第三章 空中のアポロン神殿

第13話 そんな目をしないで

 その目は何?


 やめて! そんな目でわたしを見ないで!



 必死だったのよ。


 どうしても早く願いを聞いてもらいたくって。



 だから、お願い。


 ――そんな目をしないで!



 ***



「お願い……」



 夜なのだろうか。


 窓辺から淡い光が射し込んでいるが、部屋はしんみりと薄暗い。



 冷たい空気の中、僅かに石の香りが含まれている。



「エスティ、大丈夫か? すごくうなされていたようだけど」



 聞き慣れた声に安堵して、エストリーゼは気怠げに返答する。



「グラウ、いま何時?」


「ちょうど夜中の十二時を過ぎたくらいかな……」


「そう……」



 何の感情も伴わない乾いた息を静かに吐いた。



「――エスティ、もしかして覚えてないのか?」


「……」



 エストリーゼはぐるりと身体を捻り、枕を抱えて俯せになった。



「――覚えてるわ。せっかく現れた救世主を、わたしは酷く怒らせてしまった」



 夢だと思いたかった。


 今思い返してみれば、自分の態度が如何に不遜だったかが分かる。



 少なくとも神に心から祈祷する物腰ではなかったと思う。


 できることなら彼と出会ったあの瞬間に時間を戻したいくらいだ。



「だから……こんな夢を見たのね。みんな、わたしを責めていたわ」



 家族も村人も。


 それにうらないババも。



 みんなエストリーゼを指差し叫んでいた。



 裏切り者と――。


 勝手な判断で、自分たちを売ったのだと――。



 たとえ夢だったと分かっていても、心が散り散りになりそうだった。


 涙が尽きることなく浮び出て、胸に抱いた枕を容赦なく濡らしていく。



 窓辺にいた茶毛のふくろうは伏せったエストリーゼの枕元へ飛び移ると、慰めるようにその黒髪を啄んだ。



「仕方ないよ。が来るのが遅過ぎたんだ、エスティが焦るのは当然だよ」



 当初は、アテナが亡くなり、グラウコーピスが卵から孵化したとき、すぐにでも彼に会えるのだと思っていた。



「あいつは必ず探しにくる」という女神アテナの言葉が記憶にこびりついていたから露ほども疑わなかった。



 けれど、待てど暮らせどそのような人物は現れず。


 ただただ焦るだけの日々を送っていた。



 そんな折、グラウコーピスから助言をもらった。


 メッシーナ劇場での独唱の座を目指してみよという提言だ。



 音楽を極めていけばアポロンが興味を示し、エストリーゼの前に現れる可能性があると。


 そんな一抹の希望に賭けて。



 三年――そう、あの大舞台に立つためにどれだけの努力をしてきただろう。


 片田舎の小さな村で、たったひとり諦めず歌い続けた日々を思うと悔しさがこみ上げてくる。



「ボクもドリピス村が大好きだ。だから諦めないで、エスティ」



 グラウコーピスにとっても、今やあの村は単なる人間界の矮小な村という位置付けではない。



 第二の故郷だ、そう本人も言っている。



「わたしだって……諦めたくなんてない。でも、きっと無理なのよ……あのアポロンを説得するなんてできないわ。怖い。嫌いよ。もう、あの人には会いたくない」



 枕に沈めている顔を、エストリーゼはより一層深く埋没させた。


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