強皇

 男は南へ向かう晩秋の41号線高速道路を湖からの強風の中、ひた走るトラックの荷台に載せられて、路面からサスペンションが拾う振動での痛みにイラッとしながらも警戒を怠らなかった


 負傷し、敵勢力圏内の戦域東海岸エリアから脱出したが、弾薬も燃料も尽き、Zがそこら中にうろついてる状況下で救護班が編成された帰還途中の中規模部隊に拾われたのは男にとって幸運と言えた


 その部隊で手当てを受け、部隊と共にクリーブランドに帰還したものの、その直後に本部より召還命令が下り、船でエリー湖からトレド、デトロイドを抜け、ヒューロン湖に抜け水路を通りミシガン湖に入りミルウォーキーで兵員輸送トラックに他の負傷兵と載せられシカゴ郊外の本部に送られたのだった


 本部は小さな湖が点在するエリアの中央にある島にあり、その周辺には巧妙に擬装された教会関連施設やその職員達の住居で構成されていた


 近くの医療施設に降ろされた男はふいに声を掛けられる


「序祭トーレス! お帰り、ちょっと付き合ってもらおうか?」


 男……トーレスは振り向くと上司である志祭・カーメルが待っていた


「志祭、申し訳ないが治療の後にしてくれないか? こちらはパブロ相棒獲られて怪我もしてんですよ?」


 トーレスは査問委員会に連れて行かれると推測し、適当ない言い訳をして戦場に逃れるつもりだった


「いや、強皇閣下直々の御指名だ、嫌でも連れて行くぞ」


 カーメルは屈強な序祭二人に指示するとトーレスを拘束し連行する


 トーレスは露骨に嫌な顔をしながらミニバンに乗せられて、前に座るカーメルに尋ねる


「志祭、私を何処連れて行くんですか? 本部と逆ですよ?」


「序祭トーレス、強皇閣下の指名で君には新設の特務隊の指揮官をやってもらいたい。それにより志祭見習いとして昇格し、11名の部下を君の下に付ける」


「志祭、私は25歳で現場に出てこの方、部下など持ったことがありません。パブロは相棒でしたし……」


 相手の意図は兎も角、部下が居ては自由きままにに動けない、トーレスは何とかして辞退する方策を考えていたが、志祭は構わずに話を続ける


「ただ君が率いるのは特務だ、当然最前線になるわけだが……事と次第では更なる昇格も有り得るんだよ?」


「要りません……私は現場に出れればそれで良いのです」


「まぁ、そういわんと……これで失敗しても文句は言われないぞ? これで戦果を上げれば強皇からの覚えが良くなる、決して悪い話ではない」


 カーメルは何とか承諾を得ようと粘るが、それでもトーレスは首を盾に振らない


「新規特務の任務の苛烈さは現場の人間なら良く知っております、しかし……」


「序祭トーレス、これは使いたくなかったのだが……」


 首を振りながらカーメルは呟く


「査問委員会で一連の疑惑に対し申し開きをするか? 特務の隊長を拝命するか? 選びたまえ」


 想定内の案に苦笑するトーレスにカーメルは追撃を出す


「これは私独自の提案だ、志教とかが絡む前に受けた方がより有利な条件が付与できるぞ?」


「では、私を直ちに志教に格上げ出来ますか?」


 トーレスは無理難題を言ってじろりとカーメルを睨む……すると案の定と言った台詞が出てきた


「私は中間管理職だ、確約は出来ん、現在、強皇閣下の直属志教もしくは順ずる役職は欠乏している……成功の暁には候補に挙げられるのは間違いない」


「担当志教に取り次いでいただきたい……確約がなければ御受け致しかねる」


「判った、今から行く場所に志教がおられる、じかに有って話をするが良い」


 内心ミスったとトーレスは悔やんだ、ここでゴネて逃げ出す算段どころか逆に追い込まれるとは……


 車はミシガン湖の湖畔のヨットハーバーに着き、一行は停泊してあった高速船に乗り、湖内に浮かぶ島に向かい発進した


 湖なので殆ど波も無く高速船は速やかに湖面をカナダ国境に向け滑っていく……


「志祭、これからどちらへ?」


「湖の国境にある教会の研究施設と特別養成所のある島だ、ゆくゆくはそこに教会の本部を移すと言われている」


「特別……現場に出て1年余り、特別養成所出の隊員や兵隊にあった事が無いのですが?」


「それはそうだろう、稼働して初の兵士達らしいからな……他の志教もお見えになる、くれぐれも粗相の無いようにな」


 そう戒めると黙ってカーメルは外の風景を見ていた、放置された形のトーレスは鎮痛剤を飲むと眠る事にした


 そうして船で2時間ほど進むと目的地の島が見えてきた。島は針葉樹に覆われ建物らしきものは確認できなかった


 カーメルは島に近づくにつれ緊張の度合いを増していき、目が覚めて周囲を観察するトーレスは疑念を深めていく……俺の様な悪名を呼びつけて兵士を預けるとは何か裏があると……


 島に着くと警護の兵士と係員が出てきて船を係留する


 カーメルに連れられて島に降り立つとトーレスはそのまま島の奥に歩いて行かされる


 すると一見プレハブのような平屋の建物が一行を出迎える


「ここですかね?」


「多分な……やや?」


 建物の奥に有る人物を見つけたカーメルは小走りで走って行き


「ヘイデン志教! ご無沙汰しておりますぅ~」


 媚を売り出した……後ろにゆっくりとついて行くとトーレスにも誰か判った、志教、エドワード・ヘイデンと部下の志祭達だ


「おお、カーメル久しいな……これが噂の序祭、ニールセンかね?」


 後ろのトーレスを見るとにやりと笑う


「はい、ウチの管区で売り出し中の序祭、トーレス・ニールセンで御座います」


「宜しくお願いします」


 紹介を受けたトーレスは恭しく頭を下げるが内心は見事に不貞腐れていた


(テメェの管区がえらい騒ぎになってんのに自分は安全な所で……良い身分だねぇ……)


「そうか、此方こそ宜しく頼む」


 偉そうな物言いと後ろに控える志祭達の上からの目線がトーレスの反骨精神を大いに刺激する


 そこに異様な雰囲気を出した集団が現れ、カーメルは勿論、志教達まで直立不動になる


 流石にヤバイと思いカーメルに習い、直立不動になるとその一団がなんなのかわかった


 強皇直属の部隊で護衛等を行うSP部隊であった


 その後ろを戦闘服を着た壮年の男が歩いて来た。顔の右頬には向こう傷があり、その傷を引き立たせるように顎鬚が輪郭を覆う……鋭い眼光を放つ目は頂点に立ってもなおも野心を湛えギラついていた


 トーレスの視界に入った時、忌まわしき記憶と共に怒りが持ち上がる


 ――強皇・ヴォイスラヴ――


 若い頃から吸血鬼狩りに従事し、吸血鬼根絶の為に世界をまたにかける男……東欧でバートリー財団とやり合い、その功績が認められ激戦区のアメリカ大陸に移籍し、現在の地位を得た……現在も巡回しながら目に付いた組織、団体を潰す……場合によっては教会の支部さえ粛清する武闘派強皇、その人だった


 その男があの初陣の頃と同じ様にトーレスの前に向かって歩いてくると立ち止まり


「あの時のド下手糞の素人が何処まで進歩した?」


 その覇気と殺気を纏う視線にカーメル達は恐れ戦くが、トーレスは真っ直ぐ見据える


「はっ、1年半ほど前線で生き残れるレベルには……」


「ぬるいな、だが、貴様の上司達よりマシな人材だ……ついて来い」


「はっ」


 目標が目の前に居るのに得物がない……仮に獲ったとしても即座に射殺される


 複雑な心境でトーレスはヴォイスラヴの後ろについて歩く


「話は何処まで聞いている」


「は、新規特務を率いろと聞き及んでおります」


「うむ、そいつらは前強皇達が理想とし、俺が育てた完全な殺戮マシン達だ。制御と統制は同じ様な戦闘的な人間ならば可能だ、それを貴様に預ける」


「私ですか? 率直に言えば他にも適任者は居ますが?」


「制御を失い連中が暴走した時、責任を負わすのが可愛い子飼いの部下より、捨て駒に出来る人材という事だろう……ま、そんな人材より貴様の方が適任か」


 後ろを付いて歩く志教達の空気が張り詰めるのを見て唾を吐くとヴォイスラヴは階段を下りる


 そこには大きい檻が幾列も連なっており、血の臭いと死臭が漂っていた


「これは?」


「我ら教会の次世代のクローン量産型兵士……スレイヤーだ」


殺戮者スレイヤー?」


「そうだ、教会の前線が貴様等の様な叩上げで全て構成されれば、後方がこんなにでも教会は吸血鬼共と互角以上に遣り合える。だが、実際は10年掛けて育てても新兵かチンピラ紛いの屑しか居ないのが現状だ……そして大事に育てても眷族級で戦闘的な輩と遭遇すれば壊滅は必至だ。その穴をこいつらクローン量産型で埋める。そして組織の建て直し健全化をしなければならん」


 トーレスが檻を覗くとそこには無数の死体が折り重なっていた……


 そしてその真ん中に、血塗れで内出血や傷だらけだが鍛え抜かれた肉体を持つ男が座っていた


 髪の毛は短く、鼻は潰されていたが目には殺気と狂気が入り混じった闘志が燃え盛っていた


「これが?」


「これはスレイヤー1、近接戦闘モデルだ。室内戦闘や白兵戦用のタイプだ」


「という事は他にもタイプが?」


「ああ、次の試験室に行こう」


 死臭が漂う檻を抜けて階段を上り、キャットウォーク状の通路に出る


 その下には迷路になっており所々に銃の部品らしき者が落ちている、それを拾いながら22口径デリンジャーを組み立てると近くに居た男に速やかに近づき、その眉間に発砲し射殺する


「こいつらはスレイヤー2、中・遠距離攻撃専門だ。銃火器の扱いにかけて特化してある」


 何処となく面白くなさそうなヴォイスラヴを見ながらトーレスはその姿に違和感を持つ


「閣下、何か問題でも?」


 廻りの護衛や補佐官の顔色が変わる、NGワードだったらしいがトーレスにとってどうでも良い事だった


「ふっ、貴様には判るらしいな……こいつらは理想ではあるが欠陥品でもある」


 鼻で笑うヴォイスラヴは吐き棄てるように指摘する


「狂暴、残虐過ぎてコントロールしにくいのだよ……現場に出る前に味方を殺りにかかる……」


(さては例の戦闘薬ぶち込んだな……)


 その話を聞きトーレスは無表情でそう察した


「他のタイプは?」


「もう1つ、こいつらの司令塔タイプで近・中・遠全部行けるのが今製作中だ」


 すると後ろに待機していた補佐官がタブレットをチラッと見た後に報告する


「閣下、只今スレイヤー3、最終試験を終了して完成したとの事です」


「ほう? ならば試験映像を見れるか?」


 ヴォイスラヴの顔に驚きと微笑が浮かぶ


「はっ、別室にて準備致します。5分頂いても?」


「やりたまえ」


「はっ」


 承認を受けた補佐官がタブレットに打ち込みながら小走りで走り出す


 それを見送るとトーレスに向き直り


「ニールセン、まだ付き合ってもらうぞ。付いて来い」


「御意」


 今までの不満気な顔が多少和らいだ感じでスタスタと歩き出すヴォイスラブの後を無言でついて行く……


 すると先程の補佐官がドアの前に立っていた


「此方で御座います」


「うむ、詳細データはそのタブレットの中か?」


「御意、ご覧になられますか?」


「ああ、頼む」


 タブレットを受け取るとデータを読みながら部屋に入る


 そこは大型の試写室であり、小型の映画館のような三十名ほどが入れる造りであった


 トーレスが席に座ると前の席のヴォイスラヴからタブレットが渡される


「読んでおけ」


 そう言われるがままデータに目を通す、そこには過酷で知られるネイビーシールズ海軍特殊部隊の基礎訓練の全てのメニューを難なくこなす6人の兵士達の姿があった。身体・戦闘能力は常人を余裕で超えるだろう……そして最終試験についての記述が有った……



 ――――インド洋・北センチネル島に深夜降下後、ターゲット仲間を殺害し脱出せよ――


 インド洋に浮かぶ島、北センチネル……人類が入ってはいけない島、文明を拒否した未開の島……


 そこに住まう住人達は外部に対してかなり排他的で、島に近づいただけで弓矢で攻撃され、入った外部の人間は如何なる理由があろうとも殺害される……


 劣悪な条件のなかターゲットであるを殺害し、怒り狂う原住民の襲撃を掻い潜りながら島を脱出し、数キロ先の船に泳いで戻ってくる……それが最終試験であった


 そして作戦が展開される……試射室内のプロジェクターに映像が映り、兵士達の降下からその後の展開が編集されて映し出される……


 そして明け方、腕に矢やナイフによる切り傷を受けながら一人の若者が船に辿り着いた……


 余分な脂肪の無い鍛え抜かれた身体に凛々しく整っているが無表情な顔に首には全員のドッグタグ認識章を掛け、数キロはある距離を泳ぎ切りハッチに手を掛けると難なく船に上がってきた


「任務完了、し、ターゲット殲滅に成功しました」


 その顔には多少の疲労はあるのものまだ継続戦闘可能といった雰囲気だった


「ふむ、未知の戦力を傷害にして自分と同等の戦士を仕留めて帰ってくるか……良し、合格だな」


 ヴォイスラヴは補佐官にそう告げるとトーレスに向かい


「コイツを含めた11人を預ける、先頃、我々の侵攻大隊を殲滅した特務隊がボストンの研究施設に警護と訓練を兼ねて出動するそうだ……それを叩いて使える戦力かを証明しろ」


「了解」


S3スレイヤー3が此処に戻ってくる3日間の間に部隊の把握、装備・移動手段の手配と傷を治しておけ、それと今日から俺の直属志祭だ、最新装備を使って戦場でガンガンやって来い」


(部隊や昇格は兎も角、3日で骨折が治るわけねぇだろ! この戦闘狂が!)


 厳つい表情でそう叱咤するヴォイスラヴを目の前にして緊張の面持ちで拝領するがトーレスは内心、しっかり毒吐いていた……

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