第52話 鉄の戦士

 アポロンとの戦いを思い出しだしたのか、テテュスは一瞬身震いした。



「――だからこんな仕事、嫌だと言ったんだけどさ……」



 肩を竦ませ不平不満な素振りを見せる。


 しかし、すぐにその顔をずるそうな表情へと変えていく。



「あんた、知りたいんだろう?」



 黙ったまま鋭い視線を向けるエストリーゼをテテュスは鼻で笑う。



「別に隠すことじゃないから教えてやるよ。――察しのとおりさ。あんたの目前もくぜんで家族や取り巻く人間を殺して、あんたをアポロンのもとから攫って来いと命じたのは、クロノスさ」


「この悪党! だったらわたしも殺せばいいじゃない! アテナを殺したようにわたしも殺せばいいんだわ! でも何故、他の人を殺すの? 家族や、みんなは殺さなくてももうとっくに命運は尽きようとしていたわ。妹だって……何も関係ないじゃ、ない……」



 エストリーゼは言い知れぬ怒りに語尾を震わせた。



 けれど、この女にはどこ吹く風。


 まったくひるむ様子もなくテテュスは淡々と答える。



「残念だけどね、あたしは理由なんて知らないよ。知りたいのなら直接クロノスに訊けばいいんじゃない? あのジジイはこの神殿の後ろにあるはがねとりでに引きこもってる。まぁ、あんたが行っても出てこないとは思うけど、話くらいはできるんじゃないかね。さっきも言ったようにあんたは自由だ。気が向いたら行ってみな。――ああ、だけど」



 さらりとクロノスの居場所を吐くと、ニヤリと口元を引き上げる。



「あんたは先にあそこに行った方がいいんじゃないのかね? にねぇ」



 テテュスの言葉は、エストリーゼの内にあるアテナ継承部分に深く鋭く突き刺さった。



 ――行かなくては! あのお方のもとへ!


 苦しい! 悲しい!


 だが――どうしようもなく愛おしい!



「カウカソス山」という響きにアテナ継承の感性は衝撃を受け。

 

 エストリーゼは押し寄せる目眩めまいに耐えられず両手を床へとつけた。



 沸き上がる想いが嘔吐感を伴い、思わず両手で口を押さえつける。



「ふぅん。随分と具合が悪そうだねぇ。だけど慈悲はかけないよ? 悪いけど、あんたを自由にする前に試させてもらわないと、あたしの仕事が終わらないんだ」



 テテュスがパチンと指を鳴らす。


 と、蹲ったまま嘔吐を繰り返すエストリーゼの周りに幾つかの闇が凝縮した。



 闇は徐々に輪郭を成し、鉄の鎧を身につけた何人かの戦士となる。


 ガシャリと金属の擦れる重い音を鳴らしてゆっくりと立ち上がった。



 そして、鈍い光を纏う長剣を翳し。


 無防備な少女へと襲いかかってきた。


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