飛来

 ゼラルゼスを載せたアグスタ・ウェストランド AW101改は北西に進路を取り、低空飛行でロードアイランド海峡からプロビデンス川に入り、そのままシーコング川を北上して海上やケープコッド付近に展開中の米軍のレーダー網を避ける


そして一旦、ホープデイルの工業空港で点検と燃料補給する


「なぁ、グレッグ……なんでそんなに機体整備に神経質ななんだ?」


 燃料補給作業を手伝いながらリカルドが細かく点検しまくるグレゴリーに尋ねる


「自分の愛機にしっかり手を掛けない奴が巧く乗りこなせる訳がないからな」


 不愛想に答えるがこれでも愛想がいいほうだ……普段はムスっと作業しているだけだからだ


「確かに俺のバイクもしっかり手入れしてやればいい感じで走るな……よいっしょっと!」


 リカルドがだべりながら燃料タンクにパイプをはめ込みロックする


 するとグレゴリーが近づき、パイプのはめ込み具合を確認する


「よし、OKだ……リカルド、お前さんのバイクは?」


「スズキのGSX1100初期型だよ」


「おお、KATANAか……アレは美しい……しっかり手入れしてやってくれ」


 珍しくグレゴリーの顔が乗り物ネタでほころぶ、それを見たリカルドが何かを閃く


「ふぅん、……なぁ、今度の任務終わったら一度バイクを診てメンテナンスのアドバイスをくれないか?」


「ああ、しっかりと診て差し上げよう……ライディングもついでにな」


 そう言うと流入のスイッチを入れて次の点検作業に戻っていったが、その進み具合に焦りを隠せない人物がいた……スタンだ


「おーいーっ! 次は何したらいい? ほら、お前らも手伝え! 時間がないんだよ!」


 グレゴリーに次の指示を貰うべく矢継ぎ早に催促すると、全く動かないケーニッヒやダーホアの尻を叩く


「いや、もうないよ、20分後に満タンになるからそこで油圧系統みて発進だ」


 この華奢で我儘なロシア人に対してさしものスタンも呆れ果てていたが、優秀なプロドライバーを手放す気にはなれなかった


「頼むぜ、査定役を待たせると俺の報酬と精神状態がヤバイ」


「あんたの報酬なんぞ、知らんがな」


 グレゴリーの後ろのリカルドが冷静に突っ込む


「いやいや、お前さんたちの次回契約更新の提示額も変わるんだぞ?」


「何でよ? 俺達真面目に取り組んでんじゃない……」


 リカルドは口調のトーンが下がり威嚇するような目つきになる


 元々はサンパウロの貧民窟ファベーラ出身で普段は気の良いアンちゃんだが、その出自ゆえにお金とお祭りに異常な執着を見せる


「それはな、査察役が君らの働きを十二分に観察できないのと、仕事の時間に遅れるルーズさは精密さを要求するミッションに置いて、不適格な仕事や不誠実な行動としてチームの存亡どころか会社の運営にも関わるミスを惹起しかねない……という査定が下されるってわけさ」


 オーウェンからの受け売りを守銭奴モードのリカルドに教えると納得しながら頷き


「そりゃ一大事だ……安月給が薄給になったらバイトしなくちゃ!」


 慌てて機材を仕舞いだすリカルドだったが、ゼラルゼスのレギュラー正式メンバーの給料は決して安くなく、大手メーカーCEOの報酬クラスは持って行く高給取りだ


 チームにいる連中は子供や女性でも正式な依頼でターゲットとなれば即座に割り切る、真っ当な理由もなく出し渋れば今度は依頼者の眉間に銃弾が穿たれる……ある意味プロである


 装甲しているうちに給油が終わり、エンジンが始動し出発する


「さて、レーダーに感は?」


「無いが……前方を見てくれ……あそこが現場か?」


 インカム越しにスタンがグレゴリーに尋ねると半分呆れたように顎をしゃくる


 そのはるか数十キロ先で森林火災が盛大に起こっていた……カペロ達による壁破壊の産物だった


「正解、迂回して侵入してくれ、全員現場だ‼ 打ち合わせ通りに動いてくれよ」


 スピーカーから指示が飛ぶと全員無言で銃器の最終確認をする


 すると


「当研究所に接近する大型ヘリ! 所属と目的を述べよ! 繰り返す!……」


 通信機のスピーカーから研究所の発令室からの呼びかけが飛び込んでくる


「全チャンネルでウチらに対する所属と目的を問う通信が来たが……さて、無視を決め込むか?」


 グレゴリーは右旋回しながら副操縦席のスタンに問う


「ああ、いつもと同じにな……これでハリアーかライトニングⅡが出てきたら俺は笑うね」


 スタンは自嘲気味に指示するとグレゴリーは指示通りに迂回し東側から侵入を開始する


 目前には研究所の敷地が広がり、研究所の周囲で戦闘が起こっていた


「ほう? 互角にやれてるのか……それはラッキー、グレッグ! 外縁部で降ろしてくれ」


 スタンは戦局をパッと見て判断するとグレゴリーにそう依頼すると降下準備に取り掛かる……


 だが、それをグレゴリーが慌てて止める


「ちょっと待て! 全員ベルト締めろ! ハリアーⅡではないがそれ並みにめんどくさいのが出て来たぞ」


 それを見てグレゴリーはヘリのスピードを落として警戒に入る


 研究所の屋上の下の階からせり上がってくるヘリポートにローターブレードを旋回させて発進しようとするエメの隠し玉、アメリカ海兵隊仕様の最新攻撃ヘリAH-1Z ヴァイパーを発見していた


 エメ達、装備開発部はめったにお目に掛かれない軍事最新機密を堂々と探りに行くべく、全滅したポーツマスの海軍造船所と空軍基地にて輸送途中で放置されていたヴァイパーを見つけ研究所に運び込んだ


 研究所でデータをしっかりとった後、火器管制装置を弄り、ミサイルやロケットポッドの複数の武器と重量バランスを考慮して汎用性を高めてあった……簡単に言えば左右とも違う武器で構成され、右はサイドワインダーと対戦車マーベリック、左はハイドラ70ロケットポットとヘルファイア……素人ならではの柔軟性と技術者の腕の冴えが見事なほどのいびつさで表現されていた


 その戦闘ヘリを前のパイロットがモーリー、後ろのガンナーがエディのコンビが乗り込み出撃していった


「ウホッ! 操縦も良いレスポンスでエンジンの吹けも良い……こんな戦場についてきてよかった……」


 モーリーが操縦桿やフットバーから返って来る反応に感激しつつヘリを前に進める


「ちょい! モーリー、止まって! コントロール発令室! 攻撃許可を!」


 エディは慌ててそれを止め発令室に問い掛ける


「5秒待って!」


 ジュリアがそれに答え、通信担当に指示する


「大型ヘリに告ぐ! 返答がない場合は当方に危害を加える者と断定し攻撃を開始する、繰り返す!……」


 それでも返答がないのを確認するとジュリアはエディに指示する


「対空ミサイルの火器レーダー照射して、五秒後無ければ開始して」


 そう指示を与えると通信担当に返答は? と尋ねるが担当は残念そうに首を振った


「エディ君、やって! ついでに下の教会も一掃して!」


了解アエイト


 ジュリアの許可の元、ミサイルのトリガーの安全装置を外しサイドワインダーを発射する


「ぶっ!?」


 レーダーによる予告の後のミサイルの射出に反応したグレゴリーは炎上中の左の森を嫌い、右に旋回して避けながらフレアを射出して回避行動に移る


 そのまま直進して森の中でミサイルが爆発する


「おい、グレック、チャンスがあったら俺だけでいい……降ろせ」


 いつの間にかスタンの後ろにケーニッヒが居て、そう呟く


「ああ、とりあえずチャンスがあったらな!」


攻撃を回避するのに躍起になるグレゴリーの代わりにスタンがあやす様にケーニッヒを取りなすと


「下に降りたらアレを狙撃する」


 そうスタンに言い放つとマクミランを片手に持ち、弾薬等入ったザックを肩に掛け扉の前で待つ


 それを見てスタンが叫ぶ


「ケェーニッヒ! 窓開けっから身体固定してそこから撃て!」


「了解」


 そう言い放つと左舷のドアを無造作に開け、ステップに足を掛けベルトに安全帯を掛けるとマクミランを構える


 いきなり窓を開ける狙撃手らしき人物を確認したモーリーはぎょっとするが、直ぐにエディから警告が来る


「モーリー! 気を付けて! 多分アンチマテリアルライフルだから距離とってね!」


「おぉう」


 その途端、ヘリの左横を銃弾が通り過ぎる……火災による風が強く空中静止が難しいのが功を奏した形だ


「うひぃ……なんだありゃ……化け物かよ」


「当たり所が悪ければ戦闘ヘリでもブチ落ちる、相手はエンジンのエアインテーク空気取り入れ口か後部ローターを狙ってるけど、この向こうのヘリとこちらのヘリの起こす風に火災による空気の流れが起きてるから早々は当たらないけど距離は取っておいてね! 距離さえとってれば圧倒的に有利だから!」


 ビビり始めるモーリーに注意事項を言い含めながら叱咤する


「けどよぅ……」


 イラっとしたエディは機首についている M197 20mm機関砲を真下に居たZと戦闘中のカペロの隊に掃射して問答を始める


「ライフルと機関砲、強いのは?!」


「機関砲」


 次はエディがコントロールして機首をスタン達のAW101改に向けるとロケット弾を放つ


 難なく避けられるがエディの問答は続く


「ライフルとロケット弾、強いのは?」


「ロケット弾」


「戦闘ヘリと輸送ヘリ強いのは?!」


「戦闘ヘリ!」


「ならばとっとと仕事終わらせて武装取っ払って慣熟飛行しようぜ!」


「応!」


 モーリーを無理やり調子乗らせて何とか任務を遂行しようとするエディは、ほんのちょっとホセが自分にガミガミ五月蠅い理由が分かった気がした


 調子に乗り勢い付いたモーリーは言われた通り、距離を保ちながら後方に回って仕掛けに入る


 運動性や空戦格闘能力では戦闘ヘリが圧倒的な差が有る筈だった……


 巧みに相手の射線軸からAW101改を外し、ケーニッヒの狙撃の射角に持ち込む


 装甲に刻み込まれる狙撃の弾着点が徐々に的確になっていく……


「戦闘ヘリがライフルに負けるわけにはいかねぇ!」


 モーリーが必死で回避運動を混ぜながら距離を変えつつエディが攻撃を加えるが、グレゴリーは華麗に回避する


「攻撃を工夫しているが……この手の機体に乗りなれてないのが良く分かる……一度、決めてみるか……」


 何かを決意したグレゴリーは横のスタンに操縦桿の隠しキャップを外すように指示をした


「ん? キャップ?……外すと……なにこのボタン?」


「合図したら押してくれ……0.1秒で良いから……ケーニッヒ! ドア閉めて座席に座ってくれ! 全員シートベルトな!」


 指示を出し終えるとグレゴリーは眉間に皺をよせ、手元のスロットルを開け始めた……

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