検証

 数時間後、2艘のボートがゆっくりと避難所の港を離れる。

2艘は木製の大人数でも乗れそうなサイズに4人~5人ずつ乗り込んでいた。

1艘はスイスイと海面を進んでいく。

だが、もう1艘はオールのリズムが悪く、明後日の方向に進んだりしてまったく進んでいなかった。


「ほらほら、しっかり漕いで! 遅れてるわよ!」


 その1艘、後ろのボートの舳先にいるアニーが後ろの漕ぎ手達に叱咤する。


「うるせっ!」


慣れない手漕ぎに四苦八苦しながらジョシュが文句を言う。

その斜め前のシュテフィンは言葉も無くジタバタとオールを漕ぐ……。


「やれやれ、見ちゃいらんねぇな……」


そのジョシュの隣でトラビスはオールを漕ぎつつ、苦笑せざるを得なかった。


 4人の手漕ぎでボートを漕ぐもののド素人が2人居ては前に進むのが大変だった。

最初はいきなり回りだして港では大爆笑を巻き起こす。

そこでトラビスがリズムの号令を取り始めた所、なんとか前に進むようになっていた。

しかし前のボートから大きく引き離されていた。


「いっそ、トラビスさんとオルトンさんだけで漕いだ方が速いんじゃね?」


 余りの遅さにれたアニーが提案する。

するとオールを漕ぎながらジョシュが嬉々として賛同した。


「そら言えるな」

「アホウ! 年長者を労われ! クソガキ共!」


隣のトラビスが苦笑いで吐き棄てた。


「最悪、私達が行きだけ漕いて、帰りは彼等で荷物運搬に往復、漕いて貰いましょうかね? クソ重たい荷物も運び込んで貰い、いやぁ助かるなー」


ニヤリと笑いながらオルトンが提案した。


「おい! ステ! しっかり漕ごうぜ!」

「ガチャガチャ言ってないでお前も漕げ!」


慌てたジョシュの問いかけに無言だったシュテフィンが真顔で怒鳴り返す。


「あ、あいよ」


 バツが悪そうにジョシュがまた漕ぎ出す。

全員のリズムが整い、ボートのスピードが出ると暫くして先行していたボートにようやく追いついた。


「ふー、やっと追いついた!」


 服の袖で額の汗を拭いたアニーが安堵の表情で呟く。


「おい! お前、何もしてねーだろ!」

「そうだ!」


ジョシュ達が非難の声を上げる。


「あら? 私、船頭だし!」

「船頭って、お前、野次ってただけだろが」


流石にトラビスも突っ込む。


「まぁまぁ……」


オルトンが苦笑混じりに取りなす。

そこに…先行していたボートに乗っていたガモフが一喝する。


「いい若いもんがそろいも揃って……遅すぎるぞ!」

「だってさ」

「「うぉい!」」


 ガモフの苦言を他人事で受け流すアニーに今度は全員が突っ込む!


「まぁまぁ、とりあえず手前のリトルダイアモンド島で休憩しましょう。他の合流チームもいますしね」


ガモフのボートに乗っていたウォルコットが宥めながら休憩を提案する。

小1時間ほど漕いだ後に合流場所のリトルダイアモンド島の波止場が見えて来た。


 本土の港にはグレートとリトル、大小2つのダイアモンド島が近かった。

そこで本土により近いリトルダイアモンド島で休憩しがてら打ち合わせを行う。

ジョシュ達が島の船着き場にようやくたどり着く。

そこにはオンボロの家庭用スピーカーと楽器を載せたボートが1艘停泊していた。

奥には少し大きい船が1隻、稼働準備に入っていた。


 疲れ果てたジョシュとシュテフィンはボートから波止場にトラビスたちに引きずり出される。

腕をマッサージしながら打ち合わせに参加した。

まず4艘で移動、港の反対側に音響班が順次楽器を鳴らして反応を見る。

色々な音で反応を見て音で集まって来るようならより誘導させる。

それが終われば搬入班上陸、Zを排除して搬入を始める。

搬入が終わったら全員撤収……。


「この手筈でお願いします」

集合した皆にウォルコットが簡潔に説明する。


「あのー、もし、Zが音に反応し過ぎて群れで海に落ちて来たら?」


二の腕を揉みながらシュテフィンが質問する。

すると音響班兼、観察担当のガモフが代わりに答えた。


「そん時は音が止んで全員即座に撤収する。逃げ遅れるなよ?」

「了解、そんじゃ他の襲撃者が現れたら?」


 ジョシュが質問しながら背筋を伸展ストレッチ痛に耐えながら伸ばす。

同時にトラビス達に密やかな緊張が走る。

ごく自然にウォルコットは返答を返した。


「その時は直ちに撤収して下さい」

「了解」

「この現状で襲撃者なんざいるのか?」


しめたと思ったトラビスがジョシュに話を振った。


「音が聞こえりゃね。人がいると判断して来る奴らもいるかもしれない。俺ならそう判断して動く」

「ほぅ? ギャングか?」


トラビスがジョシュへの誘導尋問に取り掛かる。

その展開に隣のオルトンの期待も高まり出した。


「ギャングも居れば兵隊崩れも居るさ。しかしZの大群を前に大概は撤退する。獲物に対しリスクが高すぎる。嬉々として突っ込んで行くアホはまずいない…。1人以外は」


「1人? 誰だ? 知り合いか?」


尋ねられたジョシュは隣へ親指を立てて指す。

そこには呑気に腕をバタバタさせて疲労を取るシュテフィンがいた。


「イカレた此奴こいつは喜んで突っ込んでくる」

「だから、あれは緊急で……」

「あー、うるさい! しゃべんな! 班長にまた怒られるだろがッ!」


当てが外れてオルトンは苦笑して2人を仲裁する。

仕掛けたトラビスも失敗したと内心苦笑していた。


 肩透かしされたウォルコットも苦笑しながら一同に声を掛ける。

まるで何かのイベントに参加するかのように……。


「皆さん! くれぐれも気をつけて下さいね!」

「「あいよ!」」


 皆、船に乗り込み準備と再確認をし始めた。

ジョシュとシュテフィンの背筋と両腕がすでに疲労困憊である。

準備がさらに手間取ってくれと願っていた。


「準備OK! いつでもいけますよ!」


ボートに音響素材を乗せた音響班が答える。

身の危険もう限界突破を察知したシュテフィンがウォルコットに青白い顔で尋ねる。


「ウォルさ~ん、もちーと休みません……よね~」


背中を貫通するアニーの睨みが効いたのか提案を途中で引っ込めた。


「手前の地点に小さな島があります。そこで最終調整がてら休憩しましょう」

「「あざーす!」」


助かったと言わんばかりのジョシュとシュテフィンが感謝した。


 港を出て半分の地点に小島が存在する。

岩と小さな浜がある、辛うじて家1軒が建つ広さの島だ。

そこ着く前にトラビスとガモフは双眼鏡で島を調べ始めた。

本土から流れる河口近くの島ゆえにZが浜に打ち上げられている可能性がある。


 2艘の大型ボートの舳先にはガモフとトラビスが立って島を見渡す。

動くもの死体の類は無い。

……2人は合図を出し合いトラビス達が先行する。


 島が近くなるとオルトンが銃を構えてトラビスの代わりに舳先に立つ。

ボートからジャンプして一気に島に上陸をする。

両腕が疲労でパンパンになってるジョシュとシュテフィンがグロックとベレッタを構えて後に続く。その後方でトラビスとアニーが援護射撃体勢に入る。

…………暫くして安全を確認したオルトンが手を上げ後方に合図する。


 その後、他の班が上陸する。

休憩のあと各自、銃の点検に近接武器の確認と本土の状況を調べ始める。

その場で座り込んだジョシュとシュテフィンは草臥くたびれ果てている。

そこにウォルコットとトラビスが島の先端で2人を呼ぶ。


「ここから見える北の桟橋、オーシャンゲートウェイっていうんだけどあそこの黄色いスクールバスが君らの?」


ウォルコットに尋ねられたシュテフィンは双眼鏡を借りて確認する。


「そうです、あれです」

「そう、フロントグリルが真っ黒の壊れて動かないやつね」


腕を揉みながら後ろでジョシュが続ける。

トラビスがオルトンを呼び、バスの周囲を観察に入った。


「ふむ、桟橋には結構いますが、バスの周囲には現在7~8体しか確認できませんね」

「実験が成功しても作業の進展次第では20体ほどフルスイングせにゃならんか……」


双眼鏡を見ながらオルトンとトラビスが渋い顔をする。


「銃は使わずに1人20オーバーはきっついな、連携プレイでも厳しいね」


その想定案にジョシュが釣られて渋い顔になる。


「アニー、近接で使える武器は?」


荒事になると踏んでシュテフィンがアニーに武器の有無を聞く。


「バットと鉄パイプ、ハンマー……あとは手斧かな」

「オールも活用してください。柄が長いので掴まれるまえに突き倒せますし、足払いも出来ますよ」


ウォルコットがオールを武器として提案するとジョシュは苦笑いをする。


「俺、オール漕ぎ嫌いになりそう……」


そのような事をジョシュは呟く。

トラビスがからかいついでにほらよっとオールを投げてよこす。

それをパシッと掴むとげんなりした顔でジョシュは持たれかかる。


「あの網、使えないかな……」


 くだらない遣り取りの中、双眼鏡で港を観察していたオルトンが呟く。


「ん? どれだ?」


対象物が漁具関係だけにトラビスが双眼鏡を見る。

オルトンは漁港の埠頭に干してあった修理中の網を見つけていた。


「アレをどうする? 直して定置網にでもするのか?」


今更なにを……トラビスが聴くもオルトンの答えは予想外だった。


「いや、投網にして切り札の即席のバリケードにする」


 仮に突如、多数のZがこちらに向かって来られたら対応出来ない。

群れに網を投付けて動きを封じれば時間と後続が一時的に絶てる。

その間に撤退出来ると考えた。


 だが、トラビスは双眼鏡を外して笑いながら答えた。


「あー、凄く良いアイディアだが……アレは定置網漁の巻き網だ。防御柵か罠にはなっても投網にはならんよ。それに投網が巧く投げれるかい? 俺はガキんとき以来やってねぇ……アレは実に楽しいんだよな」

「うーん、そうか……」


解説を聴きオルトンは残念そうに呟いた。


「投網ねぇ……どっかに都合よく無いもんかねぇ~、食糧増産子供のおやつに小魚も有りじゃぁ~ん?」


 間延びした話し方でシュテフィンが腕を揉みながら呟く。

その言葉に何かを思い出したのかトラビスが急いで双眼鏡を使う。

埠頭の船を丹念に凝視する。


「そういや本土のジョセフ爺さんの船に古いのが積んであったな……あった! 爺さんの船だ!」


大小の船舶の間に古ぼけた船が1隻、店や店舗の波止場に泊まっていた。


「ウォル! どうする?! 取りにいけるぞ?」


 目をキラキラさせたトラビスが新しいおもちゃを見つけた。振り向きざまウォルコットに尋ねると即時に却下された。


「ダメです。今日はそこまで手を回せませんし、船の中や外にZがいるやもしれません」

「マジでか?」

「マジです」

「むーフランクー、駄目だってさー」


中年の髭面のおっさんがむくれても全く可愛くないとアニーは思った。


「けど、網は魅力的ですね。後日、船ごと戴いて活用しましょう」


避難所の防護柵や被害拡大を防ぐのには良いと判断したらしい。


「船ごと……ま、楽でいいや」


大雑把な注文でトラビスが苦笑して賛同する。


「さて……皆さん行きましょうかね」


 手を叩きながらウォルコットが皆を集めだす。


『うぃーす』


皆が緩い声で返事して各自、各々のボートに乗り込み島を離れていく。

しばらく漕ぐと例の桟橋、オーシャンゲートウェイが見えてきた。

周辺にはまだ数十体のZが立ったまま所在無くフラフラしている。

乗って来たバスが出口を邪魔するように止まっているため、散らばらずにいた。


「わっちゃー、まだたーんと居やがる」


 状況を見たジョシュがそう吐き棄てる。


「あれを横に押しずらしたのか……やべぇな」


実際にバスの大きさを確認したトラビスが唖然とする。


「1体だけなら対処できますが同時に複数体相手では正直厳しいですね」


隣でオルトンが苦笑交じりに分析する。


「ロードローラーか戦車持ってきて一挙にミンチにすりゃ無問題だろ……多分」


ジョシュがオール漕ぎにもなれたのか軽口が出るようになってきた。


「だが、我々には日本の小型中古車さえないのだよ。坊主」


別のボートに居たガモフが会話に入ってくる。


「とりあえず、この検証で今後の方向性が判る筈ですよね」


シュテフィンも慣れたのか学生らしく理知的に会話に入る。


「そうあってほしいものだよ。Zが音に反応するのはわかっているが、どんな音か? 大きさ? 音の高低か? それともただ単に他の感覚、例えば人間の臭いや視覚か? 触覚なのかは突き詰めて観察と研究を進めなければならん」


 漕ぐのを止めてガモフが苦汁の含んだ表情で思考を廻らせながら答える。


「そんなもん、やってみなけりゃわからんさ。人生もZも未知のもんだ。いつだってどうなるかは出たとこ勝負だぜ? 負けがこんだならケツ捲くって即トンズラさ」


笑いながらジョシュが言うと呆気に取られた後、ガモフは破顔して膝を叩いた。


「なるほど確かにな、ならばどうなるかをしっかり見ておくか!」

「そゆこと!」


笑顔でジョシュが返す。


「はいはい、どこぞのくっさいドラマはここまでです」


冷静なウォルコットが熱くなってきた雰囲気に冷や水をぶっかけ現実に戻す。


「スタートですか?」


オジサンたちの会話に飽きてきたアニーが乗ってきた。


「ここで回収組は待機で、音響観察班はお願いします」

「了解だぜ♪」


傍らのエレキギターを片手に持ち替えたガモフがノリノリで返す。

そして小刻みにチューニングを始めだした。


「何か問題があれば私のスマホにお願いしますよ!」

「りゅおーかいぃ」


先生、ほんと大丈夫か? と見送るウォルコットの視線を浴びながらガモフ達は離れていった……。


 数分後、死者の世界の静寂を切り裂く電気的金切り音が周囲に木魂する!

超高音の魂を劈く金属音メタリックサウンドに悲痛とも慟哭とも言える鳴き!

憤怒とも甘い囁きとも言えるメロディアスな旋律…………。


「な?!  なんっちゅーメタルな音!」


遠くでゆっくり進むガモフ達のボートを見てシュテフィンが呆然とする。


「あれ、弾いてるのガモフ先生ですよ」


冷静すぎて逆に周囲どころか風景にさえ浮いているウォルコットが呟く。


「ああ、学校でも有名でしたよ。プロフ卒業パーティーでガモフ先生の超絶テク聴いて逝かない奴は壁の花ボッチ以下だって」


解説をしながらアニーがその超絶さにウンウン頷きながら微笑む。


「やるなぁ、おっさん……後で教えてもらおう」


ジョシュでさえ痺れるテクが……唐突に消えた。


「え?! 何か有ったのかな?」


 心配になったシュテフィンが呟く。


「いえ、反応が悪いので高音での演奏を切り替えたのでしょうね」


端から演奏にウォルコットは冷静に解説する。

そして次の方針を呟く。


「今度は低音域で行く筈です」


 しばらくして、ドンドコドコドコと太鼓を叩く音が聞こえる。

意外な展開にジョシュが訝しがる。

「なんだぁ?! ドラムか? さっきのボートにあったか?」


「残念ながらドラムセットではないですよ。バスドラムだけです」


「……しょぼい」

ウォルコットの解説にシュテフィンが苦笑する。低音域の楽器が手近になかったゆえの代用品だったが、効果は予想外だった。


「あれ?!  Zが動いていく!」


 状況が変化し出して驚いたアニーが叫ぶ。

ゲートウェイで溜まっていたZの集団も道路にポツンと立っていたやつまで動き始める。

まるで一斉に音を追尾する様に動き出していた。


「低音に反応したんかな?」


 ジョシュは動くZを目で追いながらシュテフィンに聞く。


「多分ね。感音性難聴に近いものかもしれない」

「なんじゃそりゃ?」


答えを聞いたジョシュがいきなりの専門用語に困惑する。


「年寄りが女性の高い音階の声が聞き取りにくくて、お前のような男の低い声なら聞こえるってやつだよ」

「はい、わかりましたーってオレなら呼べるって訳か?」


判りやすく話す内容もスルーしてわざと低音口調でジョシュがふざける。


「呼んで食われりゃいいのにってま、そゆこと」


説明するのも面倒なのかシュテフィンもなぁなぁで済ます。


「まぁ、解析は後で、上手く言ったら我々の番です。周りの警戒をお願いしますよ」

無駄話でグダクダになる前にウォルコットはメンバーの引き締めに入った。

「はいっ……て中々減らないな……」


 早速、桟橋の上で活動しだしたZの群れを見てシュテフィンが言った。

そこにはまだ無数のZがのたりのたりと歩いている。


「まだ第2波がありますし、とりあえずはゆっくり上流のトラック駐車場に集めるつもりです」

「はぁ? 第2波?」


驚いたようにジョシュが聞き返す。

呆れたアニーが横から説明がてら突っ込む。


「あんた、全然聞いてなかったでしょ? 第1波は高音と低音の音のみ、2波目は人の喋り声を混ぜた雑音とか中音域の音」


説明を受けたジョシュはボートに積まれた荷物の意味に納得する。


「なるほど、それでクソでかいスピーカーとラジカセ積んでたのか……」

「今度からちゃんと聴いておいてよね」

「へいへい……」


頭をかきながらジョシュは全く気にせずに返事をした。

そのやり取りでアニーがふっと思った疑問を投げかける。


「ところで……トラック駐車場って柵あるの? 大量にZいたら川に押され出されない?」


 仮にZが川に押し出され、最初に先ほどの小島に流れ着く。

もしくは海流に運ばれて湾内のダイヤモンド島や本拠のピークス島だ。


「一応は……」


 疑問にウォルコットは即答した。

しかし、不安にかられて、誘導班のガモフに連絡をとる。


「うーん、やばいな……」


ウォルコットの予感は的中した。

ガモフからの報告には柵が無い場所を見つけらたしい。

それを聞いた一行は各自スマホで地図を調べ始める。

いち早くジョシュが顔をあげた。


「なー、橋くぐってその先にある波止場の倉庫まで引っ張れば? そこも柵無いけど収容人数は増えるぜ?」

「むむぅ…………」

「それか、その先の岬状のキャシディポイントまで引っ張る」


ウォルコットが考えるより先にジョシュが次々と提案をする。


「それならガモフ先生達を往復して貰うか、もう1斑、音響班が要るよ?」


地図を再確認したシュテフィンが付け出す。


「わかりました。万が一の時に待機して貰ってた班が今頃はリトルダイアモンドについてる頃です」

「流石、万事手抜かりねぇな」


感心したトラビスが手放しで褒めた。

しかし、次のセリフで顔色を変えることになる。


「いや……手が空いてたのはあのローデスの班ですが」


眉間を揉みながらウォルコットの顔が渋い顔になる。


「え?! あ、ローデスぅ?!」


笑顔が急変し、トラビスがうろたえはじめた。


 シュテフィンとジョシュが救助された日、事務所でアニーと揉めた酔っ払い、通称≪ドジっこローデス≫……。

ドジで間抜けでお人よし、自意識過剰で弱いのに喧嘩っ早い。

だけど何処か憎めないいい奴だ。

ただ、彼には周囲の人が恐れる最大の欠点がある。

放っておくと天災級のドジを踏むので困った存在だった。


「ローデスだけ降ろして~……って無理だ~」


地元のリーダーで友人のトラビスでさえ対応に苦慮していた。


「でしょ、サブリーダー次第ですが……」


計算高いウォルコットが自棄になる寸前で苦笑する。


「一応サブはダンと組ませてある……ただアイツにコントロールローデスの操縦は厳しいがね」


それを聞いてすぐにウォルコットが刮目し一計を案じる。


「トラビス、ローデスに電話をして万が一の救助隊の用意をお願いしてください」

「何か閃いたのか? まぁやってみるか」


ウォルコットの指示でトラビスがもたもたとスマホを操作する。

そして次の指示がアニーの飛んだ。


「アニー、ダンの連絡先わかりますか? 知ってたら至急、ローデス以外のほかのメンバー連れてこちらに来てくれと連絡してください。勿論……」

「ローデスには内緒ですね。了解です」


アニーは直ぐに意図を察知して動き出す。


「私はダイアモンド担当の職員に話をつけます」


数秒で3人は一斉に連絡を各々にとりだした。


――数分後――


「ダンは他のメンバー連れてきてくれるそうですよ。急ぎなので途中までモーター使ってくるそうです」


一早く連絡を取れたアニーがウォルコットに報告する。


「承認します。なるだけ早くお願いします」


ほっとしたようにウォルコットがアニーに言付けを依頼する。

その隣には猫撫で声であやすトラビスが居た。


「ローディ~頼んだぜぇ~? おめぇしかやれねぇんだからよ~ぉ」


四苦八苦しながらトラビスが電話を切り、溜息混じりに報告する。


「こちらも何とか終わった……」

「何かありました?」


ウォルコットが心配げに尋ねた。

すると溜息を吐いたトラビスは勘弁してくれと言わんばかりに答える。


「救助がいるならハルトマン先生呼んでくるとか、自衛団総動員するとか言い出した」

「それは……大変ですね」

「ウォル、地元リーダーからの懇願だ。頼むから班のリーダーとしてアイツは有事に島から出すな、ピークス島で見回り担当だけやらせて欲しい」

「申し訳ありません。畏まりました」


苦笑混じりにウォルコットは済まなさそうに謝った。


「ウォルさーん、俺らもモーター使ってもよかったんじゃ?」

「あのねぇ……ガソリンも貴重なの! 早々使われたらからっぽよ!」


能天気なジョシュの言動にイラッとしたアニーが嗜める。


「あのバス、ディーゼル軽油で満タンにしてあるからタンクを持ってこればよかった……」


やり取りを聞いてシュテフィンが失念していた事をぼやく。


「まぁ、アニーの言うとおりですが……この実験次第で食料も燃料も多少は改善できるはずなのでね。もう少し我慢してくださいね」

「はい」


 周囲がエッと驚く程ほど短くジョシュは素直に真面目な返事をした。

ただ本人的に内情は朝の巡回でわかっているつもりだ。

物資は乏しく補給もままならない。

状況を何とか打破しないといけないのは十分承知していた。

だが、想定外なこともある。

特に手漕ぎボートがこれほどとは思いも寄らなかった。


 暫くして小島の方から1艘のボートが近づいて来る。

ローデス班のサブリーダー・ダンと団員たちであった。

みな、地元の漁協で働く駆け出しの漁師達である。

卒業した高校はアニーと同じで顔見知りなのだ。

その為、一部の若者や学生たちには地元や避難民たちの溝が希薄なのであった。


「おまたせ~」


 気の良さそうな兄ちゃん、ダンが笑顔でボートを寄せてきた。

深緑のニット帽から後ろに長い金髪をちょろっと出している。

今時の若い漁師のはつらつさが印象的だった。


「おい、ダン! ローデスはどうなった?」

キョロキョロとボートを見ながら心配したトラビスが聴いて来た。


「ローディのとっつぁんは向こうで準備してるよ? 人手を集めるんだって騒いでた。だけど、出航ついでにローデスとっつぁんのスマホも持ってきたから連絡取れないけどね」

「えらい! ダンでかした!」


髭面で歯をむき出しにした笑顔を浮かべてトラビスが親指立てて褒める。


「いきなりで申し訳ないですが、ダンのグループは先行するガモフ先生の船に併走してもらい、楽器の一部を載せて此処に戻って来てほしいのです。2艘で間隔をあけて追走してZを奥のキャシディポイントまでおびき寄せて貰います」


一息つく暇も与えずウォルコットが的確にダン達に指示を出す。


「了解です」

「交代でおびき寄せて貰います。くれぐれも陸地や浮かんでるZには近づかないように!」

「了解、じゃあ行って来ます!」


ダン達はボートを漕ぎ出しあっという間に先行のボートに追いついていった。


「めちゃくちゃ速いな」


そのスピードに呆然と見送るシュテフィンに彼等を見送っていたトラビスがドヤ顔で自慢する。


「あれが地元漁師の実力だぜ」


そうこうしているうちに徐々に桟橋の上に居るZが減ってきていた。


「さて、此方も動きだしますか……」


 ウォルコットがトラビス達に合図を出す。

ゆっくり2艘は桟橋に近づき桟橋の上が見える位置まで離れる。

まだ10体前後のZが桟橋で蠢いていた。


「まだ動かんか……」


 観察していたトラビスが焦れる。


「ゆっくりですが桟橋の出口に向かってますね」


オルトンが双眼鏡を見ながらZの動きを追う。

Zは何かを探すようにウロウロし出していた。


「このまま全部行ってくれると良いが……」


トラビスが水筒代わりのペットボトルの水を飲みながら呟く。


「誘導チームの頑張りとZが推定より少なくて動きが速いのを期待しましょう」


観察しながらウォルコットがそれに追随する。

他の所を観察しただけでも想定より多いZが道路に蠢いていた。


「でもとりあえず低音と人の声の入った雑音には反応するっぽいですね」


様子を観察していたシュテフィンがそう指摘する。


「シッ!」


 ……その直後に口に人差指を立てたジョシュが合図を送る。

手でスマホを使うと合図してメッセージを送信しだした。


 " 人の話し声で反応するのならこの距離の俺達の声でも反応する可能性がある。 "


 " ならば、ここは黙ってこれでやり取りして反応みてみては? "


 なるほどとウォルコットは感心した。

それと共にこのガサツそうな若者の慧眼に興味が湧いてきた。

(やはり只者ではないと……)


 しばらくしてガモフ達のボートが戻ってくる。

そのガモフ達に向けて回収班全員が口に指を当ててシィーをやりはじめた。


「何やってんだ? お前達は?」


ガモフは呆れた顔で呟いたが事情をメッセージで説明すると納得した……。


 " こんな所に船で密集してスマホをポチポチやってる集団が居たら、少し前の状況なら怪し過ぎて通報されるぞ? "


苦笑交じりに返してきた。

……仰るとおりだ。


 " 他の船にも連絡しといてくれ "


そう残してガモフの船は太鼓叩きながらまた出発した。

その頃には桟橋の上にZは殆ど居なくなっていた。


 " 頃合いだ、行こう! "


 オルトンがメッセージで合図して桟橋横の梯子に取り付く。

先頭のオルトンが梯子を上り最後の2段で止まる。

上りきったら目の前に……という事がないように後方で監視するウォルコットが合図を出す。

そして一気に上り切り、無駄の無い動きで着地して銃をスチャっと構えた。


 付近にZは居ない。

桟橋の上には先日ジョシュ達に処理された15体ほどの死体があるだけだった。

オルトンはすぐさま梯子に捕まり待機していたジョシュからバットを受け取る。

肩に構えながら下へ合図を送った。


 それを見たジョシュ達が後に続きバスに近づき周囲を確認する。

近くにZは見えない。

ジョシュ達よりいち早くトラビスがバスの中を確認するやいなや頬が緩む。


 車内にはビールや食料に物資が満載してある。

……まるで宝の山だ。

もっとも全島1日分の食料にも満たない……。

ジョシュがバスのドアを開き、続いてバス後方の非常ドアを開ける。

同時にトラビスが梯子周囲に待機していたアニーに合図してウォルコット達を呼び込む。


 バスの近くまで2艘のボートを寄せる。

ボートの中央にエアクッションを敷き詰めてそこに缶詰のケースを投げ込む。

荒っぽいが迅速さ重視だ。

たちまちの内にアニー達が乗ってきた船は荷で一杯になった。


 しかしまだ半分以上ある。

進展を見てウォルコットがダンにこちらへ参加するように連絡した。

荷物で満杯のボートを牽引して貰う為だ。

連絡を受け、ダン達はすぐにやって来る。

手馴れた手つきでロープを舳先に括りつけて、自分達のボートのスペースにも荷物を載せ出発した。


 ウォルコットの指示で残り1/3まで来た所でオルトンとジョシュを歩哨に立たせる。

交代で休憩を取ることにした。

そこでまさかの騒動が起こった。


 ……島で置いてけぼりにしたローデスがやった来たのだ。

力強いエンジン音を轟かせて中型船で此方に向かわせてきた。


「あのクソバカ野郎……」


トラビスが顔を怒りで真っ赤にしながら即座にスマホに連絡を入れる。

だが、繋がらない。

当たり前だ、ローデスのスマホはダンが持ってきたのだから……。


 すぐさまジョシュとオルトンが十字路になった交差点に出る。

向こうからエンジン音に反応したZが1体、また1体と道路に現れる。

戸惑うことなく此方に向かってくる。


「班長! バックレましょう! 今なら無傷で逃げれますよ!」


AR-15ライフルを構えながら血相を変えたジョシュが進言する。


「了解! 皆、ボートに乗ってくれ殿しんがりは任せてくれ」


オルトンは梯子へ向かい駆け戻りながら返答する。


「アニー、ステ! ボートに乗れ!」


ジョシュが梯子の近くに陣取っていたアニーとシュテフィンに叫ぶ!

その言葉に呼応するやいなや、アニー達が梯子を降りる。

既にウォルコット達がボートを隣接させて待機していた。


 ジョシュはバスの中に置き去りにしてあったバックパックとライフル、ショットガンを背負って梯子に向かう。

バックアップのオルトンとトラビスが梯子を挟むようにして立つ。

AR-15を肩付けして通りを狙う。


「お先です!」


2人の間の梯子をジョシュが掴むとスルスルと淀みなく降りる。


「退去クリアー!」


船に着いたジョシュが告げると同時に通りにZが現れる。

オルトンのアイコンタクトでトラビスが梯子を掴む。


「お先!」


そういいつつ現れたZをヘッドショットする。

その後、両足を梯子にはさんでスルーっと降りていく。

……海兵出身ならではの降り方だ。


 視界に入って来たZを3体ほど始末してオルトンがそれに続く。

ほぼ落下する様に皆が待っているボートに飛び乗る。

物資は惜しいが今は仕方がない。

チャンスはまだきっとある。

ウォルコットが急いで指示を出し、ボートが桟橋を離れる。

もう上にはZが増えて来ていた……。


 ダイアモンド島に戻るとダン達が済まなさそうにして待っていた。

ローデスの暴走を気にしていたのだ。

その気も知らずに……降りてすぐにトラビスとローデスは罵声と共に殴り合いを始める…………。


「何にせよ。実験は成功、全員無事で物資も増えた。いいことです」


 笑顔でウォルコットが皆を労った。

(でも、物資が全部回収出来なかったのは痛いだろうな。…………)


ジョシュはウォルコットの心中を察した。

隣でオルトンはAR-15を脇に抱え、荷下ろししたビールケースの1つに腰掛て安堵の息をつく。


(少なくとも皆生き延びれた。良かった)


その2人の思いをよそに、 アニーとシュテフィンは大喧嘩している2人を見詰めていた。

どのタイミングで抑えるか? を見計らう為に……。


「バカモン! 何しとるんだ?! お前らは!」


そこに今到着したガモフの大落雷が墜ちてきた。

殴り合いで顔を腫らした2人が動きを止めると同時にアニーやダン達が割って入る。

しかしもう遅かった。


「今回の検証で逆転の目が出てきたのにここで仲間割れとどういう了見か? 説明してもらおう!」


ガモフが頑固爺ぃのオーラを醸し出しながら2人に詰め寄る。


(しばらくは説教で動けないな)


……アニーはそそくさと場を離れる事にした。

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