第12話 グラウコーピスによろしく

「人間の娘――おまえに出会えて良かった。さぁ、名残惜しいが、別れの時間だ」



 白銀の身体に黄金の髪を靡かせて。


 血で真っ赤に染まってしまったストールを握ったまま、アテナはゆらりと立ち上がる。



 その表情は清々しく、死にゆく女神にはとても見えない。



「いけない、その傷で動いては……」



 死んでしまう。


 急激に訪れた死の予感にエストリーゼは堪らず声をあげていた。



 彼女を引きとめようと腕を伸ばす。


 けれど。



「気にするな。おまえはわたしの継承者。いずれすべてを知ることになる」



 エストリーゼの目前で、完全に重力を無視してアテナの身体は宙に浮き、鈍い光を放ち出す。



 押し寄せる惜別せきべつの感に、エストリーゼは焦った。


 彼女を引きとめようとさらに伸ばした腕は、虚しく宙を掴む。



「しばし待て。それから……」



 ふっとアテナは寂しげに続けた。



「グラウコーピスに――よろしくな」



 最後の言葉は、誰かへ向けた別れの伝言。


 白い光にその輪郭を飛ばしながら、彼女は至高の笑顔を見せた。



 消滅の風に、低い笑声を乗せたまま――。




 ***



 数日後――。



「アテナ遷化せんか。エストリーゼ・ラリスに継承された!」



 それは産声だったのだろうか。


 黄金の卵からは一羽の小鳥が生まれでた。



 グラウコーピスと名乗った鳥は、孵化の瞬間から人間の言葉を扱う、奇妙な茶色のふくろうだった。



 アテナを愛し従う、忠実なしもべ


 翼ある賢者。



 彼の言葉は——。


 女神アテナが絶命した事実を意味していた。


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