第16話 ここはどこ?

「――で、グラウ。ここはどこ?」



 天蓋付きのベッドに腰掛けたエストリーゼは、ぐるりと周りを見回す。


 石造りの部屋に、簡素な調度品が並べられている。



 壁の燭台にほんの小さな蝋燭が揺らめいているだけで、主に室内を照らしているのは窓から差し込む弱い月明かりだった。



「ここは神膜しんまくの内側、オリュンポス山の上空に浮かぶアポロン神殿。もともとは地上にあったんだけど、あいつは他の神々に疎まれてるから空中に神殿を移動させたんだ。ま、日々道楽に暮れてるだけの存在だから後ろめたさのあまり他者との接触を避けたんだろう」



 太陽の神に対して思い切り悪態をつきながらグラウコーピスがサラリと答えた。



「ふぅん。空中神殿かぁ――って、ええええ!?」



 目を剥くエストリーゼを、グラウコーピスはふくろうの丸い視線で窓辺へと誘う。


 寝台から飛び起き慌てて窓辺へ近づくと、エストリーゼは窓から外を覗き込んだ。



 絶句する。



 冷たい風と共に飛び込んでくる光景は地上のものにあらず。


 藍色の空には煌々と月が輝き、エストリーゼの知っているものよりずっと大きく近く感じられる。



 下を覗くと、暗がりの中を薄い雲が流れ、その合間から月光に照らされた世界地図のような風景が広がっている。



 窓に扉はない。



 雲の上なのだ。


 雨が吹き込む心配もないだろう。



 しかしガッシリと嵌められた鉄格子は、エストリーゼに堅牢な牢獄を感じさせた。


 ふと見慣れぬ輝きに気がついて、鉄格子を掴む自分の左腕を見る。


 黄金の腕輪が嵌められていた。



 もちろんここへ連れて来られるまではその身にはなかったものだ。


 理由を求めるように、エストリーゼは小さな梟へと視線を向けた。



「うん、ご名答。それはくびき。純金の豪奢な手枷てかせだよ。この空中神殿の外側にはアポロンの結界が張られていて、その腕輪を通さない。だから君はこの神殿から出られないんだよ」


「どうして? こんな空中じゃ逃げられるわけないのに……」



 腕と腕輪の間に指を入れてみようとするが、少しの隙間もないほどにぴったりと嵌ってしまっている。



 よく見ると、腕輪には月桂樹の葉が小さく描かれていた。


 それはアポロンの戒めであることを示していた。



 この文様が結界となんらかの反応を起こし、所有者を排他する役目を果たすのだろう。



「確かに今は無理だけど、いずれ継承した女神の力がエスティに解放されれば、その腕輪は意味を成してくるんだ。たぶん念のために嵌めたんだろうね」



 女神の力。


 エストリーゼにはまったく自覚がなかった。


 そんな偉大な力を継承したのだとグラウコーピスは言うのだけれど。



 しかし、意外にもエストリーゼは、グラウコーピスの言葉をすぐに理解した。


 三年前、自分の目前でアテナは宙に浮いて消えたのだ。



 彼女の力があれば空中神殿から逃げ出すことなど容易いだろう。


 これは、それを妨ぐためのくびき



「とにかく神界について説明が必要だよね。落ち着いてゆっくり話そう」



 真摯な瞳を向け、グラウコーピスはエストリーゼに向き直った。


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