第116話 敗者は勝者に従うもの

「おめでとう、神膜しんまくは無事に修復できたようだね。少し時間は要したようだけど、ちゃんと人間の次元は分かたれてるよ。――それにしても、プロメテウスはよく君を帰してくれたねぇ? あの男は人間が大好きだから、どうせ君のことを特別に思ってるんだ。簡単に手放すなんて薄気味悪いな」



 白銀髪を優雅に払いながら、恥ずかしげもなく嫉妬を込めた言葉を吐く。


 そんなアポロンに、エストリーゼは意味深な笑いを投げた。



「彼のことをどう思おうとあなたの勝手だけど……。わたしは自分の意志で、わたしにしかできないことをするために帰ってきたの。――あなた、確かわたしに償うって約束したわよね? それに敗者は勝者に従うべきだとも」



 エストリーゼの態度にアポロンは一瞬だけ胡乱うろんな目を向けた。



「ああ、確かに私はそう約束した。それに君との勝負にも負けた。だから君は私に何なりと無理難題を押しつけることができるわけだよ」



 腕を広げ諦めたように溜息をつく。


 そして、初めて彼女へと向き直った。



 久しぶりに会った彼女は、彼の目に以前よりずっと美しく映った。


 姿だけでなく彼女が纏う「気」そのものが、清々しさと新しい印象を彼の心に落としてくる。



 変わったのは彼女なのだろうか。



 それとも――。



 アポロンがはっきりと口にした肯定に頷くと、エストリーゼは決意を口にした。



「わたし、決めたの。神を動かせるのが神だけだとしたら、わたしがその役を引き受けようって。こんなに神様はたくさんいるのに、誰も耳を貸さないなんてひどいと思うのよ。わたしは変わらない、人間の心のまま生きていくわ」


「馬鹿なことはよしたほうがいい。君は神として人間に干渉する気かい?」



 アポロンは即座に反論した。


 神を信じ祈っても望みが叶えられない虚しさを、彼女は身をもって知った。



 けれどそれは世界のことわりだと分かっているはずだ。


 今更干渉しようと言い始めるのは、彼女のためにも断固として反対すべきだ。



 エストリーゼは苦笑して首を振る。



「そうじゃないわ。特定の誰かの望みを叶えるという意味ではないの。確かに切っ掛けは誰かの祈りに始まるのかもしれない。だけどそうじゃなくて、もっと大きな、それこそ人間ではどうにもできない災厄だったり、絶望だったり、そういうものからわたしは人を守りたい。あるべき姿を見定めつつ、あくまで自然の理の範囲内で。そう、プロメテウス、彼が人に火を伝えたように……」



 プロメテウスの名が出てきたことに、アポロンはあからさまな不快感を示した。


 が、「君がそう望むならね」と渋々ながら承諾する。



 彼の返答に、エストリーゼは満面の笑みを見せた。


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