スタートしたら大きい青い旗降り、避難民や皆さんに「アメリカ国歌1番目」歌ってもらいます。それが待機するチームへの合図になります。アメリカ市民なら全員なんとなーく歌えるでしょ?」
話を聞いていたチームはドッとウケた。
国歌をまともに歌える市民はアメリカ国民では4割程度と言われる。
普段、アメリカ人は愛国心だ忠誠だとこだわる。
その割には皆、1番目の出だしとサビの部分しかわからないのがお約束である。
最終コーラスの4番まで唄えるアメリカ市民は4割程度らしい。
「そして暫くは各々声を出して、好きな事言ったり叫んだりして貰い、平行して私達は島に入ってきたZの量の監視と状況の把握、音響による誘き出しをします。Zの移動が収束傾向になれば、再度旗を降り、国歌を歌ってもらい。これで封鎖チームが始動となるわけです。その後はまた各自ご自由に声を出して気を引きます」
細かいのか適当なのか微妙な作戦内容が伝えられた。
それを受けてトラビスが説明を始める。
「ようし、うちは……国歌の時は胸に手をあてるだけな、
全員、その滑りっぷりにこけた。
モロに滑った恥ずかしさに照れ笑いしつつトラビスが続ける。
「2度目の国歌を聞いたら、俺、ダン、ティムにシュテフィンの運転手4名は作戦スタート。残りの10名と一緒に目ぼしいトラックを確認、Zは退かして、動かして橋の上で止めて封鎖する。その後、桟橋で待つ他のチームに合流して各所を回る訳だ。後は適当にたのまぁ」
トラビスが
すると全員が緩く返事する。
『『
そのあまりの大雑把さに他のチームもウォルコットでさえ爆笑する。
「一応、使えそうな大型車は20台ほど見繕ってある。封鎖用のは生コンや工事用とかのものを使う。だが、タンクローリーや輸送トラックは中身確認して使えるなら戴いていく。そして其のまま載って桟橋で合流、物資の輸送手段になる訳だ。ほい、フランク、次宜しく!」
オルトンは景気良くバトンを渡された形になった。
だが重い話になるのは必然なので苦笑して手を上げた。
「うちは
一呼吸おいて、細かな指示と確認動作に関して説明を始めだした。
「店や倉庫に入る前に必ず室内を複数人で視認して相互確認してください。向こう側が見えない場合は扉を1人で開けず、離れた場所に必ずもう1人以上銃を構えて待機、扉を開けて何もなければクリアと声かけして下さい。Zが居たら……居たとしても対応可能な数です。必ず頭を狙って破壊をお願いします」
「確認って良く刑事ドラマや軍隊でやるあれだろ?」
ローデスの茶々にオルトンは頷きながら話を続けた。
「ええ、それで良いのでお願いします。本来なら無音で確実にやっていただきたいのです。しかしここは必ずやっていただければ何もいいません。良いですか? 相互確認は必ずやって下さい!」
一同、真摯な訴えに沈黙をもって聞き入って流石にローデスさえ了解していた。
即座にお前
しかし進行が遅くなりそうなので話を進めるべくウォルコットが介入する。
「狙うものは食料、缶物、医薬品、冷凍庫や冷蔵庫が生きていれば中身もです。とりあえず、もし生存者が居るようなら桟橋まで連れて来て下さい。但し、怪我等のチェックが済むまで渡航は禁止です」
回収の基本ルールを説明が終わり、オルトンが回収班の各ルートと説明を話し出した。
「では、私、オルトン班のドラックストア・病院ルートにはハルトマン先生が随行します。特に病院はZがまだ施設内に存在している可能性も有り状態次第で飛ばします。手間取る訳には行かないのと施設内とか薬関係は素人では判らないので先生、案内と指示を宜しくお願いします」
オルトンの呼びかけに倉庫の隅で椅子に座っていた男が手を挙げる。
無表情で白髪オールバック、外科医で監察医のハルトマン先生だ。
「次、アニーの班はファーストフード店・コンビニ関係を廻ってもらう。銃砲店は最後にして欲しい。だが、そこまで何とかして回ってくれ」
「了解です」
オルトンの
「ビルの班は市内の食堂とレストランの倉庫・冷蔵庫を頼みます。室内が多いので確認作業は密でよろしく。素材が生もの系と米や小麦粉が多いと予想されます。トラビスかダンは冷凍トラックがあればそれで参加して下さい」
ビルと呼ばれた小太りのオジサンは親指を立てて合図し、トラビスと相談したダンが大声で返事する。
「「俺が行きます! 」」
「それでは最後、ディクソンの班はスーパー・ストアー関係で輸送物が多いと予想されます。トラビスや他のトラックドライバーは其処に集中して参加して下さい」
『うぉーい』
トラビスを含めたおっさんたちが野太い返事する。
「以上です。皆さんの始動は朝5時で、6時に住民・避難民の移動を始動します。皆さんそれぞれの班で打ち合せの後、装備の準備と点検に入ってください。それでは解散」
ウォルコットの合図と共に全体協議が終わる。
そのまま個別の打ち合せが始まる。
ジョシュはオルトンが居る倉庫右奥へ行くとシュテフィンがその人混みから出て来た。
「おい、ステ、トラック暴走させて下手こくんじゃねぇぞ」
弄ってきたジョシュにステが笑いながら言い返す。
「へっ、封鎖終えたらアニーにボコられてガン泣き入っているお前を見て笑ってやるぜ」
強烈な返しを喰らいジョシュは苦笑する。
「ケッ、言ってろ」
「じゃな」
「おぅ、気いつけろや」
お互い拳を打ち合わせながら別の班内での協議に入る。
回収班の人混みに分け入ったジョシュはオルトン達の前に出る。
そして目が合った瞬間にオルトンから指示があった。
「ジョシュ、いきなりだがアニー班に入ってくれ」
「はい、任務は
内心、マジでボコられそうだと自嘲した。
「まぁ、そういった所だね。室内や物陰を観察や確認したり、扉の向こうでの対応・状況判断は多分この自衛団内で上位だろうと私は思う。よろしく頼むよ」
その理由を述べたオルトンの誠実な視線を受けてジョシュは妙に気恥ずかしかった。
「俺、おだてても何も出ませんよ?」
「おだてではないよ。この前のバスの動きや判断は好判断だった。それを評価した」
「あざーす」
意外にもジョシュは照れくさそうに評価に感謝する。
一通りの組み合わせが終わり、オルトンは一息ついた。
「とりあえず、4ルート全部にそれなりの人材はつけたつもりだ。後は装備だ……」
そこにアニーが装備について提案する。
「出来れば1ルートの先導者にショットガン持たせたい所ですね」
「ショットガンは
「え? コルガバをですか?」
慎重派のオルトンが意外な選択をしたのでアニーは困惑した。
空間制圧力が強いショットガンは対Zには有効な武器だ。
「そうですよ。コルトガバメントとかあの
「なんでまた取り扱いが重い銃を……」
アニーの疑問に対しオルトンは見解を述べた。
「実はジョシュのM945がヒントになったんだよ。45口径の物はマン・ストッピングパワーが強い。それでZが近距離からいきなり出てこられても胴体にさえあたれば一撃で吹っ飛ぶ。それで間合いが取れて生存率は上がります。それに私達は室内での行比率が多い。取り回しが不自由になる
そこにジョシュが問答に参戦する。
「でも、45口径の在庫がありますか?」
「意外にあるそうだ。ジョシュとか個人所有も多いけどね。とりあえず10丁程度は探して貰っている」
「アタシは要らないです。取り扱いの慣れない銃は本番で使いたくない」
アニーの意見はもっともだ。
オルトンやトラビスも必要が無ければ愛用の銃以外は本番で使いたくない。
「それはそれでいいよ。ジョシュに頼んでM945を貸してやってと頼もうかと思ったけど……」
「アレなら全然OK! カッコよすぎる!」
アニーの目が一瞬にして輝く。
その隣でヴぇ?! と言う表情のジョシュがオルトンを見る。
「多分ジョシュに全力拒否されそうなので止めといたよ」
笑顔のオルトンの
「むぅ、あの銃なら愛銃にしてもいいよね~」
「俺のはやらんぞ」
恋する乙女モードのアニーにジョシュは仏頂面に答える……。
「とりあえずは武装面に関してはこれで手一杯だ。あとは輸送だけど……」
オルトンがため息交じりに次の議題に進める。
「ミニバン調達して現地でって言うのは?」
「ウォルコットさんにお願いして1台回してもらうのは……勿論、ステ以外で」
アニーとジョシュが交互に提案する。
「手頃なミニバンか配達用のトラックがあればいいけどね。どうやってエンジンかける?」
「ジョシュ、今、頼めば間違いなく来るのはステだぞ?」
2人に返答を的確に返しながら冗談抜きでオルトンは運転担当にシュテフィンを検討する。
一方、トラビス達は出たとこ勝負な感で打ち合わせを終えていた。
「え……こんな感じでいいの?」
適当な打ち合わせを聞いて困惑するシュテフィンにダンが大雑把に説明する。
「橋を封鎖するのが目的だ、だけど現場、見て見なきゃわかんねーだろ?」
「ステ、橋の上に放置してある車の台数、その配置次第で状況が変わるからな」
ダンの説明に付け足すようにトラビスがシュテフィンに解説する。
昨日、海から橋の上に確認できた車は5台あった。
だが、車の破損具合や燃料の有無、落下物、バイク等の見えなかった路上の障害物も有るだろう。
そこでどうするかは現場に任されたと説明する。
「最終手段はステ、お前さん達がやったガソリン撒いて着火作戦だわな」
「え、燃料は?! ……あ、放置車か!」
「
「大雑把だなぁ……嫌いでは無いけどね」
にやりとシュテフィンが笑う。
炎上爆発と聞いて目が輝き、うずうずし出す。
「だろ?」
ダンが同意して笑いだす。
だが、シュテフィンがニヤニヤしているのは大雑把な説明の事ではない。
「みんなさっさと一仕事してお宝とビールかっぱらいに行くぞ!」
『おう!』
オルトンが聴いたら苦笑する事間違いない。
トラビスが掛け声をかけると各班ある程度、話はまとまり各自装備の点検に入っていった。
その後も重要なパートの班長、オルトンとトラビス、ウォルコットは最終調整に入る。
やはり議題は武装と輸送だった。
「45口径の銃が9丁しかないんですか?」
ヤレヤレと言った感じでオルトンが天を仰ぐ。
その隣で今度はトラビスが呆然とする。
「ショットガン3丁? マジか……」
「すみませんねぇ、本土からの調達品がそれくらいで後は個人所有なんです。お願いしても拒否されてしまいました」
渋い顔でウォルコットが申し訳ないと謝る。
しかも3丁のうちの1丁はジョシュ達が持って来たものだ。
「うーん、各チームに2丁は欲しかったが……」
「うちはもう1丁……地元にショットガン貸してくれそうな家庭なんざないからな」
トラビス達が困惑した顔で知恵を絞るとオルトンが苦渋の策を提案する。
「仕方ない、うちは先導だけ45口径もたせて置きます」
「うちは俺と腕が確かな奴2名に持たせる事にしよう」
渋々ながらトラビスも承諾した。
「皆さんすみません其処はお願いいたします。それと輸送の件ですが、1ルートトラック1台に変更して、予備は現地で輸送の足を調達してもらいます」
「現地で?」
それを聞いたオルトンが絶句した。
アニーの意見が的中したのだ。
そこでウォルコットがまたも想定外の提案をする。
「ええ、ジョシュとステ曰く、動く車は沢山まだあったと言う情報とキーなしで動かせる……様は窃盗犯の手口ですね。それを皆にレクチャー……出来ます? オルトン?」
またか?! という顔で警官のオルトンが返事に窮しながら返す。
「理屈は知ってますが実践はちょっと……」
「ジョシュはある程度判るそうなので……見て見ぬ振りしていただけませんか?」
そう来たかとオルトンは額に手を当てる。
かつての同僚たちが見たらさぞかし冷やかされるだろう。
「出来れば善良な市民に教えてあげてくださいね」
苦笑してそう返すのがようやくだった。
その後、ジョシュの自動車窃盗術講座に
――――――――――――――――
ジョシュが大勢の善良? な市民に講座を開いている頃。
アニー達は湾岸事務所の机にバットを置き、黙々と銃のメンテナンスを行っていた。
「むぅ……メンテできるのって俺ら3人だけか? ホントはもっといるんじゃねぇか?」
テーブルを挟んでオルトンとアニーに向かいあうトラビスが愚痴をこぼす。
アニーは銃身をブラシで掃除しながら返事する。
「ジュシュが出来るけど今、講座中……」
「さっさと終わらんかな……連れて来ないと今夜は徹夜だぜ」
銃身をブラッシングしながらトラビスが
「ひぃー、徹夜は勘弁して……けど、この
専用の道具と手順と知識があれば一般人でも点検や整備は出来る。
アニーは銃砲店のバイトで、トラビスやオルトンは特殊整備の教習を受けていた。
しかし、一定以上の技術と機材が必要な銃の修理、交換、調整は銃鍛冶しかできない。
十分な整備をしなければまともな作動が期待できない。
最悪、銃の誤作動や暴発で死者が出る。
「銃鍛冶は流石にここには居ないな、米軍の集結地点まで行けば居るだろうが……」
オルトンが丁寧にガバメントを1丁仕上げながら返答する。
「本土の方の避難所には居るのかもしれんがね」
「バイト先のハロルド店長、銃鍛冶だったけどZが発生したら店閉めて消えちゃったしね。ここに来てるかと思ったら違うし……」
銃鍛冶ハロルドの評判はトラビスやオルトンも知っていた。
悪くは無い実直な仕事をする鍛冶という事だ。
ただ、ゾンビ映画マニアだったのは流石に知らなかった。
アニーが店の裏で見たハロルド考案ゾンビ対策兵器の数々は強烈な代物だったらしい。
手甲に手製のミサイルを付けたミサイルパンチ等の面妖な品々を作っていたそうだ。
火炎放射器もOKなアメリカの州法でもアカン奴では? と思える品もあったらしい。
「他に銃砲店はないのか? 一店だけでは弾数足りんぞ?」
質問をしながらトラビスがオイルからスプリングを取り出し磨きに掛かる。
「あと郊外に数店の個人のお店とモールや量販店にはあるけど……」
その問いにアニーが遊底を拭きながら言葉を濁す。
ウォルコットから承認を貰えなかったのだろう。
「ショッピングモールは無理でも量販店は廻るからそん時に具申してみるさ。まぁ、大した
「ありがとう、トラビスさん」
「M945あったら俺のモンだからな?」
髭面をにんまりさせてアニーを挑発する。
しかしアニーも負けてはいない。
「銃の勝負して勝った方にしない?」
「分が悪い。パスだ」
トラビスは即座に勝負を避けた。
アニー相手の銃の勝負では分が悪すぎる。
「ケチ」
「負ける勝負に魅力はないぜ?」
「2人とも、何れにせよそれ盗品ですからね」
オルトンがもうガバメントの2丁目を仕上げつつ、ウインクして突っ込む。
2人は茶目っ気たっぷりに敬礼する。
「「冗談です。警部殿」」
「了解です」
笑いながらオルトンが了承すると同時に全員笑い出す。
そこにドアがノックされた。
「えー、インスタントコーヒーの出前持ってきましたよ~」
シュテフィンが薬缶とマグを4つ持って事務所に入ってきた。
「おう、ありがてぇ、コーヒーはそこのストーブの上に置いてくれ」
出前にトラビスが待っていましたと言わんばかりに答えた。
3人の前に積まれた在庫の山をみてシュテフィンが申し出る。
「俺も手伝う事なんかない?」
「じゃ、とりあえず布で掃除した部品ふき取って、くれぐれもネジやビスを無くさないようにね」
アニーの指示に従い椅子に座り、作業用のバットを見る……。
「わかった……」
バットの中にある細かいネジやビスの小ささに目を剥いた。
(うぁ、これやばい)
シュテフィンは絶句しながら思った。
とりあえず気をつけようと思った矢先、事務所のドアがバーンと開いたので驚いてビクッと跳ね上がる。
ドアから不機嫌な顔のジョシュが入って来てオルトン達を見つけると愚痴り始める。
「
自称善良な市民達に対してジョシュが怒り心頭になる。
その剣幕にトラビスが呆気に取られた。
「はぁ? どしたぁ?」
「いえね、最新鋭の車ってキーレスエントリーじゃないですか?」
「そうですね。それで?」
先を読んでいるのかオルトンが含み笑顔で相槌を打つ。
「キーレスはイモビカッターかそれなりの道具が要るって言ったら、そんなん古ボッコいのイランとほざきよりまして……」
その対応に違和感を覚えながらジョシュが話を続ける。
「ほう、それで」
「それでづらづらづら~と殆ど帰って行きよって残ったのダン兄と他7人」
「はッ、なるほど……けど、それでいいよ」
やはりといわんばかりでオルトンが笑顔で答える。
だが、ジョシュは納得しなかった。
「な、なんでですか?!」
「残った人は本当に皆の為、生き残る為に謙虚に学ぼうとしているからさ。逃げれたり、物資を運ぶには新旧、関係無いよ。要は動き出し、走ればいいのさ」
本質を突いた言葉にジョシュは納得する。
「ウーム……分かりましたよ。それでは~」
笑顔のオルトンに納得し、ジョシュは何かを感じて外へ出て行こうとする。
それをトラビスが素早く捕まえるべく肩に手を回す。
「ジョーシューゥ? 納得したなら整備手伝えや、まだ30丁ばかし残ってるからよぅ」
「げ! マジか……」
しまったぁと言わんばかりにジョシュがげんなりする。
その胸にエプロンが投げ渡された。
「何れにせよオルトン警部も懸念が無くなった事は良い事ですね」
笑顔のオルトンをアニーが茶化す。
アニーの茶化しにトラビスが続く。
「ホント、参加者リストアップしろ! って言い出しそうだ」
「え、リストアップしてくれたのかい? 頼めばよかった!」
2人の冗談にオルトンが乗っかり、くだらない会話で皆笑いながら作業に没頭する。
そうこうする内に5人がかりで作業は予定より早く終わった。…………
「おし、最後のメンテ完了!」
トラビスが最後のグロックを綺麗にふき取り、丁寧に置く。
「「おつかれさまですー」」
「ああ、そうだ。マニエルおばさんが晩飯残しておくから皆で食べにいらっしゃいって言ってた」
アニーがオイルまみれの手を流し台で洗う。
ポンプ式の洗剤入れを押しながら思い出したように呟く。
「お? メニューはなに?」
お腹を空かせたシュテフィンが尋ねる。
アニーは少し考えると答えた。
「チキンヌードルスープと堅パン」
「うは、今行ったらパスタ3倍にノビノビじゃねぇか……まぁ、硬いパンもつけてついでにふやかすか」
そのメニューにジョシュが笑いながら色が剥げ掛けのコートを羽織る。
「おばさんの料理は毎日楽しみだね。パンは旨いけどダイアモンド張りに超硬質なんだよな」
その後ろを笑いながらシュテフィンが続く。
逞しい会話と背中を見ながらオルトンとトラビスはまだ人類は逆境を跳ね返せると確信した。
――――――――――――――――――――――――――――
ようやくポーツマスから数時間掛けてJP達は還って来た。
到着して即、上司の管理部長のアンリに呼び出された。
間違いなく今日の成果に対する叱責だろう。
そのままアンリの自宅兼グループ管理棟に該当する高級マンション横の司法事務所ビルにJPは入った。
司法事務所の奥にある所長室へ行かう。
そこには高価そうな黒檀の机に脚を載せ、椅子にふんぞり返った男がいた。
髪をアイビーリーグにまとた痩せた小男こそJP達の上司、アンリだ。
そのアンリが偉ぶった口調で問いかけてきた。
「
「と、おっしゃいますと?」
本名を呼ばれたJPは後ろ手に腕を組み直立不動でアンリに返答をした。
「人間の数が足りんのだよ! 途中で逃がしているのではないか?!」
とぼけた返答にイラッとしたアンリが叱責を始める。
「それは仕方ありません。島へ逃げ込んだ人数が元々少なかったのと別件で仰せつかった物資補給もあり、我々の人員も少ないのでその成果は妥当と思われます」
元々JP隊は6人程の部隊だ。
それでは複数の任務はこなせない。
それ故にアンリの直属であるクリスたちを援軍に呼んだのだ。
「それは言い訳に過ぎんよ!
足を下ろしたアンリが勢いよく立ち上がり机を叩いて怒り始める。
「は、申し訳ありません」
言葉上では謝罪するものの全く心が籠っていない。
いつものやり取りだ。
「眷属級の我々が動けば三桁の人間も確保できようものの……やはり
その見下した物言いにキレそうになる。
だが、表情に怒りが出ないように、雰囲気に滲み出ないように細心の注意を払う。
巧みに隠しながらJPは怒りを殺した。
「情報によれば避難所がメイン州のポートランドにあるそうです」
JPは一計を即席で案じた。
簡単な事だ。
裏に回って足を引っ張ってやればいい。
「それ何、何処情報?」
感情を吐き出してスッとしたアンリが椅子に座った。
両手を腹の上で組むと疑心暗鬼な目線で聞いてくる。
「今回の獲物からの情報です」
餌に食いついた事に手ごたえを感じたJPは出方を窺う。
「ふーん、どの程度?」
「周囲の島々と本土からの避難で軽く3千は超えるようです」
帰り道に避難民から聞き出した情報を軽く提示する。
「ほー、面白い、さっさと行って来て♪」
「は、了解です。それではバートリー卿とご一緒に出動してきます」
「あ゛? バートリーィ? 何言ってんのお前?」
ここでアンリにとって目の上のたんこぶと噂されるバートリーの名前を出す。
バートリーとは先頃やって来た新しい統括者で名前をアンソニー・バートリーと言う。
出世を願うアンリにとって最大の敵であった。
その名前を出しては不機嫌にもなる。
「いえ、アンソニー様の関係者に千人以上の狩場があれば呼べと申し付けられておりまして…………」
実際にはそのような事は言われていない。出鱈目だ。
しかし、この小さい器の上司には十分に効果がある。
手柄と避難民を先に確保されれば対抗できる力が手に入らない。
それに気付いたアンリが激昂し始めた。
「は? んなもんスルーしとけ、この
「は、了解しました」
頭を下げながらJPは内心ニヤリと笑う。
資材集めの命令により、裏で動ける建前とアリバイが出来る。
「よし、
事務所のドア近くの椅子でナイフを弄って座っていた大男が慌てて立ち上がった。
エミューロと呼ばれたスキンヘッドが間抜け面で仕事に取り掛かる。
部屋を出たJPはゆっくりと外に出てこの後の戦略を整えていた。
(頃合いを見計らいバートリーに鞍替えするか、もしくは避難所に情報流してアンリに打撃を…………いっそ消すか?)
考えがまとまると人目につかないようにアンリのビルから出る。
そのまま2ブロック先にあるバー・バルバロイに入っていった。
バルバロイは部隊のメンバーの溜まり場である。
店の中にはホセをはじめとしたメンツが揃っていた。
「おう、JP!
豪快に笑いながらホセが寄って来て拳を上げた。
「まぁな」
JPはそれに拳を当てて、挨拶を交わしながら
「たく、うちのリーダーは大人しいからなぁ、今度はどんな冷や飯っすか?」
やれやれと言った顔でホセが毒を吐く。
JPはバーテンが出すショットを一気にあおる。
「Yo,ホセ」
JPに絡みだすホセの襟首を掴むとその耳元で一言つぶやいた。
「なんです? オレの名前は黙れの同意語じゃねーっすよ?!」
「奥に来い」
その一言と共にJPはホセを引き摺りながら奥のボックスに入り込んだ。
「なんだよJP?! 俺は猫じゃねぇぞ!」
怒り出すホセを椅子に座らす。
その向いに座り強引に話かける。
「いいから聞け、お前バートリーの上に顔が利いたよな? どの程度上に効く?」
周囲に気を配りつつ説教しているようにして話す。
当然、JPの声が小さくなった。
店の中の客はほとんど顔なじみだが用心のためだ。
「あ? そりゃ、アンソニーはキツいけど直属秘書ぐらいなら渡りはつけれるぜ?」
「なら、俺らが鞍替えしたいのと、数日内にアンリがメイン州の避難所を襲う。この2つの情報を入れろ」
ホセは本気かと顔を見ようとする。
視界を充満する大麻とタバコの煙で塞がれJPの表情が見えずらい。
だが、無駄口の少ない男が言い出したのだ。
まぁ本気だろうと判断する。
「ほい、やっと動くのか……あの
さっさと動けばいいのにとブツブツ言いながら席を立とうとする。
しかし直ぐに呼び止められた。
「まぁ、待て、明日以降で頼む」
「はぁ? 何で」
まためんどくさい事をと言わんばかりにホセは当惑した。
「今日情報が漏れたら俺も含めて疑われるが、明日以降なら誤魔化しが効く。それと今からメインの避難所に行ける奴いるか?」
あまりに一方過ぎでイラッとしたホセが声に怒りを滲ませる。
「今度はメインに行け?! メイン州までどんだけ有ると思ってんだ? しかもメイン州の避難所は大概どこも島だぜ? どうやって潜り込むんだよ!」
ホセの怒りを察してJPも考える事にした。
こういう場合は大概ホセの高い技量や人脈を駆使しても実行不能と言う事だ。
「問題はそこか……エディでも厳しいか?……」
無理難題を
「Z湧いた直後やその後3~4日なら避難民と誤魔化して潜入できたが、この1週間で方々のキャンプ襲ったんで警戒が厳しいと今回の獲物達も言っている。下手に手を出すと俺らの活動がばれる」
その言葉に閃いたのかJPは直ぐに顔をあげた。
「なるほど、ホセ、エディを呼んで来てくれ。今から出かけるぞ」
宣言すると同時に立ち上がり、バーテンに5ドル札を渡して出ていく。
「はぁ? マジでメイン行きか?」
その後を慌てて追いかけてホセが店内をキョロキョロ何かを探す。
「ああ、哀れな子羊達に鋼鉄の牙と爪を与えてやるのさ」
策が整った事で上機嫌のJPが店から出る。
ホセと
3人は服装が兵隊仕様のまま通りに出た。
手頃な車を拝借すると直ぐに街の外へ飛び出していった。
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