着水

 至近距離で音響弾を喰らったキリチェックは平衡感覚や自慢の聴覚、視覚を完全に狂わされてその場で立ち尽くす。


 そこへ戦闘を聞きつけた展開中の部隊が数チーム駆け寄ってくる


「キリチェックさん、大丈夫ですか?」


 顔色を窺うように部隊のリーダーらしき男が尋ねる


「ダメージを貰ったようだ、すまん、相手はどうなった?」


「遠距離で顔は見れませんでしたが、腹を押さえて突堤から川に飛び込んで行きましたよ」


「そうか……逃げられたか」


 そう絞り出すのがやっとで目は未だにぼやけてしかもチカチカするし、耳はボーっと靄がかかったような状態でまともに聞こえはしない


「至急、ゲートを封鎖してくれ。テログループが突破を仕掛けるはずだ。必ず生け捕りにするんだ」


「了解しました。他に何か?」


 リーダー兵が内容を聞き、後方の通信兵が中央司令部に連絡を入れる


「では、接岸した船は何だか知っているか?」


 通信兵がすぐに問合せて答えを聞いて来た


「はっ、欧州本部からの先遣部隊だそうです。教会の大攻勢が始まる前にアンソニー様をお守りする軍団を先行して到着させたとの事です」


「ほう? 早いな……」


「妹君シャーロット様の御下知だそうです……」


 その名を聞いたキリチェックがため息を吐く……


 アンソニーには6人の兄弟が居た。


 その内の3人、次男と長女、次女はジョニーことキャッスルにドイツで討ち取られていたが、まだ3人は生存していた。


 長兄のカインと妹のシャーロットは東欧の本拠地で御真祖に寄り添い、4つの軍、直衛・護衛軍と親衛・近衛軍を任されていた。ただ末弟、ドリスコルについてはアンソニーでさえも幾重知れずと言われる


 総司令である武人カインは基本、御真祖がおわす本拠地から動かない。


 御真祖の守護と本拠地の防御力が低下するのを嫌うからだ……そして訓練と武器開発、購入に余念がない。


 だが、副指令シャーロットは違う……敵対勢力に積極的に攻撃を仕掛ける傾向があった。それが同じ眷属でも、大国の軍隊でも敵となれば手段を択ばない


 それ故にその屈強な軍の一部を軍団単位で惜しげもなく派兵してきたのだった


 その意思は敵味方にありありと伝わる


 ―― 我ら親族に仇名すものに死と破壊を ――


(若が依頼したのか? それとも御自身の意思での介入か……これでは東海岸が灰になる)


 ダメージから回復しないキリチェックに追い打ちをかけるようにストレスが襲う


「ダメです! キリチェックさんを病院に移送する! 至急、救急車を呼べ!」


 倒れそうなほどふらつきながらも歩こうとするキリチェックを止めるとリーダー兵は部下に救急車を呼ばせて、その身体を支えた……



 一方、リカルドの献身的行為のおかげで脱出に成功したマーティ達は一路、スタッテン島に向けて車を走らせる。


 途中、通報を受けた部隊から発砲されるが、生け捕りを指示されているので牽制程度でしかなく、難なく進んでいく


「マーティ、気を付けて、ゲート前には結構な数が居るはずよ!」


 助手席でジュリアが警告を発するが、マーティはアクセルを踏みヴェラザノ=ナローズ・ブリッジに向かうが、本来なら278号線に乗らなければ橋を渡れないのだが、そのまま橋の下を潜るパークウェイを走って行く


「マーティ、この道では橋は渡れないよ?」


 ソフィアも起き上がり指摘するが、マーティは黙って加速していく


 そして橋の真下にある公園に到達するとスピードを弱めて路肩に乗り上げる


「降りて! 橋の補修用の梯子を登るんだ!」


 そういって車から降りると一目散に橋の橋脚に向かい走り、橋を支える橋脚の横の補修・点検用梯子の扉を開ける


 先日アンナがキリチェックに追われ、ここで橋から落ちて撒いた際、橋の橋脚に据え付けられた梯子を使い点検用の通路からスタッテン島からロードアイランドに戻ってこれた事を聞いていた


 それに何度か橋を渡った際にもゲートから梯子は視覚で見えなかったし一度橋の下に入ればほとんど見咎められる事がなかった


「ジュリアねぇちゃん、悪いけど先頭をお願い! Zの始末よろしく!」


「わかったわ!」


 UZIを肩にかけたジュリアを先頭にアニー、ソフィアの順で登っていく


 上にジュリアが到達したのを確認して殿のマーティが入口の扉を閉めると、するすると登って先を行く2人に追いつく


「ちょっと! 早すぎ!」


「ごめん! けど急いで!」


 ソフィアが不満を漏らすが宥めながらも急かす


 全員が緊急避難兼点検用タラップに立つと棒を携えたマーティを先頭に走り出す


 上の橋から呻き声が聞こえる……心なしかマーティを追いかけて移動する気配であった……


 最初の橋脚を超えた辺りで来た方を見ると乗ってきたバンを兵士達が調べていた


「やべぇ、急ごう!」


 見つかるのも時間の問題だったが渡り切ってしまえばどうとでもなると確信していた


 事実、ヴェラザノ=ナローズ・ブリッジは吊り橋であり中央を超えてしまえば視認は難しくなる


 発見されて回り込んできても橋から降りて隠れる時間は余裕で有る


 だが距離はまだあり、障害も存在した


 マーティに気が付き、近寄って来るZに対して右足を踏み込み左手首を回しながら送り出すように棒を相手の眉間に向かい素早く、力強く突き出す


 メキャッ


 という音と共に回転が掛かった棒がめり込み、Zが後方に倒れる


 アンナに何度もやらされた上段突きだった


 手首を返すごとで回転が掛かりその回旋力は貫通力を発生させる。ゆえに硬い頭蓋骨に覆われた脳に対してもダメージを与えることが可能であった


 手応えと共に自信がマーティを突き動かす


(未だ連中はバンの周辺を探してるはず……中央さえ超えればあとはどうとでもなる!)


 必死に前を向き走りぬくが、彼が思っているほど大人達は甘くはなかった


 通報を受けた両サイドのゲートから兵士達が中央に向かい武装して捜索に移る


 そこに路上をうろついていたZ達がに釣られるように一定の方向に進んでいた


 そして物音に気付き、避難用の非常口から通路を覗くと中央に向かって走って来る一団を見つけ、慌てて発砲して足止めに入る


「うあっ! マヂいぃ!?」


 発砲され銃声に驚き伏せるマーティを後ろでジュリアが絶妙なタイミングで牽制射撃を行い兵士を下がらせる。後方ではアニーが後ろに現れた兵士を吹っ飛ばす


「マーティ! 立ちなさい!」


 ジュリアに急かされて立ち上がるがその足元に向けて銃弾が路面を弾く。 


 既に前後の通路には兵士たちが降り立ち、マーティ達は袋のネズミになっていた


「ジュリアねぇさん、ソフィー……飛び込みやったことある?」


 進退窮まったマーティは後ろの2人に尋ねる


「やったことないけど……君は?」


「うん! いっちょ気合い入れる?……」


 ジュリアの問いかけに挑発して返す


「生意気言ってんじゃないの……」


「じゃ、先頭お願いします。うちのねーちゃんやソフィーが気絶したらヤバイし」


 棒を前方に放り投げるとUZIを渡すようにせがむ


「仕方ない……先行くわよ!」


 UZIを渡し、一瞬、後ろを向きアニーとソフィアと目線合せると思い切りよく橋の上からダイブする


 綺麗に足から落ちるとすぐに浮かび上がる


「次、ねぇさんかソフィー!」


 UZI単発撃ちで牽制しながらマーティが次の順番を言うと後ろのソフィアが震えだした


「あ、たし……怖い……」


 2階の非常階段から洗濯物の箱に飛び降りるやんちゃな娘も橋の上からは流石に足がすくむ


「マーティ!」


 ソフィアに駆け寄る弟の後ろに迫る兵士の胸部ボディアーマーに直撃させてその場で悶絶させる


「ねぇさん! 先に行って僕らも後に続く!」


 先を急かした矢先に再度銃弾が姉弟を襲う


「ねぇさん!」


「後から必ず来るのよ!」


 最後の連射で両側の兵士を倒すとアニーは覚悟を決めて飛び降りた


 着水して必死に浮き上がるとジュリアがアニーを確保して上を見上げる。


 だが、河口が近いため流れが速い、位置を立ち泳ぎで維持するのも一苦労していた


「おし、ソフィー捕まって、大丈夫、俺と一緒に飛ぼう」


「嫌……ダメ、怖い」


 恐怖ですべての行動を拒絶するソフィアを何とか宥めてつつ、マーティはUZIで進入口を牽制をするが既に残弾が気になりだす


「チィ! ソフィー頼むよぅ!」


 必死に牽制しながらソフィアを無理やり立たすが、そこで別の方向から発砲されUZIの機関部が破壊される


 銃を放り投げ、振り向くと対向路線の通路にキャロルが銃を構えていた


「はい、動かない、大人しくしていれば命と生活の保証はするわ」


「わかった、今後は2人セットで行動させてね。それと最後に一言叫んで良い? それが条件」


「仕方ない、わかったわ、どうぞ」


 条件を付けられた挙句に最後に罵詈雑言でも吐かれるかとキャロルは呆れたが、いきなり下を向くマーティに慌てる


『ねぇさん!! ごめん! 捕まったから逃げてッ!』


 その叫び声を聞き、水面に必死に浮かんでいたアニーはジュリアを振りほどき叫ぶ


「こんのバカぁ! 後から来るって、言ったじゃないッ!」


 浮かびながら途切れ途切れでも上に向かって叫ぶと返事か返ってきた


『大丈夫ーっ! 何とかしてみるよ!』


 その返事を聞くと岸辺に兵士達が集まって来るのが見えた


『マーティ! 迎えに行くから待ってて!』


 流れに逆らうことに疲れて、ジュリアと再度、腕を組みあうとお互いの浮力と流れを使いその場からアニーは逃走を始めた……必ず二人を助け出すことを決意して……














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