侵入

 首から上がなくなったS2の遺体を見下ろしながらJPは発令所に事務的に報告をする


「フィリップだ、潜入した工作員は始末した、被害は0だ」


「了解しました、ご協力感謝します」


 返答するジュリアは感情を殺し、務めて声を抑えていたが、シュテフィンの無事を確認してデレたいのを隠していた


 そこにエメとフレディが発令所に入ってくる


「状況は?」


 厳しい顔つきでフレディが尋ねるとジュリアはモニターから向き直り報告をする


「潜入者はつい先ほどフィリップ隊長達が射殺したそうです、現在、デコイタウン偽装住宅地とサウスゲート付近に敵主力らしき中隊が出現したと守備隊から報告がありました」


「そうか……悪いが急いで潜入者の遺体を回収してくれ、解剖と精密検査する」


「それと装備はウチ装備開発部に回してくれ、精査して何か分かり次第、対策情報をまわす」


 フレディとエメはそう返すと戦況を移すモニターに目をやる


 保安部員と教会、双方がにらみ合うが、相手の偵察車両の中に先日遭遇したというスレイヤー達の姿がいなかった


「お互い、切り札はまだとってあるか……」


 モニターを見てエメがため息交じりで苦笑する、こちらにもまだJPの特務やジョシュ達がいるし、最悪、ゲオルグが出てくるだろう……


 そこに電話が鳴り、ワンコールでジュリアが取る


「もしもし……畏まりました」


 取った瞬間に顔色が変わり、受話器をフレディにに渡す


「教授から」


「はい、代わり……畏まりました直ちに!」


 代わった途端にご機嫌が極めて悪いのが判り、すぐに来るようにと指示が入る


「何かわかったの?」


 エメが慌てて発令所を出ていくフレディに調査の進展を尋ねる


「先程の解析でZウィルスは粗悪な改造がなされていることが判明……その試料と基礎データは……」


ウチ研究所から出てるのね? そら、怒るわ……」


 理不尽な理由なら出て行って叱りつけるエメも大噴火中のゲオルグは手に負えないらしい


「とにかく、ジュリア、保安部の皆には申し訳ないが遺体を頼んだよ? それではエメ、教授の鎮火の時はお願いします」


 そう言いおいてフレディはゲオルグの研究室に走っていった


「それじゃ、ジュリア、彼の装備も頼むね? なんかあったら呼んで、装備課の隠し玉出すから」


「分かりました、ちなみにそれは隠し玉?」


 隠し玉の存在を開かしたエメの悪戯な笑顔に興味をもったジュリアが尋ねる


「うーん?……ジュリアは知っておいたほうがいいか……耳貸して」


 エメが耳元で囁くとジュリアの顔が驚愕のそれになる


「え!? そんなもの……教授は……」


「もっちろーんゲオは知らないよ? これは私の独断と趣味だもの……装備課の皆でZが溢れかえるポーツマスの軍の倉庫で拾ってきたの……整備は万全、システムはすでにリンクしてある」


「凄い……切り札になる……」


「まぁね、使わずに置いておけるならそれでいいよ とりあえず出撃判断は任せた、ただし、出動には10分頂戴」


 驚きながらも最高のカードを得た気分だったジュリアはエメに即座に依頼する


「ならば今……」


「今は駄目、相手の総戦力と切り札達が判らないから……それに理由がもう3つある」


 エメが理由を述べるとジュリアは納得した表情と同時に残念そうに呟く


「確かに隠し玉で切り札にはなれない……」


「でしょう? とりあえずコレを全部しのいだら保安部の備品として回すからね……さて、ちょろっと仕事してくるわ」


「よろしくお願いします」


 エメはジュリアにウインクしながら発令所を出ていく


 ジュリアは戦況を伝えるモニターに向き直ると隠し玉を最大限に生かす方策を考え始めるのだった


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 研究所の分厚い外壁に対してトーレス隊の応援に来た中隊の隊長のカペロは不満だった


 長距離移動の後、緊急の応援依頼と手柄に釣られたものの、そのトーレス隊がすでに橋頭堡程度は作ってあると思って来たが……全くなかった……


 そこで移動の休憩さえ取っていない部下を損耗させない作戦、迫撃砲で注意をそらせた後、タンクローリーやトレーラーをZが張り付く壁に向かい突っ込ませて自前の橋頭堡を作る作戦を始めた


 こうすればZも潰せて足場もできる、最悪の場合はタンクローリーを爆発させて塀を破壊しZを引き連れなだれ込む……そして森ごと燃やしてしまえばいい……


 研究所が作った擬装用の住宅地の店舗に兵員輸送トラックを横付けて屋根の上に即席の指令部を作り、部下にトラックと重機を集める様に指示をし、この近辺のZが集結しつつある状況下でものの10分で見事に集めて見せたのは彼らの高い実力のなせる仕事だった



「閣下はスレイヤーの実験の援護とおっしゃられたが……そんな訳の分からぬモノが出来上がる前にアメリカから吸血鬼どもとZを駆逐して、我々が人間の国を取り戻すんだ! よし、皆行くぞッ!」


 そこには歪んだ独善的な思想とその思想の元、修羅場でたたき上げられた戦士の気概があった


 屋根の上でカペロが合図をすると無人のロードローラー部隊が最大トルクでハンドルとアクセルを固定された状態でZの群れに向かっていく


 周囲に嫌な音がする度に道路に無数のドス黒い染みが出来上がる……


 その後を次々と同じくアクセルをハンドルを固定したトラックやタンクローリーがミサイルの様に走っていく


 大量のZをゆっくりと潰しながら先を進むロードローラーに追突し、横転する無数のトラックやタンクローリー……


 それに気が付いた保安部員達が飛び出して来た時にはすでに塀の上に届く程度の高さまで横転したトラックの荷台が迫って来ていた


お頭部長に通報しろ! サウス南門、敵主力突貫開始、ベケット副長代理バーニィ副長でも良いから増員くれと!」


了解コピー


 橋頭堡を作るその手際の良さに面を食らいつつ、南門守備隊長の北欧系の大男は下の通信兵に伝えるとグレネードランチャー付きの愛銃FN F2000を玩具の銃の如く手慣れた扱いで部下と共に応戦を始めた


 状況を発令所で聞いたジュリアはバーニィとベケットを呼び出すと中継で通信が入る


「お頭、聞いたよ、今から向かうから持たせろって伝えてくれ、それと全部食ったら褒めてやんよともね」


 バーニィが返答しながらベケット運転のジープで現場サウスゲートに向かう


「急いでね、それと……」


「愛しの若ならジョシュ達と一緒に整備課ですぜ、後続への備えと対スレイヤー武器の点検だそうです」


 シュテフィンの居場所が気になるジュリアの心中を察し、先に居場所と目的を答える


「う、うりさいベケット! とっとと終わらせて本命に備えてッ!」


「アハハッ了解コピー


 図星を付かれて咬みながらもジュリアは信頼する二人の尻を叩くと返答も笑い混じりで返って来る


 こういう時の二人……いや、この二人が率いる我が保安部は本当に頼もしいとジュリアはいつも思う


 確実に戦果と目的を達成し最小限のコストで帰ってくる……


 ゲオルグやエメにも全幅の信頼を置かれる彼等こそ、この研究所の切り札なのかもしれない……



 だが、そこに急報が入る



「……先程の乗り捨てられた重機ヘイデンの爪痕から侵入者……スレイヤーとおも……ギャツ!」


 完全に注意を南に寄せた後に、ヘイデン達が塀に足場を作ったもののトーマスに撃退されて乗り捨てられた重機からスレイヤー隊が侵入を開始した


 JP達やジョシュ、バーニィさえ居ない北門付近の重機を動かそうとしていた保安部と装備部を瞬殺して速やかに侵入し、通報をしていたゲートの守備隊を始末した


 最後にクレーン車のアームを伝いトーレスが入って来た


「カペロ隊長、今、援護しますよー……本丸研究所を攻撃してね♪」


 そうふざけた口調で通信を入れると回線を切り替え、運転手に少し離れた安全な処で待てと指示を出す


(敵に察知される前に喉元にナイフを突きつければこちらのものだ)


 トーレスは後ろに控えるリック達、スレイヤーを森に展開させ、目標である研究所を破壊を目指すことを伝えると梯子を滑り降り、マクミランを片手に黄色や赤い葉が舞い落ちつある森の中へ一歩、足を踏み入れる


(ジョシュア……ブチ殺してやるからとっとと出てこいや)


 周囲に注意を払いつつ、その身に殺気を漂わせながら……





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