第117話 やっと会えたんだから

「なんだか、とっても美味しそうな果物ね。誰かからのお見舞い?」



 寝台の横にある果物へとエストリーゼは手を伸ばした。


 その中から瑞々しい葡萄を一粒ちぎって口へと運ぶ。



 しかしその腕は、途中でアポロンに掴まれた。



「そのあたりのものを簡単に口にしないほうがいい。それは毒入りだ。それも猛毒だよ?」



 愕然とする彼女の手を掴んだまま。


 何の問題も発生してなどいないというように、アポロンは淡々と告げる。



「小心者の仕業だ。牽制けんせいのために、毎日こうして毒入のプレゼントを贈ってくる。私が叛旗はんきひるがえさないように、適度な刺激を与えてるつもりなんだろうね。彼は私が退屈することを非常に恐れているのだよ。可笑しいけれど、あの男にしては正しい判断だ。まぁ、毒は神のやいばではないから命を奪われる状態にはならないけど、それなりに具合は悪くなる。あれ以来、彼の標的は君から私に移ったようだけれど、一応君も気をつけたほうがいい」



 彼の忠告が終わるや否や。


 突然、エストリーゼはぐらりとアポロンの傍に引き寄せられた。



「それより、ねぇ。やっと会えたんだから……」


「ななな、なによ、放してよ」



 真っ赤になりながら、エストリーゼは無我夢中で彼の手を引き剥がそうとする。


 しかし彼の腕は、やっと手に入れた獲物を死んでも放すかという程に力強くてびくともしない。



「あなたはわたしに従うんでしょ」


「それとこれとはまったく別問題。確かにそう誓ったけれど、私は君に迫らないとは一言も約束していないんだよ?」



 アポロンは美しい顔に甘い微笑を浮かべると、その唇を寄せてくる。



 エストリーゼは必死に藻掻きながら彼の横腹を膝で圧迫した。


 アポロンの口から「うっ」と小さな苦痛の声が漏れる。



「ひどい女神様だ。君に思い切り刺された傷がまだ痛いんだよ? 少しくらい慰めてくれてもいいだろう?」



 金銀細工の端正な顔に、ほんの少しの寂しさが横切った。


 その表情にエストリーゼの心臓はトクンと切なく響く。



 溜息を一つ漏らすと、諦めたように両目を閉じ身体の力を少し緩めた。


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