原種

 仏頂面のホセはゲオルグの執務室に通されると応接室の高級なソファにドッカッ! と無作法に飛び乗る


「さて、古き友よ、何か呑むかい?」


 それでもゲオルグが不気味なほどにこやかにホームバーと言うにはかなり凝り過ぎな多種に渡る酒類が並ぶ棚があるバー向かって歩いていく


「ん……そこのザ・マッカラン 55年 シックスピラーズコレクション、テイスティンググラスニートで頼む」


 ホセはソファーに寝転がり詰まらなそうに棚を見ると、すかさず最もレアな銘柄を贅沢にして堪能できる呑み方を指定する


「相変わらず贅沢な奴だ……バーに来い」


 あの理不尽に気難しいゲオルグがこんな無礼を許容する姿を見たら、フレディを初めとする関係者一同は間違いなくなんかの小芝居だと思い信じないだろう……


 よっこらせっとソファから起き上がるとバーのストール高い椅子に腰掛るとその目前に一つの薄いテイスティンググラス、リーデル・ソムリエ コニャックXOに包まれたシックスピラーズコレクションが置かれ……不貞腐れていたホセは驚いてグラスとゲオルグを交互に二度見した


「どうだ? 面食らっただろぉ?」


 悪戯を成功させたようにゲオルグは快活に笑った


 マッカランは、スコッチウィスキーのメッカ・スコットランド北部のハイランド地方スペイサイド地区に1824年に設立された伝統ある蒸溜所で、その馥郁ふくいくとした香味から≪シングルモルトのロールスロイス≫とも評されたその蒸溜所の作品である


 その名前のシックスピラーズとは独特で小さなポットスチルや最上級のオーク樽など、マッカラン蒸溜所が掲げる、ウイスキーづくりに欠かせない技術や風土など6つの要素(シックスピラーズ)に由来し、その中でも55年は特に最上級のオーク樽……それも選び抜かれたスパニッシュオークシェリー樽が生み出す「ザ・マッカラン」特有の甘いドライフルーツを連想させる香り・味わいと超長期熟成ならではのかすかに残るピートのスモーキーな余韻が特徴でその希少価値は恐ろしく高い


 それを包むグラスはオーストリアで11代にわたり、こだわりの家族経営を続けて260年の歴史を誇るワイングラスの老舗リーデル社のグラスで、ワインを中心に、機能美、造形美に優れたグラスを次々と発表する、そのグラスの数は150種類以上で対象のお酒ひとつひとつに適した理想的なグラス形状を追及し続けており、世界中のプロフェッショナルからも信頼、称賛されたブランドの一つである


 そのリーデル社のソムリエシリーズはオールハンドメイド、職人が丹精込めて作り上げた手造りの逸品

 マシンでは実現できないリムの薄さやボウル曲面の滑らかさ、均一なステムとプレートの安定感、最高級品にふさわしい品格のグラスがその香りと味を本来の物を引き出させていた



 驚くほどのこだわりの酒と酒器でそれをチビリと呑んで香りと味に酔う……その佇まいはバルバロイでビールをあおり騒いでる人物ではなかった


「JPがボストン此処に行くと言い出した時にはお前に遭遇するのがすげぇ嫌だったけどこれで来た甲斐はあった……帰るわ」


 そういって帰ろうとするホセをゲオルグは焦って呼び止める


「まぁ待てよ……ジョニーライバルのネタ聴きたくねぇ?」


「あ? 死んだんじゃねぇのか? それにあいつはライバルじゃねぇ……宿敵だ」


 その問いかけに訝しげにホセは聞き返し、訂正する


「生きてるよ、ポートランドで漁師やってるそうだ……ウケだろ?」


「はぁ?! あそこに? マジで?! 俺が観た時にはそんなバケモノ危険人物居なかったぞ?」


 その驚きとさっき聴いた話のと違いに気がついたゲオルグは喰らいついた


「おいおいおい……お前……本当の事を話せ、決して悪いようにはしない……」


「えっ!? いや、あのね……実は……」


 ばれた事に焦りつつもポートランドで起こった一連の裏話を話してゲオルグは納得した


「まぁ、情報と武器提供に対し拉致で相殺イーブンだろ……聞かなかった事にしておく」


 そう判断したゲオルグはホセに優しい口調で語りだす


「とはいえわが友よ、お前はいつまで現場に居るんだ? 俺は人類の産物と行く末を見たいからこうしている訳だが……まさか、全ての女性をモノにするまで! とは言わないよな?」


 そう語りかけられるとグラスをチビリとやるとその武骨な髭面の角刈りラテン系中年男性の風貌や姿が若返り、精悍な顔立ちの若者になる……まるで今までの姿がかりそめの姿と言わんばかりに……


「ゲオルグ、我々原種と呼ばれた者達は何者かに原種としての死に方を与えられるまで生き続ける……私は確かに女好きだがそれ以前に戦闘狂だよ? 誰かに滅美ほろびを与えられるまでは楽しく後進を育成しながら戦い続けるさ」


 明らかにいつものホセとは違う言動だがゲオルグはそれを自然な形で受け入れる


「そうだな、昔、同じ原種仲間達が英雄や村人や聖職者に追われ、首を刈られてそのまま荼毘に伏された時、僕らは燃え尽きた遺体をつついて死を確認し……僕達は心底羨ましがった……もう、明るい昼間に戻る努力も、寒い夜に血に餓える事も、棒や石で人に追われる事も、殺されるたびに味わう死への恐怖も無いのだからって……」


「ああ、今では数少ない神祖・原種で死に方を模索する奴など私と貴様しか居ないだろうな……が闊歩する時代に自らが求める死を探す……一体、何なんだろうな我々は?」


 グラスをまたチビりとやって苦笑する若者にゲオルグは髪を掻き揚げながら語りかける。


 ゲオルグ達、原種や神祖は≪特定の殺され方≫をしないと何故か生き返るのだ……これは長年、研究をしてきたゲオルグや同族や教会と闘争に明け暮れたホセさえも判らないのだった、首を落とされて当たり前に即死した例もあれば、某神祖のように燃え盛る溶岩の中から復活する例もあり、極稀にこうして会い成果や気が付いた点を共有しあうのだった


「そう言うがな、あの御真祖ヴラド公でさえ愛に目覚められ、ご自身の家族を持たれる程だ……戦いや研究に現を抜かしている場合ではなく、我々も見習わなければ……」


「はぁ? あの残虐で命の価値を知らない伝説の暴君ヴラド公串刺し公が愛に目覚めてついでに家族? すでに直系の子孫も眷族も居ないのに? ……ははぁーん……貴様こそなにやってんだ?」


 現在の自分達の姿勢と悔いるゲオルグに今度はホセと呼ばれた存在がその所業に驚いて突っ込み、その事情を聞く羽目になる


「な!? あの優男がヴラド公のご子息! しかも未知数な半覚醒! おまけにあの若造がジョニーあのサイコ野郎の弟子!……新兵で眷族の首を獲るのは確かに逸材だが……」


「我々が関わってる案件がこうも絡むとは……世間は狭いものだ……かつて世界は広かったのにな」


 バーとストールに座るとマッカランをトワイスアップ水と一対一で飲みながらゲオルグが呟くとホセが遠い目をしながら愚痴をこぼし始める


「ああ、私がイベリア半島の故郷タルテッソスの街から出た14の頃は世界は未知の世界の中にあった、こんな身体になって生き続けてもまだ、遠くには見知らぬ土地はあった……今じゃ1日もあれば世界が回れる……」


「兎も角だ……わが友よ、我々原種もこの人類の危機に対し……」


 それでも説き伏せようとするゲオルグに対し、ホセと呼ばれた存在はそれを制した


「まぁ、待てゲオルグよ、コレが仮に吸血鬼同族と人類の愚かさで引き起こされたものなら貴様、どうする?」


「は? どう言う事だ?……」


「先程も言ってたが貴様が殺される理由は貴様に調べられたら困るものが存在する……」


「盗まれたここのデータや結果でだろ?」


「それを使ったもの……例えばウィルスを使いパンデミックさせたのが今のこの状況だとしたら?」


「なんだって!? 幾ら僕でもゾンビを作るウィルスなど発明した覚えは無いッ!」


「そうだろうよ、何処からかくすねた成果データ・資料を元に勝手に研究を進め、それを世界にばら撒いたバカ野郎共がいる……ま、これは俺の推論でしかない。貴様こそがそれを解く鍵の一つだ……私はこの愚かな同族達と人類こそ滅美を迎えた方が良いと思えてな……」


 そういって最後のマッカランを飲み干すといつものホセに戻って続ける


「そんときのお前の決断を見ているよ、古き友よ……JPがもうそろそろ疑い始めるから行くわ」


「ああ、思い出話データの交換がしたかっただけだからな……それはそうと戦闘仕事は期待していいか?」


「任せとけ、JP隊はで屈指のチームだ……もちろんそれは俺が居るからな」


「ああ、頼む、お前にフルボッコにされるヴォイスラヴの顔が見ものだな」


 ホセはゲオルグの台詞を背中で聞きながら部屋を静かに出て行った……


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ドミニクさーん、ワックス掛け2度目終わったよ~」


 60年代風のアルミ外装のガレージの中で輝くダイヤモンド・ブラックの日産GTーRのR33を綺麗に磨き上げるとマーティはドミニク・マルティネスを呼ぶ


 潮風が街路樹のかえでの葉を吹き飛ばして舞い散らすなか、箒で庭を掃除するマルティネスが手を止める


「お、良い仕上がりだな……よし、飯にするか! 晩飯はピザが良いか?」


「それは任せるよ、だけどもうちょいこの車を弄らせて欲しいな……」


 マーティが珍しく懇願するのを笑いながらマルティネスは落ち葉をゴミ箱に入れると許可する


「ボディに傷入れなきゃOKだ、つーか、後で走りに行こう」


「マジで?!」


 目を剥いて喜ぶマーティに近寄ると手袋を外し、頭をくしゃっと撫でながら


「ああ、広い所で練習しよう……コイツR33はダメだがいざとなったらポートランドまで自分で運転かっ飛ばしてして帰れるようにな」


 そうマーティを持ち上げるが、それを聞いた当のマーティは微妙な顔でうんと肯く


「どうしたどうした? 先日まで脱走してポートランドまで逃げ切ってやる! と豪語してたやんちゃな少年の態度じゃねぇぞ?」


「うん……けど、ソフィと離れ離れになるのはなぁ……ねぇ、ドミニクさん、もしアヴェランさんと離れ離れにな……」


「ならない」


 質問も終わる前に返って来たのはドスの効いた低音の決意の一言返事だった


「え?」


「そんな事にはずぇったいにならない! 何故ならこの俺が付いて行く! 地獄だろうが天国だろうが強皇の間だろうが戦闘中だろうが俺はぜっっっったいに離れない、離さない!」


 その勢いにマーティは聞く相手間違えたか……と少し後悔したが、突っ込みは忘れなかった


「ドミニクさんの決意は良く判った……けど、それストー……」


「みなまで言う出ない! そーれーは! 俺が! 一番! 気にしているキーワードだッ! 彼女に認定されたらメチャクチャへこむぜ~」


 一々単語を切ってリアクションつきで強調するマルティネスはやはりどこかおかしい……


(ドミニクさん、すげー良い人だけど、アンナ姐さんが絡むとメチャクチャウザい)


 マーティは内心苦笑しながら早々に会話を切り上げる気になった


 ところが落ち着きを取り戻し腕置くんで考えるマルティネスはやっとまともな答を出す


「ソフィアについてはウチのボス上司……あ、ボスはソフィアのパパ父親ね、娘を溺愛してるから手放す事は無いかなぁ……否定的な意見だけど長距離恋愛かなぁ……生きていればまた会えるし、こんな状況でも船を使えば楽に逢瀬が出来るからな……」


「だよなぁ……ポートランドじゃ物資欠乏してるから、此処に居たら不自由ないもんなぁ」


 一週間程度だったが向こうでの欠乏ッぷりは厳しかったけど楽しかったのを思い出した


「けどマーティが欠乏してるって追いかけてくるぞ?」


「うーん……そうなるよなぁ……」


「とりあえず今しばらくは準備と練習をしながら考える事だ……状況が変わるかもしれないしな」


 そして目の前の通りに車が止まるとそこからスーパーの紙袋を抱えたアンナが降りてきた


「おかえりー!」


 空かさず自然な形で紙袋を受け取るマルティネスを見て


「なんか新婚夫婦みたいだ……」


 思わず呟いてしまいマーティは去り際のアンナから眉を痙攣させながら


「マーティ、食後のアイス抜き!」


 そう宣告されてしまうが、その直後にマルティネスに肩を叩かれ


「俺の分、思う存分食べていいぞッ!」(貴様の分も無しだ!)


 親指を立てて満面の笑みのマルティネスが即座にアイス抜きをアンナ申し渡されて……


(此処までくるとケツに引かれるレベルじゃぁないよねぇ……)


ちょいドン引きしたマーティだった……


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