第14話 もう一度

 あの時の感覚を思い出すと、今でも恐怖で身体が震える。



 黄金の双眸から放たれた鋭い眼光はエストリーゼの脳の一部に突き刺さり、耐えがたい苦痛と共に意識を奪っていった。



 それは体が、心が、感覚が、己の想いとは無関係に分解され、おりのようにわだかまり、決して浄化されない呪われた存在となる……。


 そんな不吉で不浄な感覚を残していた。



 もう二度と、あんな恐怖は味わいたくない。



「ごめん。ボクがもっと、ちゃんとについて説明しておけば良かったんだ。その上で、行動と対策を練っておけば……」


「違う。グラウのせいじゃないわ」



 ふくろうの謝罪をエストリーゼは即座に遮った。


 そう、これは確かだ。



「あの時分かったの。彼の目は、わたしの願いを叶える気なんてないって言ってた。アポロンは最初からわたしたちに手を差し伸べてやろうだなんて、これっぽっちも思ってなかったのよ」


「……」



 グラウコーピスの沈黙は、エストリーゼの言葉を肯定していた。



 アポロンは神々の中でも音楽と弓矢、そして医術に秀でた神だ。


 そして、世界に恵みをもたらす太陽神でもある。



 だが決して慈悲の神ではない。


 傲慢で放蕩で、そして意外にも残虐な神なのだ。



 医術の神でありながら疫病の神でもある彼は、気の向くままに人を病で虐殺することもあったという。



 あの時、メッシーナ劇場の舞台でグラウコーピスに諫められなければ。


 間違いなくエストリーゼは単眼の巨人キュクロプスに襲われていただろう。



 そして敢えなく命を落としていたはずだ。


 しかし医術の神であり、どんな病も瞬時で治す力を持つことも事実。



 今ならまだ間に合う。


 そう頭では分かっていても、今のエストリーゼには彼を動かすことは到底無理に思われた。



 グラウコーピスは小さな頭を軽く振ると、枕に顔を埋めるエストリーゼの耳元で明るい声をあげた。



「エスティ、アテナを信じなよ。確かに三年なんてあまりにも酷い遅刻だけどさ、確かにあいつは現れたんだよ。諦めずにもう一度話してみようよ」


「……」


「確かにあいつは嫌な奴だ。だけど今ならまだ間に合うんだ」



 エストリーゼの肩が少しだけピクリと動いた。


 その様子を見逃さず、グラウコーピスは一層声を明るくする。



「アテナが約束したんだろ? あいつと話をつけておくって。だったらもう一度頼んでみようよ。今度はもうちょっと気持ちを落ち着けてさ」


「……もう一度?」



 エストリーゼからの反応を得ることができたグラウコーピスは、さらに明るい声をあげた。



「そう、再起だ、エスティ! タミアだって諦めずに頑張ってるんだ。姉の君が見放してしまったら可哀想だ」



 エストリーゼはいきなりガバッと飛び起きた。


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