秘密
「ねぇ……まだっすかぁ? モノレールに乗った方がよかったのでは?」
大人4~5人が並んで歩ける程の幅の地下通路にエディのやる気のなさげな声が響く
通路の端を設置された資材搬入用のモノレールの線路を横目に最後尾のエディがエメと共に先頭を行くホセに尋ねる
地下通路は前回、発見されて爆破して潰したモノ1つだけでなく複数作られており、研究所が襲撃、又は包囲された場合の事を考え、研究所敷地内の地下から脱出が出来るように掘りぬかれ、崩落しない様に特殊合金材や鉄骨で補強されて、一部の通路には作業に使った小型モノレールがそのまま引かれていた
「もうちょい先だ、お前も特務隊員なら
先頭をライトなしでスタスタと歩くホセがやる気なさげにダラダラ歩くエディに苦言を呈す
そもそも特務隊と称されてはいるが、吸血鬼達の世界では従来の軍隊にある特殊部隊の様なものとは性格が違い、幅広い任務や要求に答える様な傭兵部隊で、レンジャーやグリーンベレーの様な任務は当然含め、作戦の際の移動や交渉、潜入工作まで行うのである……そんな隊の新兵とはいえ少し頼りない発言であった
「すんません、けど、
素直に謝るとエディは
「いや、お前さんだよ、あいつら武器見たらそれこそ趣味に走るからな、それに実はこちらのエメ・トゥーレ副所長のご指名でもある……光栄に思うように」
「ご指名アザース! って、俺でいいんですかい?」
少し驚きながらもエディはエメに気さくに尋ねると理由を説明しだした
「ええ、運転はピカ一、資材や銃器購入交渉などをやってるから物品の目利きもできて、多少の荒事もできるとなればフィリップ隊長の売り込みが無くても今回の仕事にはうってつけなのよ」
「畏まりましたっ! がっちりお役に立って見せます!」
美人のエメにそう言われて調子に乗ったエディはちゃっちゃと歩き出した
「それはそうとして、エメさん、お目当てのマフィアのお宅は?」
エディの調子に釣られたジョシュが足を速めながらエメに尋ねる
「マフィアのボスの本宅はボストン中心街の高層ビルの最上階にあるわ、ただ、以前から警察やFBIの厳重な監視下にあったからそこに行ってもめぼしい物はないわね……まだ最上階に身動き取れずにいるんじゃ無いかしら? それともすでにZになってるかもね」
エメは少し可哀そうな表情をしながら答える
「え? それなら目的地は?」
「今回は脱出口から40キロほど行ったデクスターってエリアに秘密武器庫、もっと先のヒンガムエリアにある海外取引用の湾岸倉庫の2か所を探るよ」
「了解した……しかし、まぁ本来なら土の下で眠ってる
ジョシュが了承するとエメがぼそりとホセに呟いていた
「Zで思い出したけど、ゲオが会議が終わった直後にホセに何かつぶやいてたけれど?」
「あれですかい? 先日、戦略で相談を受けた際に、NYからの情報【中央がここを消したい理由の一つとして所長なら見つけられるバートリーにとって不利益を生む何かがある】をお伝えしまして、アレはその答えかもしれないと……」
「それでZねぇ……何が繋がりがあるのかしら?」
「さてねぇ? 所長が証拠を見つけて、アンソニーに直接か、関係者に証拠を突き付けて問い質すしかありますまい……ちなみに今、NYの仲間が探ってますが隙が全くないそうです」
「そんなに?」
NYと聞いたアニーが反応し尋ねてくる、ホセは食いつく理由を察しながら説明する
「コロニー周辺は勿論、今回はアンソニーっていう執政官の周囲な……得体のしれない男が運転手兼護衛しているそうだ、仲間の見立てでは特務らしい……それも凄腕のね」
ホセはアンナからの情報にあった護衛・キリチェックと言う名前には聞き覚えはなかったが、東欧系の凄腕と聞いて背筋に悪寒が走る……イングランド貴族であるフロスト一族が率いる
19世紀の中頃、イギリスの貧乏不良貴族であるフロスト候は美しい女性吸血鬼を見初めて妻とし、彼女と共に、彼女の名前を冠した傭兵集団を立ち上げる
その集団は12~21人までのその道では最高峰の技術を持つ吸血鬼や達人達で構成される最高峰の武闘派集団であり、随時、メンバーチェンジをしながら後に業界屈指の小企業形態の民間軍事会社の基礎になる
通常のPMCが数千人規模が一般的な規模の中、異常なほどの人員の少なさで脅威的な成果と実績を挙げて、王室から有力者まで幅広い顧客を持つといわれる
JPやマーカス達が目標とし、ホセさえもその凄腕っぷりに恐怖する傭兵集団ゼラルゼス
依頼人は守護天使達と称賛し、敵対者は死神の使徒と忌み嫌う
「大丈夫だよね? ホセおじさんはハンマースレイヤーと素手で殴り合いするほどのマッチョなんだから
アニーの無茶な発言を聞き、ホセはコケながらも恐怖に縛られそうになる自分を苦笑して奮い立たせ、ネタにして返す
「嬢ちゃん……ストリップしながら格闘するガチムチ
「えー、世の中の腐女子達は大興奮だよ?」
「俺は即時撤退するわぃ! そういうことは薄い本だけでやってくれ! 何にしてもあんがとなッ!」
苦笑しながらもアニーのやり取りで救われた事に気が付き、ホセは投げやり気味に感謝する……
そこにエメの後ろで中衛を担うバーニィが一行を制止させる
「さて、皆様方、ちとご静粛に願いたい……じきに出口だが、向こうで待ち伏せされてたら一巻の終わりだ、ちょいと覗いてくるからホセさんや、ケツ持ち頼むぜ」
ホセに後詰めを頼むと二人はスッとごく自然に闇に紛れる……それを見たジョシュが緊張しながらも感心する
(ボケかましたり、ビール呑んでバカ笑いしててもこういう処が武闘派吸血鬼してておっかねぇな)
保安部のたまり場である研究所の慰安室兼パブには早速JP隊の面々が交流と称して皆で飲み明かしているらしく、ジョシュやシュテフィンもちょろっと顔を出したが、そこでは海千山千の猛者が集う……ことはなくごく普通の工事現場帰りのおっさん達が飲んだくれている図が広がっていた
それが現場に出ると豹変をするオヤジ……お約束の展開だが目前でそれをやられるとジョシュは苦笑して頭を掻く事しかできなかった
しばらくしてバーニィ達が帰って来た
「クリアだ、行くぞ」
そう言いながらエメの前に立ち、ホセと共に移動を開始する
しばらく行くと広間状のスペースにモノレールの終点と階段が数段あり、細い扉とスリットの様な隙間から光が数本出ていた
スリットから再度周囲を確認して音もなくと扉を開ける
そこは普通の民家の地下のロッカーに繋がっていた
アメリカ北部域の大概の家庭では暖房を家全体に供給するために地下に暖房用のボイラー、もしくは大型ストーブを設置していることが多く、地下室を納屋や倉庫にしつつ、その傍らに大型ストーブが定番なのだった
音もなくバーニィとホセが扉を抜け、バーニィは天井に近い窓を覗き周囲を確認し、ホセは裏庭に行く扉の覗き窓から周囲を確認し、ゼスチャーで進行を合図するとジョシュに続きアニーとエディがそれに追随し、最後に非戦闘員のエメが扉から出てくる
そして、バーニィは無言でストーブの後ろにあるキーボードで暗証番号を入れて裏庭の車庫の扉の鍵を外し、ホセに目配せをして扉を開けさせる
開くと同時に階段を音もなく駆け上がると顔を覗かせ周囲を確認し、ライフルを構えたまま車庫まで走り、その位置で周囲をしつこく確認する
バーニィが今度は顔を出し、ホセの合図を見て下に進行の合図を送り、音もなく進み車庫のドアをライフルで構えつつ開けて入る
そこには逃走用のEVミニバンが置いてあり、全員に乗るように合図する
エディが一通りの点検を済ませると運転席に座り、助手席にホセ、2列目にエメとバーニィ、後列にジョシュとアニーが座る
エディがエンジンをスタートさせるとモーターが動き出すとナビのモニターに待機指示が出る
リンクされた研究所のモニター室のスタッフに隠しカメラで周囲を確認してもらう
許可とほぼ同時に車庫正面の扉がスッと上がり発進する
「ふぅ! 沈黙で回りをチェックしながら進むと仕事してる感じだぁな!」
ガハハハッと笑いながらホセが後ろのバーニィに声を掛ける
「久しぶりにこういうことやると新鮮だな……ウチの
やってる最中にベケットが何回部下達にブチ切れる事かと悪戯っぽく笑む
そこにご機嫌な声でエディがステアリングを切る
「ウホッ! 良い脚してるじゃーん、ガソリン車のエキゾースト音も良いけど、こうして静かで高出力のモーターで機敏で上品に走るのも乙なモノだね……」
その意見を意外と思ったのはホセだけではなかった
「ピットブル乗りだからもっとゴツゴツしたマッシブなものが好みだと思っていたけど……」
「改装の相談に来た時の力の入れようでモンスターカー嗜好かと思っていたよ」
ジョシュとエメが興味深そうに運転席のエディを見る
「いやぁ、確かにアメリカンな車は大好きだよ、ただね、どんな乗り物でも乗ってみて良い所見つけて、肯定してからその車の能力が引き出せると思うんだ」
隣にいたホセが笑う
「聞いた風なセリフこきゃーがって……まぁ、確かにお前はラリーカーからヘリまで大概こなせるからな……」
そして車はZがうろつく住宅街を速やかに抜け高速道路に入る
「ねぇ! あれ見て!」
後列のアニーが下の道路を指さすと
周囲のZが合流しながら一定の範囲に密集した列の様な状態のZの群れが研究所の方向に歩いていく
「やばくない? 塀を超える様な規模の量のZの群れになると籠城の意味がないし」
その理由をアニーが説くとエメが即断する
「ゲオに言って止めさせるわ、それにランダムでやったほうが効果的だと思うし」
スマホに向かいメッセージを入力し、ゲオルグのアプリに送る
「ついさっき止める指示出したって」
(はえぇ、対応だなぁ……あのグズのゲオルグの分際で猪口才な……)
内心、ホセが感心する、かつては場所は違えど覚醒して2世紀近く共に旅をして、その後も度々、敵味方に分かれたり、轡を並べたりして手の内は全て知っているはずだった……
(認識を改めるか……)
そう思いながらうっそうと茂る森を見ながらホセは次の手を考えようとするのだった
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