第71話 愚かな問い

 プロメテウスは進むべき道をガイアにけと導いた。


 自分の成すべきことを、彼女に教えてもらわねばならない。



 けれど。



 最初にエストリーゼの口を突いて出たのは予定とは違う内容だった。



「わたしは納得できません。プロメテウスは神の存在をチェス盤に例えて教えてくれました。だけど、それは……それではわたしたち人間は――」



 エストリーゼは唇を噛みしめた。



 こまからこぼれ落ちる命に、家族と、そして巻き添えになって殺されてしまった人間の命が重なった。


 みんな神であるクロノスによって干渉され、その手先テテュスによって殺されたのだ。



 それを理不尽だと、不条理だと嘆く資格はないのだろうか。



「そなたはアテナの継承者、すでに人ではない。そなたがこの上、人間の立場で神を知ってどうするとでも言うのじゃ? 中途半端の新米女神しんまいめがみが」



 ガイアは傍らに椅子を出現させると、緩慢かんまんな態度で腰を下ろした。


 半分まぶたを閉じた状態で、薄く口を歪めてみせる。



「だが……悔しいがこれは事実じゃ。わらわは一つ認めなくてはならぬ」



 納得いかないというように、母親の顔は眉間を曇らせた。



「人間が神を継承する、そのようなこと、混沌カオスはわらわに予言させなんだ。今、そなたが目前に現れておる現実は、わらわも知らぬ未来だったと言わねばならぬ。新米女神などと偉そうに、わらわがそなたを愚弄ぐろうするのもおかしな話じゃな」



 ガイアは自嘲した。


 そして足を組み椅子に肘をつくと、真っ直ぐエストリーゼに向き直った。



 母親と同じ顔に、母には決してないだろう鋭い眼光を放つ。


 エストリーゼはその違和感に耐えられず、口元を押さえてその場に座り込んだ。



 その身にガイアの容赦ない叱責が降り注がれる。



「しかし、そなたはおろかなり。己がすでに既知することをいけしゃあしゃあと設問するとは。なんとも不様な存在よの。それが弱き人間の心というものかえ。そなたとて身に覚えがあるじゃろう? それこそが、人間如きが理解するには十分すぎる答えじゃて」



 ガイアの言葉にエストリーゼはぐっと唇を噛み締めた。



 そう、自分はその答えを知っている。


 ただ認めたくないだけだ。



 けれど、それでも訊かずにはいられない。


 神を信じて祈った日々は何だったのか。


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