憂愁

 JP達を送り出したエディは輸送トラックに残った3台のホバーバイクを載せて陸路でZの流れを避けながらニューロンドン市内を通り抜けていく。


 フェリー乗り場に近づくにつれて、反対車線には避難民達を乗せた大型バスが次々に後方のバートリー本部が敷設した避難キャンプへ送り出される。


 その隊列を横目にフェリー乗り場に到着すると、積み荷であるホバーバイクを見るなりグレゴリーが輸送船の甲板から飛び降りて来た。


「おい! エディ! まーたお前らトンでもガジェット持ち出しやがって!」


「へっへぇ~、米軍の秘密兵器だかんねぇ」


 水陸両用車のパンサーだけでなく、滅多に乗れない米軍仕様のホバーバイクを持って来られて悔しがるグレゴリーに対し、自分のものでもないのに胸を張るエディ、それを先程到着したアンナが叱り飛ばす。


「エディ、任務終わってないのに調子こいてんじゃないよ」


「うひっ! アンナお帰り、任務お疲れ様」


 てへぺろしながらエディは労ったが、そのアンナは休もうとするエディの尻を叩きに来た。


「何、此処で終わらせてんの! さっさとコイツに充電して援護しに行くよ!」


 積み荷のホバーバイクに充電を指示するアンナに啞然としたエディが口を開く。


「エッ!? 俺らで敵のビルに乗り込むってか?!」


「他に行く用事任務は?」


「無いですけれども……」


 有無を言わさずアンナが頭を抑えるが、グレゴリーが冷静に制止する。


「姐さん、ちょっと待った。アンタ等2人程度の戦力が増えても陽動にもならんぞ?」


「しかし……」


「かと言って、援軍がここの所長では討ち取られたら反乱終了だし、他のゼラルゼススタン達やベケット達は護衛中……どうしたもんかねぇ……」


 抗弁に入ろうとするアンナにグレゴリーが機先を制して消去法で選択肢を消していく。


「ゴメン、立ち聞きする気は無かったんだけど……それが長距離からの狙撃なら?」


 そこに目を腫らしたアニーが手を挙げて挨拶しつつ輸送船から降りて来た。


 先程までエメに見守られて号泣していたのだったが、ジョシュ達が寄りにもよって避難せずに敵本部に突撃する暴挙にブチ切れ、泣くまであの2人を〆る気になっていた。


「それならば狙撃位置を発見され、現場に踏み込まれるまでに30分程度だろう。敵にスナイパーが居たら撤退もできずに終わりだがね」


 ゼラルゼスのメンバーであるグレゴリーは幾多の戦場を渡り歩き、現場でのスタンや他のメンバーの戦力分析方法や感覚を学び取っていた為、ある程度の目利きが出来ていた。


 しかし、本職が操縦担当ゆえに戦力的に一般兵並の扱いだったが……


「なら、3台あるから私が行く……のボディアーマーに弾丸ぶち込んでチビらせてやる!」


 援軍どころかトドメ差しに行く気マンマンのアニーにアンナとエディは苦笑した。


 すると輸送船の影から颯爽とMk6が現れ、旋回してピタリと接岸する。


「こ、今度はシールズのMK6……俺らは真面目に市販機買ってんのに……お前ら羨まし過ぎっぞ……」


 停泊した黒い船体を前に身悶えするロシア人に対するリアクションに困りながらオルトンとトラビスが降りて来る。


「お、お疲れさん……最終確認終わったぜ」


「ジョシュ達が本部に殴り込みに行ったらしいですね!? キャッスルさんが怒っ……」


 状況を確認しようと問い掛けたオルトンは目の前の怒れるアニー阿修羅に気が付き、それ以上言うのを止めた。


「あのバカ、野獣オヤヂホセとつるんで戦ってるうちにてめぇまで最強と勘違いしやがって……」


 ふねを係留作業を終えたキャッスルが渋い顔で突堤に降り立つとグレゴリーが閃いたように目を見開く。


「おお、切り札が居たか……」


「おん? 誰だ? お前さん……」


 身悶えしたり、変な顔したりする奇妙なロシア人に不機嫌なキャッスルがストレートに尋ねる。


「これは失礼、Mr.カスティーヨ、私、イングランドのPCM民間軍事会社ゼラルゼス所属、グレゴリー・ザイツェフと申します」


「ほほう、あの凄腕集団の……ほんで何してんの?」


 少し驚いた顔のキャッスルにグレゴリーが先程までの経緯を話すと困った顔で話し出した。


「伝説とか持ち上げてくれるのは有難いが、こちとら数十年も漁師生活してたから戦闘能力が見る影無く衰えちまってなぁ、本来ならあのバカジョシュの代わりに俺が出張る所なんだが……代わりに行かせちまった。俺には武器庫の1つを開けてやる事ぐらいしかできなかった」


 苦虫を潰した顔で淡々と呟くキャッスルにトラビスがフォローに入る。


「ジョシュ達が行った後、夜な夜な本土に渡って報復攻撃に対する偵察とリハビリがてらにZを潰し回ってたって聞いて怒るどころか流石に呆れたよ」


 ゲオルグに正体をバラされてボコっ仕返しした後ウォルコット達にかなり厳しく詰められたらしく、苦笑しながらトラビスが説明した。


「その甲斐もなく今の戦闘能力はちょっと強い兵士並みしかない……雑魚や油断してる相手なら経験の差で勝てるが現役本職には通用しない」


 寂しそうに話すキャッスルにアニー達も頭を抱えるが、そこで現役の射手が手を挙げる。


「狙撃ならあれから引き続き、強烈な潮風の中で練習したので多少は使えますよ」


 元SWATスワットのオルトンが落ち込みだすキャッスルの肩を叩き胸を張る。


 あれから皆でマックワース島に封じ込めたZを的にして強い横殴りの潮風という劣悪な環境下で練習を始め、元々一級品の狙撃の腕に磨きをかけていた。


「しかし、フランク、2人がかなり危ない橋を渡ることになる。 他の手も考えようぜ?」


 心配になったトラビスが手段の模索を提案するが、オルトンは首を振る。


「アニーと私が1マイル間で連射して、そこの2人組のどちらかが観測員か護衛について貰えれば結構な成果になる筈です。 Zの相手も任せられますしね」


「ならアタシが出るわ、ジョシュ達にはドミニクが世話になってるし」


 真剣な表情でアンナが手を挙げて即席チームが結成された。


「よいしょっと……フル充電には後20分ばかし掛かるが、その頃には予備のバッテリーも着けれるぜ」


 エディがむりやりトラックに設置した急速充電器を見てそう答えるとトラビスがキャッスルに提案する。


「Mk6も近場で給油してから甲板にバイクを載せよう。多分長丁場になる!」


「ああ、一応、そいつの充電器も載せようか……」


 キャッスルが作業をしに艇に戻ろうとするとグレゴリーが真顔で懇願してきた。


「Mr! お願いがあります! 何卒、操縦技術研鑽けんさんの為、今しばらくで結構ですので私に操船させていただけないでしょうか?! Zぐらいなら軽く駆逐できますので!」


「え? トラビス! どーするね?」


 真面目な懇願で返答に困ったキャッスルが艇長ていちょうであるトラビスに判断を仰ぐ。


「ああ、お願いしよう! エディ君とやら? オルトン達に操縦方法のレクチャーたのまぁ」


「よしきた、それじゃアンナにアニーとフランクさんは此方に……」


 充電中の一台に近寄りレクチャーを始めるエディ達を観ながら手の空いたキャッスルはゲオルグに今後の方針を尋ねる為、輸送船に向かった。


 途中、忙しそうに走り回っていたレイに冷えたコーラを貰い、居場所を聞いて艦長室に向かう。


 部屋の前に来ると叫び声に近い怒号が聞こえて来る!


『なんですと?! 西海岸と南部の抗争ですか!』


 その物言いでどうやらジェルマンとのやり取り中らしいと察し、ノックの後、しばらく前で待つ……


「入れ! クソバカ野郎!」


 いきなりの罵声付きで許可が出るとドアを開け


「いきなり御挨拶だなぁ、このドアホウ……で、何があった?」


 キャッスルがコーラを渡して冷静に尋ねるとゲオルグはコーラを手に取り机に腰掛ける。その眉間には深い皺が縦に入っていた。


「今、ジェルマンの野郎から連絡があった。以前から対立していた西海岸のコロニーと南部域の連中がアリゾナで軍事衝突を始めたそうだ」


「このご時世でやるかね……」


 呆れるキャッスルが手近な椅子に腰かけコーラをあおる。


「連中は俺が火を着けたと言い出しかねん……俺は人間も吸血鬼も救いたいからアンソニーに対して起ったのに傍から見れば権力争いにしか見えんらしい……本当に人間俺達は馬鹿で哀れだ」


 皺をより深く刻み、俯く顔に悲しみを湛えたゲオルグがボソリと呟く。そこに刺激に飛んだ言葉がその頬を叩く。


「ああ、何ボケてんだ? こんな世界になる前から人間俺たちゃはそんなもんだ。だからどうしたソーファッキンワット? 俺らはお互い殺し合いしながら認め合って、お互いの敵と血みどろで仲間や家族を失いながら戦って来たんだよな? 一旦はお互いの仲間を守る為に引退したが、このクソ悪路を倒れるまで……理想が叶うまで進むと決めたんだろ? その決意はもう消えちまったかい?」


 へこたれたゲオルグに先程までへこたれてたキャッスルがニコニコしながらあおる。


「くッ……ヘタレの分際でこの俺に説教とは……」


 見守るような笑顔に気が付いたゲオルグは一瞬絶句し、気恥ずかしさと口惜しさ……それと感謝を隠すように憎まれ口を叩く。


「俺、巡回説強せっきょう師なんだが? 穏健派の所長さん」


「お互いの肩書にを付けな……リハビリおじちゃん」


 そう言い合うとお互い突然笑い始める。そこには背中を預け合ったものしか感じ得ない感情があった。


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