第54話 寂しさと絶望と

「二度とわたしの前に現れないで! 今度会ったら、わたしは必ずあなたを――殺す!」



 純然たる殺意を向けながらエストリーゼは凄んだ。


 黒い瞳からは小さな光が迸る。



「それは……光彩メランム? まさかねぇ……」



 エストリーゼの双眸に黒曜石の光を認め、テテュスはそう小声で呟くと眉を顰める。


 だが逡巡したあとで小さく肩を竦めた。



「ああ、あたしも二度とこんな目にあうのはごめんだ。特にあの恐ろしいアポロンに会うのは金輪際こんりんざい遠慮願いたいぐらいなのさっ。どうせガイアの予言通り、そのうちクロノスは倒されて、あたしらはこの地に幽閉される運命なんだ。頼まれてももうあんたに会うことはないだろうから心配しなくていいよ」



 そう告げると、テテュスはくるりと背を向ける。


 と思ったら、何かを思い出したように再び振り向いた。



「……ついでだから教えておくよ。遠巻きに魔犬を寄越してる奴はハーデスさ。くらーい冥界を統べる帝王も、あんたの動きに注目してる。この戦が終焉を迎えたところで、あんたに安穏あんのんな日々は訪れないだろうねぇ。もう人間に戻れるわけでもないしさ。せいぜい腹黒いオリュンポス神族の狭間はざまで、運命の歯車に弄ばれ、心ゆくまで憂悶ゆうもんすればいいんじゃない。あはは、いい気味さ」



 手をひらひらさせながら意味深な言い回しを落とし。


 今度こそテテュスは部屋を出て行った。




 ひとり残されたエストリーゼは、呆然と自分の腕にある翠緑の剣を見つめた。


 どん底に突き落とされた心とは裏腹に、アテナ継承を終えた身体は力を漲らせている。



「わたしはただ願っただけなのに――。一度だってこんな力を欲しいと思ったことなんてないのに――」



 結局、エストリーゼは全てを失った。


 家族を、故郷のみんなを。



 そしておそらく、関係のない人間までをも巻き込んで。



 ――わたしが殺したんだ。



 望んではいけないことを望んだばかりに。


 うらないババの予言はこの惨事を示唆していた。



 それなのに、愚かな自分は聞く耳を持たず。


 勝手な行動を繰り返し、取り返しのつかない大罪を負った。



 絶望に蝕まれ、病んだ心が望むままに。


 エストリーゼは手に持つ剣の切っ先を自分の喉に当てていた。



 不死の神を殺せるのが神のやいばであるのならば、女神アテナを継承した今の自分は己を殺せるのだろうか。


 けれどどんなに意を決しても、とうとうその腕に力を入れることは叶わなかった。



 それが答えだ。


 神に自決など赦されない。



 エストリーゼはその場に崩れ落ちた。



「グラウ! ――教えて、グラウ……」



 寂しさと絶望が雪崩のように押し寄せてくる。



 エストリーゼはきつく目を閉じ。


 いつも自分を諭し導いてくれる友の名前を呼んだ。


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