第11話 金の卵

 死にく運命なのかと。


 今すぐでなくとも、いずれ滅ぶ道しか開かれていないのかと。



 神であるティターン族がこの地に残した強い毒に当てられて。


 目の前が真っ暗になる錯覚に襲われたとき、



「おまえのその声――そうだ!」



 突然、アテナが叫んだ。


 思わずといった素振りでエストリーゼの肩を掴み、激しく揺さぶる。



「おまえがわたしを――を継承すればいい! そうすれば、は必ずを探しにやってくる。だから……」



 アテナは徐に胸当ての中へ手を入れると、痛みに片眼を瞑りながらも何かを取り出した。



「人間の娘、これを受け取るがいい!」



 黄金に光り輝く――小さな卵。


 アテナの血に濡れた手のひらの上で、月光を受け眩しく輝いていた。



 抵抗の余地などなかった。


 気づけばエストリーゼの手はその卵を握らされていた。



 輝く金色の殻からは、まだ冷めやまぬアテナの体温が感じられる。



「いいか、よく聞け。あいつは癖のあるひねた性格の上、どうしようもなく傲慢で放埓だ」



 意味が分からず、エストリーゼはぎこちなく首を傾げた。


 まったく気にする様子もなくアテナは続ける。



「だが力はある、悔しいほどにな! あいつに願ったならば、必ずおまえの望みは叶えられるだろう!」



 アテナの言葉をしっかりと理解できるような思考能力が今のエストリーゼに残っているとも思えなかった。


 しかし、



 ――誰かが現れて、そして望みを叶えてくれる?



 その言葉だけはハッキリとエストリーゼの脳に残っていた。


 信じる信じないという気持ちよりも、何かに縋りたいと願う心の方が上位にある。


 この時の自分はそういう状態だった。



「でも、わたしはその人を知りません。その人だってわたしを知らないのに――」



 エストリーゼの疑問にアテナは即答する。



「案ずるな。あいつがおまえの声を見逃すわけはない。それに、あいつに出会えば誰だって、一瞬で『こいつだ!』と分かる。驚くほどに美しく、どうしようもなく派手で専横せんおうな男だからなっ。だが一つだけ気をつけろ。奴に惚れるとその心はズタズタにされるぞ。悪魔だと思え。そうだ、あいつは神ではなく悪魔なんだ」



 心底楽しそうにアテナは笑った。



 重傷を負ったこの状態の彼女にここまで悪態をつかれるとは、いったいどんな男なのだろうか。



「ああ、このままわたしはここで最期の時を迎えるのだと思っていたが、成すべき使命ができてしまったな! 最後の力で神殿へ戻り、あいつに話をつけておこう」



 アテナはまた微笑んだ。


 薔薇のように華やかな笑顔で。


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