第53話 女神の覚醒

 自分を囲む紛れもない殺気。


 それらを感じながらも、エストリーゼは立ち上がることができなかった。



 ズサッ。



 無抵抗なその身体に、複数の剣が迷いなく突き刺さる。


 激痛と共にエストリーゼの口からは血反吐が吐かれた。



 けれども――。



 命が尽きることはなかった。


 戦士が何度も何度も斬りかかってくるが、受けた傷はすぐに塞がっていく。



 それでも鋭い痛みは、少女の痛覚を容赦なく襲っていた。


 肉を切り裂き、内臓を貫かれる痛み。



 その耐えがたい苦痛が皮肉にも彼女に正気を取り戻させていく。



 やがて。



 翠緑に輝く光が閃く。


 その光線が、戦士の身体を横に薙いでいた。



 エストリーゼの右腕には、眩い翠緑の光を放つ細身の剣が握られていた。


 アポロンの弓矢と同じ、その思念によって出現する女神の剣だ。



 一人の戦士が崩れ落ちると、兜で表情こそ見ることはできないが、他の戦士達の間には僅かな動揺が流れた。


 どうやらテテュスに召還されたこの男たちにも意思があるようだ。



 赤いトーガの裾を翻し、エストリーゼは徐に立ち上がった。



「わたしは行かなくてはならないの。そこをどいて……」



 取り囲む戦士達が退こうとしないのを見てとって、エストリーゼは自ら斬りかかっていった。


 戦士が持つ鉄剣は女神アテナの剣に脆くも砕け、その身を突かれて簡単に倒れていく。



 一人、二人と薙ぎ倒し全てを殺したあと。


 エストリーゼはテテュスに向き直った。



 軽快な口笛と共に、パンパンと乾いた音がエストリーゼの勝利を賞賛した。


 テテュスは満足そうに口の端を持ち上げ、叩く手を止め頭上へと挙げる。



 まるで万歳をして祝福しようとでもいう格好だ。



「おめでとさん! どうやら女神継承は完了してるようだねぇ。それさえ確認できればあたしの仕事は終わりなのさ。おっと」



 有無を言わせず斬りかかるエストリーゼの剣を、テテュスは寸でのところで避ける。


 次の攻撃もひらりと躱し、ぴょんぴょん身軽に数歩飛び退いた。



「やめておくれよ、危ないねぇ! あたしはすでに重傷だって言ってるだろ? ちょっと試しただけなんだから赦してよ。どうせあんたは偉大な女神アテナの継承が完了してて、あんなへなちょこ戦士なんかに倒れるわけないんだしさ。それに第一、あんたがここを出るのをあたしは邪魔しないんだからさぁ」



 テテュスはさきほどまでとは態度を変え、懸命に言い訳を並べ立てた。


 アテナ継承が完了した事実を確認し、今になってエストリーゼに対して危機感を覚えたようだ。


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