第十章 黒髪の神

第56話 誰もいない神殿

 もう三日になる。


 あれからアポロンは神殿に戻っていない。



 グラウコーピスは彼を捜して広い神殿内を飛び回っていた。


 あるじのいない神殿はどこか寂しく、冷気すら帯びている。



 なまじ主が派手なだけに、彼がいるかいないかではその違いは天と地の差ほどと感じられた。



 いったい何があったんだろう。



 あの日。


 グラウコーピスが目にしたのはもぬけからとなった教会。



 ドリピス村には誰ひとり生きている者はいなかった。


 そして教会の外に並べられた無数の生首。



 その中にエストリーゼの家族を見つけ――。


 気が狂わんばかりに動転した。



 一瞬、アポロンが裏切ったのかとも疑った。


 が、グラウコーピスは即座にそれを否定した。



 彼は己がした約束に関しては、何があっても守る男だということを知っていたからだ。



 真実を問いたださねばならない。


 しかしそれ以上に、早くエストリーゼを捜し出さなければ――。



 神殿の出口へきて、グラウコーピスはハッとした。


 今夜もアポロンはここに戻らないのかと諦めて戻ろうとした彼の耳に、微かな竪琴の音が聞こえてきたのだ。



 グラウコーピスは慌てて方向を変えると、アポロンの部屋へと飛んでいった。



 窓辺に片足をもたげ、月光の下で竪琴を奏でる男の姿を認めた。


 声をかけようとしたが、奇妙な違和感を感じて。



 グラウコーピスは言葉を失ってしまった。


 先に口を開いたのは、ふくろうの気配を感じとったアポロンの方だった。


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