突破

 スタッテン島にあるグエンの部隊が守るショッピングモールに到着したトーレスの部隊は到着するなり、護衛の兵士達に銃口を向けられてそのままグエンの元に連れて行かれる。


「ニールセン、どういうことか釈明して貰おうか?」


 司令部代わりにしているフードコート着くとグエンを中心にした参謀団が取り巻く中、にこやかなトーレスはポツンと立っていた。


「説明も何も、ネットの教会専用ページにアップされてるのが公式発表ですよ? ご存じでしょ?」


 シレっと答えるトーレスにイラっとしながらグエンは先程の発表、


” 強皇ヴォイスラヴ師の弾劾と其の罪状、処罰に敵として活動していた断罪隊の赦免とその理由 ” 


掲載してあった記事を思い出して憤慨しかかっていた。


「何故ここで処罰するのか? 幾ら懲罰対象とは言え精神的支柱を失った我々は負ける! どう責任を取るのか?」


 先に参謀団長が指を差しながら激高しトーレスを責め立てるが、相変わらずの馬耳東風でやり過ごしつつ反論に転じた。


「ほーん? 現状でうちらの戦線維持はヴォイスラヴが居ても厳しいぜ? とはいえ相手方もライフライン発電所の損傷が厳しくて今年の冬が越せる保証がない。そこの実損害は向こうの方が大きい」


 撤退直後の市内には近衛兵団戦死者のZが発生し、マンハッタンからの地下鉄路線経由でその数が増えて来て制御不能になるのは時間の問題だった。


 一方、アンソニー陣営も6割の発電施設を教会に破壊され、厳冬で名高いニューヨークを電力無しで越すのは至難の業だった。


「しかし……」


「グエン、現場からの叩き上げのアンタならわかるはずだ。今が引き時だと……」


「貴様! まだいうか!」



「今なら近衛兵団やアンタの部隊の損耗率は丁度半分程度だ。ここで継戦すればもしかすれば勝てるかもしれんが全滅も有り得る。……わかるだろ? 次のが……」


 まだ文句が言い足りない参謀団を無視して、腕を組み憤怒の表情でトーレス自分を見つめるグエンに現場責任者としての同意を求める。


 そこに伝令の兵士が駆けこんできた。


「報告です! ヴェラザノ橋にZを視認! 現在狙撃部隊が排除してますが、突破は時間の問題と思われます!」


「志教! ……ご決断を♪」


 敢えて挑発するような笑みでグエンを見ながらトーレスは詰め寄ると舌打ちしながらグエンは部下達に指示を始めた。


「総員撤退! 橋の防衛部隊には封鎖指示! 残りは乗れる船を準備してこの島から脱出しろ! そして全部隊シカゴ本部に向え! トーレス! 貴様らはしんがりとしてヴェラザノ橋に急行せよ!」


「了解、そこで好きにやらせて貰っても?」


 ニヤリと笑いトーレスは再度尋ねる。


「クッ……構わん! 兎に角、時間を稼げ!」


「了解した、それなら爆薬等要らんもの頂戴ね? 派手にやるから」


 嬉々としてトーレスはその場を立ち去ると参謀団は悔しそうなグエンに詰め寄る。


「志教!」


「此のまま継戦しても勝機が薄いとなれば撤退は仕方あるまい。 それにだ! 今はなるだけ戦力維持しておかないと今後の権力闘争に負けるぞ」


 実はグエンは強皇失脚の報を聞いた際、反ヴォイスラヴ派がまだ生存していた事に驚いただけでなく、かなり用意周到に準備と計画されて居た事を察した。


 そしてトーレスの言った先の絵図面を考えて苦渋の判断したのだった。


 トーレスへの命令は現状の自分達が救われる為の最も有効な策でも有る事をグエンは悔しく思っていた。


「急げ、スレイヤー達がしんがりでもそうは持たん! 銃火器は優先的にトーレスの部隊に回すか捨てて置け」


 仮司令部を飛び出すとグエンは周囲の部下達に檄を飛ばしながら、部下を連れて車に向かう。


「志教! どちらへ?!」


「使えそうな船かボートを探して来る」


 逃げるのかと思った参謀団が慌ててグエンを呼び止めるが、全く違うことを考えていたのだった。


「全員集まれ! いいか?! ヘリテイジパークに船舶ドックがあった筈だ。多少壊れてても良い! 見つけ次第そこに集合せよ! 常に3メン・セル3人1組で行動しろ! モノがデカい場合は呼べ! 以上!」


『『 了解イェス・サー! 』』


 その場にいた子飼の部下達が速やかに車に分乗し手分けをして探し始めた。


 一方で解放され補給用コンテナ内で補給をするトーレスに向かってワッツが雷を墜としていた。


「あんた、うちら最大の後ろ盾のボスヴォイスラヴぬっ殺してどーすんの!」


「うっせ、奴こそが俺の標的だったんだよ。俺の初陣からな……同じ養成所の兄弟達の仇だったんだよ」


 しみじみとトーレスは弾を装填しながら動機を告白するが意にも返さずに正論の轟雷を落とす!


「それこそうっさいわ! あたしに関係ないじゃない!」


「あはは、確かに、悪かったな……再就職先世話しよか?」


 流石にシャレにならないワッツの怒りっぷりでタジタジになりながらトーレスは話を振る。


「私、意外と高給取りだからね?! 下手な所紹介しないでよね?」


(こので転職の意味があるのか? )


 トーレスはそう内心呟きつつ頭を掻く。


「反ヴォイスラヴ派のにツテがある。そいつの師匠があのジョニー・カスティーヨだそうな……」


「へぇ……ボスのライバルだった人じゃない……って私、尋問されるの? 却下!」


 慌てて却下するワッツに珍しく笑いながらトーレスが訂正する。


「いやいや、ジョニーのお友達のお仕事補佐いつもの仕事をやればいい。あんたの仕事っぷりは教会内部でも評判だからな……裏事情も知って居れば即座に雇って貰えるはずさ」


 そう武装を整えるとヴィンスが飛び込んできてトーレスに向けて拳銃を構える。


「きさまぁぁぁ! 良くも猊下を……許さな……」


 その言葉は最後まで言われることはなく、後ろから追いついてきたリックにパッと拳銃の撃鉄を抑えられて奪い取られる。


「あっ! 何をする返せっ!」


「志祭、全隊員装備完了しました。どうされます?」


 暴れるヴィンスを難なく取り押さえるとリックは次の指示を尋ねた。


「全員、車に乗れ、ヴェラザノ橋で退路確保だ。それとそいつを寄越せ」


 そうリックに指示するとトーレスはヴィンスの襟首を掴んでワッツに向かう。


「シカゴに着いたら、ジョニーの部下のジョシュア・グランダンを探して経歴を告げた後、俺からの紹介だと伝えろ。それだけで良い」


「分かった。……生きてたらご飯奢ってね。最低な隊長さん」


 そのままヴィンスの襟首を掴み引きずって出ていく後姿をワッツは微笑み返して見送る。


「ああ、生きてたらな、高給取りの秘書さん」


 振り向かずに手だけ挙げてコンテナを出るとリック他、生き残ったスレイヤー7人にあの運転手が居た。


「やぁ、志祭、よくご無事で」


「おお、ドライバー、お前さんも無事か……そういやお前さん、元職は?」


 ゆっくりと歩み寄り握手を交わし、トーレスは一瞬湧いた疑問をぶつける。


「私ですか? しがない運転手ですよ。


 笑顔で答えるがその雰囲気でトーレスは何かを察し頷いた。


「そうか、ありがとよ。スレイヤー隊出るぞ!」


「待てぇ! 俺の話は終わってない!」


 ヴィンスが大声を上げて指示を邪魔するがトーレスはヴィンスに向けて話しかける。


「アイツ、戦闘前の訓示でなんて言った? 戦友たちの遺志に報いるとか言ってただろ? あいつに食い物にされて死んでいった奴らに報いるのならあれが正解なんだよ。俺達を実験台や兵隊にして自分はえっらそうに踏ん反り返ってる……許されるのか? お前ら近衛兵団は味方殺しの手下か?」


「いや……我々は……指導者である強皇を守る為に居るが、悪党の守護者ではない……」


 その剣幕と喉元を搾り上げられたヴィンスが苦しそうに答える。


「よし、ヴィンス、お前もついて来い」


 そう言って拘束を解き、全員で駐車場に出るとM240機関銃を装備したストライカー指揮車が2台と兵員輸送車が1台置かれていた。


「おおン? コレで行けってか?」


「ニールセン志祭ですかっ! 教会装備課です。グエン志教からの依頼でご用意させて貰いました」


 整備用の繋ぎを着た初老の男達が話しかけて来るとトーレスが質問を始めた。


「ガスは?」


「半分入っております。これで精一杯です」


 申し訳なさげに整備兵が答えるとヤレヤレと肩を竦めてトーレスは話を続ける。


「弾薬は?」


「各車、M240用のベルト10巻きセット積んであります。C4プラスチック爆弾も少量用意してあります」


 その気前の良さに思わず目を剥いて尋ねる。


「ほう?! 対戦車ランチャーは?」


「御入り用ですか?! いかほど?」


そう言いながら在庫なしとか言って断るんだろうなぁと思いつつトーレスは苦笑して注文する。


「M202A1を2つ、後はM72 LAWを4つ程度で良い。用意できるか?」


「あります! 直ちに用意させてもらいます!」


 そう言って整備兵がコンテナに入っていった。


「あるんかぃ! おし、ドライバー、輸送車にリック達を乗せてくれ、ヴィンスはストライカーに乗れ、ヴェラザノ橋をぶっ壊すぞ」


 驚くトーレスは嬉々として搭乗を指示するとストライカーに括りつけるようにM202ランチャー焼夷炸裂弾砲が取り付けられ、既に弾薬で満載になったストライカーの運転席の隙間に差すようにロケットランチャーM72が運び込まれる。


「志祭! これだけでやれるんですか?」


 爆薬を見ながら運転席に座ったヴィンスがトーレスに尋ねた。


「ヴィンス! お前さんなるだけ川側の橋脚にC4設置しろ! うまくやれれば半壊できるはずだ。とにかく急ぐぞ!」


 疑心暗鬼に陥るヴィンスを有無を言わさずに爆弾設置を指示し、トーレス達はヴェラザノ橋に到着する。


 そこにはグエンの部隊と近衛兵団の残存部隊が必死に足止め射撃を敢行していたが、片側4車線もある橋と迫るZの数に徐々に押されて既に橋の半分まで渡られてしまっていた。


「部隊長! スレイヤー隊が交代要員で来てくれましたよ!」


 残り少ない弾を弾倉に詰めていた兵士が予備弾倉を渡しながら叫ぶ。


「あー?! 足りんわ! いっくら一騎当千でも撃つ弾がなけりゃ、10分持たん!」


 弾倉を受け取りながら部隊長がボヤくがストライカーが背後で止まり、トーレスがM240をの用意始める。


「機関銃ベルト10セットなら1時間は持つぜ? 看板弾切れなら店仕舞い撤退準備しろや!」


「ああ、クソ生意気な事言ってくれる! 暫く待っててやっからとっとと自慢の兵隊共並べろや!」


 売り言葉に買い言葉の部隊長が軽口で応酬しあう。


 すると橋の反対側、その反対車線からタイヤを派手に鳴らし野太いエンジン音と共に一台の車が現れた。


 その音に引き寄せられ集まって来るZをフロントで吹っ飛ばし、テールで薙倒し、タイヤで轢き潰し現れたピットブルが高速でこちらに向かって来る。


「あの車……奴か!」


 トーレスが既に大半のZを無双してこちらに渡って来たピットブルにマクミランを向けてスコープ越しに観る。運転席には例の相棒がゲラゲラ笑いながらZを弾き飛ばしていた。


「ジョシュア! てめぇ!」


 取り付けてあったランチャーに手を伸ばすが、既にピットブルは目の前に来ていた。


「パーイセーン、此処の後始末頼むわ。ついでに此処でZになって死んでくれたら楽でいいや」


 上部ハッチから顔を出し挑発するジョシュにトーレスがキレる。


「てめぇクソガキ! 決着着けてやるから降りて来い!」


「バーイバーイ、お仕事がむばってねぇ!」


 相手にせずにジョシュ達は走り去って行った。


「おい、今のは!?」


「単なるクソバカ野郎だ! たった今ぶち殺してくれる!」


 部隊長がやり取りとその言動に驚きながら尋ねる。


 怒り心頭のトーレスはそのまま加速して走り去るピットブルに向かいマクミランを殺意の言葉と共に乱射した。


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