襲来

 2時間後、査察を終えたオルトン達が事務所に戻ってきた。

トラビスはミッキー達と見張りの配置と地図を照らし合わせて作戦を練っていた。


「お疲れさん、査察はどうだ?」

「大当たりでした。しっかり全員、自分ちの倉庫に備蓄してましたよ」


ダンはソファに自分の荷物を降ろしながら報告する。


「それで、その後はどうしました?」


 後ろの事務机で電卓を叩きながら、ウォルコットは後始末を気にしていた。

事務所に後から来たオルトンがライフルを降ろして報告に入る。


「ウォルコットさんの指示通りに、没収物資をその場で再分配し、不正した元代表の関係者以外の人物を選んで来て欲しい旨を伝えました」

「それで元代表の家族は?」

「ピークス島に案内しました。こちらの避難民キャンプに暮らして貰う様にしました」

「ありがとう、完璧です」


その見事な対応に笑顔でオルトン達を労うウォルコットだった。


「あの3人組は?」


オルトンがストーブのポットからコーヒーを注ぐ。

姿の見えないアニー達の所在を尋ねる。


「3人とも岩場にいるはずだ。アニーはM82の慣熟訓練中、30発しか渡せんがそれで慣れてもらう。その付近でジョシュはステの訓練に付き合ってもらっているよ」

「了解です。早速、覗きコーチに行ってきますよ」


コーヒーを一口飲むとオルトンがコーチを買って出た。

その申し出にトラビスも同意して頼んだ。


「宜しく頼む、俺も手配とウォルに引継ぎが終わり次第行く」

「あの3人が早く、ここの中核になってもらわないとね」

「そだな、連中に足りないのは経験だけ、ステは基本もだが……良くアイツ、俺ら助けたもんだぜ」


トラビスは前日のシュテフィンの素人さ加減をオルトンから聞いていた。

橋の上での活躍が実は大マグレだった事に苦笑した。


「そうですね。なるだけ私たちの経験を訓練で落とし込んであげれば戦闘での生存率は多少上がりますからね」


その意見にオルトンも同意する。

意見を聞いてウォルコットが溜息交じりで嘆く。


「ただ、もう少し……時間と弾薬等があれば彼等だけでなく、皆を急かさずに育成できるのですがね……」

「仕方ありません。東のグランドマナン地区、マウントデザート、ディアアイルの駐留部隊かカナダ国境付近の防衛隊が救援に来る。もしくはキャンプエドワードの米軍かカナダ軍が奪還へ動いてくれれば……。市民だけでは状況維持が精一杯ですね」


コーヒーカップを洗い、自分の銃と訓練用のターゲットを持ちながらオルトンが状況分析をする。


 メイン州の東部には森林地帯と3つの島で形成されたアーカディア国立公園がある。

3つの島、グランドマナン、マウントデザート、ディアアイルはカナダに近い。

しかも国立公園ゆえ、本来の人口が少ない。

各エリアごとに1本の橋で本土に繋がっている。

その2つの理由で警察や米軍の防衛線が引き易かった。

市民や観光客はZの拡散前に公園内へ避難を完了させる。

その為、カナダ軍は市民の保護を目的とした前線基地をそこに設けていた。


 そして南のケープコッドにはアメリカ陸軍研究所、空軍基地がケープコッド運河に守られていた。

大西洋に展開していた艦隊と合わせて現在一大反抗拠点として機能している。


「どちらかが参戦してくれれば勝ち目はある。防衛要素の水路の範囲が広いのは痛い」


緊急通報で援軍を申請したが返答は無かった。

地図を見ながらウォルコットの嘆きが止まらない。


 Zの性質、水が渡れないのは周知の事実だ。

しかし地域によってはかなりの戦力投入しないと隔離できない。

ポートランドも水路がある。

だが広範囲で防衛線を引くには厳しい。

米軍とカナダ軍合同で駆逐作戦しても厳しい状況である。


「なぁ、フランク、人類はこのまま島に追い込まれて終わるンかな……」


トラビスが湾内の地図を見ながら悲観する。

豪快な典型的アメリカの親父らしくない言動だ。


「いや……まだ終わらんでしょう。1年越えた後の状況次第でね」


オルトンは冷静だが、どちらかと言えば悲観的な判断が多い。

その彼が珍しく希望的な観測を指摘した。


 それは今だこの現状Z発生下で冬と夏を迎えた事がない。

例えばメイン州の冬の最低平均気温は-9度、それ以下の極寒の気温もある。

大概のものが氷結する気温で動ける生物が居るのか?

逆に夏は平均26度、その気温で腐乱しないが有るのか?

その結果次第だという……。


「そういう事です。冬で体液や四肢が凍って動けない相手なら駆逐は楽勝ですし、腐乱していく相手なら我慢比べで放置すれば朽ちていって覇権は戻ってきます。差しあたっては冬、水路が凍ったらどうなるかですね」


オルトンはウォルコットを見据えながらそう言い切った。


(貴方も同じ結論でしょう? )


と言わんばかりに……。


「とりあえず神のみぞ知る事でしょう。我々は想定可能な危機に備えて今は苦汁を飲み続けるしかないのですから」


微笑を浮かべウォルコットは本意を載せた言葉と不味いコーヒーを飲み干した。



 その頃、マーティは岩場で、せっせと紙飛行機を折っている。

港で小魚を貰って、マニエルおばさんに揚げて貰いに行く所をアニー達に見つかってしまった。

その場でしょっぴかれ、こうして30機ほどの自信作を作らされているのだ。


 そして500Ⅿほど離れた身を隠せる大きな岩場に移動する。

作り終えた紙飛行機を持って大声でマーティが手を振りながら叫ぶ。


「「ネェちゃん! 行くよっ!」」

「「オッケー! 5回ずつね!」」


遠くでアニーの声が真剣味を帯びる。

岩場からマーティが勢い良く紙飛行機を飛ばしてしゃがみ込む。


 その直後、マーティが大きな声で叫ぶ!


「「アー!」」


同時に轟音が聞こえて数メーター先の紙飛行機が飛散する。

これこそネルソン家伝統の射撃訓練の一つだった。

発案者の理屈はこうだった。

クレー射撃はタイミングも射手主導なので自然ではない。


『的を出す相手でさえも的の先行きが判らない。それに当てる事こそ野生であり、自然に対する訓練ではないか?』


その発案者であった曽祖父からの教えを守って姉弟兄弟は訓練を始めた。

潮風に紙飛行機を飛ばしての狙撃を5回やって5回成功。

……だが、アニーは沈黙する。


「「ねーちゃん! 調子は?!」」


岩場に隠れてマーティが叫ぶ。

しゃがんで身体を決して岩場から出さないのは事故防止を徹底教育されているからだ。


「「まだ駄目、誤差がまだある!」」


不規則な動きをする的の先、紙飛行機の先端、尾翼などが狙い通り撃ち抜けていない。

それを的確に当てる事がアニーにとって慣らしていく事なのだ……。


「「あーい、次、5回いくよー!」」

「「ふーっ、OK!」」


両肩をクルクルと回してほぐし、息を吐きながらアニーは再度集中する。

その反対側の浜辺ではジョシュがシュテフィンの訓練に付き合っていた。


 冷たい潮風が吹き抜ける浜でバレット慣熟訓練の出す轟音が良い空気緊張感を生み出す。

大型拳銃レイジングブルを腰に差したシュテフィンにジョシュが尋ねる。


「さて、オルトンさんからどう聞いてる?」

「どうって?」

「撃ち方、構えについてだよ」

「それはねぇ……」


 聞くと同時にシュテフィンは瞬時に構えだした。

足を肩幅程度に開いて膝を軽く曲げる。重心を軽く前に掛け、腰を落とす。

軽い前傾姿勢を取って腰からレイジングブルを抜き、前に突き出す。


 その姿勢を見てジョシュがにこりと笑って指摘する。


「足回りと体幹の姿勢は合格、主流の形であるアイソセレススタンスが出来ている。が、握り方だが……らしいっつーか……」


シュテフィンの握りはグリップした手をもう片方で支える『カップ&ソーサー』だった。

その昔は新米警察官の公式な握りだった……。


「それまさかオルトンさんが教えてないよね?」

「いや、握りは両手でなら好きにさせてもらっている。つーか、此方の方が安定するからTVや映画でやってんじゃないの?」


シュテフィンは何がおかしいのかさっぱりわからない顔で聞いて来る。


「なるほど、確かに見栄えは良いかもしれない。だが、この握りだと発射時の反動で銃が手首を支点にして跳ね上がる状態『マズルジャンプ』が起きる。次の発射するのに握り直さなくてはいけないので連射には不向きだ。……うん……」


そう言った後ジョシュは一瞬有る考えがよぎる。


(ひょっとしてオルトンさんは連射を棄てて、安全性と確実性を求めたのか? )


ミスファイアを減らすのが目的ならわからないわけでない。

ならばそれを踏まえて指導する事にした。


「むぅ、それならどうすればいいんだ?」


 混乱し始めるシュテフィンにジョシュは手を取って指導し始めた。


「右手は成るだけ銃身に近く、そうそう、掌をグリップに密着して、左はそれを包み込むようにする」


両手でグリップされた銃はなんとなく安定性が出てきた。

だがシュテフィンは取り回しには苦労し始めた。


「ぶん回し辛い、てことはこれが正解でないの?」

「正解だよ。ただ、お前さんにかどうかはわからん。つーか、元々、大型拳銃コイツはぶん回して乱射する代物ではないよ」


(コイツを片手で楽々ぶん回して連射するゴリラは旦那トラビスだけいい)


ジョシュは内心繋げた。


「どれがベストってわからんのか?」


 銃を持ったままシュテフィンが尋ねる。

ジョシュは待機を指示し少し離れる。

そしてベルトのP210をおもむろに抜く。

左足のつま先は前、右は半歩後ろで外に45度程度開く。

左足の膝を若干曲げ、前傾姿勢で右腕を伸ばして左肘を曲げる。

見事なウィーバー・スタンスを取った。

握りはグリップを右手で銃身に近くを持ち、しっかり握る。

左手はそれを包み込みつつも密着させた。


「おぉ? ガススタンドで会った時と同じスタイルだ」


その姿勢で銃口向けられた事をシュテフィンは思い出す。

そして纏う殺気にぞっとした。

短く息を吐いてジョシュは構えを解くと銃をベルトに差し戻した。


「俺の基本スタイルはこれだ。俺は動きやすいけど、とりあえずやってみ?」


ジョシュの態勢をシュテフィンが見よう見真似でやる。確かに動きやすい。


「俺のP210やM945の様な自動拳銃ならこれでいいが、お前さんレイジングブル大型拳銃なので重さも反動がハンパ無い。それで命中精度が落ちる。故に反動を逃がせて発射体勢が安定する。左右の的に対しても対応可能なアイソセレススタンスを訓練していると思うよ」

「なるほど」


シュテフィンが肯きながらその解説に納得する。

小島で3方向に構える訓練をした理由もわかった。


「ただ、これはZの様な鈍い動きで飛び道具の無い相手には有効だが、人間相手だと訓練が必要になる」

「はぁ? なんで?」


 素人のシュテフィンが疑問に思うのも無理は無い。

アイソセレススタンスは左右の的に対して素早く対応可能だ。

しかし、その分だけ身体の正面を相手に晒す事になり当る面積が増える。

的が大きくなるのだ。

その代わり、防弾チョッキ等を着ると防御の高い前面で弾を受けるので当っても最小限の被害になる。

逆にウィーバー・スタンスは反動を逃がしやすく、距離のある的にも命中率が上がる利点もある。

走ったり動きながら攻撃できる機動性のある姿勢だ。

身体を開き、斜めになることで的が小さくなる。

その代わり防弾チョッキを着るともっとも防御力が弱い側面に弾が当ることに成るので一短一長なのである。


「てなわけだ」


ジョシュは身振りや身体を使い説明していく。


「では、アイソセレスで人間相手なら?」


現状でそれしか出来ないシュテフィンが聞いて来る。


「遮蔽物で身を隠して、一気に素早く外へ出て構え狙い撃つ、んで引っ込むか、移動する。そんじゃ、その動き練習しよか」


ジョシュが自分を遮蔽物に見立てて動く訓練を指導し始めた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 現地ポートランドに夕暮れには着く。

運転手の報告にアンリは上機嫌だった。

ポートランドを襲撃すれば、後は軍隊が駐留している所か細かい避難所ぐらいしかない。


 今後、人間をより集めた眷族が力を集める事になる。

名門バートリー相手でも風上に立てるのだ。

さらに力を集めればアメリカの王にもなれる。

次第に気分が乗ってくる。


 そこに無粋な一言が邪魔してきた。


「アンリ様、作戦会議はいかがしますか? とクリスから問合せがありましたが?」


助手席のエミューロがクリスからの問合せを報告してきた。


「指示はその都度、私が出す」


アンリはそう伝えろと命じてワインを飲み干した。

すると今度は先行するマーカスからの連絡があった。


「マーカスから偵察に出なくていいのか? と……」

「五月蝿い、勝手に行かせろ!」


気分を害されたアンリが一喝する。


「畏まりました」


慌ててエミューロはすかさず連絡を入れる。

先頭の2台がさらにスピードを上げて現場に向かっていた。


「たく……」


 アンリは潤沢な戦力が自分にはある。

これで一気に襲撃して拉致ってこれば良い。

そう単純に考えていた。

JP達が良く使う、軍隊を偽装するとか、掠め取ってくる手法には小賢しさと手緩さを感じていた。

偵察も作戦も要らない。

我々は現代の貴族だ。

腕尽くで強引に根こそぎ、全てを奪ってこればいいのだ。

後はゆっくりアンソニーの動きと出方を見ればいい。

アンリは後部座席でふんぞり返って隣の給仕にワインを注がせた。

そして夕暮れ近い東海岸の外の風景を優雅に楽しむ。


 一方、許可を貰ったマーカスは運転手のモーリーに先行しろと指示した。

そして後方の部下、副官相棒のエリック達にも同じく伝えた。

2台のSUVはスピードをあげて放置してある車両やZを避けながら走り抜ける。


「ちくしょう、JPジェイピーの野郎、巧い事やりやがったな」


 連絡し終わるとスマホをポケットに入れマーカスは愚痴をこぼした。

マーカスもJPもアンリの組織内では外様で末端構成員だ。

実働特務部隊は自分達に任されている。

しかし手柄は上でヘマは自分達持ちだ。

今回の出動前にJPの部隊が不興を買い、資源回収隊に左遷されたと情報が流れた。


 あのJPがそんなしょうもないヘマするわけが無い。

これを口実にバートリーの一派に鞍替えした。

若しくは他のコロニーに移籍美味い話に乗ったか?

そんなところだろう。

……何れにせよこんなクソバカアンリの下ではいつか野垂れ死にするだけだ。


「大体、情報も無く、ただ力押し能力任せで事が巧く運べば苦労はしネェよ」


 マーカスは吸精鬼系で元陸軍兵士だった。

中東での戦闘にて情報を遮断され、力押しで突破を図らされた。

そして部隊に甚大な被害が出たのを昨日の様に思い出す。

今回もそうなる可能性がある。

その中で自分達が安全、且つ実績を上げてる所を見せなければ成らない。

バカより先に行き情報を掴んで、安全で美味しい所に配備する様にするのだ……。


「マーカス、今回は上手く行くかなぁ?」


 呑気な口調でモーリーが尋ねてくる。

その口調と裏腹にハンドル捌きとアクセルワークはコマネズミの様に忙しく動いていた。

そうして路上のZと放置車を高速走行しながら避けていた。


「あ? わからん、俺達としては全力で仕事に取り組んでやれば何とかなるさ」


モーリーの心配に対し、マーカスは正直に前向きに答えた。


「そうだろうか? 今回はJPの隊が居ないんだろ?」

「そうらしいが……気にスンナ、手柄を競う相手が居ないんだ。楽勝さ」

「むぅ、だといいけど」


不安がるモーリーはマーカスの励ましも効き目が無いみたいだった。


 ともかく現場次第だな。

……マーカスは本音を隠しつつ横目でポートランドまで30マイルの標識を確認する。

タブレットで地図を見てアンリに提案する配置を思案し始めた。


――――――――――――――――


 その頃、ホセは近づいてくる車のエンジン音で目を覚ました。

気配に気が付き、むくりと起き上がる。


「起きたか?」


すでにJPは窓から双眼鏡で橋の上を見ていた。

その雰囲気で誰が来たかホセはわかった。


「マーカスか?」

「多分な」


双眼鏡を見たままJPは短く答える。

アンリ子飼いの特務は自分達以外なら彼等しかいない。

今から動員できる特務隊はそんなにいないはずだ。


「ご苦労なこったぜ」

「実戦経験豊富な奴と副官参謀のエリックの事だ。最初に情報を得てから一番安全で出し抜けそうな所に配備を願うだろう」


マーカスとJPは互いにZが発生するそれ以前から実力を評価しあっていた。

業界内の競合相手であり、情報や武器を融通しあう仲でもある。


「んなとこあるのか?」


パッと見て目敏い場所はすべてチェックしてあるが、そういう所は大概目立つ地点だった。


本隊アンリは中央に配置して動いてくるはずだ。左翼で陽動か後発辺りを志願する筈だろう」


偉そうなアンリの志向を読んだ上でマーカスの配置を予見する。


「先発隊でなく?」

「先発はエミューロの子飼い達、例えばクリス隊でやらせる筈、直下の部隊が強い所を見て悦に入るつもりだろう」

「うわ、お気の毒」


ホセは前線に景気よく突っ込んで行くハゲクリスの部隊に同情した。

まさかミニガンやアンチマテリアルライフルがあるとは予想していないだろう。


「ホセッ!」


その刹那、JPがホセに警告を発した。

同時にホセは窓の死角に隠れる。


「何処?」


ホセが短く、早口で問う。


「ガスタンク」


JPも短く返す。

視線の先、川の対岸にあるガスタンクの上には兵士が2人、湾内を観察していた。


「下行って来る」


スルスルと匍匐前進しながらホセは部屋を出ていって、すぐにエディをつれて戻って来た。


「どうだ?」

「2人居る、もう1人はエリックだろう」


JPはマーカス隊の副官で参謀役のエリックと推測した。


「ワシ、アイツとはソリが合わんのだよな……」


 JPの副官ポジションはホセである。

下品で粗野だが、陽気で人当たりのいいガテン系オヤジだ。

それに対し、エリックは長髪で高貴、上品かつ冷静で吸血鬼的妖気を漂わせる美少年であった。

まさに水と油だった。


「しっ、聞こえる」


 愚痴をJPが制した。

エリックも正統派吸血鬼系である。

その能力は五感の感覚が動物の研ぎ澄まされたより上とも言われる。

つまりソナーマンでありウォッチャーであった。

数キロ先のしゃべり声は聞こえている可能性がある。

その為、聴きとられないように短い単語でやり取りしていたのだ。

それに避難所の方に集中しているのでこちらの存在はバレてはいない。

しばらくすると複数台のエンジン音が聞こえてきた。アンリが到着したらしい。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 PM6時、日が暮れた。

その時、複数台の車両が橋をわたり、市内に入るのをリトルダイアモンド島の見張りが視認する。

同時に全島の全ての自警団に警報と集合が掛かった。


「とうとう此処の番か?」


トラビスはM629と予備の弾倉スピードローダーを腰のホルスターに差した。

そして覚悟を決めて事務所の椅子から立ち上がる。


「そうあってほしくは無いのですが……とりあえず偵察兼代表を送り込みますかね」


 頭を掻きながらウォルコットがライフジャケットを着込みだす。


「はぁ? まてまて、ウォル! お前さんが出るのか? やめろ!」


何を言い出すのかと振り向いたトラビスが慌ててウォルコットを止めた。


「他に誰を行かせるんです? それじゃローデスに行って貰いますか? 何やってくれますかね?」


クスクスと笑うウォルコットに真面目にトラビスが返す。


「ローデスは不適格だがお前さんにリスクがあってはいかん! 駄目だ!」

「何、キャッスルさん操船のモーターボートで洋上にてスピーカーで呼び掛けます。危険なら即帰還しますよ」


慌てて制止するトラビスをやんわりと宥める様にウォルコットは告げた。


「だが……」

「ライフジャケットの下には防弾チョッキも付けてます。とりあえず帰る気はありますよ」


ライフジャケットの下には紺色の防弾素材が見えていた。

その意思を見せられてトラビスも条件を出す。


「ならば、出来れば行く前に見張りの島あの小島バレットM82付きのオルトンを配置させてくれ」

「判りました。それなら安心して話が出来ますよ」


 にやりとウォルコットが笑い、そこへオルトンが急ぎ足で入ってくる。


「トラビス! 準備が……」

「おぉ! フランク! 早速出番だ!」

「はい? いきなりどうしました?」


いきなりの話で困惑するオルトンにトラビスが説明する。


「なるほど、任せてください」


快諾するオルトンにトラビスは安堵の息を一瞬漏らす。

だが、すぐに気合いの入った表情をした。


「俺は突撃艇で待機する」

「了解です。ではウォルコットさん行きましょう!」


自身も装備を着こみながらトラビスがウォルコットの背中に対し懇願する。


「ウォル! 死んでもらってはマジで困るから生きて帰って来てくれ」

「トラビス、出来るなら相手が米軍で補給物資とその護衛な事を祈ってください」


苦笑がてらウォルコットが手を挙げて挨拶する。


「そんな奇蹟があるなら俺は酒を辞めるよ」


手袋を嵌めて防弾チョッキを着たトラビスが笑いながら返した。


――――――――――――――――――

 埠頭で乗り込みを指示するローデスの怒号が飛ぶ。


「オラー、さっさと乗れ! 船が出るぞ!」


ピークス島の自警団の半数は自衛に、半数はロック爺さんの中型船に乗り込む。

先行チームが中型船とトラビスの突撃艇で待機する。

既にウォルコットとオルトンは出航していた。


お嬢アニー! とおまけ2人は俺ンとこ乗れ!」

「おまけって俺らかよ! 旦那!」


 モーターボートに乗ったトラビスが桟橋で待機していたアニーとジョシュ達を呼んだ。


「それ以外に誰がいる?」

「旦那とローデスどじっこ


ジョシュに即答されてトラビスが苦笑する。


「そこはフランクにしてくれ」

イケメン班長とバランス取れないので不採用」


漫才のテンポでアニーが返すとトラビスはもう十分と言わんばかりに尻を叩く。


「ちっ、どうでもいいわ! 乗れや!」

「へいへーい」


3人は怒られる前に中型のモーターボートに乗り込む。


「お? いらっしゃーい」


 操舵席は鉄板で前と横を囲んであった。

その席にはフルフェイスヘルメットを被ったダンが座っていた。


「ダン兄、何をしているんです?」


シュテフィンがその奇妙な風景を見て唖然とする。


「その前に舳先に付けられたをみよっ!」

「舳先?」


 アニーは舳先を見ると防護鉄板が左右、斜めに入っていた。

その下に固定用鉄板に支えられたミニガンが設置されていた。


「あー、あの機関砲をつけたのね」

「ジョシュの提案を丸ごと戴いたのよ。俺なら船の上から撃った事有るしな、軍用船でもない限りは一掃射で沈めるぜ」


物騒な事を言いながらトラビスが後ろから提案者のジョシュに声を掛ける。

提案者本人ジョシュも面食らう出来栄えだった。


「マジかよ……」

「本当ならエンジンルームごと防護版付けたいところだ。それやると出力が足りんのでこれで一杯だ」


コレでも皆でエンジンを改良し、整備調整した。

その効果で燃費は悪いが馬力は上がっていた。

これ以上は専門の技師と精密で高品質な部品が要る。



「なんにせよ。すごい」


 戦闘的で奇抜な船にシュテフィンが目を輝かせる。

操船を言い出す前にダンが気を利かす。


「おーっと、ステ、今回のお前はお客だ。銃の修行が終わったらコイツの訓練だな」

「おし! 了解~」


テンションが判りやすく上がるシュテフィンだった。

しかしその後ろでジョシュが噴き出す。


(弾、今回で多分無くなるぞ)


内心、突っ込むジョシュだった。


「ところでトラビスさん、私達の配置は? 見張り兼練習行ってたから判らないんだけど?」

アニーが持ち場と任務をトラビスに尋ねる。後ろで係留ロープをしまいながら答えた。


「言ってなかったか? 3人はLD小ダイアモンドの港の燈台だ。お嬢はバレットM82近づいてくる船のエンジン壊してくれ。ジョシュはその近辺に上陸した相手を迎撃、ステはお嬢の護衛」

「了解、弾薬等は手持ちのみ?」

「港に着いたらそこでミッキーに手配して貰っている。お前らが中盤だ、援護頼むぜ」

「おまかせー」


配置を簡単に指示しながらトラビスはまだ不安だった。

見落としがあるのではないか?

まだ手落ちがあるのではないか?

次々に湧き出る穴や見落としを再確認して不安を埋めていく。


「旦那? 出しますよ?」


その様子を微妙に察したダンが出航許可を求める。


「おぅ?! 出してくれ」


慌てて応答するものの、トラビス戸惑いは判り易かった。


 一方、ウォルコットは先にオルトンを島に降ろす。

その後、内心ビビリながらもモーターボートに揺られていた。


(オルトンに守られてるとはいえ……。これは洒落にならない状況ですね)


SWATであるオルトンの狙撃で守られてはいる。

防護も万全なはずがどうにも落ち着かない。


 港に近づくにつれ相手の行動が読めなくなってきた。

それは拉致か強盗団に最初から判る。

何故なら味方なら最初にするのは接触の筈だ。

この連中にはそれがない。

騙そうとか油断を誘うとかそういう小細工の意志も感じられない。


「キャッスルさん、私が交渉しますから始まってから、もし異常が何かしら察知したら独自に帰還してもらっても構いませんよ」


 ウォルコットが操舵席に座り、眉間に皺寄せているキャッスルに話しかける。

答えは相変わらず手を上げて、無言で操舵しているだけだった。

そのお約束とも言える態度がウォルコットに腹を括らせた。


 もう此処まで来たら出たとこ勝負だ。

1,2回はこの2人が守ってくれる……はず!

責務を全うしよう!

そう決意した直後には既に港に着いていた。


 ――さて……行くか――


スピーカーのスイッチ入れて軽く息を吸い込む。

いきなりそこら中に響く大ボリュームで挨拶を始めた!


『皆さん、今晩は! 私は避難所代表のウォルコットと申します!』


 これには島に到着して配置燈台に着いたアニーやジョシュは顔を見合わせる。

小島でスコープ越しに相手を観察していたオルトンでさえ苦笑して脱力しズッコケた。

至近距離のキャッスルに至っては目を剥く。


(何するんじゃ?!)


と言わんばかりにウォルコットを見ていた。

その視線に慌ててボリュームを調節すると一団に向け話を続けた。


「えー、皆さんの代表の方、若しくはリーダーの方が見えたら出てきて頂きたい」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


部下からの報告を受けたエミューロはアンリに取り次ぐ。


「アンリ様、全部隊、到着致しました。現在、船を用立てております」

「うむ」


 鷹揚な態度でアンリはエミューロの報告に返し、車から降りようとした。

そこに大音響の声が動きを止めさせる。


『皆さん、今晩は! 私は避難所代表のウォルコットと申します!』


 大音量のウォルコットの挨拶が出迎えた。

アンリとエミューロは音の方向を向き、如何にも品がないと眉を顰める。

そこにクリスと2人の兵士が埠頭から早足で報告に来た。


「避難所の代表が此方の代表を出せとのたまっておりますが?」

「ほほう? 家畜と話す事などない。射殺始末なさい」

「畏まりました」


クリスは振り向くと後ろにいた兵士に親指を下に向けるゼスチャーする。

兵士はアンリに一礼と港に戻って行った。


 一方、船上のウォルコットは身の危険を察知する。

米軍や避難民なら誰かが何らかの声を掛けてくる筈だった。

こいつらは一目もくれずに埠頭の船を捜しに行ってしまう。

まずありえない行動だ。

そして船にいたZを余裕で駆逐している。

明らかにZが無抵抗で船から蹴り出される……。


「キャッスルさん……もう暫くしたら全速力でオルトン迎えに行きましょう」


横のキャッスルに指示する。

ところが連中を見据えたままキャッスルは見えないようにシートを指差す。

無言で座れと合図したのだ。

その時。向こうの一団から1人、ライフルを肩にかけた男が走ってきた。


 そしてウォルコット達の手前で立ち止まる。

肩にかけたライフルAR-15を構えて引金に指が掛かる……。


 ――――パァァァン!――――――


 1つの銃声が港に響く。

そこにもう1回……。


 ――――パァァァァン!―――――


 ウォルコットは腰が抜けたようにシートに倒れこんだ。

兵士がライフルAR-15を自分へ構えたのが見えた。


 【終わった】


 その瞬間、思った。

直後、兵士のライフルが腕ごと吹っ飛ばされるのを直視するまでは……。


 2撃目で兵士の頭部がぜた!

同時にキャッスルがアクセル全開にしてその場から急発進する。

そしてド派手に旋回して煙幕代わりの水飛沫を上げる。

追撃を断つように周りの兵士を水浸しにして逃げ去ってきた。


 兵士を倒した射手である1.2マイル約2キロ先の岩礁の上でオルトンはその一部始終を見た。

港の奥に高級車から降りて来たスーツ姿の男達が何らかの指示を下す。

……男達の中から全く緊張感の無い兵士がひとり、走って出てきた。

……その緊張感の無さが逆に違和感を覚える。

その時点で兵士をマークし、間一髪で狙撃に成功した。

バレットM82はアンチマテリアルライフルでである。

2キロ先の構えたライフルを狙う芸当は余裕でこなせる。

腕は申し訳ないが巻き込んで吹き飛ばさせて貰う。


 そして当った。

……その後の兵士の行動にオルトンは驚いた。

普通の人間ならショックでその場にへたり込むか絶叫する。

だが、千切れかけた腕と此方を一瞥した後、どうとでもない顔をして残った片手で銃を抜こうとしていた。


(この兵士はバケモノか!)


そして銃を抜いた瞬間に頭部を射抜いた。

流石に動かなくなった……。


(後はキャッスルさんとウォルさんが無事逃げてきてくれるのを援護するだけだ。しかし、なんだこいつ等は!)


すぐさまモーターボートが来てオルトンが飛び乗ると出発した。


「ウォルコットさん! 怪我は?!」


 船に乗ったオルトンが無事を確かめる。

ホッとした顔でウォルコットが感謝する。


「ええ、無事です。オルトン、ありがとう! 私は神と貴方たちに感謝しましたよ。流石に終わったと思いました」


ボートを全力で疾走させるキャッスルが珍しく微笑んだように見えた。


「彼等は異常です。変な薬物投与されているか精神操作されているか判りませんが……」


オルトンもウォルコットも緊張感から解き放たれたのか妙なテンションで会話を続けた。


「何がどう危険なんです?」

「普通、腕を折られたら叫ぶなり暴れるなりしますが、彼は一瞥しただけで再度攻撃しようとしてました」


オルトンが信じられないと言った顔で首を振る。


「ショックで何が起こったか認識出来なかったのでは?」

「周囲に居た他の兵士も動きが無かったですからね。通常なら即座に他の兵士が反撃してきますよ」


ウォルコットは肯き、オルトンの指摘になるほどと一定の理解を示した。

だが、彼等は何者なのか? が推測できない。


 オルトンも解せない所は色々とあるらしく、兵士の装備がまちまちで統一性は無い。

まるで民兵組織のようである。

司令官らしき人物は軍服ではなく高級そうなスーツ姿だ。

こういった場なら役人でもまず軍服か作業服に着替える。

それに今はZがそこらじゅうで湧いている。

そんなご時勢に現場に高級スーツで移動、指揮している人間はまず居ない。


「まぁ、不審すぎてツッコミどころ満載感は大いにありますね。それでは戦闘行動を承認します。全力で島の皆さんを守り抜きましょう」


オルトンとウォルコットの顔に気合いが入る。

ただ、隣のキャッスルは相変わらずのしかめっ面だった。


「了解です。トラビスもいつでも出られる頃でしょう」


そうしている内にモーターボートはリトルダイアモンドの港内に入り、接岸中のトラビスの突撃艇に隣接する。


「トラビス! ウォルさんから承認降りました。戦闘開始です」

「ウォル、フランク、キャッスル! ご苦労さん、フランクとキャッスルは済まんが給油と給弾して引き続き迎撃に当ってくれ」


ダンがボートから降りるウォルコットにブランケットを掛けた。

そしてトラビスが2人に指示を出す。


「それとトラビス、この連中、何らかの薬物か精神と肉体の強化受けてる可能性がある。Zと同じ対応が必要かもしれません」


オルトンのアドバイスにトラビスはギョっとして聞き返す。


「頭部破壊か?」

「私はそうしました。……」


生きている人間をZと同じ対応は正直やりづらい。

ヤレヤレと頭を掻きながらトラビスはボートに給油作業するティムに指示する。


「皆にそう連絡してくれ。対応を間違ったら被害が出る」

「他の島は私が連絡しますよ。此処の現場をお願いします」


ウォルコットが湾岸事務所に向かいながら他の島の連絡を買って出た。


「後、やって置く事あるか?」

「ぜひ、チャック・ノリス世界最強の生物を呼んできてください」


トラビスの問いかけにオルトンは苦笑がてらそう言った。


 ウォルコット達が逃亡後、暫くしてクリスは兵士を船に乗船するように指示を出す。

中型船には15名、小型艇に5名分乗させる。

部下からマーカス隊の船の用意について問い合わせが有った。

船を用意したが何処にもいないと報告されたのだ。


「なにぃ! 連中はどこ行った?」


イラっとしつつ、部下に探させると車で寝ていた運転手のモーリーを見つけた。

即座に叩き起こして詰問する。


「マーカスぅ? アンリ様に会いに行くって言ってそのまんまだぜ。オラァ寝る。担当オレは輸送で戦闘は得意じゃねぇンだ」


  (勝手な事を! )


その言い草にクリスはムカつきがこみ上げる。

だが、作戦前なのでぐっと我慢して報告に向かう。


 司令部は港の商業施設カフェテリアでテントを張っていた。

だが、アンリとエミューロは外にテーブルと椅子を出させる。

地図を見てワイン片手に優雅に作戦を練っていた。

まるで観光旅行気分の2人の前に立つと出撃の報告を始める。

すると、エミューロが振り向きざまに報告を止めさせる。


「貴様、アンリ様の船はどうした? 漁船では有るまいな?」


報告を止められ、憮然と立つクリスハゲエミューロハゲが詰問する。


「はっ、モーターボートが1艇、用意して御座います。島々の護衛を殲滅、制圧せしめた頃にご案内しようかと思っていたところです」

「うむ、上出来である」


ケチをつけようとエミューロが何かを言う前にアンリが先に認めてしまった。


 そのエミューロに不満をくすぶらせたクリスが質問する番になった。


「お褒めの言葉ありがとうございます。失礼ですがお伺いしたい事が御座います。先陣予定のマーカス隊は何処に配置になったのでしょうか?」

「マーカスから陽動で相手の手薄な島を攻撃すると報告があった。聞いておらんのか? 把握しておけ!」


エミューロはまた文句でも言うのか? と言わんばかりの顔になった。


「先手はマーカスでは無いのですか?」


また、まんまと口車に乗せられたなこのアホ上司……内心嘆きながら問うた。


「くどいぞ、貴様らだけでも十分だろう!」


エミューロがアンリのご機嫌が悪くなる前に一喝する。


「畏まりました。それでは出撃して参ります」

「うむ。存分にアンリ様の為に働け」


上司に負けず劣らず時代錯誤な鷹揚な物言いでエミューロがクリスに命じた。


 クリスは速やかにその場を離れる。

施設の裏に警護の部下を呼び出しにマーカス隊の位置を調べさせる。

場合によっては尻を叩いて出撃させる様に指示を出す。

そして港に移動し、先頭の中型船に乗ると操舵手に出航を命じた。

後ろを同じ型の中型船2隻と3隻の小型船、計6隻の船団が港を出て行った。

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