叱責

 東海岸教区の長、エドワード・ヘイデン志教が仮設本部の発令室で顔を真っ赤にしながら、とりあえず報告に来たと言わんばかりのトーレスに対し怒鳴り散らす


「志祭・ニールセン! 一体どういう事か説明していただこう!」


 周囲には直属の部下の志祭四人がモニター席に腰掛け、笑いを我慢しつつも、そ知らぬ顔で前面のモニターを見ていた


 司令席に腰掛て叱責するヘイデンに向かい合わせで立ちながらトーレスは余裕のある表情でおちょくり交じりで説明を始めた


「で-すーかーら~、相手が避難民警護隊ぐらいならスレイヤー達に集団戦の実戦経験を……と思いまして追跡し攻撃した訳です、やはり熟練度と連携が悪く、ついでに先にはでさえ把握して無い、存在の知られていない奴らの拠点があり、相手が例の特務隊であり、交戦の結果、1名捕虜、4名負傷した次第です」


 暖簾に腕押し状態でやり過ごすトーレス……だが、その説明おちょくりも感情的になったヘイデンには糠に釘だった


「ならば、何故、目標の研究所を先に攻略しない!? 避難民などそこに居るのだから何時でもやれるだろぅ?」


「あのですねぇ……ソシャゲかTVゲームじゃ有るまいし、この程度の練度でいきなり敵の本拠地攻めたら全滅しますよ? それに避難民の逃げた先、例の拠点は大型客船でして、我々の目の前で優雅に出航して行きましたよ…… 奴等の大きな拠点に船のドック及び最大級の客船がある報告など噂にさえ私は聞いておりません!……此処の教区の責任者は志教貴方でしたよね?」


 そのトーレスの問い掛けにヘイデンは逆に激高を始める


「「なんだね? 君は≪私達が仕事をしてない≫とでも訴えたいのかね?」」


「ええ、強皇閣下もそう言っておられましたよ……一度、能力の確認をしようかと……」


「何を言ってるんだ? このクソバカは! あの強皇閣下が一介の志祭の言葉なぞ……」


 激高し言葉が汚くなってきたヘイデンの話を途中で圧し折り、トーレスは先程タブレットに届いたメッセージを読み上げる


「その結果、たった今、強皇閣下の御採決が降りた、およびその配下! 君達はたった今より俺の配下に入ってもらう……閣下に報告した所、≪私の意向を無視は良い、だが自分の教区を率先して守らず保身に走る使えない輩は一度、奈落に蹴り落したほうが良い≫とのご判断だ……なお、この後、直々に御下知される」


「な、なんだと」


 ――パチン――


 トーレスが指を鳴らすとモニター横のスピーカーからノイズが鳴り出し、トーレスに対し怒りと憎しみを込めた表情で見つめていた志祭達も驚いた顔で一斉に振り向くと、周囲を警戒しているカメラ映像を写していたモニターが一斉にヴォイスラヴの顔に替わる


 モニターの向こうで渋い顔でヴォイスラヴが宣告する


「そういうわけだヘイデン君、今までの君達の一連の行動を監査部が丹念に審査した結果、教区運営や戦闘能力に適切な能力があるとは思えないと判断した……だが、我々も間違いは有る。したがって君らに能力証明の場を与える」


「能力証明の場?」


 ヴォイスラヴ上司にいきなり能力を証明しろと言われてヘイデン達は困惑する


「抜き打ちテストと思ってもらえれば良い、ニールセンの配下に入り、スレイヤーを援護する試験だ……簡単だろう?」


 誠実そうな笑みを浮かべながら力強く訴えるヴォイスラヴにヘイデンは渋々肯く


「はぁ……それならば……」


「よし! それならば後続の車両に予備の装備がある、頑張ってくれたまえ!」


 そう、激励するとトーレスに向き直ると初陣の報告を聞く、そのトーレスはヴォイスラヴ自慢のスレイヤー達に対し、辛辣に評価を下す


「やはり単体での戦闘能力は極めて高いですが、とっさの判断や対応が甘いです。簡単な罠を力押しで突破を試み手傷を負う、S3に至っては相手を見下して舐めた処を突かれ、小隊が一時捕虜になりました……よもやと思いましたが、吸血鬼に通常装備で挑む暴挙、しかもトドメは刺さない愚挙……私が責任者なら養成機関の教官共々全員クビです」


「そうか……現場で修正は可能か?」


 教官共々クビの宣告を聞き苦笑するヴォイスラヴは現地での教育に期待したが、返答は極めてドライだった


「奴らの集団戦のセンス次第でしょうね……今回の戦闘でスレイヤーシリーズの傾向として明らかに頭が悪い力任せの判断を選択する事が判明しました。育成課程で行うなら兎も角、それを現場で矯正するのは時間が掛かるかもしれません……なぜならチームワーク的訓練を一切行っていない、真逆の訓練が育成の主体ですから」


「なるほど、貴様に任せて大正解だったようだ……して、勝負はどうだ?」


「旧スレイヤー型がタイマン勝負なら向こうの特務と互角、S3で辛勝って所ですね……集団戦ではまず負けます。戦力が違いすぎる」


 はっきり言うその言い方ににイラッとしながらもヴォイスラヴは目を閉じて耳を傾ける


おまけ10名ヘイデン達程度では足りんか……判った中隊を廻そう」


「有難う御座います」


「それでは諸君、そこをさっさと終わらせてくれ、NY本命が待っているぞ」


 そう言い残してヴォイスラヴは映像ごと消えた


「さて、仮設本部と追加の宿営地を構築しておかんとなぁ……ヘイデン君、それ頼むよ」


 呆然と立ち尽くすヘイデン達にニッコリと笑いながらそういうとトーレスは外に出た……リック達にしっかりと指導するヤキを入れる為に……


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「なにぃ?! ウチの若頭返上って……どゆこと? ねぇ?……ハンパな訳じゃ許さんぜ?」


 その頃、騒ぎの収まった食堂の片隅でシュテフィンが役職の返上すると聞いて眉間に皺寄せて当惑するベネットとバーニィが今後の事に付いて話し合っていた


「いや、今はアニーの弟をNYから取り戻す事、そして一度はポートランドに避難民の仲間の所に帰還しなきゃならんのですよ……それが皆と交わした最初の約束だからね……だから当座は若頭やれる保証が出来ないんですよ」


『むむぅ』


 三人が腕を組みしかめっ面で一斉に唸るが、シュテフィンが提案を言い出す


「その後なら……」


「それで戻ってくるんだろ? それなら俺達が迎えに行っても良いな」


 バーニィが少しホッとした顔で提案をするが、シュテフィンは次の問題に気が付いた



「あ、それと此処に戻るならゲオルグ教授に就職面談受けないとね……ただ遺伝子研究所この職場に僕の専攻が要るとは思えないけど……」


「ねぇシュテ、貴方どこの大学院で何の専攻だったの?」


 シュテフィンの憂患を知り、ジュリアは専攻を尋ねる


「ピッツバーグ大で聴覚研究者に成りたかったんだ……博士課程で半分過ぎた頃、こんな状況にになっちゃったしね……」


「へぇ、医学系の名門じゃない! 改めて病理学課程を始めるならうちでも研究できるから良いけど……」


 シュテフィン恋人の就職の為、ジュリアは内心ゲオルグボス人事関係就職活動でやりあう覚悟を固める


「姐さん! 後ろ!」


 ぼそっとベネットがジュリアに囁くと後ろにゲオルグ対戦相手が立っていた


「シュテフィン君、修士課程済んでる? 学校と専攻なんだっけ?」


 先程の情報を伝えると少し考えると


「なら大きく分ければ脳神経医学専攻だろう? ウチの分野じゃないか……OK、君を青田買いしよう、但し、条件がある」


 シュテフィン達は緊張の面持ちでゲオルグを見る


「なんですか? それは……?」


「条件は3つ、まず、ネルソン姉弟アニー君の件をきっちり決着を着けて来ること、もう一つは戻ってきたらしばらくは保安部員婿入り修行として勤務、それに平行して研究と論文製作はしてくれ、そして最後は……」


 そこでゲオルグが間を置き、皆が息を呑む


「君の父君が怒鳴り込んで来たらしっかり取り成して欲しいのだぁ~」


 シュテフィンの事情を知らないジュリアとベネット、バーニィは


≪何いっとるんだ? このアホは?≫


 そんな表情を露わにして呆れる


「ええ、僕で止めれるならいつでも行きますよ」


「教授、幾らシュテのお父さんが恐い雰囲気の人でもそこまでビビる事は無いんじゃないですか?」


 シュテフィンが快諾するも、かろうじて父親を知るジュリアが苦笑して過剰な反応と指摘するが、幾度かあったゲオルグは至って真面目に呟く


「いいか、君ら保安部、父君来たら丁重にもてなす事……マッ、ジッ、でっ、おっかないんだぞ!」


 いつもは気難しくもおちゃらけたゲオルグが冷や汗垂らしながら怯える事にバーニィはある事を思い出した


「こんなに教授がビビるってぇのはエメ・トゥーレに浮気がバレた時と神祖ヴラド公、怒りの襲撃以来のビビりか………………ま、まさか、若の父君……って……?」


 最初はブルブルと怯えるゲオルグをケラケラ笑ってからかうつもりだったバーニィはじっと見つめるゲオルグの眼差しにふっと過去を思い出す


 自身の若い頃に殴りこんできたに無謀にも飾ってあったクレイモア引っさげて止めに入って、逆に怒りの一刀の元にザックリと斬られた右目の傷が疼いて気がついた


「そのまさか……だよ」


 見つめながらゲオルグが苦笑しつつその正体を教えると怯え過ぎて冷や汗と共にヘラヘラと笑い出すバーニィと対照的な二人が驚く


「え! あの怖そうなお父様が御神祖様!」


「マジ! 若ってガチ王子なの?!」


 シュテフィンを両サイドから見るも本人は苦笑して呟く


「うちの父さんがそんな超大物だとは此処に来て知ったよ……ちなみに王子のわりには馬に乗れんけどね」


「姐さん! 玉の輿リーチですがなッ!」


 ベネットが興奮して叫ぶもジュリアは苦笑して首を振り


「私は別にシュテが王子でなくても良いの……このまま二人が楽しく行ける所まで二人で行けたらそれで良いの……」


「姐さん……」


 ベネットは前副長バーニィの御威光だけでなく、荒くれ保安部野郎を腕と才覚と美貌で統率し、日夜、不穏分子や産業スパイバートリーの手下共から研究所を守りつつ自身の研究もする超才媛、憤怒の戦乙女のその落差のあるド真性の惚れっぷりデレデレっぷりに絶句する


「まぁ、二人の行く末は二人で決めるとして……シュテフィン君、くれぐれも父君を頼むぞ!」


 そう言うとゲオルグはすっと席を立ちその場を離れようとしていた


「教授! 後でお話……」


「ああ、部屋に来てくれ!」


 シュテフィンが慌てて約束を取り付ける前にそう言い置いて立ち去っていった


 それを見ながら一人、バーニィが覚悟を決めた


「頭ぁ……いや、ジュリア、俺は伊達に無き戦友お前の親父に託されて後見人やってないんだ……相手が御神祖だろうと堂々と親父代わりに前に出てやンよ……ベネット、俺が死んだら後は宜しくな?」


 一瞬、ジュリアの瞳がウルッと来るが、ベネットが柄にもなくしんみりしたバーニィに悪態を吐きながら弄る


不死身の吸血鬼アンタ人間オレ後見ケツ持ちを頼むんじゃないよ! ……酒、飲みすぎてボケてンじゃネェか?」


「あ? 年寄りに対する思いやりって言うものがお前には……」


「そう言うけど年寄り扱いすると怒るくせに……」


「全く、あーいえば……」


「アンタの部下になったらこうなったんだよ!」


 そこに一寸でもウルッと来た自分を恥じるジュリアが突っ込みながらいなす


「ハイ、二人とも漫才は此処までにしてね……それでは野郎共に待機所アジトに戻って監視班と偵察隊の用意を」


『へーい』


 二人は立ち上がりスゴスゴと外へ向かい歩いていく


「さて、僕らも……」


「うん」


 シュテフィンとジュリアは新婚夫婦のように仲睦まじく腕を組み歩いて行く……


 まるで外の世界や明日も平穏で明るい暮らしが待つかのように……






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る