第55話 カウカソス山へ

 何度その名を呼ぼうとも何の返事も返らない現実に、さらに寂しさを募らせる。



 どれだけの時間、そうしていただろう。


 やがて涙が頬を伝ったが、それはたった一筋だけだった。



 心を研ぎ澄ませてみれば。


 向かうべき場所が座標のように明確に頭に浮上した。



 ここへきて、アテナの感性が急激に働き出したのだろうか。


 けれどエストリーゼには分かっていた。



 アテナの感性は、自分の潜在的な意志と完全に同期を取っている。


 エストリーゼの心に同調し、進むべき道を教えてくれている。



 行かなくてはならない。


 自分が死ぬことすら赦されない身になってしまったというのならば。



 未来永劫この罪を背負っていくしかない。


 この命に十字架を負い、償いの日々を送るのだ。



 ――そのためにも、わたしは行かなくてはならない。



 徐に立ち上がると、エストリーゼは石造りの壁に向けて左の腕を翳した。


「壊れろ」と強く念じる。



 鈍く重い破壊音と共にに壁が崩れ、大きな穴が空いた。


 軽く床を蹴り、ティターン神殿から瘴気の立ち込めるタルタロスの丘へと躍り出る。



 身体は難なく宙に浮き、目的の場所へ目がけて飛んでいく。


 丘に漂う毒気は身体を痺れさせてくるが、不死の身体は同時にそれを浄化し、相殺そうさいする。



 呪われた丘には奇怪な魔物が巣くい、エストリーゼの姿を追ってくる。


 空では翼ある怪物が飛来し、鋭い爪を掲げて襲ってきた。



 右手に持つ翠緑の剣を捌き、エストリーゼは襲い来る魔物を切り落とす。


 そして、一気にタルタロスの丘上空へと飛び立った。



 今こそ向かおう――。



 あのお方のもとへ。




 プロメテウスのもとへ!


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