混迷

 本社ビルの地下専用入り口にアンソニーが秘書と精鋭の護衛数名を連れて姿を現す。


 そこには既に配備されていた護衛部隊が整列し敬礼をして出迎える。


「やぁ、ご苦労様」


 こんな状況下でも柔和な笑みを浮かべてアンソニーは直通エレベーターで自室で有る本部長室に入る。そして執務机の椅子にごく自然な所作で座ると開口一番、横に控える秘書に状況を尋ねる。


「状況は?」


「はい、現在、両空港とも陥落寸前ですが攻め手の勢いが急速に失つつ有ります。そしてスタッテン島に兵力を集結を始めたとの偵察からの報告があります。尚、発電所関係は4割稼働できております」


「避難民は?」


ボストンコロニー穏健派と評議会反主流派の扇動で7割程度避難が終わってるらしいです。また断罪隊がメドウズコロナ公園付近で展開中の近衛兵団と例のJP隊との交戦に入ったと報告がありました」


 その報告を聞き、アンソニーは一瞬だけ苦虫を嚙み潰したような顔をするも直ぐに何事もなかったかのように頷く。


「JP隊は言わずもながら、断罪隊とぶつかってはどう転んでも教会の戦力は大幅減だろう。それに現状で戦力をそれなりに維持できているのは東欧勢我々だけだ」


 開戦当初にかなりいた東欧勢も半分になっていたが、代わりに本来のアメリカ系部隊の大半は全滅していた。


 彼ら東欧勢の大半は遊撃や追撃と称し、拠点の外へ出てもっぱら遭遇戦のみでお茶を濁戦力を温存していた部隊だった。


 そしてライバックに指令権を渡し、自分のいる場所を秘密裏にマンハッタンの本社に移動させた。


 ホセやジョシュの想定通り、教会の現時点の全戦力を以てしても周辺に密集するZの防護壁は突破は難しく、事実上不可能だ。


 仮に侵攻し来る頃にはシャーロットに依頼し待機中のヘリ空母の救助ヘリが送迎に来る手筈だ。


 そこに兵士が慌てて入って来る。


「何事か!?」


 御付きの部隊長がその慌てぶりを一喝するとビッと姿勢を正して報告に入る。


「申し訳ありません! 急報です! ゲオルグ教授らの手により強皇ヴォイスラヴ射殺、断罪隊解散させられました!」


「なんだと!?」


「君、詳細を頼む」


 目を剥く部隊長を尻目に真顔になったアンソニーが詳細を尋ねるが、第1報だけの兵士は言葉に詰まる。その後に続報を持った兵士が入って来る。


「続報です。シティフィールドの駐車場の戦闘にて敵首魁であるヴォイスラヴの死亡が確認されました。かつての不正行為と犯罪を暴かれその場で処刑されたそうです。その際に断罪隊は冤罪認定されて瓦解しました」


 その報告が終わった途端アンソニーは憤怒の表情で執務机を物凄い音を立てて拳で叩き割る。


 そして涼やかな表情に戻り席を立ち、所々で黒煙が上がるロングアイランド側を見る。


「部隊長、ゲオルグとその一党を此処におびき寄せて始末することは可能か?」


 部隊長の位置から出はアンソニーの顔は見れなかったが、その背中から滲み出るのが猛烈な純度の高い殺意だとわかった。


「勿論、連中や特務部隊がいくら優秀でも我々には勝てません。ですが、此処で迎え撃つより市内で抹殺がよろしいかと?」


 部隊長は胸を張りそう答えるとアンソニーは振り向くと指令を下す。


「宜しい! 私の送迎ヘリが来る前に連中を必ず全滅させろ」


「畏まりました」


「では任せる」


 そう短く答えるとアンソニーは椅子に座り風景を観始める。


「失礼します」


 伝令の兵士を連れて部隊長は部屋を出ていく。


「若、差し出がましいのですが、相手をしなくても後日、本拠の兵力を以て蹂躙してやれば宜しいのでは?」


 秘書が雰囲気を察して代案を提案するが、アンソニーは鼻で笑う。


「フッ、技術と科学の粋を集めたや覇道を雑兵共にこうも邪魔をされれば報復もやれるうちにしておきたいんだよ」


「ですが、万が一の事もございます。何卒もう一度ご再考を……」


 秘書は再考を促すがアンソニーは首を振る。


「君が心配してくれるのは分かっている。だがね最初にバーで会った時、奴らの俺に対する反骨精神が分かっていたのに……そのまま最前線任務に就かせればよかった。悔いても悔い切れん」


 そう呟いて臍を噛みながら半壊した机の引き出しからカスタマイズされたデザートイーグルを2丁取り出し整備を始める。


「若、まさか……」


「フフッ、最前線には行かんよ。君の言う万が一に備えるだけだ」


 手慣れた様にマガジンを引き出し動作と弾数を調べた後、チェンバーの弾を輩出させてバレルの掃除に取り掛かる。


 14インチのゴツイ銃身にマガジンパンパーを付けた弾倉、ウォルナット製のグリップは鈍く光沢を放っていた。


「分かりました。もう私は何も言いません。隣で控えておりますので何かありましたら……」


「ありがとう、君の気持に感謝するよ」


 途中で秘書の申し出を遮ると真摯に整備に取り組みだした。


 一方、ニューロンドンのフェリー乗り場にて、研究所専用トラックの荷台にあるベットの上で顔が死人の如く悪くなっていたキリチェックが拘束されていた。


 容体は芳しくなく、息だしは荒く幾分やつれて来ていた。


 ベットの横のモニターが映すバイタルサイン生命維持の数値は常時イエロー警戒レベル状態だった。


「ドラガン君、調子はどうだい?」


 様子を見に来たフレディが状態がかなり悪い事を承知の上で敢えて親し気に話し掛ける。


 ゲオルグが居ない今、その容体を安定させる処置の指示を出せるのは彼しかいなかった。その為1時間に1回必ずここに来ていた。


「ああ、かなり悪いがほどよく死にはしないレベル……文字通りの半殺しって奴だよ。ひょっとしてこれ拷問のつもりでやってるのかい?」


「悪いな、此方はそのつもりはないが結果的に苦しめてるのなら謝っとく、申し訳ない」


 皮肉を交えてキリチェックは饒舌に容体を伝えるとフレディは素直に謝った。


 キリチェックは実験的に遺伝子強制組み換えウィルスの拒絶反応で重度のアレルギー反応に苦しめられていた。

 ゲオルグ達はダンカンからの情報と奪取した研究データでアンチウイルス剤を開発する為に試行錯誤して開発を急ぐ……しかし致命的に時間は足りない。


 アンチウィルス剤をデータ上で試作してコンピューターで複数回シュミレーションした結果を精査した好反応なものを一発必中で投与する。


 避難船の機材を強引に積み込んで設置した施設ゆえあまり精度が良くなく、成果が上がらないがそれが唯一の突破口であった。


 それまでは対症療法で抗アレルギー剤とビタミン剤入りの処女と童貞の血液製剤を投与されていた。


「アハハ、真面目だねぇ君は……冗談だよ。だけど苦しいのはホントだけどね」


 苦しいながらも少し打ち解けたような感じで話した。


「ウチの研究員がシャカリキになって対応しているからもうじき良い結果が出るはずだよ。それまでなんとか頑張ってくれ」


 苦笑しながらもそう激励する。


 これでも前日は口もきかなかった男がフレディの必死で献身的な行動に多少は信頼を置くようにはなっていた。また同じ悩みパワハラ上司仕打ち過酷な業務を受けた事もあり意気投合していた。


「ふ、スタンなみの無茶を言ってくれる」


「あー、ウチの所長程じゃないよ。あの人、毎日、科学の為に死んで来いって指示出すもの」


「ブラックだな……若も相当だったが……」


 キリチェックはこの身体を蝕む苦しみとダンカンの自白動画にキャロルの最後を知ってやっと洗脳が解けかかってきていたが、やはり裏切りにくいのかアンソニーの事となると口を閉じてしまう。


「まぁ、側近の君を実験体にするくらいだからね。うちの所長はそこまでやらんか……ってあったわ」


「あるんかい」


 フレディはかつて吸血鬼に必要な血液補給を断たせて強制老化の実験に参加した話をしてキリチェックは眉を顰める。


「君、よくそんな上司についてるね」


「真摯に謝って貰ったし、無事に若返ったしね……」


 そう思い出深く答えるフレディが浮かべる苦笑も既に顔面神経痛のような痙攣に変わりつつあった。


「君の辛さは良くわかるよ。君らは悪く言う若も本当に良く気が回った人なんだよ。こうしてほしいと思うとそれを察して行動してくれる。もうピタリと……」


 キリチェックはフレディのブラック企業社畜の辛さを理解しつつ、アンソニーの弁護を始め出す。


「アンソニー卿は凄い人らしいね。エリート特務ばりの能力にトップトレーダーの先読み技術、商売スキルは立志伝級……これで特殊能力が長寿と超人級身体能力となれば伝説に成れる存在じゃぁないか」


 実に羨ましそうに語るフレディにキリチェックは笑って答え始めた。


「だろ? それでも直系兄弟の中では3番目の男だそうな、妹より継承順位が下な兄ってありえんとボヤいてたよ。ゆえに実績と力が欲しいといつも言われておられた」


「うちの所長なんてヤンキー崩れの武闘派科学者だからやってることがヲタ並みで……バートリーからどう金をむしり取るか? しか考えてない」


中間管理職のボヤキ大会居酒屋の一コマの最中、キリチェックがボソリと呟いた。

 

「継承順位が下でも若はご自身を並の吸血鬼をも超え得るとおっしゃっていた。それに長寿や身体能力以外に別の能力があるような言い方だった」


「へぇ? 3つ以上なら原種並だね……なんだろ? 幻覚かなんかかなぁ?」


 フレディは持ち前の研究者気質に火が付きだした。


「ご本人は……従来の吸血鬼の能力ではないと言っておられた……ゴメン、辛くなってきた」


 話を続けたいが顔色が悪くなり、バイタルの数値も下がって来たので慌ててフレディは脇のキャスターに置いてある薬剤を投与する。


「こちらこそすまん! 薬を投与したからしばらく休んでくれ」


 そう言いつつベットから離れたが、頭にはアンソニーの別の能力が気になっていた。


(従来の吸血鬼のものでないか……所長かエメに尋ねてみよう)


 荷台から降りたフレディは監視要員に声を掛けると装備課のエメの元に向かった。

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