第15話 すべての道が閉ざされるまでは

 年の離れた妹タミア。


 今や黒い斑点は全身に広がり死が間近に迫っている。



 あの日、エストリーゼがうらないババの忠告を無視してまで女神を求めた理由。


 この不幸な妹を、ただただ見捨てたくなかったからに他ならない。



 それに、村や周辺の地域でも黒死の病による犠牲者が後を絶たない。


 さらに、村から少し北の地には奇怪な魔物が現れだしたと聞く。



 神界において未だ続いているという激しい戦いが<神膜しんまく>にほころびを作り、人間の世界も戦火の干渉を受けているのではと噂されている。


 このままでは、黒死の病に陥った人々どころか、世界自体が滅んでしまうかもしれない。



「グラウ、わたしに……わたしなんかに、できると思う?」


「当然だよ。君以外には誰もできない」



 女神アテナを継承した者にのみ、その可能性は開かれている。


 そうグラウコーピスは強く言い切る。



「でも、もっと嫌われてしまうかもしれないわ……」


「気にする必要なんてないよ、エスティ」


「でも……」



 急がなくてはならない。


 失敗を繰り返してる暇はないというのに、エストリーゼには彼を説得する自信など微塵もない。



「神々の中でもアポロンはどうしようもなく気分屋なんだ。あいつが気に入ることなんて、そうそうあるわけがない」


「そんな――」



 グラウコーピスの言葉に勝機がまったく感じられない。


 絶望的な気分に再び陥りそうになったとき、



「だけど、君は違う。あの戦の神アテナを継承した人間なんだ。うまくやれば、あいつは興味を示すはず」



 だからこそアポロンは現れた。


 あの日、メッシーナ劇場へ彼が現れた事実は少なからず彼の関心を引いたという証拠だ。



「でも、わたしは、わたしたちは三年も待ったのよ――」


「エスティ……酷なことを言うようだけど。三年という月日なんて永遠の命を持つ神々にはそれこそ一瞬、誤差でしかないんだ。人間にとっては多大な時間だったとしても、彼らにその感覚は求められない」



 永遠の命。


 今にも命が尽きそうなタミアを思うと、エストリーゼの気持ちに怒りのような諦めのような不安定な心がないまぜになる。



「アテナは……そんな非力な人間である君だからこそ、ひとつの可能性を遺したんだ。少なくともボクはそう思ってる」



 グラウコーピスは女神アテナと共に在り、幾多の戦役にも同行してきたという。


 アテナに寄せる想いはエストリーゼが想像できぬほどに大きく、彼女を失った悲しみはどれほど深いものだったろう。



 アテナがこの身に遺した可能性を無意味にしたくないとグラウコーピスが願うのは当然と思われた。


 そして、エストリーゼ自身も願っている。



「分かったわ、グラウ。わたし、もう一度——」



 まだ諦めるわけにはいかない。


 すべての道が閉ざされるまでは。



 絶対に。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る