第10話 死にゆく女神
「――あぁ、まだ名乗っていなかったな。わたしはアテナ。オリュンポスにおける
アテナ――その名前に、エストリーゼは本来の目的を思い出した。
そうだ、自分は女神に会いに来たのだ。
湖に現れると予言された女神に願いを届けるために。
けれど。
「わたしは女神様に――」
重傷を負う女神アテナの姿を見て、エストリーゼはそれ以上何かを言う気にはなれなかった。
ただ黙って静かに、自分のストールをそっとアテナの甲冑へと添える。
みるみるうちに血に染まってしまう生地を見て、それ以上応急処置に有効なものを何も持ち合わせていないことに自嘲した。
「この土地は……ふむ、ティターンの匂いがするな」
溢れ出る血の量にも臆せず、アテナは憎々しげにそう吐露した。
「おおかた足を滑らせ人界に落ちた者がこの地を汚したのだろう。無闇に大きい体は小回りもきかぬ。それに――これは、弱き人間には強すぎる穢れだ。その毒に当てられる人間も少なくはなかろうて」
呆然とするエストリーゼに女神アテナは何を察したのか。
「ティターン神族が残した瘴気ならば、おまえたちもさぞ被害を受けているのだろうな」
神々の戦役によってもたらされた毒素。
それらがこの土地に住まう様々な生物に影響を及ぼしている。
ドリピス村だけではない。
この地域一帯が恐ろしい病に脅かされているのは、神々の仕業だというのだろうか。
エストリーゼの心にどうにもならない絶望が湧き出ていた。
それは自分たちが考える「病」とはまた異なる次元のものだと感じてしまったから。
「おまえのような人間が知っているとも思えぬが……わたしは女神アテナ。
ハッと弾かれたようにエストリーゼは顔を上げた。
「縁あってこうして出会ったのだ。――わたしにできることならば、おまえの望みを叶えてやりたいと思う。たとえもうじき息絶えるとしてもな」
アテナは血に染まったエストリーゼのストールに視線を向ける。
翠緑の目に柔らかい光が点った。
エストリーゼが自ら願いを口に出すまでもなく、女神であるアテナは自分がこの地へ赴いた目的などお見通しだったようだ。
「だが……悔しいことに、戦の女神はその術を知らぬ」
金色の眉を寄せ、アテナは歯がゆいという表情をした。
「それでは、わたしたちは、もう――」
エストリーゼの声が震えた。
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